ガンダムイフニ

(2) 7番地-2

「<ジャックと豆の木>ですか。これほど誤解を招く作戦名もないでしょう」フレイドは苛立ちを隠せなかった。「ナノマシンは夢の道具ではない。材料とナノマシンを地面の上に撒いておけばいつのまにかビルが出来上がるようなものではないのです。エネルギー保存の法則はナノサイズでも有効だ。ビルを作るにはそれだけのエネルギー投入がなければならない。ナノマシンが勝手に自己増殖して、地球環境を改善し、無駄な人口を排除するなんてのはまさに夢物語です。それはあなたにもわかっているはずだ。それなのに、なぜです」
 ブレナン大統領に、ジェネラルプロダクツのラインバルト取締役、研究員のミイナ=クリント、そして新たに研究員として加わることになるフレイドの3名で面会し、今度の件でエウーゴを動かした礼を言い、今後の研究の方向と作戦をプレゼンしたのだ。結果は悪くなかった。特にラインバルトにとっては。だが、フレイドには、不満が残った。今回は同席しただけで口をはさめる立場でなかったので、ラインバルトの雄弁が語るがままにさせたが、あまりにもオーバートークに過ぎた。そのことを今ミイナに問い掛けているのである。ミイナとフレイドは7番コロニーの開発施設に向かうエレカに二人座っていた。
「結果として、あなたは宇宙にこられました。それを否定はなさらないでしょう?」ミイナ=クリントはいいながら思った。この人は、地球でも研究一筋だったのだ。私のように、政治に汚れることはなかった。だからこうなのだ。そのことはうっとおしいと同時に、少しうらやましい。
「科学者は科学だけやっていればいいというのは、私は反対です。技術屋には、良心が必要だ。あなたが自分の研究を優先し、誘惑に負けるようなタイプなら、協力できません」フレイドは正論を語る。
「私には夢があります。自分の研究成果で、人類を生き延びさせる。そのために多少の手段は選べないのです。ご理解いただけませんか」ここでフレイドを離す訳にはいかなかった。ミイナは必死応じた。
 ふっと、フレイドがため息をつき、やれやれと肩の力を抜いた。エレカの外を流れる景色は、軍事コロニーとはいえ、緑が多く、美しい。
「今のは、あなたの言葉ではない。違いますか」
 なだめるように、フレイドがいった。大人だ、とミイナは思った。それに、フレイドの姿には何かダブるものがあった。なつかしい。
「そう……ですね。いまのはラインバルトの言い草でした」
 ミイナのあっさりと認めてしまった。
「私にはわかる。あなたは優秀な研究者だ。世間に認められなくても、それは変わらない。自信を持ちなさい。ポーズをとったり、研究以外のことに策略を使ったり、そんなことする必要はない」フレイドがじっとやさしくミイナを見つめながらいった。
「なぜそういえるんですか」ミイナは無理矢理割って入るように反問した。そうでないと、フレイドの意外な雄弁に流されてしまいそうに思ったからだ。
「そう思っているだろう? 自分で。自分のことを自分が思っているほどに世間が認めてくれないから、策を弄している」身もふたもないことをフレイドは言い放った。だが、不思議とミイナの気に障らなかった。
「なぜ私のことを認めていただいたのかの答えになってませんわ」
「そんなことぐらい、においでわかる。それが研究者同士というものだ。違いますか」
 違わなかった。間違いなく、フレイドは優秀な研究者だと感じた。ブレーズが死んで以来、こんな気持ちになったのは初めてだろう。ミイナは訳もなく涙ぐみそうになった。二人の会話が途切れたまま、エレカは目的地に進んだ。
 5分後、「つきました」ミイナは見ればわかることを口にした。
 ギニア7番は本来古くなりすぎて、廃棄予定だったコロニーである。地球連邦のコロニーへの態度の硬化や、エウーゴの活動の高まりもあり、ギニアの端っこの暗礁空域のそばで、軍事専用のコロニーとして再生させられたのである。
 雑然と建物が並んでいる様子を、フレイドは気に入った。サンティアゴは教団の強力な指導のもと、整然にされすぎた都市であった。だが、ここは成り立ちの経緯を引きずり、居住区が無理矢理、研究区域に仕立て直されているのだ。エレカやプチモビや人々が一見混乱をきたしながら右往左往して、ガラクタがそこかしこに積まれているように見える。だが、それぞれが目的をもち、結果意義ある成果が間違いなくアウトプットされる町。そんなムードをフレイドはここに感じ取っていた。
「整理をする余裕がないんです」ミイナはフレイドの表情を読み違えて、言い訳した。フレイドはため息をついた。このままでは彼女とコンビを組むのはさぞ疲れる体験になろう。
「立派にやられていると思いますよ。なぜ卑下なさるのですか」
 ミイナは答えなかった。押し黙ったままである。
「先ほどもいいましたが、あなたは自分の周りからの見られ方を気にしすぎます。自意識過剰ですよ」
 言い過ぎたかな、とフレイドは思った。だが、彼女は研究者としてまだ伸びる。ここで甘やかしてしまえば、それまでになる。フレイドは余計なおせっかいだと自分でも感じていたが、苦言を呈した。
 もっとも、彼女の指導役をやりきれるとは思えない。アドバイスにとどめるべきだ、とフレイドは思う。今でもフレイドは大きすぎる抱え物をしていた。一つはイアン。幸いにして、イアンが勝手に賢明に育ってくれた。アリサなしでやり遂げられたのは単なる偶然だと思っている。もう一つまだある。こちらは感情的には責任を負担しきっていない。だが、彼らにとっては自分が創造の神であることは間違いないはずだった。おまけにもう一つ天才科学者の心のメンテナンスまでを引き受けることはできそうにないと思った。
 無言のまま、ミイナはフレイドを連れてドックのような大きな建物に入った。

