ガンダムイフニ

(2) <エウーゴ>-2

「<豆の木計画>に必要な人材が地球、ガイア教団におります。それ以外、私は何も申し上げておりません」ミイナ=クリントは言い放った。
 ブレナンは直截な物言いのこの女性をうとましく思い始めていたところだ。30をちょっと過ぎたくらいか。金髪をひっつめし、わざとらしく白い研究員服を羽織っている。
 ブレナンは唐突にこの女性を理解した。本当にわざなのだ。新たな視点でこの女性を眺め回してみる。若すぎて、女性で、金髪で、意外と胸のふくらみも大きい。めがねにも度が入っていない。この距離ではレンズの屈折の有無など見えるはずがないのに、である。勘がいい。歳もおそらく30までいっていないのだろう。研究者としてなめられるのがいやで、こんなポーズをとっているのである。自分も大統領選で当選した後、コーディネーターの要求にしたがって、わざわざ老けて見えるファッションをしている。人が宇宙に移民して200年にもなろうというのに、先入観というものは人を捕らえつづけるのである。
 めがねをとらせ、髪を解き、シャツのボタンの上2つくらいまではずさせれば。自分の好色な面が頭をもたげてわき道にそれそうになるのを抑える。
ギニアの大統領官邸のミーティングルームの調度品はむしろ質素といってもいい。広くもない。だが、人を打ち合わせに集中させるような計算されたつくりである。
「大統領、資金的なことは心配なさらずとも結構です。われわれの夢の実現に、ジェネラルは金を惜しみません」オットー=ラインバルト、ジェネラルプロダクトの取締役。若い。ミイナ=クリントと自分のちょうど間くらい、35くらいだろうか? ちょっと長めの金髪、ハンサムな笑顔、それにジェネラルの取締役という権力、名誉、金。男の欲しがるものの大部分を手に入れている。女はどうだろう? この若い取締役とミイナの関係をちょっと疑って、大統領ともあろうものが誰に嫉妬することがあろうかと思い直した。オットーが続ける。
「今回の出動にかかる経費はこちらで見ます。その代わり、フレイド=ランドーの身分はジェネラルの研究員とさせていただきます。われわれはフレイドを手に入れ、大統領閣下は経費を掛けずにエウーゴスタッフの訓練ができますし、計画実施に必要な技術が手にできます。<アーク>と新型の<ヴィクトール>の実地テストもできる。お互いの利益になりましょう」
「まだ我々は連邦と本格的にことを構える準備ができているとはいえない。それはわかっているだろう」
「もちろんです、閣下。しかし、こちらが準備を整えれば、向こうも身構えます。そうなれば、<アーク>の優位性は薄れます。計画に本気で取り組まれるならば、今、先に必要なものを手に入れておくべきでしょう」オットーが身振りで先をミイナに促した。
「フレイド=ランドーが10年前に書いたナノマシン技術とバイオテクノロジーの応用についての論文を越える内容の研究はいまだジェネラルでもできておりません。計画を任期の間に完遂させるなら、彼のアドバイスは必須といえると思います」ミイナははっきりいう。
「もうお伝えしてあると思いますが、ジェネラルの情報部より、例の地球上の建造物の完成まであと3ヶ月程度らしいと報告がありました。どちらにしても連邦とは近々決定的な対立をせざるを得ないでしょう」
 心の中でブレナンはため息をついた。あと1年くらいはじっくり準備期間として、権力の座を楽しめるものと思っていたのだ。交渉もまだ途中である。だが、自分の名を歴史に刻む第一歩を歩みだすかどうか、今決断をしなくてはならない。そして、歴史はブレナンの名を英雄と称えるか、愚か者と蔑むことになるのか。それとも。
 決断は先に延ばさない。そして、何かをやらずに後悔するよりは、やって後悔をするべきだ。人生をポジティブに捉えつづける力があるから、私はここまで登りつめたのだ。躊躇はすぐさま断ち切った。
「いいだろう、フレイド=ランドー亡命作戦を承認する。補佐官! 個別の許認可については一任する。取り計らってやってくれ」これで後戻りはできなくなったわけだ。あとはフレイドという男が予想通りの収穫を持って宇宙に帰ってきてくれることを祈るだけだ。
「さっき、夢、と口にされたな、ラインバルト取締役。あなたの夢とは何か」会談が山を越え、雑談モードにした。いつもの習性である。大統領に陳情の類を持ってくる者は多い。必ずしも善処を約束できるわけではない。だが、選挙の洗礼を受ける者は一票を持つ有権者を邪険にできないのだ。時間の許す限り、一言でも雑談を交わして、好印象を与えるのが身についた習慣となっていた。この男には必要がないのはわかってはいたが。さっきの会話で気になったことをブレナンは聞いた。
「人類に良かれと思って事業を始めた天才が、その結果混乱をもたらしたケースがなんと多いことでしょう。アドルフ=ヒットラー、ギレン=ザビ、ジャミトフ=ハイマン、シャア=アズナブル、マイッツァー=ロナ、マリア=ピァ=アーモニア。そして、また後に続くものが、今表舞台に出ようとしている。私はこの循環を断ち切りたいのです。それが、私の夢です。
 資源に限りがあって、人の数をむやみに増やせば資源を浪費し、いつか破綻する、という論理が混乱の元なのは明らかです。人の数を減らさなくてはならない、という結論を招く。確かに、今あげた歴史上の人物たちは目的を果たしました。自分の名誉と引き換えに、人の数を減らしたのですから。
 今、我々は彼らと違う前提条件を手にしました。資源は無限にあるのです。『イフニ』の無限のエネルギー資源がひとつです。そして、物質資源もこのちっぽけな太陽系の外さえに出られれば、無限に得られるのです」
 一気に語ったオットーに、ブレナンは戸惑った。語った言葉は立派だった。だが、違和感はぬぐいようがない。今改めてオットーを見ると、語ったことで熱が冷め、冷静そのものの顔をしているようだが。ミイナを見ると、仮面をつけたような無表情である。

