
(12) <ヘスティア>包囲-5
「意外だな。玉砕を美とする連中じゃないのか?」
ガイアの私兵のうわさはハーヴェイとノートンのフリーディスカッションで出たことがある。多分ここにいるのがそれではないかと踏んでいたのだが。聖戦と殉死は彼らにとって何より尊ばれるものだったと記憶している。それが降伏とは妙だった。
ハーヴェイは誇り高い軍人だ。民間人の被害に憤りを感じこそしたが、所詮は他人事であり、軍人としての約束事のほうが優先である。
「攻撃中止! 射程ぎりぎりのところから監視」ギニアへの決定的な発言権確保の機会を失ったのは残念だったが、降伏させたのはオメガ隊のすばやい支援だったという見方もできる。得る物はゼロではないだろう。
なんだと? 降伏するってのか? ブラッドは歯軋りした。コロニー一つぶっ壊して、何人殺したかわからない連中なんだぞ! 降伏して、捕虜として扱われる権利などあるわけがない。
「よせ、投降したものへの攻撃は、一族郎党銃殺刑だぞ」ホートラングがブラッド機に手をかけ、静かに言った。ブラッドの性格を見抜いての発言だ。
「わかってますよ! だけど、こんなこと! いかれ野郎のくそがッ」
ホートラングとて、同じ思いである。ギニア7にはヴィクトール開発を通じて友人となった技術者が多数いる。そのうち何人が死んでしまったことだろう?
後方から、エウーゴのなけなしの旧式艦が接近してきていた。搭載機はジェムズガンの改良型で、ヴィクトールにも相手の未確認機<スモウ>にも遠く及ばない代物だ。そんなものでも、威圧感は圧倒的だ。不明艦の包囲網は完成した。白旗を揚げるのも当然だった。
「イフニが動いている……何してんだ? まだ……まだ終わってないと?」
ホートラングは後方から来たエウーゴ艦に気をとられて、ブラッドの言葉を聞いていなかった。
「ターン=イフニを確認しました。保護します!」
ブラッドはホートラングを振り切って行ってしまった。
降伏なんてするわけがない。偽装に決まっている。イアンはもちろん知っている。天使隊の戦闘マニュアルの中には「降伏をよそおって敵を油断させ撃破する」というのが誇らしげに戦術のひとつとして書いてあるのだ。
戦争は非人間的な行為だ。殺し合いだからそれはあたり前である。だが、非人間的な行為でも、一定の決め事をして、人間性を最低ラインで保つ。それが『戦争』なのだ。白旗を揚げた人間は攻撃しない。捕虜は人道的に扱う。民間人は殺さない。大量殺戮兵器の使用は避ける。それを守らない集団は、軍隊とはいえない。宇宙世紀以前の最後の世界大戦では、ドイツ人は罪もないユダヤ人を迫害・虐殺し、日本人は南の島で左手に白旗を掲げ右手に銃を持ってバンザイアタックを繰り返し、アメリカ人は民間人が住む町に核兵器を投下した。宇宙世紀のポリシーを適用すると、第二次世界大戦は戦争ではなかった。蛮行そのものである。
宇宙世紀に入ってから、人は高いモラルで戦争をしようとした。結局蛮行がたびたび繰り返されたにしても。ガス攻撃、コロニー落し、コロニーレーザー、小惑星落し、バグ、エンジェル=ハイロゥ。それでも騎士道の昔から守られていたこと、降伏と捕虜に関することだけは、守られたのである。
その基本ルールさえ守らないまとまった戦力が、宇宙世紀になって初めてここに存在する。だが、イアンは、そのことが許されざるべきことだとは思わない。彼も天使隊で訓練した身だからだ。ただ、目の前の連中はこの後猛反撃に転じて、地獄に落ちる前に――ヴァルハラに迎えられる前に――一人でも多くの敵を道連れにするだろう、と当然のように予測しただけである。
イアンは戦闘が一時休止をしているのをいいことに、一気にヘスティアに接近し、攻撃しようとする。
