(8) チチカカ-2
ラパス空港にイアンとメッターは降り立った。休暇は終了である。結局、戻ってきてしまったな。あれから一日、イアンはひとりで思い悩んだ。地球に残り、天使隊を続けるか、一切を捨てて宇宙へ行くか。決断がつかないまま、メッターから呼び出された。少し早いが、明日の朝の飛行機で戻ろうと。心が定まらないまま、メッターと一緒にチチカカへ戻ってきたのである。
空港から車で2時間ほどのところに天使隊訓練キャンプはあった。だが、空港から出ようとするところに、イアン隊の年少兵のジョーンズが駆け寄ってきた。偶然とは思えなかった。
「た、隊長……。よかった、つかまえられて」息を切らせながら、ジョーンズが言った。イアンはジョーンズが敬礼をしようとしたのを身振りで止めさせた。「ここはキャンプの外だ。目立つからよせ」メッターが補足した。
「ジョーンズ。何があった?」イアンはいやな予感でいっぱいになりながら、尋ねた。
「はい……」ジョーンズがちらっと目をメッターのほうにやった。
メッターがいつもながらのすばやい気のきかせ方を見せた。「うん……。ちょっと飲み物でも買ってくる。イアンはコーヒーだよな? ジョーンズ君もコーヒーでいいか?」「はい。ありがとうございます」ジョーンズはメッターの配慮に感謝した。メッターは売店の方に去っていった。
ジョーンズは少し前まで、頼りなげなガキだった。顔中そばかすだらけのかわいい少年兵であるが、態度に自信がにじみ出るようになり、この何ヶ月かでずいぶん大人になった、とイアンは思ってから、自分だってまだ子供なのに、と自分を皮肉った。
「サイクスの使いできました。サイクスは副隊長だから、イグドールの手前、キャンプを離れてしまうわけにはいきませんでした」サイクスとジョーンズは1年度兵だから、休暇は1週間あるものの、キャンプでの寝泊りがきまりである。昼間だけラパスの町で羽が伸ばせるのだ。
「隊長がキャンプを出てから、サイクスがイグドールに呼び出されて、言われたんです。まず、今の隊は解散です。隊長は降格になります。それと、グラーブが、死にました」
何だって? グラーブが今ごろ死んだというのか。あの暴行を加えた直後は何とか生き残ったのに。頭にもかなりのダメージを加えたから、脳の損傷が原因で、一週間程度たってから死んでもおかしくはない。だが、もう三ヶ月以上たっている。イアンはまたいやな予測をした。
「イグドールはサンターナのしっぽです。サンターナが隊長に目をつけていたのはみんな知っています」言葉を切ってジョーンズが続けた。
「サイクスは、グラーブが死んだことが嘘か、あるいはサンターナがグラーブを後で殺したのではないかと推測してます。ですが、どちらにしても同じことだと思います」サイクスも同じ考えにいたったというわけだ。サイクスも短時間に長足の進歩を遂げた。だが、それを誉める機会は、二度とこないかもしれない。
「隊の規則を調べました。上官が部下を殺してしまった場合は、軍事裁判となります。この場合は、自分たちが証言できます。でも、イグドールは隊長が降格された後に訴えを起こすつもりだとサイクスは考えてます。兵卒同士のいざこざで、どちらかが死んだ場合の規定は、裁判なしの死刑です。裁量は司令官に与えられます。天使隊の場合は、イグドールです。イグドールは隊長を死刑にするつもりでしょう。サイクスは隊長がキャンプに戻らないほうが良いと思っています。自分も、同じ考えです」ジョーンズは一気に言った。よく感情をセーブして話していた。
ジョーンズの言ったことを吟味してみた。グラーブに例の修正を加える前に、隊の中の暴力について規則は確認した。サイクスの言うとおりのはずだ。それに、あのちびはげめ。あいつの性格なら、僕を死刑にすることぐらい何ともないはずだ。
軍事裁判に持ち込む方法はあるだろうか? 規則を頭の中で確認してみた。イグドールの理屈がおかしいことを証明する場はどこだ? どこに訴えればいい? どうすればイグドールをはめてやれる?