「いかがでしたか? ご老体」
「若いな。そして、狂っている」ミーティングルームの奥の控えに座っていた老人が、オットーを評した。歳は70は軽く越えていよう。だが、その堂々たる体躯はかくしゃくたる様子を見せ、背筋はきりりとのび、しゃべり口もしっかりと威厳を響かせた。髪は白髪だが光沢を放っている。まだ生命のともし火は十分な熱を持っていた。50前でも彼より生命の勢いのない人間は数多いだろう。
 老人がちょっと眉を曇らせた。ヨシオがあれほどの男ならば、私も引退できように。
 気を取り直して続けた。
「オットーは間違いなく優秀な男だし、ジェネラルの技術力なしではエウーゴは立ち行かん。だが、あの男はエウーゴとギニアを危険な方向に導く」
「だから、ヤマト工業がジェネラルを吸収すべきだとおっしゃるのですか、ハマダ会長」ふん、と軽く軽侮の笑いを浮かべてブレナンは応じた。この欲ボケ爺が。
「ブレナン、我々とジェネラルを手のひらの上で転がしているつもりか? 私が資金を引き上げれば、今すぐエウーゴの活動は停止する」ふーっと息を吐いてから、ハマダと呼ばれた老人が答えた。タケオ=ハマダ、ヤマト工業会長。アナハイムに次ぐ宇宙企業のトップである。吐いた言葉は脅迫そのものだ。それでも下品な感じがしないのは、歳のせいもあるが、50年にわたり企業のトップを勤めつづけて地になった威厳のおかげである。
「……私企業の活動に介入することはできません」ブレナンはやっと答えた。
「働きかけはできよう? ジェネラルのトップはオットーではない。ハムナーは君からの説得には耳を傾けるだろう」すっと立ち上がると、老人はブレナンを超える長身である。
「私は、フレイド=ランドー亡命作戦の事を聞いたのです」目をそらしてしまった。心の中で舌打ちしながらブレナンは話題を無理矢理切り替えた。この老人のプレッシャーはたいしたものだ。それだけは認めなければならない。
「ふん。まあいいだろう。作戦はやるがいい。ジェネラルが必要な人材を集める手助けはしてやらねばな。だが、さっき言った件は考えておけ。私は慈善事業でエウーゴに手を貸したのではない。見返りがなければ、手を引くぞ」老人は軽く立ち上がり、すたすたと歩き、自分で重々しい扉をがちゃりと開け、出て行った。
 くそ、エウーゴの最高司令官はこの私だぞ、とブレナンは思ったが、同時にそんなことを言ってみても無駄なことはわかっていた。あのひひ爺め、裏でアルディン=ローンに莫大な資金を提供しているのはわかっている。次の大統領選まであと3年。なんとかそれまでに証拠をつかんでやる。次も、次の次もおれが大統領だ。それにはバランスをとらねばならない。ジェネラルをヤマトに吸収でもされれば、エウーゴ内の発言力バランスは一気にハマダ一族に傾く。ブレナンの地位は軽くなり、次回の大統領選では資金力で優るアルディンに圧倒的な票差をつけられることになる。
「奥の執務室へしばらくこもる! しばらく誰も入れるな」インターカムへ苛立ちのあまり怒鳴りつけた。ブレナンは執務室に入ると、早速ズボンをおろし手でペニスをしごき始めた。気持ちが高ぶると、ここ数年はこうすることにしていた。感情と性欲は連動するというのはブレナンの持論である。もっとも、秘書だのとトラブルになるのを防止する意味もある。ミリガンとの件は危なかった。貴重な選挙資金の一部を口止めに投入せざるを得なくなったのだ。大統領は身辺をクリーンに保たなければならない。マリリーの裸を思い描きながら、せっせと右手を動かした。

