ガンダムイフニ

(12) <ヘスティア>包囲-4

「大尉、こっちッすよッ」
ブラッドはビームフラッグをひるがえして隊の先に立った。無線はミノフスキードライブ機同士ではあまり当てにならないから、隊を誘導するには、文字通り先頭にたって引っ張るしかなかった。
 ブラッド専用となったヴィクトールカスタムは他の機が青くカラーリングされているのに対し、黄色が占める面積が増え、目立つようになっていた。そして、イフニと同タイプのサイコミュレーダーは極めて好調だ。技術スタッフも経験をつんだこともあるだろう、イフニよりブラッドにはフィットしている感じがあった。
 レーダーはギニア7の外に渦巻く、嫌な気配の塊をキャッチし、ブラッドの意識にダイレクトに入力されている。
「間違いないですよッ」
 ホートラング大尉は、躊躇しなかった。ここはブラッドに従う。ギニア7の白銀に輝く外壁に沿って進むブラッド機からはビームフラッグと細くメガ粒子化した光跡が輝き、暗黒の宇宙にコントラストを提供している。ブラッド機のバックファイアは自信たっぷりに見えた。ブラッド機に施されたサイコミュの内容は当然知っていたし、もともとブラッドの能力を高く評価していたのは自分だとの自負もある。ボウトが今ごろコクピットでブラッドが指揮をとる格好になっているのに毒づいているのは想像できたが、そんなことは後で処理すべきだ。今は隊を敵のところへ的確に誘導する。それと、初陣のクリスを守る。この二つが隊長たる自分の使命である。
 ぐいっとブラッド機がビームライフルの先端を動かし、虚空の点を指し示した。あの方向にいるということを示しているらしい。まだ、ホートラングの目には敵は映らない。

「ブラザー=パット、シスター=マリリーともに応答ありません」
「やむを得ん。ヘスティア、最大戦速! 目標、ギニア1」パットとマリリーが失敗したということになれば、ますます生存確率は低くなる。キニケン艦長はヘスティア最優秀の二人を出したことをチラッと後悔したが、いまさらどうにかなるわけでもない。せめて、目標A――大型ミノフスキードライブの破壊――だけでも完了して二人が無事にヴァルハラに迎え入れられたことを主に祈った。二人のガイアの子の命の償いには、豚900万の血では足らないくらいだ。

 気づくと、よだれと涙で顔がべたべただった。気を失っていたのだろうか。イアンはごしごしと制服の袖で顔をぬぐった。まだイフニのコクピットにいることはすぐわかった。モニターも死んでない。さっきハイドがあの男をモビルスーツの足で踏み潰した、あの状況から少しも変わっていなかった。イフニは穴だらけになったヤマト工業の工場の中にいた。さっきの凶行をイアンは、傍観者のように眺めるだけだった。
 ハイドが男を踏み潰して、それから今イアンが意識を取り戻すまでの間、たぶん数分だろうが、時間が飛んでいた。なにもないまま。ハイドめ、自分でやったことなのに、ショックで気を失ったんだろうか。とにかく、ここにいつまでもいるわけにはいかない。
そう、コロニー外壁の外からビームをぶっ放してくる奴がいた。奴らを何とかしなきゃいけない。自分はそれができるマシンになりゆきとはいえ乗り込んでいるのだ。それに、男をいつまでも踏み潰したままでいるわけにも、いかない。そのことを思い出すと、イアンはゆっくりとイフニの足を動かした。ターンAのコクピットのほうは見ないようにした。見なくても、吐き気をこらえるのがやっとの状況である。
 さっきターンAから叩き落としたビームサーベルが転がっている。拾い上げた。同じプロジェクトで開発された機種である。やっぱり。ぴったりとイフニの手に収まり、ビームの刃を出すことができた。
 例のパンチ以外に武器ができたのは朗報である。だが、これからフル装備のアイガイオーンに立ち向かうのに、ビームサーベルだけで、どうにかなるものだろうか?
 キーボードを引っ張り出し、コンソールにヘルプを出す。イフニの手のサイズは標準なのを確認する。アイガイオーンとも同じである。ならば、奪い取れば、アイガイオーンのあの強力なビームライフルが使える。イフニのビームシールドの出力を確認する。アイガイオーンのビームライフルならば、3発は何とか保証内だ。ビームシールドに隠れて突っ込み、何とか一機を切り離し、ビームライフルを奪い取る。簡単に計画してみた。
 絶望的だった。聖霊隊の艦が一隻外にいるとすれば、モビルスーツは6機いるのだ。遠巻きにされれば一瞬で終わる。くそッ。だが、彼らは、ガイア教団だ。僕が、やらねばならない。理屈に合わない義務感を感じて、イアンはイフニのミノフスキードライブを軽くふかした。ターンAの男。悪いことをした。彼の魂がヴァルハラにたどり着けますように。

