(2) <エウーゴ>-1
暗黒の虚空の中に星々がきらめく。本来ここは、永遠の静けさが支配する宇宙空間である。だが、たまたま、地球の重力と月の重力がつりあって打ち消しあい、そこを漂う質量に安定的な位置を与えつづける空域だった。
月の裏側のラグランジュポイント。人々はそこに、無骨ながら、生活の場を作り出していた。太陽の光に白っぽく輝くコロニーが数十浮かぶ。
そして、そのはずれの、民間人立ち入り禁止のこの空域は、人の意思とマシーンのエネルギーで泡立っていた。
「落ちやがれ!」残りは3機。驚異的な加速力に物を言わせ、敵機をロックオンサイト内に収める。「おとなしくしてろよ、おれは鼻っ柱が強い娘は好きじゃないんだよ。そうそう……いい娘だ。いけェ!」ブラッドは引き金を引いた。撃墜サインが出た。残りは2機。
「よしきた。ははっ、ざまあないね」喝采した。
「よーし。よくやった。そのままで頼むよ」レイモンド=カナンの声が伝わってきた。ブラッドが乗るモビルスーツの開発責任者である。かなり離れた練習艦から観戦しているはずだ。ミノフスキー粒子が散布された状況ではあるが、このテスト場の限られた空域では、ピンポイントのレーザー通信が有効で通話が可能だ。
「ああ、やれそうだぜ、レイ。いつものようにエンストさえしなきゃ、だがな」ブラッドが答えた。
刹那、右上にプレッシャーを感じる。一瞬後に被ロックオンの警告音が鳴り響いた。仮想ビームが次の瞬間くるのはわかっていた。遠ざかるように逃げてはだめだ。未塗装のスマートなモビルスーツが虚空で身を翻す。右上を向いて、ビームがくるはずの方向からわずかにそらして、一気にミノフスキードライブに火を入れた。かわして攻撃する。だが、おかしな感触があった。いつもの過激な加速感がない。
「ああくそ、またかよっ。もってくれよ!」ブラッドはコクピットの中で祈るようにいった。まったくこのイフニジェネレータときたら、ミノフスキー核融炉と比べてまったく当てにならない。核融合に使う三重水素やヘリウム3など、ちょっと探すのが面倒くさいくらいで、この宇宙には無限にあるのに、なんでこんなのを使う必要があるのか?
「どうしたんだい! またかい?!」レイモンドの声がコクピットのスピーカーからしたが、無視した。
「ちきしょう、動けっての!」ブラッドはうめいた。
ブラッド中尉は現在ジェネラルプロダクトの新型モビルスーツ<イフニ>のテスト中である。敵に見立てた<カチドキ>――ヤマト工業が開発した初のミノフスキードライブ量産機である――を相手に実機で模擬戦闘を行っていた。暗黒の宇宙の中、大きく光る月と、太陽と、そして<ギニア>のコロニー群が無機質な星々の中で目立つ指標となっている。もっとも、コクピットの全天3Dモニターにはそれ以外にも方角や敵機の方向を示すラインや矢印が示されて、パイロットがパニックに襲われることを防いでいた。
イフニはエンストを起こしかけていた。最新型フレーム――ザンスカール戦争時のV2に改良を加えたもの――は良好な動きを見せていた。だが、各部にパワーを与えるジェネレータに問題があった。
通常モビルスールに使われるのは、ミノフスキー物理学を用いて小型化した核融合炉である。だが、この新型には、最新技術を投入したジェネレータ――<イフニジェネレータ>――が用いられた。理論的にもわずか5年前に確立したものである。
アインシュタインは一般相対性理論の中で、物質とエネルギーが変換しうる可能性を示唆した。
ブレーズ=ハンプトンが完成した大統一理論は、それに匹敵するインパクトがあった。大統一理論の根本は、物質、エネルギー、空間、その他宇宙を構成する要素がすべて<情報>に還元されることを示したことにある。
だが、その発見は、対立を深めるコロニーと地球の図式の中で、ジェネラルプロダクトの独自の極秘技術となったのである。
大統一理論によれば、空間そのものが成立するにも、実はかなりのパワーが必要である。1立方ナノメートルの中で、1ナノ秒の間に、1兆個もの原爆が爆発しているくらいのパワー。
問題は、ここから実際に利用できる力が引き出せるかどうかであった。ブレーズは数式上それをあっさりと成し遂げたのである。
だが、これを現実のマシンにするのはまた違う問題であった。ミイナ=クリントという別の天才を投入して、実際に稼動にこぎつけたものの、問題は山積である。