「地球に降下するんすか?! 帰ってこられるんですか? 気違い大統領の命令ってわけですか」
 エウーゴの最新鋭艦、<アーク>のミーティングルームである。ギニア7停泊中であり、無重力で、スタッフは一応席に座った格好になっているが、腰掛けているわけではないので、傍目から見るとどこか落ち着かない感じがするが、スペースノイドの間では、こういうものだ。
 ボウト少尉が発言を聞いて、ホートラングは舌打ちした。エウーゴと<アーク>のいいところでもあり、悪い所でもあろう。スタッフ間の意見の交換は闊達であり、それを妨げる空気はない。だが、この場合、艦長がこれから理由を説明しようとしていたのに、それを中断させて質問を入れたボウトの短慮は、制裁されるべきだとホートラングは判断した。
「ボウト少尉! これから艦長が説明されるところである!」
 大統領がまともかどうかは、この際関係なかった。艦長に逆らうようなパイロットがいることが問題である。艦長に逆らうパイロットは、いつ隊長である自分に逆らっても不思議ではない。軍隊は企業とはちょっとちがう。企業の判断スピードは一刻遅れれば多少の利益を失う程度ですむが、軍隊の場合は一秒遅れれば全員死ぬことになりかねない。スピードを求めるには、部下が上官の判断に疑問をもつことは許されなかった。
「太平洋の真ん中で旅客機を捕らえる予定だ。予定の行動を行ったら、すぐに宇宙に戻る」笑みを消して、フロスト艦長はボウトを冷ややかに見つめた。さすがにボウトもしゅんとしたようだった。いつも温厚な人間がたまに怒ってみせるとよくきく。テストから戻ってきたブラッド中尉がボウトの後ろでふふん、と鼻を鳴らして笑った。この二人の仲もいつか解決しなくてはならない問題だ、と思うとホートラングは頭が痛い。
「キトで大規模な建設が行われているようだ。そこへのミサイル攻撃にラー級1隻、サラミス級2隻が陽動をかねて出る。<アーク>も発見はされるだろうが、降下ポイントは太平洋のど真ん中だ。対応は後回しになろう。艦の足を利用して戦闘を最小限にとどめる」
 再び柔和な顔に戻り、ゆっくりとフロストが説明した。

