(7) 里帰り-2
「イアンも天使隊の隊長さんなのね。すごいじゃない」ラキーナは大げさに驚いてみせてくれた。この前ラキーナに会ったのはメッターが隊長になったときだから、もう1年前だ。この間に、ちょっと大人っぽくなったかな、とイアンは思った。黒くてちょっとウェーブしているきれいな髪、褐色でつやのある肌、大きくてきれいな瞳、厚くて肉感的な唇、ことに大きくなってきたような気がする胸のふくらみ……。胸にちょっと長く視線を留めすぎたかもと思って、あわててあさっての方向へ視線をそらした。
「何、照れてるの? ふふ」ラキーナはうまい具合に誤解してくれたようだった。
しゃれた喫茶店で、メッターとイアンはラキーナと再会していた。店内は薄暗く、控えめにジャズが流れている。イアンにとってはアダルトすぎるムードともいえたが、ラキーナは満足しているようだ。それにしても、メッターだってサンティアゴに帰ってくる機会は僕と同じ回数しかないはずなのに、どうしてこんな店が見つけられるんだろう? 僕が店を決めたら、もっと子供っぽいハンバーガーショップとかになってしまっただろう。そう思ってメッターにちょっと嫉妬した。
「そうさ。イアンは自分の実力で隊長になったんじゃないか。照れる必要なんかないぜ」メッターがいった。天使隊のメッターはまさに模範生である。サンティアゴに戻ったメッターも、また模範的である。若者らしい口調、思い切り、ラキーナへの接し方。イアンはため息が出る思いだった。どうやったらこんな風に振舞えるんだろう?
「この前はメッターにあっという間にやられたよ」ああ、僕はもっと気が利いたことがいえないんだろうか。これではその前の2連戦のことを、メッターからラキーナに言ってほしいというのと同じだ。僕は、メッターを通じてしか、自分の力をラキーナに示せない。メッターがいないと、ラキーナと会話が弾まない。隊のメンバーにはあんなにえらそうな口調で演説できるくせに。
「あの時、こいつはおれとの前に、二回戦ったんだ。それも、二対一のハンディバトルを二回くぐりぬけた。あれは、天使隊の語り草だよ。それから、おれが呼ばれたんだ。しかも二対一の一隊として。イグドールの野郎に言ったんだよ。ふざけんなって。おれの隊を馬鹿にしてる、一対一でないとやらないぜってさ」メッターは義憤して言い切った。ラキーナは、まさに英雄を見る眼で、メッターを見ていた。いつもこうなんだ。メッターは僕を誉めているんだけど、ラキーナは僕のほうを見てくれない。
ラキーナ。父さんと一緒に地球に降りた時、サンティアゴで友達になってくれた。メッターが紹介してくれた。その前にいたフロントライン=サイドでは、白人とアジア系の人種ばかりだった。ラキーナはアジア系に通じるところもあったが、すごくエキゾチックに見えた。
ラキーナはサンティアゴでも有数の裕福な家庭の娘だ。ガイア教が指導する学校へ入学した。父親はサンティアゴの司祭・枢軸卿を務める。サンティアゴにやってくる学生や研究者たちの魂を導く重要な役目である。
一方、メッターは貧しい家庭の出身だ。幼いときから優秀さをみせ、奨学金を得てラキーナと同じ学校へ進んだ。そこでトップの成績を収めて、天使隊へ進んだのは後の話であるが、まさに苦労人である。
イアンはフレイドと宇宙から降りてきた。そのことは秘密ではなかったから、サンティアゴでは異端視された。イアンはサンティアゴでラキーナと同じ裕福な家庭の子供が行く学校に行かされたが、なかなか友達ができなかった。
貧しい家庭の出身のメッター、宇宙から降りてきたイアン。孤立した子供同士が仲良くなるのには時間はかからなかった。極めつけの優秀な子供であるメッターに引きずられるように、イアンも優秀な成績を修めた。
メッターとラキーナが親しくなった理由は知らなかったが、とにかく友達に飢えていたイアンは、メッターの紹介に飛びついてラキーナとも友達になった。ラキーナの父親は名士であり、ラキーナは明るくかわいい少女であったので、友達がたくさんいた。裕福で敬虔なガイアに入信した家庭の友達が。孤独に苦しんだイアンの生活は、急に活気付いたものとなったのである。