ブラッドは二機の<カチドキ>に追い立てられ、ロックオンをされていた。情けなさで涙が出そうな気分である。相手のテストパイロットが撃ってくる瞬間が予測できるが、ミノフスキードライブは惨めなほど細い出力しか出せず、回避の余地はない。機体はほぼ直撃を食う格好となってしまった。ブラッドはエウーゴで覚えたありとあらゆる汚い罵り言葉を口にした。
このイフニというやつは、絶好調のときでさえ、時間あたりの出力は現行のモビルスーツと大差ない。一方不調のときは旧世紀の蒸気機関のほうがまだパワーがあったのではないか、とブラッドに思わせた。
着艦後、ブラッドはロッカールームに行く前に、例によってミイナ=クリントにつかまった。この女性研究員は有能で、よく見ると美人だし、一生懸命だ。だが、ロッカー前でパイロットに意見を聞きたがるのはやめたほうがいいとブラッドはいつも思う。パイロットは汗をかくし、場合によってはスーツの中に排泄を行うこともある。近寄ってほしくないのである。先にシャワーを浴びさせてほしかったが、必死なところをみせられるとむげにもできないので、いつも仕方なくインタビューに応じていた。
「最後はどうなりました?」ミイナがブラッドに顔を寄せて聞いた。
この人、本当は男の体臭が好きな、変な人なんじゃないか。ブラッドはそんなことまで一瞬思った。「いつものとおりっすよ……みてたんでしょ? いきなりパワーダウン。安定しませんね」いやいやながらしゃべっている口調になっていないか注意しつつブラッドは答えた。
「兆候みたいなものはないのかしら」ミイナは食い下がった。「たとえば、あなたが緊張すると、パワーダウンしてしまうとか」
「サイコフレームと干渉しているって?」ありえない話ではなかった。
イフニには最新技術がてんこ盛りだ。最新型ジェネレータ、ミノフスキードライブ、そしてサイコフレーム。パイロットの意思を敏感にマシンに伝え、逆に、装甲の外の光景と気配を、パイロットにダイレクトに入力する。
「いや」思い直した。「緊張ってことはありえないですよ。だって、いつも、そこそこまではいくじゃないですか」そう、戦闘の最初から、まったく動かなかったことはない。この先生にはわからないだろうが、パイロットが一番緊張するのは、戦闘直前だ。イフニが戦闘自体に入れなかったときはない。
「緊張じゃなくてもいいの。特別な精神状態ね」
「『エンスト』を起こすのは、戦闘の激しさがピークを迎えるときだから」ブラッドは少し考えながらいった。
「そう、ピークのときね。そうか、そうよね」ミイナは何か納得したようだった。うんうんうなずきながら、歩み去っていった。
礼の一つもいないのかよ、ブラッドはチラッと思ったが、非難はしなかった。なんといっても美人にはやさしくしないとね。まあ、とにかくこれでシャワーにありつける。そう思ったとき、全艦放送でよびだされた。おれに一生臭せえままでいろっての、と毒づく。
デッキに出頭したブラッドは原隊復帰を告げられた。テストパイロット生活は一時中断らしい。イフニの調整はまだ続くはずだ。ここで<アーク>に戻るということは、<アーク>が何か重要な作戦に従事すること、そこでブラッドが戦力として期待されていることを意味した。エウーゴはまだ本格的な実戦はやったことがない。だが、そろそろ終わりのようだった。連邦政府との緊張感は高まりつづけていて、いまにもはじけそうな状況である。


ガンダムUC0215の世界の中の4勢力のうちのひとつにして、オピニオンリーダー、<エウーゴ>の登場です。もちろん、つづりは、Ζガンダムと同様、目的も同様です。新しいネーミングも考えたんですが、結局エウーゴにしました。あまりモビルスーツも勢力も新しい名前を出したくなかったのが理由です。が、このエウーゴはΖガンダムのエウーゴと違い、ちゃんとした<反地球連邦>です。
大型助演のブラッドも初登場。ガンダムがガンダム足りえるのも、こういう人が助演で、主役はくら〜い人だったりするからかな、なんて書いてて自分で思いました。
2004/2/24追記。主役モビルスーツ初登場に言及していないことを発見。ここで登場した<イフニ>は未塗装でジムヘッドですが、主役メカです。
そのバックになっているイフニジェネレータ、ならびに大統一理論は、A.C.クラークの小説あたりからアイディアを拝借しました。まあ、真空の空間にもエネルギーがあるのは当たり前、みたいのは物理の常識みたいです。