ガンダムイフニ

(12) <ヘスティア>包囲-2

「そうか、ランドー博士が全部外に出せといってきたのか」
 フロスト艦長は心底ほっとした。前回の<グリーンランド>との交戦では、戦力はこちらが上回っていたはずなのに、逃げ出すしかない戦いになってしまった。今度は今度で、モビルスーツ戦力を半々に分けて展開しなくてはならなくなるところだったのだが、例のランドー博士が『全部外の敵に集中しろ』といってきたのである。
『ほんとに外に出ていいんですね、艦長!』ブラッドが問い合わせてきた。直前での命令変更はパイロットに疑問を残す。疑問を抱えたまま戦うパイロットはたいてい死ぬ。
「ランドー博士から連絡があった。コロニーの内側の騒動はたいしたことはないようだ。それより、外側からの砲撃のほうが、一般市民の被害を拡大している。こちらに集中しろ。まだ敵の砲撃は続いている。コロニーに穴があいているが、穴をふさぐ役はコロニー公社に任せて、これ以上穴を増やさないことを優先しろ。モビルスーツ各員、飲み込んだか?」フロストは一気に説明した。
『了解。ホートラング、ヴィクトール、出ます!』『ブラッド、出る!』『ボウト、出るよー!』『クリスティーナ=ファイファー、ヴィクトール、行きまーす!』
 とにかく上官の命令には言われたとおり従え、というのは上官にとって楽なだけで、軍全体からしてみると、必ずしも有益ではない。戦いの意味がわかって戦う戦士と、わけもわからず殺戮に喜びを感じる戦士では、最終的に結果は違ってくる。フロストはそういう信念の持ち主だった。まあ、ボウトとクリスには何の事やらわからなかったかもしれないが。
 4機の出撃の後に、ミノフスキードライブが軽くメガ粒子の線を引く。星々とコロニーの単調な光景の中に彩りを提供しているが、光って見えているうちに突っ込めば装甲に穴をうがつ危険な光跡である。アークも出港できれば精神衛生上どんなにいいか。だが、ギニア7の大量の避難民の、ほんの一部しか乗せられないとわかっていても、その義務を放棄するわけには行かない。せめて、ターンプロジェクトのトップの連中だけでも回収しないと、アーク自身も戦闘力が維持できなくなる。コロニーの内側にさっきランチを飛ばした。フレイドはじめ技術者集団は優先して乗船させる。あとは、一人でも多く、他のコロニーへ運ばないと。モビルスーツデッキをあけて、人間を満載すれば、この船にいっぺんに3000人はいけるはずだ。200万人を3000で割ると……。いや、そういう問題じゃない。人命がかかっているのだ。フロストは自分に言い聞かせる。

 リンカーはフレデリカの手を引いて、ハイスクールの地下のエアロックに向かった。フレデリカは泣き出しそうだった。やりすぎかなと思ったが、リンカーはフレデリカの腰に手を回し、ぎゅっと抱きしめてやって、ささやいた。「ほら、しっかりして」
 フレデリカはちょっとびっくりしたようだったが、蒼白だった顔面に血の気が戻り、ちょっと笑ってくれた。よし。エアロックはすぐそこだ。
 エアロックの中はすでに生徒が何人もいた。だが、余裕がある。教育施設は法令で全学生と職員の人数分の避難設備の設置が義務付けられている。砲撃が始まったときはすでに授業が終了し、部活等に参加していない学生は帰宅してしまったので、余裕があるのも当然だった。
 薄暗いエアロックの中は落ち着かない。一般の生徒が薄暗いコンテナのようなこの設備に入るのは、年に一回の防災訓練のときだけなのだ。
 何人かと軽く目で挨拶したが、話し掛けてくるものはなかった。誰も不安なのだが、それを口にするものもない。コロニーに住むスペースノイドには、コロニーの空気漏れに備えて、生まれたときから『何かあってもパニックになるな』の一点が叩き込まれる。じたばたしても始まらないし、貴重な空気を消耗するだけなのだ。
 エアロックを閉じて、フレデリカとリンカーは端のほうに二人並んで腰をおろした。フレデリカが震えているようなので、そっと抱いて、キスをした。自然に出た行為である。ファーストキスがこんなだなんて、運がないなとリンカーが思ったのは、キスし終わってから30秒くらいたってからであった。
 セティアとイアンは無事だろうか。セティアは強い女の子だし、何とかなるような気もするが、イアンは心配だ。彼はコロニーに来て日が浅く、緊急時の避難場所の探し方もわかってないだろう。何か心の中に問題を抱えているようではあるが、いい奴には違いないのだ。無事でいて欲しい。

 セティアはなんとかビル少年を連れて近くの避難所へたどり着いた。学校は終了したが、ジェネラルやヤマトに勤める人々はまだまだ働いている時間である。住宅地の避難所はまだ余裕があって入れてもらえた。だが、定員の50名は明らかに超える人数が収容されている。乳飲み子と母親、幼児と母親。泣き声が狭いコンテナに充満している。そして、赤ん坊に配慮してか、人数のせいか、温度はむっと高い。セティアは気が狂うかと思ったし、母親にとってもストレスがたまる状況である。だが、赤ん坊の声を聞いたセティアには、生き残れるという実感が湧いた。
「うん、ちょっとうるさいけど、我慢だね、ビル君?」上着を脱いでから、手をずっと引っ張ってきた少年に自制を求めて話し掛けた。
「僕、寒い……」ビルは、本当に震えていた。この暑さで?
 ビルはバスが転倒したときに頭を打ったらしく、血を流している。血に混じって、なにかしろっぽく透明な液体が流れているのに、セティアは気づいた。これは何? リンパ液がこんなに大量に流れるわけはなかった。髄液。医学系への進学も考えていたセティアは聞いたことがある。そうなのだろうか。頭蓋骨が割れて、髄液が染み出ているのだとしたら、緊急に治療が必要なはずだ。
 立ち上がってコンテナ全体に通るように言った。「どなたかお医者様はいらっしゃいませんか?」泣きつづける赤ん坊の声を除いて、コンテナ内は静かになった。返事はない。「ありがとうございました」
「寒いよ……」ビルはまた言った。目がうつろになりかけているようだ。
 強くならなくちゃ。奥歯を噛み締めて、さっき脱いだ上着をビルに着せて、ハンカチで顔の血をぬぐってやり、やさしくビルを抱き寄せた。

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 まだ<ギニア襲撃事件>の本編に入りませんね。これも前章の続きで、キニケンとガイアの選択が市民たちをどういう目にあわせたのか? というのが書いてみたかった部分です。イアンと知り合ってしまったリンカーとセティアが代表ですが、被害はコロニー全域に及んでいます。

 ちょっと重い話を書いてみようと思います。
 なぜ、連中は地下鉄サリン事件を起こしたのか? なぜ、少年は幼児を駐車場から突き落としたのか? なぜ、いい大人が、火のついたタバコを振り回しながら、雑踏を歩くような真似が出来るのか?
 いろいろ言うことは出来ると思うんですが、第一原因は「想像力の欠如」だと僕は思います。
 火のついたタバコが人の顔に当たればどうなるか? 幼児が死んだら、その親はどう思うのか? 地下鉄に乗った人たちに家族はいないのか?
「想像力」は知性の中でも、高度な働きだと思います。それを失ってしまった人たち。そんな人は、人と名乗る資格を失っているのではないか、とさえ思えます。

 まあ、実は、ず〜っと後で、イアンが同じ事を思うことになります。でも、ここで一回言っておきたかったので、書いてしまいました。