
(12) <ヘスティア>包囲-1
ギニアは50基あまりのコロニーの巨大な群である。ラグランジュポイントの中でも安定性が高い。他のポイントでは、たまにコロニーの位置を修正して、ラグランジュポイントの中心に近い位置へ戻してやる必要があるが、ここでは逆に宇宙に漂う各種のごみが勝手に集まってきてしまう。宇宙世紀になって何度も戦争があった結果、地球圏には大量のごみ――モビルスーツや艦船の残骸はもちろん、廃棄コロニーや小惑星の類まで――が漂っていた。これが徐々にではあるが、地球と月の重力の干渉がもたらす安定点に捉えられ、抜け出せなくなっていく。
コロニーは常に資源に飢えている。月から鉱物資源と水を打ち上げてもらい、重水素やヘリウムといったエネルギー資源は木星や土星から延々数年かけて送られ、希少金属類については地球連邦政府に莫大な対価を払って頭を下げて分けてもらう。
そういう環境下で、リサイクルというのは宇宙世紀以前の『環境に配慮』云々とはまったく意味が異なる。リサイクルは第一次産業であり、資源供給の中でもっとも安上がりに済むものの一つである。ギニアのごみ領域は、サルガッソーのような静かな空間ではない。コロニー公社や民間企業、果ては潜りのジャンク屋にいたるまでが蠢く活発な領域だ。まともな企業であればギニア政府に対価を支払ってごみ資源を買い取り、ジャンク屋であれば修理すれば使えそうな、もしくはパーツとして流用できそうなマシンを無断で失敬する。金属片は溶かされ、マシンはばらされ、コロニーの残骸に付着する土壌に至るまで、利用できないものはない。
半年前に、廃棄コロニーが一つギニアの比較的近くを通ったとき、大統領選挙に当選したばかりのジャック=ブレナンは躊躇なくこれをごみ領域に引っ張ってくることを決めた。近くといってもかなり距離があり、姿勢制御用の核パルスエンジンの調達や、その手間を考えると、収支はトントンか少し赤といったところだった。政府の官僚の中にはこの決定を疑問とするものも多かったが、市民に選ばれたばかりの大統領に逆らえるものではない。まあ、任期は4年もあるのだ、徐々に政治の進め方というものを脇から耳元に吹き込むことにして、最初のうちのわがままは我慢しよう、と官僚たちはこれを見過ごすことにした。
このコロニーはギニアコロニー公社の資源とされ、ごみ領域の端っこに置かれた。それから半年間、特にこの廃棄コロニーはばらされるでもなく、なんとなく置かれたままになっていた。そして、市民たちの話題は迫りくる戦争の脅威に集中し、この壊れた薄汚いコロニーのことなどすぐ忘れ去られた。
コロニーの中には、ガイアの戦艦<ヘスティア>がいたのである。
「どういうことなんだ、コロニーを砲撃するなど!」
ジャック=ブレナンはギニア1の執務室のさらに奥の私室に置かれたコンソールに向かって喚いた。
『見てのとおりだよ、大統領。ギニア7の破壊が終了したら、次は1番地だ。待っていてくれ』
すでにミノフスキー粒子の散布が始っているらしく、キニケン――廃棄コロニーの中に潜んでいたガイア聖霊隊第7艦隊付け<ヘスティア>艦長――の画像はとぎれとぎれである。キニケンは落ち着き払って微笑んだ。
『これ以上の通信は無意味だ。切らせてもらう』キニケンは一方的に会見を打ち切った。
「待て、待ってくれ……」
カチカチと何度も接続要求を出すが、応答はなかった。「待て、待ってくれ……。約束が、違うじゃないか!」ばかな、ばかな、ばかな! 狂信者どもめ! ジャック=ブレナンはコンソールの前に呆然として、また接続要求を出す。カチカチ、カチカチ……。
「豚が。こちらを操れるとでも思っていたのか」キニケンはヘスティアの狭い戦闘ブリッジのキャプテンシートでひとりごちた。だが、その満足感は、自分の体が焼かれるまでの一時のものであると痛いほどわかっていた。裏切った側の自分は命を、裏切られたブレナンは世間的地位を失う。まあそんなものだろう。最終的に主の御心にかなえばよいのだ。そして、ヴァルハラはともかく、自分が納得して死ねる。そのことが何より大切なのだ。
砲身が焼けないように20秒間隔でメインメガ粒子砲の一斉射撃を行っている。5分で15斉射である。計算上はコロニーが崩壊することはないものの、しばらく放置すれば空気が全部抜けてしまうだけの穴があく。それに、避難用の最重要輸送機関となる外壁列車のラインは破壊した。
エウーゴの軍備の生産と開発に携わる技術者・労働者はほとんどがこのギニア7に住む。数はおそらく約20万人。トップの技術者は優先して逃げられるだろうが、大部分の労働者は無理だろう。技術は残ってもそれを実際の兵器にすることはできなくなる。エウーゴは当面立ち直れないだけのダメージをこうむるのだ。
20万人の半分くらいはヤマト、ジェネラルの社員の民間人だし、このコロニーには家族を含めて200万人が住む。そういったことはキニケンの頭には思い浮かばない。
「次の斉射で最後です」オペレータが確認でキニケンに報告する。
「よし、第一次戦速でギニア7に向かって前進! ブラザー=パットとシスター=マリリーを回収後、ギニア1に向かう。モビルスーツ隊はスタンバっておけ!」キニケンは落ち着き払って命令した。ここまではすべて予定通りである。
ごみ領域は戦いやすいフィールドである。敵にとって。ビームが飛び交っても、巻き込まれるのはせいぜい逃げ遅れたジャンク屋ぐらいしかいない。ごみ領域にミノフスキー粒子を散布して隠れたところで、エウーゴが全戦力を投入すればすぐ見つかってしまうし、戦力的にヘスティア一隻では見つかればやられるのは時間の問題だ。ならば、ここは姿をあらわしてでも戦いやすい――敵にとって戦いづらい――フィールドへ移動して、最大の戦果をあげられるようにすべきだ。
通常の居住コロニー2基と、ギニア国会や大統領府、政府関連施設を収容したコロニー1基が集中するギニア1空域。そこに逃げ込み、コロニーを盾にして戦う。900万人を人質にとったのと同じだ。奴らにとっては守るべき市民たちであるかもしれないが、我々にとっては豚である。遠慮する必要はまったくない。



<ギニア襲撃事件>の本編に入るその前に、どんなのが<敵>なのか、というのが書きたかった章です。本人大真面目に正義を気取っているんですが、ど〜みたってそりゃ品性下劣ってもんですよっていう線を狙ってみました。が、踏み込みがいまいちかなと。後のほうでハーヴェイに言わせているんですが、「狂人の思考法を追ってみようとしても、無理」なんですよね。難しいです。