(8) チチカカ-1
サンターナは天使隊大隊長室に秘書役の少年が持ってきた報告書に目をとおして驚いた。なぜこんな子供が天使隊に入り込んだのか? イグドールの不用意さ加減に腹が立った。これは降格に値するミスだ。
イアン=ランドー、17歳。なんと、地球生まれではない。ガイアの子ではないのだ。スペースノイド――ガイアを陵辱する薄汚い豚と言わなくてはならないな――の一人だったのだ。コロニーで生まれ、5歳まで暮らしていた。
父親はフレイド=ランドー。出身は東部ヨーロッパ。ナノテクノロジーとバイオテクノロジーの2分野で博士号をとっている。もともと地球でナノマシン研究をやっていたが、この分野はコロニーの方がもともと進んでいたので、ガイア教団が許可を出してコロニーに留学させた。そこでコロニー出身の女性と恋に落ち結婚して、できた子供がイアンであった。研究の成果が上がったのを確認した教団はフレイドを呼び戻すことにした。その前にイアンの母は事故死している。
ガイアにイアンを連れて戻ってきたフレイドは、今度はバイオテクノロジーというまったく違う分野に研究分野を変えている。ナノテクのお手本として微生物を取り上げるのはベーシックなやり方だが、完全にバイオテクノロジーの分野に足を踏み入れた研究者はほとんどいない。まだ具体的な成果は上がっていないものの、意欲的な論文をいくつか発表している。
ガイア教団は聖地をクスコに定め、アンデス山脈沿いに各種施設を備えていた。サンティアゴは大学と研究施設である。フレイドはそこを研究拠点とし、住みついた。イアンはそこで10年間を過ごした。常に教団の影響下にある環境で過ごしたはずである。16歳のとき、親しい友人のメッター=アルドレスに誘われ、天使団の加入に応募した。
天使隊に入ってからのイアンの活動は秀逸である。だが、模範的とはいえない。学業は優秀で、『模擬戦』の働きも優れており、サバイバル訓練ではピカ一だ。だが、メッター隊ではあくまで「名補佐役」「メッターの懐刀」であり、意欲的に隊を率いるタイプではなかったようだ。
あえて、その少年を隊長にした。
成績は当初、非常に悪かった。だが、ここのところ、ぐんぐん成績を伸ばしている。きっかけとなった事件も、わかっている。隊の中の落ちこぼれ上級生を制裁し、半死半生の目にあわせたのだ。見せしめの生贄である。
差し金もわかっている。メッター=アルドレスだ。前々日に、二人で密談をしている様子がICタグの履歴からわかる。
そこまでは、期待通りである。メッターに次ぐ、天使隊きっての真のエースが生まれたかもしれなかった。
だが、そこからが問題視された。イアンの隊は連勝を続けたが、勝ち方がまともではない。ルールの裏をかくような戦い方が目立っている。サンターナ自身はゲームのルールが悪いのだと思うが、周りはイアンが悪いと思うようになったようだ。
実質的に天使隊の運営に当たっているイグドールは、特にイアンを強く憎んだようだ。愚かな人間には、イアンのような規格外の才能は認められないのだ。サンターナの承諾を得ず、勝手に新兵をイアン隊にどんどん割り当てた。おまけに、イアン隊と複数の隊のイレギュラーゲームなども行っているようだ。
イグドールを怒鳴りつけ、イアンを保護するべきだろうか。だが、イアンの顔を思い描いて、やめた。顔はかわいいが、あの目は良くない。素直ではない。素直でないから、ゲームのルールの裏を書くようなこともできるのだが、かわいくない。かわいがるなら、この子のようでないと。秘書役の少年の薄い胸をなでまわしながら思った。乳首を責めると息が速くなる。少年の股間に手を回すと、小さく勃起しているのがわかった。
ガイアの子でないものが聖なる天使隊にいること自体も問題だが、ガイアに身をささげる気のないものが隊にいることはさらにまずい。私の野望を阻むものとなりかねない。ガイアの子でない少年と、それを入隊させた愚かな教官。どちらも、よくないな。
勃起したサンターナは自分のペニスを少年に握らせた。
「あの二連戦には驚きました。しかしながら、あの模擬戦のやり方は汚い。将来のガイア聖霊隊を支えるメンバーとして、いかがなものかと思います。もっと正々堂々たる戦いをすべきではないかと」イアンについて問うと、イグドールがいやらしい答え方をした。