「おまえ、誰なんだ、いったい何やってんだ!」さっきまでホートラングに諭されていた立場だったが、今度は自分がイフニを止める番になる。ブラッドは皮肉に笑う余裕もなく、ヘスティアとイフニの間にヴィクトールを割り込ませた。ビームライフルの銃口を向け威嚇しつつ、『止まれ』のアクションをする。直通回線用のワイヤーを伸ばした。
「味方が、何で邪魔をするんです!」ワイヤーを受け入れたイフニから、割れた男の声がした。疲れているようで、声では若いのか歳なのかもわからない。映像が続けてリンクする。
「おまえ、確か、ランドー博士の、息子さんじゃ」アークで見知った顔だった。ひどい顔色で、汚れて疲れた少年が、そこに座っていた。
「おい、大丈夫なのかよ?」
「大丈夫ですよ、それより、あいつを今のうちに落とさないと、攻撃されますよ」
「白旗揚てんだぞ!」ブラッドは、少年がその言葉ですべてを理解するものと信じ込んで、言った。
「そんなの嘘に決まってるでしょ。射程内に高そうなターゲットがくるのを待ってるんだ! あの船! 下がらせて!」のこのこ戦闘空域に入ってきたエウーゴのラー級をさして、イアンは怒鳴る。
「何を……!」チラッと視線をそっちにやってしまったブラッド機を突き飛ばし、イアンは敵艦のほうへ進みだしてしまった。
「そこの船! 不用意だ! 射程外に下がっていろ!」ブラッドは声が万が一にも届くことを祈りつつ、叫び、イアンの後を追う。
イアンとて、白旗を掲げた相手に対して攻撃すればどういう扱いとなるか、知らないわけではない。だが、それは座学であって、同じ物を戦術と捉える天使隊の教育のほうが自然に思える。
敵モビルスーツの1機に急接近をかけ、体当たりした。アイガイオーンは重モビルスーツである。左腕から肩にかけてのフレームがゆがんだのはイフニのほうであったが、ここで接触回線が開かれる。イアンは言った。
「降伏するならビームライフルを捨てろ!」
『ざけんじゃないよ。豚が!』
死角から接近され、いきなり体当たりされたディリーナは、さっきまでの戦い――ハーヴェイとブラッドとの――で思い通りの戦果が上げられず、いらいらしていたこともあり、切れてしまった。質量とバーニアに物を言わせ、イフニを弾き飛ばし、ライフルを乱射した。
イアンは2発ビームシールドで防いだ後、ミノフスキードライブに物を言わせて3発めを回避するアクションで一気にディリーナ機へ近づき、アイガイオーンの右手をビームサーベルで切り飛ばした。
ディリーナは残った左手にビームサーベルをもち、イフニに突進する。
裏切りを試みるものは、敵も同じことを考えていると思考する。
ディリーナのアイガイオーンがビームライフルを乱射したのを視認したとき、ヘスティア艦長のキニケンはとっさとはいえ、早まった判断をしてしまった。白旗が偽装だと読まれた、と。
「目標、エウーゴ艦、全砲、一斉射撃!」
悪意の塊が美しい光を放ち、闇を切り裂く。ラー級に数発着弾した。
突然のだまし討ちを食った形のエウーゴ艦は、沈みこそしなかったが、かなりのダメージを受けた。モビルスーツを発進させていなかったのは指揮官の問題だろう。油断であった。
イアンは切りかかってきたディリーナのビームサーベルをスウェーして回避し、反対にイアンのビームサーベルは深深とディリーナのアイガイオーンに突き刺さった。
「やる!」後ろから見ていたブラッドが思わず感嘆の声をあげるほど見事な操縦だった。 だが、即座に反撃のビームがブラッドとイアンめがけて無数に飛んできた。イアンの後退を援護するように、射撃する。
「下がれ、イフニ!」
イアンは声をそれより前に後退をかけていた。下がる先には、もちろん、さっきディリーナから奪い取ったビームライフル。合うはずだ。