 まずは、ラボの中で巨大組立工場と化している所を通過した。大型のミノフスキードライブに見える。
「ここはヤマト側の工場です。ヴィクトールはもう少し奥で作ってます。こちら側では、アーク級の2番艦の建造に入ってます」
アークにはあのサイズの大型ミノフスキードライブが確か8機搭載されているはずだ。どうみても、30以上の巨大マシーンが建造されていた。明らかに多すぎる。
「2番艦? 量産に入っているのではないのですか」
「細かいことは私にはわかりません」私には関係ないわ、といいたげな口調でミイナが答えた。

「いらっしゃい、お待ちしてました」入るなり、ジミー=キャルバートが陰気そうに挨拶してきた。アークを降りて先にこちらに来ていたのである。
「どうも、よろしく。アークではあまり話もできませんでしたが」如際なくフレイドが答えた。
「早速ですが、こちらです」
 モビルスーツが3体、『ベッド』の上に横たわっていた。つかつかと若い男がフレイドに歩み寄って握手を求めた。20代後半といったところだろうか、美男子で通りそうな顔に結構な長身である。金髪を長く伸ばし、後ろで結んでいる。
「フレイド=ランドーさん?」ぶしつけな調子で、若者は言った。
フレイドは若者に、ミイナと同様、有能な研究者のにおいを嗅ぎ取ると同時に、進む方向がおかしくなっていることを感じる。まったく、ジェネラルというところは育児もちゃんとできないんだろうか?
「きみの名前は?」ぴしゃり、と若者にいった。
「あの、レイモンド=カナンです」若者は気圧された。先ほどまでの自信は吹き飛んだようだった。
「目上の人間に、挨拶ぐらい言えないのか」
「いえ、あのレイモンド=カナンです。レイと呼んでくださって結構です。よろしくお願いします」
「フレイド=ランドーです。よろしく」フレイドは気合を込めてレイモンドの手を握り締めてやった。

「<ジャックと豆の木>の件は、お察しのとおり上層部や内部向けのダミーです。本当の目的は、あなたのナノマシン技術を、このモビルスーツに応用すること」ミイナが重そうに口を開いた。
「今回開発された3機のモビルスーツは<ターン>というコードで呼ばれています。基本設計は私がジェネラルに移る前のものです」キャルバートが陰気そうに引き取った。「あのひげだの、扁平な胴体部だの、かなり独特でしょう。最終設計段階には私も入りましたので、これでもかなりの高性能のプロトタイプになりました。そして、右端のほうが本命です。<ターン=イフニ>というコードがついてます」
「イフニ?」
「文字通り、無限大インフィニティのパワーを持つ、という意味で。略したんです」レイモンドが察しよく答える。
「ふむ。おかしな名前だな。先を続けてくれ」
「イフニは私がフレームからきっちり設計しましたので、モビルスーツらしくまとまったフォルムになっている上、イフニジェネレータを代表とするジェネラルの独自技術も盛り込んであります。若干イフニジェネレータとサイコフレームの干渉で問題は出ていますが」キャルバートが続けた。いかにも<ターン=タイプ>初期の2機が気に入らないらしい。
「そのう、モビルスーツが戦争に導入されて以来、兵器のコスト概念は変わりました。一台あたり兵器の単価は跳ね上がり、一機あたりの戦況における重みも増した。だから、プロトタイプや、エース専用機が戦争そのものの行方をも左右するようになったのです。ですが、そういった高性能機はコストがかかります。設計や生産のイニシャルコストもさることながら、運用のコストと工数が大きい。部品一つとっても特注だったりしますから」レイモンドがおどおどと説明した。さっきどやしつけられたのから回復しきっていないらしい。「メンテナンスのコスト・工数削減と高性能化、これを両立する手段として、ターンタイプに投入してみたのが、ナノマシンによる自己修復機能です。実際、ちょっとした内部的な劣化や、外部フレームのへこみ程度なら、うまく修復できるレベルまでは実現しました」
 ほう、とフレイドはうなずいた。既存の技術でそこまで持っていくのには、結構な手間が必要だったはずだ。「サーバ制御によるナノマシンコントロールで、ですか」
「はい」レイモンドが返事をした。
「そして、その修復具合に不満を持っている。特にスピードに」
「そのう、えーと、おっしゃるとおりです。ちょっとしたへこみが完全修復するのに1週間。いえ、えー、約2週間。これでは前線に投入するのには人間の手のメンテナンスが欠かせない。あなたのナノマシンに期待するのはそこです」
「<ターン>2機に投入された技術で、簡易自己修復は実現しましたが、これを<イフニ>ではもっと発展させたいと考えているのです」ミイナが引き継いだ。
ふーっとフレイドはため息をついた。彼ら天才児たちも、フレイドのナノマシンのことを誤解しているのだ。
「やってみましょう。だが、成功するかどうかは、彼ら――ナノマシンたち――次第なのです。かれらが気にいるかどうか、やってみなくては何もお約束できませんよ」
三人はフレイドの発言の理解に苦しむ表情を見せた。無理もない。ナノマシンのことをまるで飼っているペットかなにかのような言い方をする人間に会ったのは初めてだろう。

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 この部分、どうしようかとおもったんですよね〜。気に入ってません。このあたりも、最初あたりで書いたんです。ちょっと、いけてない感じが、自分でもします。