やれやれ、こいつの愚かさ加減はもううんざりだった。サンターナはため息をついた。イアンの優秀さは疑うべくもない。柔軟な発想こそは、今までの天使隊になかったものだ。
確かに、柔軟すぎる発想は危険だ。それは教団そのものを揺るがしかねない。その面ではイグドールの懸念は、本人の意図を超えて、あたっている。だが、天使隊と聖霊隊は、軍隊である。ガイアの……私の……意思の実現のため、ありとあらゆる事態に対応し、敵に撃ち勝たなければならないのだ。勝つための手段は選べない。
しかし、イアンを評価する一方で、イアンの出自の問題にこだわらざるをえないのが、サンターナの今の立場だ。それは、サンターナの心の一番奥で、彼の性の趣味とつながってもいる。メッターは彼の趣味の範囲外だ。だが、イアンは、ゴールの枠に飛んできた、届かない球である。その意識が、むしろイアンに対しての意識を頑なにさせているのに気づいていて、修正しなかった。
「イアン=ランドー。地球の生まれではない。知っていたかな」この話を持ち出して、イアンに対するサディスティックな欲求と、イグドールに対する苛立ちを同時に解決させようとした。
イグドールはサンターナの静かな口調に、思った。このサンターナというきざな名前の男。しかも自分より若い天使隊大隊長。もともと気に入らない。ゲス野郎だ。だいたい、若すぎるんだ。2年前にぽっと天使隊に入ってきて、いきなり隊長面しやがって、くそがきどもといっしょだ。気に食わない。せかせかと額に浮かぶ汗をぬぐいながら、思った。こんながきが勤まる訳ないんだ。そう思ったが、口にできた言葉は、なかった。
「ふむ。入隊させた責任は、誰かが取らねばならんな」こういう鈍感な手合いには、露骨にほのめかさざるをえない。サンターナの美学には反する。愚かな人間と話すと、自分のレベルまで下がりそうだ。イグドールの薄くなった頭頂部に粒々と汗が浮かんでいるのを嫌悪しつつ眺めた。イグドールを教官として放置したのが自分だなどとは決して思わない。とにかく、イグドールなどという小物をどうこうするのはいつでもできるのだから、まずはイアン=ランドーの処置からやるべきだ。
「彼の隊は解散だ。時に、彼が『修正』を加えた隊員、グラーブという子供は除隊してどうなった?」サンターナは、イグドールがどう答えるか、わかっていてきいた。
「え……。は、あの、申し訳ございません」
「わからないというのだな」
「はあ……」
イグドールはしどろもどろに答えた。だから、こいつは嫌いだ。何もかもわかっているふりしやがって。おれの苦労も考えろ。まったく。ひっきりなしに額を拭きながら、イグドールはもはや思考とは呼べない状態に陥っていた。
「彼は死んだよ。イアン君に死んだ責任はない。除隊後だったのだからな。が、幹部候補生としては人の心の痛みをわかる必要がある。そうは思わないかね。やり方は君に任せる」
イグドールはうろたえた思考をつむいだ。ああ、この若造め。だから、いけすかないんだ。私への、年上への、敬意というものがまったく足らない。イアンめ、くそ。どうしておれの邪魔ばかりするんだ。イグドールは自分の考えの方向がおかしいことに気がつかなかった。わきの下が、べとべとで感触が悪いことまで、イアンに責任転嫁した。
サンターナはくるりと背を向けて去っていった。
イグドールは汗が急に冷えて寒くなった。気持ち悪いが、意識も明瞭になってきたようだ。特に、イアンをどう始末するかについて考えるのは、彼の得意分野といえた。サンターナの指示はもう忘れてしまっていた。グラーブが死んだって? ならばイアンだって死ぬべきだろう。私も天使隊の指揮官の一員なのだ。どうとでもなる。薄い頭髪を汗でぺったりと頭に張り付かせたまま、ヒステリックな笑みを浮かべた。


や〜変態ですね〜、サンターナ。サンターナのモチーフになっているのがパプティマス=シロッコであることは前にも書いたと思いますが、シロッコは、今思うといい人だった・・・。多少手広いだけで、一応、女が相手じゃないかと(笑)。
サンターナの趣味がどこに向かっちゃうかは、お楽しみ・・・ってそれほど暴走しない予定です。安心して読んでください。