ガンダムイフニ

2罪

 人間は塵と泥と灰からできており、さらに悪いことには、もっとも不潔な精液から作られる。彼は肉欲と、激しい情欲と悪臭を放つ放蕩の中で身篭られ、いっそう悪いことには罪の汚れの中で孕まれた。また、彼は苦労、恐怖、悲嘆に苛まれるために生まれ、さらに悲しいことに、死ぬために生まれたのである。彼は主なる神や隣人を怒らせ、自分自身をも傷つける悪いことを行う。また、彼は名誉、人格や良心までをも曇らせる無益で邪悪なふるまいをする。彼は果たすべき真剣で有益なものをも怠り、無益なことを行う。彼は常に燃え盛り消えることのない火の燃料となり、また、つねにむしばみ、食い尽くす不死なる蛆虫の餌食となり、さらに、常に悪臭を放ち、汚辱にまみれた恐ろしい腐敗の塊となろう。
ロタニオ・デイ・セニ(後のインノケンティウス三世)『人間の悲惨な境遇について』 12世紀ごろ

(1) <ギニア>入港

 イアンはスペースコロニーを見るのは初めてではない。だが、5歳のときの記憶は遠く、12年ぶりに見るその人工建造物はイアンにさまざまな想いを抱かせた。大きい、だが、果てしなく広がる宇宙の闇の中では華奢にも見える。自分の生活の場を宇宙という苛酷な環境に構築する人類の叡智、地球に住み切れないほどの人口を生み出してしまった愚昧。
「イアンはコロニー見るの初めてじゃないんでしょ?」すっかり仲良くなったビビアンが話し掛けてきた。
「最後に見たのは5歳のときだから、あまり憶えてないんです」今は減速も終わり、回転している居住区を除き、ほぼ無重力状態である。今二人がいるデッキも同じだ。ふわりと浮かびながらイアンは答えた。
「イアンって無重力何ともないのね」
「珍しいですか?」
「聞いた話だけなんだけど、地球に住んでる人が宇宙に出ると、乗り物酔いみたいになったり、自分が落ちつづけているような錯覚に囚われてノイローゼになる人もいるって」
「僕は体が軽くって気持ちいいですね。ただ、力の加減はまだ慣れてないですよ」
 やはり、イアンの無重力環境への適性は高いのだろう、とビビアンは思う。さっきまで、イアンのひざがビビアンの顔のすぐそばにあって、上下が逆になっていた。それをイアンは軽く壁を手で押し、ビビアンの横に並ぶようにして、自分の体をひっくり返したのである。ただ、その勢いを殺す方法を考えていなかったようだ。ゆっくりとイアンの体はビビアンにぶつかってしまった。二人とも体が横に流れ出す。
「ほらね。ごめんなさい」笑いながら、イアンが言った。二人が別々の方向に流れていくのを避けようとして、イアンは自然とビビアンの手をつかんだ。
「それは力の加減じゃなくて、慣性への慣れの問題ね」手を握られたことに不快感はなく、そのままイアンと流れながらビビアンは答えた。二人の間に温かいものが流れていると思った。傍から見たら恋人みたいに見えないだろうか? そう言おうとして思いとどまった。自分から誘っているのと同じになってしまう。
 イアンも同じように思ったのだろうか。ぱっと手を離して「すみません」と謝った。一つ年上の鷹揚さを見せて「いいのよ」といったが、ちょっとだけ残念に思った。
 入港10分前を告げる全艦放送が流れた。

