
(11) 暴走
「イアン、それを使えるんだな?」本当にイアンなのか、このディスプレイの中の若者は? 疑問が解消しきれないまま、フレイドは呼びかけた。
「ああ、問題ないぜ。次はそっちの建物の中で暴れてるヒゲをやればいいんだろ?」
言葉遣いも、普段のイアンではない。だが、イアンには違いない。そう思うしかなかった。
「……マニピュレータのさっきの武器は、重金属粒子をプラズマ化させて飛ばすものだ。威力はないが、他に装備済みの武器はない。活用してくれ」
「はいはい、了解」通信は向こうから切られた。窓の外でイフニがヤマトのラボに向かって降下するのが見えた。
「イフニに息子さんが乗っているんですか」ドースン=ウィルキンズが部屋に入ってきてフレイドに聞いた。宇宙服をフレイドのところに持ってきたのだ。
「そのようです」そして、ターンBのパイロットを仕留めたのだ。見事な腕で。
悩んだ末、コロニー内部のことはイアンに任せる判断をした。非情な判断である。仮に、仮にだ。イフニがターンAにやられることがあっても、ターンAは武器にビームサーベルしか持っていない。コロニー全体に重大な被害を及ぼすことは簡単にはできない。コロニー本体への砲撃がさっきから激しくなっている。こちらを止めるのに、エウーゴの戦力を使ってもらうべきだ。
「エウーゴに連絡。コロニー内にモビルスーツの派遣は不要だ。外から砲撃してくるやつの撃退に向けてくれ」
そして、ターンAには息子一人で立ち向かわせる。より多くの人命を尊重した判断ではあるが、天秤のもう一方の秤に乗せられているのは、まさに自分の一人息子なのだ。フレイドは思わず唇を血が出るほど強くかんでいた。
「あなたは正しい判断をした。立派だと思います。心中お察しします。さあ、ノーマルスーツを着てください」
ドースンがフレイドの肩に手を置きながら、やさしく言った。ドースン自身の娘と妻も、今ごろ砲撃に巻き込まれていないとは限らない。学校にいてくれれば避難設備は充実しているのだが。
「マリリーはやられたのか」イフニのスマートな筐体がヤマト工業のラボに入ってきたとき、パットはほとんどの大型ミノフスキードライブを破壊し終わっていた。濃いラテン系の美男顔が悲しみにゆがむ。
「……二人で先にあいつをやるべきだったか」いい女だった。残念だったとは思う。しかし、意外と冷静だった。マリリーの敵討ちは最後のミノフスキードライブを破壊し終わってからだ。ビームサーベルを振り下ろす。
「何を壊してんだか」
鼻で笑って、ハイド=イアンはビームシールドを展開し先に立てて、ターンAに向かって突進した。
パットはターンAにサイドステップをさせ、かわして切りかかろうとした。だが、イフニはぴたりと止まるとターンAを上回るスピードでステップし、背後に回った。
「何だと……うわッ」後ろからイフニに蹴られてターンAはよろめいた。今度こそ避けられない勢いでイフニがその未塗装の体を突っ込ませてきた。パットは衝撃に備えて身を硬くした。
再びぴたりとイフニは目の前で止まり、なんと手刀でビームサーベルを叩き落としたのである。同時に、例の武器は使わずに頭を殴ってターンAを倒した。仰向けに倒れる。20m近い巨体が倒れる地響きがした。
イフニは倒れたターンAを見下ろすように立っていた。
「くそ、こいつ、なんて奴だ……」パットは呆然とつぶやいた。
イフニがヤマトのラボに入ってきてからここまで15秒くらいだろう。イフニの基本性能の高さもあるだろうが、パイロットの腕が良すぎた。とてもかなわない。まあ、主目的は果たせたわけだし、よしとすべきかな。冷静にふっと笑うと、コクピットを開け放ち、全人類共通の降伏のポーズ――バンザイ――をした。まあ、後で死刑になるかもしれないが、今死ぬことはない。
「どういう設計だよ、コクピットが剥き出しだぜ」ハイド=イアンはあざ笑った。腰の突起部分のカバーが開くと、イアンからさっきの男の顔が見えた。両手を上げて、降伏の意思表示をしているらしい。
右足を上げて、ターンAの胸を踏みつけた。接触回線が有効になる。
パットは「マリリーとのセックスは良かったのかい」と言う少年の声がスピーカから響いてくるのを聞いた。
「坊やか。イアン=ランドー君だったか? 負けたよ。降参だ」
「質問に答えるんだ! どうだったんだ」苛立った声がする。
「マリリーは最高の体とテクニックを持っていた。まさしく最高だ。マリリーは生きているのか? なら、君にもチャンスがあるかもしれないぞ。彼女は君のことを結構気に入っていたようだからね」
どうなっているんだ、この少年は? 不安になりつつも、ここは少年が期待する答えを返してやるべきだと判断した。
「くくく、ははは、あはははは」ヒステリックな笑い声がコクピットに充満した。「そうかい、それは良かった。彼女の体はおれがミンチにしてやった。男を誘惑することはもうないのさ」
「そうか、それで……」パットの不安は増幅した。会話を途切れさせたら、どうなるかわからない。とりあえず言葉を続けようとしたが、パットの不安は的中した。最悪の形で。
「あとは、おまえだ。おまえが女と抱き合ったりできないようにしてやるよ。マリリーと同じくミンチにしてね」
ターンAの胸のところを押さえつけていたイフニの足が上がった。パットは必死になってターンAを動かそうとした。だが、ターンAのコクピットのところにイフニが足を踏みおろす方が早かった。



イアンの副人格<ハイド>の凶暴性には、すでにこの物語の中で数名が犠牲になっていますが・・・極めつけの死を与えられてしまったパット君に合掌。
多重人格の小説はいくつかあると思いますが、僕のモデルはなんといってもダニエル=キイスです。読んだ人も多いと思います。挑戦してみてください。