
(4) ガイア
ガイア教は地球そのものを神とし、ここクスコは地球のヘソ・中心として昔から知られたところだった。今は教団本部が置かれ、現教皇ロード=エリンやナハティら教団のトップが住む。ガイア教の教えでは、主と主の子たる人が、精神的なへその緒――"リンク"――でつながれ、人には主のパワーと意思が送り込まれる。クスコは、へその緒がもっとも短くなり、大量のパワーが流れ込む場所とされているのだ。
開祖ロード=リリスは、そのパワーを感じ、意思に耳を傾けることにより、自己実現と現世の幸福を得られるというセミナーをはじめた。60年前のことである。ロード=リリスは南米生まれの美しい白人女性で、その美声はささやくようでありながら、人に語りかけるときは100m向こうでも聞こえたと教団内では伝えられている。本名はローズ=ロドリゲスという名だったといわれているが、教団により記録は破棄された。本人はロード=リリスなどとたいそうな名乗りをしていたわけではなかった。後の教団が彼女を神格化する際につけた名である。
ザンスカール戦争の影響で絶望と不安におびえる地球市民に、セミナーは大当たりした。リリスには一人娘がいた。教皇ロード=リリンと名乗り、セミナーをガイア教団に衣替えして継いだ。
信者の数が増えたガイア教団の教えは、このころから変質をはじめる。当初は自己実現がその目的だったが、地球経済は徐々に復興し、地球に住む人の生活は何とか食えるレベルになった。それに伴い、人口増と環境破壊の悪化が進む。教団は矛先をそちらに向けた。主の意思を実践し、地球環境を保つ。汚染するものを排除する。
現教皇ロード=エリンはリリンの娘だといわれている。彼女が教団を継いだときには、教団の教えは宇宙に住む人の排除――豚が地球と地球圏を汚し、地球に住むガイアの子から搾取している、という論理で――にまでエスカレートしていた。そして、信者はますます増えていたのである。
そして、このクスコの神殿の奥深くで、ドレル=ハーグ少将は感動に身を震わせていた。
薄暗い部屋は非常に大きい。机や椅子、柱など、木材がふんだんに使われている。これが地球産だとしたら、いくらかかるかわかったものではない。そして、ガイア教の神殿にコロニー産の材料が使われるはずはなかった。顔をすっぽりとかくせる頭巾の男たちが向かい合って並び、その向こう側の奥は一段高くなっていた。首座の脇に男が座っている。この男だけは頭巾をつけていない。若い、非常な美男子である。<ナハティ>という名で知られる教団ナンバー2である。そして、もう一段高くなった玉座に、開祖ロード=リリスの孫娘にして現教皇のロード=エリンが座っていた。
「ガイアルネッサンスは順調に進行中でございます、ロード=エリン」一人が大きな声をあげた。
「すべては主主の御為に」全員が一致して唱和する。
「ガイアの御子たる我々が、母の胎内で永久に生きつづけられるようになるため」
「すべては主の御為に」
「主の肉を」
全員が、手元のビスケットを口にした。ガイアのミサでは『主の肉』と称するビスケットが必ず供されるのである。
ここで、ナハティが身振りで発言を止めさせた。瞬時に場が静粛になる。少しの間の後、言葉を発した。
「ロード=エリンはお喜びである。ガイア主の御身は皆の努力で徐々に傷がいえ、母の楽園の実現はすぐそばまで来ている。母の楽園の扉をくぐれるものは、ガイア主の焔の洗礼をくぐったものだけだ。皆のさらなる努力をロード=エリンは期待している。その時、皆の魂は母の楽園のその先へ進むことができよう」
末席で参加していたドレルの涙腺は壊れたかのようだった。涙は脂肪で形がないも同然のあごをあとからあとから伝っていった。