ひとしきり、昔話に花を咲かせた。少年メッターは遊ぶのにも、他の子供が思いもつかない様なことを考え出した。サンティアゴの西には昔の港町でバルパライソという廃墟があった。そこを探検しようと言い出したのである。ラキーナの家のエレカを拝借し、3人で無免許ドライブをし、バルパライソの海岸を探索した。海は巨大なごみためと化しており、腐臭を漂わせていたが、子供たちには関係なかった。大きな洞窟を見つけ、秘密基地と称した。親に無断で一晩を過ごし、あとで散々怒られた。
「あの時の、タイムカプセル、まだあるかな」
未来の自分と、友達へ。手紙が、秘密基地の奥に埋めてある。
「そりゃあるさ。明日にでも確認しに行くかい?」
「あたしが二十歳になったら、開けるって約束でしょ? まだだめよ」
「ラキーナ、顔が赤いぜ。何書いたか、思い出したか?」
「メッター、余計なこと言わないで! とにかく、だめっ」
その後も、ラキーナを中心にして、デートの会話ははずんだ。メッターとイアンの天使隊の生活、友人のこと、ラキーナの今の学校のこと、ラキーナの家庭のこと。ラキーナの進路のこと。
ラキーナは今年ハイスクールを卒業した後の進路に悩んでいるようだった。
「お父様はね、大学にいけっていうのよ。だけど、私は<妖精隊>へ進もうかと思っているの」妖精隊とは天使隊の女性版である。ガイア教はセックスに関しては厳しい。地球を汚すのはスペースノイドと、過剰な人口だという教えに基づく。準備隊でも女性は天使隊と別になり、その後聖霊隊で同じ所属となる。
「だめだ!」メッターが厳しく言った。「君は大学へ行くべきだ」イアンもはっとするような『隊長モード』の口調であった。ラキーナからすれば、驚いて涙ぐんでもおかしくない。
「……なんで……?」ラキーナがやっと口にした。メッターも自分の口調があまりにも厳しかったのに気づいたようだった。やさしくいった。
「妖精隊はラキーナが思っているようなところじゃないんだ。兵士として、ありとあらゆる訓練をさせられる」一息ついて、紅茶を含んだ。
「イアンやおれの武器は力だけだ。相手を殺す。だけど、女は違うんだよ。女の武器というのがある。それは、敵を味方にする武器だ。おれたちより強力なんだよ。そんなものまで、妖精隊の訓練には含まれている。お父様はそれを知っていて、反対している」
ラキーナは衝撃を受けたようだった。イアンにしても同じだった。
だが、メッターは、この話題をもう口にしたがらなかった。ラキーナのことを思ってだろう。
会話が途切れた。
イアンは、今こそ言うべきべきときだと思った。
父親から、宇宙に帰るよう誘われている。天使隊ではイグドールとサンターナに目をつけられている。宇宙へ行くべきだろうか。天使隊を辞めて。
ラキーナがいってくれれば、留まるつもりだった。地球にいてほしいと。たとえそれがメッターのおまけ的な立場であったとしても。
メッターが強くいってくれれば、また前と同じで天使隊を続けるつもりだった。おれの右側を守るのはおまえだと。
「このあいださ、」メッターが沈黙を断ち切った。「イアンがいうんだよ、天使隊を辞めたいって。だけど、おれのアドバイスが効いたのかな? イアン隊はおれの隊の成績に迫るようになった。イアンとおれで、将来聖霊隊と地球連邦軍を率いて、薄汚いスペースノイドどもを従わせて、世界をきれいにするんだ。ラキーナは後ろでおれたちを見ててほしい。戦うのはおれたちがやる。守ってあげるよ」
ラキーナはうっとりしてメッターを見つめた。結局イアンは言い出せなかった。


イアンの憧れの(年下ですが)女の子、ラキーナの登場です。イアンと絡む女性は3人いますが、そのうちのトップバッターです。そして、一番こっぴどい運命が待ち受けています。作者は、当初の構想で、こっぴどい運命のまま終わらせるつもりでした。が、あんまりにもかわいそうに思って、最終的に救ってあげています。黒髪のお茶目な女の子です。おぼえておいてください。
秘密基地とタイムカプセルの話は、伏線です。でも、こういう話って、ちょっといい話だな〜なんて、自分では気に入っています。