
(7) ハイスクール-1
ビビアンに連れてこられた新しいイアンとフレイドの家は、大きいとはいえないが、こぎれいで設備も整っていた。電気、上下水道はあたり前だし――サンティアゴでは下水は全家庭に来ていたわけではない――ウェブとコンピュータ端末もあるのだ。端末は地球では一般家庭では考えられないような高性能なもので、試した範囲ではウェブからくるスループットも比べ物にならない。
コロニーの生活は、地球を搾取した上に成り立つ高水準にある……教団で教えられたとおりなのか、とちょっと疑った。だが、違うのはちょっと考えればすぐわかった。サンティアゴのウェブはウェブダイレクトのラインではない。数々のフィルタやファイアウォールを通してくるのだ。ポルノ画像一つだって見られはしない。そして、そういう情報にアクセスしようとするたびに、自発的なモラル向上を目指す団体とかいう連中の所にログがたまり、一定ポイントいくと『自己総括』をさせられるはめになる。サンティアゴにもフィルタをとおさないラインを持つアングラアクセスポイントはいくつかあった。そういうところでは皆せっせとポルノ画像の収集に励むか、さもなくば反連邦・反ガイアの他愛もないチャットをしたりするのが普通である。イアンも若者らしく、前者のためにそういったところに足を運ぶこともあった。だが、今になって気づいたが、そういったところでは、普通の情報収集でも、自宅の数十倍のスピードがでるのである。客商売だからブロードバンドを確保しているのかと漠然と思っていたが、話が逆なのだ。普通のところでは、わざわざ情報を制限するためにスピードを落とし、機材と手間を掛けているのである。そして、これはウェブに関しての話だけではない。交通もそうだし、食事もそうだ。どこへ行くにも細かくチェックされるのに工数が掛けられ、健康を害すると思われなくもない物質を食事から排するために、膨大な人手を割く。これが今の地球の姿だ。
ふと思い立って、ウェブでギニアの人口を調べる。20億5千万。14億8千万が就労人口。官庁、警察、外郭団体、エウーゴ。全部足して5千万人。地球の人口は今や100億。就労人口は60億。そのうち連邦政府、各種自治体役人、外郭団体、警察、連邦軍……30億人。ばかげている。約半数の人口しかまともな経済活動に従事せず、残りの半分はおんぶに抱っこの構図なのだ。これで豊かな生活ができようはずがない。
イアンは連邦の広報や教団の教えを信じていたわけではなかったが、それでも影響はされていたのだろう。今の認識にいたって、目が開かれる思いがした。
イアンは特に保護観察に置かれるでもなく(ガイア教団では、コロニーは地球出の者に対しそういう扱いをすると教えていたのだ)、すぐにハイスクールに通うことになっていた。
「昨日は良く眠れた?」
新しい家に迎えに来たビビアンは、快活にイアンに問い掛けた。私服で、化粧までしている。すごく素敵になっていたが、じろじろ見ているわけにも行かないので、ええ、と返事して周りの光景を見渡した。目をとられた。昨日は『夜』の時間帯に到着したのだ。明るくなって見回してみると、なんと緑の目につくことか。地球は猛烈な紫外線と水不足と土壌汚染によって、植物は激減していた。あの強靭なセイタカヒメジオンを除いて。セイタカヒメジオンは赤茶けた汚らしい植物であり、アンデスの土地を支配する二大勢力の一つである。もう一つの勢力――圧倒的に優位にたつ――は、何も生えない荒地である。
この緑の大地を、スペースノイドはここで作ったのだ。もちろん、地球から引っこ抜いて移植したわけではない。ここは月の裏側のさらに奥だ。地球から搾取する(『豚どもはそうして超え太るのだ』と教団の連中は言っていた)には遠すぎた。当初には血の出るような努力があったはずだ。その途中で独立戦争をやったりもしている。
「ここは軍事コロニーだから、少し殺風景なの」ビビアンが180度見当違いのコメントをした。
「あたしの母校で、あなたが今日から通うのがこれからいくハイスクール。7番地は軍事専用のコロニーだから、多くの学生は研究所に勤める人か、エウーゴの職員の子供なの」ビビアンはエレカで学校へイアンを連れて行く途中で説明した。
「そういうのって、機密とかじゃないんですか」
ビビアンが説明した。エウーゴはまだ公式の軍隊ではないが、ギニア市民にも、連邦にも、公然の存在となっている。軍隊結成後には連邦への上納金が減ったのだから(連邦の言い分では「未知の脅威に対して軍事力を負担してもらう変わりに財政負担を減らした」である)市民の印象は良かった。
7番地コロニーに住み着くには許可が必要であり、軍事関係者にしか下りないことが多い。だが立ち入りは禁止ではないし、軍事施設の見学をギニア政府は推奨していた。市民の理解なしにコロニーで軍は維持できないのである。
「だからああいう女も来るけどね」締めくくりにビビアンはいった。イアンは敏感に反応を示すのを避けた。
豚どもが! マリリーは声を出さずに罵りまくった。たまに定時連絡に遅れてみれば、こういう重大な方針変更のメールが入っていたりするのだ。本丸の大統領はもうじき落ちるところまで来ていたというのに。なにかコツがあるらしく、自分の好色をうまく抑えているらしかったが、もう一歩というところだったのは間違いない。
だが、もはや遠大な計画にかまけている余裕はないらしい。5日以内に、例の裏切り者に接触し、ターゲットアルファに近づいて破壊し、ブラボーを奪取しろ。不可能であれば、5日後に強行をかける。
強行だと? この3ヶ月の苦労を無にするつもりか。いったい何のために、豚どもの前でバストを強調して短いスカートをはいて足を出し、引っかかったやつのペニスをくわえ、足を開いたというのか。主の戦力は守護されているとはいえ量的に限られている。私が恥辱に耐えることで、戦力を温存したまま目的が果たせるはずだったのに。
裏切り者への接触はまだできていない。男やもめらしいので、落とすのは難しくはないはずだ。だが、とにかく直接会えない状況ではしゃぶってやることもくわえ込むことも何もできはしない。まずは一度顔を合わせた息子のほうと会ってみるべきだろう。17歳の性欲があふれ返っている少年とあれば、童貞を捨てる機会に背を向けたりはしない。
方針が決まったところで、喫茶店の奥を占拠していたマリリーはコンパクトと化粧道具一式を取り出した。戦闘準備を整えて、店を出る。



イアンが調べてびっくりしている地球の就労人口比ですが、こいつのモデルは今の日本です。そりゃあ、経済も沈滞するわけだってことで。外郭団体とか、建設部門とかの、生産性の低いところに人口が投入されすぎていることが、「失われた十年」の原因だと、僕は思っています。
あとは、Webの検閲ネタ。連邦政府により公然と検閲が行われているんじゃなくて、やっぱり政府の後ろ盾のある、だけど建前はNPOみたいな団体が、「自主規制」「公教育のため」と称して次々と政府にとって不利なコンテンツを削除、フィルタリングしていく世界。寒気のするネタですが、PTAとか何とか消費者団体みたいのって、そうなる危険をはらんでいると思いませんか。ああいう人たち、嫌いです。
「<ギニア>入港」でちらっとだけ姿を見せた乳ゆれ女マリリーさん再登場です。ええ、こんな性格の人でした。あくまで、お色気だけの路線には行かないですねえ。書けないんです。すみません。