ハーヴェイは静かに怒りを燃やした。
「白旗は偽装だった。攻撃する! 敵の戦力は少ない、無理して突っ込むな!」
ガンダムH2を先頭に、オメガ隊は一糸乱れぬフォーメーションで側面から戦闘空域に侵入した。
「くそっ、あいつら!」ボウトが怒鳴り散らしながら後退をかけた。ホートラングもそれに従い、もたつくクリス機に接触回線で一時後退を告げた。エースのブラッドがいない状態で敵モビルスーツ5機と艦の攻撃には持ちこたえられない。
アイガイオーンの大出力ビームライフルは、標準的なサイズのインターフェースである。イフニの手に予想どおり収まり、イフニ本体のエネルギーがビームライフルに供給されると同時に、ライフルの情報もイフニへ流れ込む。残弾を確認した。7。予想以上に少ない。そして交換用のパックは、もちろんない。だが、敵のモビルスーツは5機しか残っていないのだ。
ピタリ。敵のモビルスーツの1機を一発でロックオンする。だが、横運動を行っているその機に当てるには、本命とフェイントをあわせて3発は撃たなくてはならないだろう。激しい回避運動をしながら、別のターゲットを探す。
「あいつ、一人でやれるつもりかッ」
ブラッドも悪態をつきながらイフニの援護に回る。相手から奪い取ったビームライフルの弾数など、たかが知れている。だからさっきから確実なターゲットを探してうろついているのだ。
敵の1機がブラッド機の正面に入った。ロックオンはできてないが、敵の足を止めるためにも撃つ。やはり外れた。だが、脇から飛んできたイフニのビームがその機をIフィールドもろとも射抜いた。
「横取りかよ!」
ヘスティアの戦闘ブリッジでキニケンは臍をかんでいた。
右前方でアイガイオーン隊は2機のモビルスーツに足止めされ、前に進めない。というより、すでに2機撃墜され、押し込まれだしている。
そこへ左側面のごみ領域からは別のモビルスーツ一小隊が出てきた。もはやヘスティアとそのモビルスーツ隊の間の空間には、どんな戦力も存在しない。ヘスティアを滅多打ちにするビームの嵐の中で、祈った。
「すべては、主の御心のままに……」
その魂は虚空に散る。どこかにたどり着くことは、決してない。
アイガイオーンは艦を失っても、もはや降伏など考えていなかった。最後は刺し違える覚悟で捨て身で突っ込んできた。
「殉教か! そんな安っぽい覚悟ッ」
イアンは最後の一機をビームサーベルで屠った。
すべて終わった後、ブラッドはヘスティアやアイガイオーンの残骸の向こうに、ガンダムH2が浮かんでいるのを見た。周りは5機のGM系のフレームのモビルスーツで固められている。
『……た、会えたな……』
静かに、ガンダムの男は語りかけてきた。その低く落ち着いた声は、不思議とブラッドの緊張感を和らげた。
『……戦う……ない』
ミノフスキー粒子の干渉が強く、音は途切れ途切れだったが、意図は十分に伝わった。ブラッドはビームライフルを捨てて、機を近づけて、ワイヤーで直通回線を開いた。同時に映像もつなぐ。ヘルメットのバイザーをあげ、顔が見えるようにした。
「今日は、助かった。ありがとう。おれはブラッド=ハイアール。エウーゴだ」
『私の名は、ハーヴェイ=クロンドル。君の名前は覚えておこう。また、戦場で会うときもあるだろう』モニターに写ったハーヴェイは30がらみの精悍な顔つきの男だった。
ガンダムはくるりと機をひるがえすと、隊を引き連れて撤収した。統一の取れたその動きを見て、ハーヴェイ、の名前を思い出した。「フロリダ事件の英雄……」
その心は、静かだった。



<ギニア襲撃事件>の一応の幕切れです。どっちかっていうと、最後のハーヴェイとブラッドの会話がやりたかったような・・・(笑)。