 <アーク>はエウーゴの最新鋭艦だ。<エウーゴ>とはコロニーに対し、地球連邦が政治的・軍事的圧力を強めるのに反対してできた、コロニーの一部の連合軍である。120年前の同種の組織の名前をそのまま踏襲している。
 <アーク>はラー級に比べ、サイズは一回り小さく、モビルスーツ搭載数も小型6機が限界だ。火力も小さく、ザンスカール戦争で使われたビームシールド付の大型艦などと舷を接してやりあえば、1分も持たないだろう。だが、推進機関として、戦艦では初めてミノフスキードライブを採用しているのだ。
 ミノフスキー粒子は特異な電磁性を持つ粒子で、小型核融合炉の制御や、電波の撹乱に使われる。プラズマ化させてビームとして兵器利用もされる。また、戦艦やモビルスーツの推進材としても利用された。前世紀によく利用されたのはミノフスキークラフトと呼ばれる推進方式で、磁性が反対の粒子を交互に撒くことにより、リニア的に推進する。一方ミノフスキードライブは高速の粒子を押し出す反動で進む。ザンスカール戦争でプロトタイプのモビルスーツに搭載された比較的新しい技術である。――とはいえ開発されてから70年は経っている。ここ数十年の人類の技術的な停滞は深刻であった。
 ミノフスキードライブは、理論上際限なく加速を加えられるので、光速に達することもできるといわれる。今までモビルスーツにしか採用されなかったのは、そのあまりの加速力に、戦艦という巨大な物体が耐えられないことが理由のひとつである。また、艦がモビルスーツの空母としての機能しか果たさなくなり、それほどの高速性を問われなかったというのもある。乗員への影響もあった。
 エウーゴは貧弱な戦力を最大限に生かすためのひとつの試みとして<アーク>を建造した。艦ひとつを使ってゲリラ戦をやろうというのである。船体の強度も今までの艦に比べ抜本的に見直され、乗員の居住性を高めるために加速方向を「上」に作るなど、アイディアが意欲的に用いられた。
今回の作戦は、陽動を別にすれば、<アーク>の足だけが頼りなのである。

「行きは通常スピードで入る。帰りは1G加速を使う。まだこの艦の性能は連邦には知られていないからな。明日0900時にギニアを出港する。他に質問は?」フロストが見回すと、クリス少尉がくりっとしたかわいい目をそらした。「何かな?」<アーク>の初の出陣である。疑問点は残さないほうが良い。
「あの、<アーク>を動かしてまで保護する人物とは、どんな方なのですか?」ためらいながら口にする姿は、まだあどけない少女のようだ。質問のポイントがずれているが、彼女は艦のアイドルであり、士気向上に役立っているので、あまり冷たくしないほうが良かった。
「さっき説明したとおりだ。出港までは機密漏洩を避けるため、話せない。出港したら、説明するよ」フロストはやさしく答えた。実はフロストにもわかっていなかった。命令の詳細は暗号で与えられ、解読キーが書かれた封書は出港まで開封厳禁である。だが、艦長が無知をさらして士気を下げても意味はない。知っているふりをしてもどうせ誰にもばれはしないのだ。

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 エウーゴの陣容がすべて明かされています。思えば2年前、このあたりから書き出したんですよね・・・。後に出てくる文章と比べて、稚拙さが目立つような気もしますが、面倒くさいので、残しました。ジャック=ブレナン大統領はもうちょっと活躍してもらう予定だったんですが、単なる脇役に成り下がっています。
 代わって成り上がったのが、オットー=ラインバルト、ジェネラル取締役。彼こそが、このUC0215を誤った方向へ導いていきます。シャア、グエン=サード=ラインフォードあたりがモデルになるんですかね。どっちかというとグエン様ですね。
 フロストは、あえて優秀な艦長にはしていません。艦長、というとガンダムファンにはなんといってもブライトでしょうが、私にとってはホーンブロワー(ガンダムではない)です。ホーンブロワーについては、googleあたりで検索してもらいたいですが、決してヒーロー系の優秀な艦長ではありません。元祖理系主役って感じですかね。
 私にとってのホーンブロワーを超えないように、文系、だめだめな感じかつそれでもまあなんとかやっていけている程度の上司、というイメージです。