「すみませんね、こんな入港直前まで精密検査の結果報告が遅れて」
 トマス=スペンドラブ、アークのクルーからはラブ先生と呼ばれている。アーク付けの軍医である。ぼりぼりと顔を掻き、あごの下のヒゲを抜いている。笑顔が絶えない。おまけにちびで、太っていて、とても有能に見えないが、先ほどからの説明は理路整然としている。多分、すごく有能な医者だ。フレイド=ランドーは技術者としての経験と勘で、そう思う。なんといってもアークはエウーゴの最新鋭艦で、最優秀スタッフぞろいである。軍医が例外ということのほうが考えにくい。
 能力が高すぎる人間は嫌われる。それはフレイドも経験上良くわかっていた。だが、ラブ先生は医者だから、患者から嫌われるわけにはいかないのだ。それで、このルーズな外見で親しみやすさを保っている。フレイドはそう見た。
「あなたも、イアン君も、検疫に問題はありません。ギニアのどこのコロニーでも立ち入っていただける状態です」
 医務室は広くはないが、清潔である。フレイドはまっすぐラブ先生を向いて座っているが、先生は机とコンソールに体を傾け、フレイドに対して横向きに座っている格好になっている。まっすぐ向き合わないのも、たぶん患者の緊張感を和らげるコツなのであろう。
「そうですか、ありがとうございます」フレイドが答えた。検疫については、自分のほうが危ない可能性が高いと思っていた。なんといってもあのアバウトな環境で生物兵器の研究に取り組んでいた奴がいたのだ。自分が今まで生きていられたほうが不思議に近い。
「フレイド博士、あなたは、肝臓の数値が非常に悪い」喜ぶフレイドの頭に氷水をかけるような発言をした。「生命に異常がない範囲で、ですがね」
 この言い方が、ラブ先生流の警告の仕方なのだろう、とフレイドは思った。
「フレイド博士、あなたの肝臓の数値の悪さの原因は、よくわかりません。ですが、地球で口にされた水と食料の中に含まれる不純物や添加物が怪しいですね。尿から各種の汚染物質が出てます。地球から上がってきた人には良く見られるパターンで、あなただけが悪いわけではありません。遅かれ早かれ、地球に住む連中は全員顔を真黄色にして死に絶えるのでしょう」
「大きな問題はないとおっしゃるのですね」フレイドが一番重要な点の要約を求めた。
「そうです。私があなたなら、しばらくコロニーに留まり、暴飲暴食を避けます。これで、大体通常の数値になります。10年地球で過ごされたことによるもっと根が深いダメージもあるかもしれませんが、これについてはなんとも言いようがありません。まあ、一生コロニーで過ごしていれば101まで生きられたものを、このダメージによって100で死んでしまう。そのくらいのレベルと思っておられたほうがよろしいでしょう」
 そんな程度なのかと考えるべきなのか、あるいはそんなに大ダメージを受けたと考えるべきなのか、フレイドには良くわからない。バイオテクノロジーについては詳しいが、医学というのはまただいぶ違う分野であり、未だに経験則が働く余地のある学問である。
「まあコロニーの酒場にはいっぺんに10年寿命を縮めるようなドラッグの類もありますし、野菜中心の食生活と肉中心の食生活のどちらをとるかによって20年は寿命が異なる。今後性的なパートナーを得るかどうか、あるいは得ないで経済学的にその種の問題の解決を図るか、そういったことも影響します。要するに、地球で得たダメージはこれからの生き方によりますが、無視してもかまわないだけのものです」
 フレイドは一息ついた。自分はまずは問題ないと知らされた。あさましいことだと思いながらも、さっきまで切迫していなかった問題が一つ持ち上がる。イアンはどうなのか。
「さて、息子さんのことですが、まず、表面的なことで言うと、あなたより各種の数値はよい状態です。たぶん汚染が少ない地域での生活していたのでしょう?」足を組んで、ぼりぼりと尻を掻いている。
「そうです。しばらくチチカカ周辺の高高度で生活していました」さっきは高い評価をやりすぎたかな、と思っていたところへ、こういう核心をつく発言がくる。ラブ先生、なかなか聞かせる男である。
「なるほど、それでか。では、これから、問題点をいくつかお話します。まず、息子さんの筋力、反射能力、そして総合的な身体能力は非常に高い。考えられないほどに。尿から、βアンドロ、ハロテスティン系の物質、その他各種の能力増強剤の残滓が検出されました。幸いにしてか、あるいは投与したものが配慮したのかわかりませんが、どれも副作用は比較的低いものです。もっともドーピング検査には一発で引っかかるような代物ですので、息子さんがコロニーでアスリートとして活躍できる可能性はありません。それも一生。心肺能力も異常に高いですが、これは高高地で生活していたことの影響のほうが高いと思います。
 IQも高い。あなたも高いですから、遺伝と考えて差し支えないかもしれませんが、それ以外に、高い状況把握能力を有しています。空間把握、未来予測も常人の域ではない。もし、彼がまっさらなスペースノイドなら、こういわれます。ニュータイプ、です。
 ですが、彼は地球人で、ああいう組織にいた。しかも、薬物投与の影響は明らかだ。ですので、まずこう疑われます。強化人間ではないか、と」

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 第二章は前半ず〜っとイアンの平安(?)な時間が続きます。うらやましいかぎり・・・。
 この項ではイアンとビビアンの戯れる様子と、後半のイアンの「普通ではいられない原因」の一端が語られます。ちぐはぐみたいですが、よく書けたかなと。
 で、話は変わって、初登場のラブ先生です。一般的な学校の保険の先生がイメージにあるわけなんですが、どうですか? ストーリー上はキーマンなんですが、正直、学校の保険の先生って、お世話になったことないので、無駄な人のイメージが大きいんですよね。