――それより直接会ってぶっ殺したほうが早いぜ。
だめだ。ハイドを出しては。物事がめちゃめちゃになる。抑え込め。
どう考えても無駄だった。所詮は宗教団体である。主の――上官の――意思に人が逆らうことはできないのだ。最上の選択は、はじめから負けが決まっているゲームに参加しないこと。
「ありがとう。よく伝えてくれた」長い間の後、イアンはいった。
「これからどうするおつもりですか? 連中は、隊長を追うんじゃないかと……」ついにジョーンズは感情に負けて、泣きながらいった。「もう隊長じゃないよ、ジョーンズ」イアンは、やさしく答えた。
「またサンティアゴに戻る。そこから先は、気にしなくても大丈夫だよ」追い詰められて、宇宙に逃げる。自分で選択した結果ではないが、満足感があった。なるべくしてなった結果だったような気がした。
サンティアゴへの飛行機は1時間半後。まだ空き席はある。ボードを見て、ジョーンズに言った。「あの飛行機で、行くよ。サイクスと、みんなに、お礼をいいたい。伝えてくれ。今までありがとう」
踏ん切りがつくと、不思議なことに涙が出た。もうコントロールは保てなかった。ジョーンズと抱き合った。「ごめん。本当に」別に謝ることなんかないのに。
ジョーンズも、泣いていた。イアンは初めて一人前として扱ってくれた人だった。未来へのビジョンをみせてくれたのがイアンだった。「おれたち、全員隊長の下で立派に戦いました。隊長がいなくても、やれるんでしょうか?」
「みんな強くなった。僕がいなくても大丈夫さ」イアンは、いった。ジョーンズ、サイクス、ドノバン、みんな。僕に惑わされず、立派にやってほしい。本当にそう思った。
「さあ、キャンプに帰るんだ。みんなによろしくな」イアンはジョーンズと身を離して言った。これから、メッターと対決しなくてはならない。
メッターは律儀にコーヒーを2つと自分の分の紅茶を持ってきた。「ジョーンズ君は帰したのかい」メッターはコーヒーをイアンに渡して、話の内容を説明するよう身振りで促した。イアンはざっと説明した。
「そんなわけで、僕は殺人の罪に問われているらしい。キャンプにはいけなくなった。サンティアゴに戻って、身の振りかたを考える」
「グラーブが死んだくらいでか」人を殺しても、相手によっては罪に問われるはずがない、とメッターはいうのだろうか?
「そうらしい。イグドールは僕を死刑にするだろう」イグドールは僕を憎んでいる。サンターナも。イアンは言った。
「……隊に戻るんだ。うまくいく方法がある」つらそうに、メッターは言った。
「サンターナのところに行くんだ。そこで、主への愛と……」メッターは顔を急に歪めた。「……サンターナへの愛を告白するんだ。サンターナに抱かれろ」
サンターナがおかしな感情を僕に抱いていたのは知っていた。メッターが気づいていたとは。しかも、今度のことの原因が、そこにあるというのか。イアンは、友人の感性に驚きつつ、サンターナに抱かれる自分を想像した。気分が悪くなりそうだった。僕はラキーナが好きな、まともな男なのに。
「いやだ。サンティアゴに帰る」
「だめだ!」メッターの言葉は強かった。
「おれのそばから離れないでくれ。おれたちは、いつまでも天使隊の使い走りじゃない。二人ならば、この宇宙さえも手にできる」メッターはイアンの左眉の切れた部分にそっと触ってから、顔を背けて言った。
「何……何を言い出すんだよ、メッター」
イアンは当惑した。
「イアン、おれはおまえの才能を認めている。本当だ。おれは、ガイアで成り上がる。そして、いつまでも駒じゃない。おまえがおれの右側を守ってくれれば、邪魔するものはすべて倒せる。そうだろう? おまえだって感じていたはずだ。二人で戦えば、お互いの感性を補いあえる」
「僕は、あそこでは必要とされない人間だよ」
「おれが必要としている。それでは足りないのか」
「そうじゃないんだよ」
そうではない。イアンは、思う。イアンがサンターナに抱かれる屈辱を耐えてまで、メッターのところにとどまらなければならない理由が、明確にならないことに、苛立ちを覚える。
「ラキーナが好きなんだろ? ラキーナのためにも、天使隊を続けてくれ」
理由は、メッターとイアンの友情ではなかったのか。だが、ラキーナのことまで持ち出してまで、メッターはその言葉を口にしなかった。
「サンティアゴに帰る。次の飛行機で」イアンは言った。
メッターはイアンの髪に触った。なごりをおしむように。イアンは、抵抗しなかった。


ついに、イアンがガイアから脱会する日です。そいえば、昨日、某カルト教団の某教祖様に死刑判決(一審ですが)が出たんですよね。まあ、そんな日にアップしました。
あんまり裏話連発なのはどうかと思うんですが、メッターとイアンの関係のモデルを明かしちゃいましょう。ていうのは、SEEDだと思われると嫌だからです。これ書き出したときは、まだあれ始まってなかったんです。ていうか、いまだに見てないし。
話がそれました。モデルは、「ジョジョの奇妙な冒険」パート1のディオとジョジョです。メッターはディオほど悪人じゃないんですが、強烈な上昇志向の持ち主ってことで、常にイアンの能力を把握し、利用しようとするパーソナリティーを受け持たされています。