「前に出てくんなっての! 死にたいのかよ!」
 ブラッドは無駄と思いながら、クリス機に向かって怒鳴った。ついにアークモビルスーツ隊は敵に接触、戦闘を開始していた。敵のモビルスーツは5機のようだ。向こうはこちらより1機多いだけでなく、こっちはお荷物が一人だからな。ブラッドは思った。お荷物、お姫様。
「クリスは援護射撃してればいいッ!」
 怒鳴りながら、敵モビルスーツに的確な射撃を投げ、回避行動を行い、一人前面に立った状態となっていた。だが、どうしても回避が主にならざるを得ない。そして、敵には強力なビーム砲をもつ艦があった。アーク隊はずるずると後退しながら、必死に敵の足を止めようとしている格好となった。
「あたしだって、やれるはず」クリスティーナ=ファイファー少尉に、ブラッド機からの無線が伝わったわけではないが、クリスはそんな風にコクピットで答えていた。このセンスが、エウーゴの最精鋭を集めたアークに選抜された理由だろう。
 残りの3人に比べれば、まだまだなのは自覚している。だが、いつまでも実地訓練をやっているわけにも行かないのだ。敵のモビルスーツに標準を合わせて、撃つ。はずれた。「今の惜しい!」だんだん良くなっている。この感覚。いつかは当てられる。
 そちらに意識を集中しすぎた。
 別の敵機から、直撃コースのビームが飛んできた。一瞬気づくのが遅れてしまう。クリスは凍りついた。
 ホートラング機が間に入って、ビームシールドで弾を防いでいた。ビームシールドは散ってしまう。かなりの大出力のビームだった。直撃すれば間違いなく死んだ。
「生き残ることに専念しろ! 生き残りさえすれば、クリスはいいパイロットになれる!」ホートラングはわざわざ直通回線用のワイヤーをヴィクトールの指から延ばして、クリスに言った。「わかったか! 返事をしろ」
「……了解」あたしったら、どうしてこうなのかしら。どうしてパイロットに選ばれたのかしら。とにかく、今は言われたとおりだ。生き残らなきゃ。周囲の全景に集中力を分散する。
 あ、あれは何? ギニア7の外壁に、光で8の字が描かれていたように見えたが、すぐ消えた。