ロード=エリンの御前会議終了後に、ドレルは呼び止められた。まだ神殿内なので、ドレルも相手も巾着姿のままである。
「<マトナウ>よ、少々お時間をいただけるだろうか」マトナウとは、ドレルの教団名である。誰だろうか、とドレルは思った。こんな上部の会合に参加したのは今回がはじめてである。各界の名士には違いない。
「私は<キブラ>だ。楽にしていい。ガイアの前では皆平等だ」教団名を聞いて無様な敬礼のポーズをとりそうになったドレルに男は言った。イワン=マルコビッチ大将、連邦軍制服組のトップその人である。
「例のウィルガム中佐が、グリーンランドを離れたようだな」
「はい、第9戦隊の一応の評価はし終わったとのことで。それが何か……」
「グリーンランドは独自の行動を取って、豚どもの新鋭艦を追った。モビルスーツこそ最新式だが、あの老朽艦でだ。どう思う」
頭巾が邪魔で表情が見えない。ドレルはここまで上司の機嫌を伺い、何とかやってきた男だった。その自覚もある。この状況で相手の表情が読めないのは致命的だった。何とか当り障りのない答えを返さねばならない。
「一度指示を私に仰ぐべきでしたが、立派な行動かと……」額から滝のように汗が流れているのが感じられる。頭巾を取ってぬぐいたかったが、神殿の中では無理である。
「ナハティは、もともとギニアとエウーゴの動きに多大な懸念を抱かれていた。だが、連邦軍を動かせば、予定より早めの正面衝突を招く。だからこそ、あの空域に聖霊隊の<ヘスティア>を忍ばせいらっしゃったのだ。そこに第9戦隊が行ってしまった」ドレルの話を最後まで聞かず、おっかぶせるようにマルコビッチが言った。
話の行き着く先が読めなかったが、いい方向ではなさそうだった。ドレルの背中に鳥肌が立った。
「何も知らん猪武者のノートンがヘスティアと遭遇すれば、一戦を交えかねん。そうなれば、いくら主のご加護があろうとも、ヘスティアに被害が出るのは免れない。今後は慎重に運んで欲しいものだな」
「も、申し訳ございません」
ヘスティアだと? 自分のうかつさにやっと気づいたドレルは頭巾の下で震えていた。聖霊隊の最優秀部隊を尖兵としてギニアに潜伏させたのだ。それが、ノートンに沈められるようなことなったら。<血の災い>を乗り越えるどころではない。その場で<エコを乱すもの>として<総括>を受けることになろう。
「ウィルガム中佐な、彼は事故にあったらしい。もっとも、あまり残念とも思わないがな」
とどめの言葉を投げかけ、イワンは歩み去った。ドレルは吐き気を必死にこらえていた。神殿にぶちまけでもしたら、どうなることか? もっと低位のレベルに戻らねば、トイレの場所はわからなかった。ドレルは、高位に上ることが、数々の特権と同時にリスクをももたらすことに遅まきながら気づいたのである。
「マリリーからの連絡はまだないか」
「ありません、艦長」
聖霊隊第7艦隊<ヘスティア>のキニケン艦長は心配だった。彼女の情熱と能力――その外見も含めて、だ――は疑うべくもないが、冷静さという意味では信用できない。自分の人選に自信を徐々に失いつつあった。
「驕慢な豚どもに、万一にも彼女を捕らえることができるとは思いません。主は護ってくださいます」
キニケン艦長は、戦争は主の加護だけでは勝てないよ、とはいえなかった。



ガイアについては、突っ込み不足ですね。反省。某カルト教団のディープなところが大々的に報道された後で、「あんな馬鹿やろうどもが世界標準になっちゃったやな話書きたいな〜」ってのが原点だったんですがね。ガンダムの世界だと、人が割合あっさり死んでいくので、カルトの中で人の命が軽視されるのって、凄みがないんです。
まあ、あの教団の優秀な方々も、ガンダム好きだったらしいので、やっぱり、勘違いしちゃったんでしょうね。気をつけようね。