 モビルスーツシミュレータにはなかった感覚だ。宇宙世紀が200年経っても反重力装置の類は発明されていなかったから、シミュレータでは加速感はない。だが、このモビルスーツの加速といったら……。イアンは一瞬肋骨が折れるのではないかと思うぐらい、体がシートに押し付けられた。この周りが見にくい体を包み込むような大型のパイロットシートは、これに備えるためだったんだ。スティックも腕を体の横に寝かせたところについていた。さっきまではやりづらいだけだと思っていたが、これも対Gを考えてだ。加速中はスティックをつかめない、では使い物にならないからだ。
 ちょっとシートがあまっている感じだが、これは、ノーマルスーツを着たときに合うようにしているのだろう。ノーマルスーツ。宇宙空間に出たイアンは自分が学校の制服でモビルスーツに乗っていることに、不安感を抱いた。モビルスーツのコクピットは一応気密を保つようになっているが、パイロットが宇宙服を着るのが前提である。コロニー間を行き来する旅客ランチの類とは設計思想が異なる。周りが真空でもハッチは何の確認も求めずにいきなり開くし、メガ粒子がちょっとしたピンホールをいつ機体に空けるかもしれないのだ。
 ガイアの船が見えた。周りにちょろちょろしているのはアイガイオーン。拡大して確認した。ディスプレイ上で、未確認機種だが、コードは<スモウ>と出た。エウーゴは多少なりともアイガイオーンのデータをつかんでいるのだ。
 すでに戦闘に入っていて、相手が味方の色、<ヴィクトール>とデータが出る。イアンを地球で救い上げた機種だ。あれは1年も前のような気がするが、実際は10日とたっていない。
 敵艦とアイガイオーンは比較的そばにいる。本来戦術としてはあまり望ましくない。流れ弾がすぐ船に当たるからだ。だが、不測の事態――例えば脇から予想外のモビルスーツが出てくるとか――に備えて、船を守れるという利点がある。とにかく、ビームサーベルしかないイアンにとって、相手をするのははっきり無謀である。
 いや、姿をあらわして逃げ回るだけでいい。牽制にはなる。そうすれば、押され気味のヴィクトール隊の支援に少しはなるはずだ。隙があれば、モビルスーツを一機、切り離して襲い、ビームライフルを奪う。
 よし、行くか。落ち着け。ここでハイドを出したら自殺行為の特攻に及ぶかもしれない。集中力を高めろ。この機体に乗っていると不思議と周りの状況が掴みやすい。まるで後ろに目がある見たいだし、遠くのことが見えるような感じがする。この感覚は信じられる、という気がした。
 やれる。そう思ったとき、何かこのモビルスーツのシステムが何か起動したようだが、イアンには何のことかわからなかった。だが、悪いことではなさそうだ。外から見れば、放熱板がオープンし、華々しく輝きだしたのがわかったはずである。ケガをしないように控えめに加速をかける。それでもメガ粒子は小さ目の8の字を描いた。

「遅れました! 申し訳……」フローリアは言いかけたが、さえぎられた。
「いい。状況を説明する。あの大きな光が敵艦だ。敵モビルスーツは5機出ている。船はさっきまでごみ領域に隠れていたが、出て前進している。進んでいる方向はコロニーが多い方向だ。エウーゴのモビルスーツが出て応戦しているが、前進を止められていない。エウーゴのモビルスーツは4機、軌道上で私が交戦した最新型」
 ハーヴェイは、すばやく状況を説明した。雑多な浮遊物の間に、スマートなモビルスーツ6機が集結していた。一機だけ、際立った大きなブースターを背中につけている。残りの5機は同一の、ちょっと角張ったデザインである。大きなブースターのモビルスーツが、ごみ領域の外の光を指差した。
「あの船はさらにコロニー攻撃に及ぶ可能性がある。速やかに沈める。ギニアに対して恩を売り、発言力を確保して、戦争防止を行う! 相手のモビルスーツはデータにない機体でミノフスキードライブ機でバリアまで装備している。H2に匹敵する高性能機だ。十分注意しろ。私が前に出て戦うから、支援しろ。何か質問は?」
「相手は連邦軍じゃないんですか?」ピアース少尉が確認した。同士討ちということになれば、明日のわが身が危ない。
「それはない。モビルスーツも艦も機種不明だ。仮に連邦軍だったとしても、私は彼らを生かしておくべきではないと思う。民間人に砲撃を仕掛けて平然としている連中だ。違うか?」
「そりゃあそうです」
「他には? よし、オメガ隊、前進! 目標、不明艦!」

「ごみ領域からモビルスーツ数機が接近中! 連邦軍です」「ギニア7からモビルスーツ1機が接近中。機種不明」「前方から敵艦接近。ラー級です。モビルスーツ射出しています!」「4番機、被弾!」
 結局、ギニア1にはたどり着けそうにない。主よ、私に力を与えたまえ。キニケンは主と自分を結ぶ“リンク”を感じようとした。
「モビルスーツに撤退命令! 降伏信号用意!」薄ら笑いを浮かべながら、キニケンは命令した。

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 シャアがノーマルスーツを着ないで出撃してたっての、すごいっすよね。無謀としか言いようがありません・・・という設定にしてしまいました。
 まあモビルスーツって兵器なんで、せいぜいこんな程度の設計じゃないかと思います。たしか小説版のΖガンダムにこんな類のことが書いてあったと思ったんですが。