
(7) ハイスクール-2
ビビアンはハイスクールの校門前でエレカを止めた。朝の通学時間帯だが、少し早い時間なのだろう、学生の姿はまだまばらである。校門の前には金髪をお下げにした少女が待っていた。目じりがかわいく下がっている。ビビアンもそうだが、ここがサンティアゴなら、完全に周囲の目を引きつけて離さないほどの美少女ということになるだろう。だが、半日程度だが、コロニーがどういうところかイアンにもちょっとわかってきた。美人が必ずしも多いわけではなく、服のセンスや、お金の掛け方、紫外線対策が不要で化粧が自由にできること、そういったもろもろのことがコロニーの女性を美しくみせるのだ。……とはいえ、目の前の少女が飛び切りの美少女であることは否定しがたい。格好は制服だったが、スカートは短めで、イアンの目には刺激的に映った。豚どもは、地球から搾取した資源で、華美な服装をし、異性をひきつけることに労力を割く。実際目の当たりにしてみると、教団で聞いたとおりではあるが、若いイアンにとって、批判精神を保つことは難しい。心が弾むのを抑えきれなかった。
「よろしく、セティア=ウィルキンズです。イアン君?」少女が名乗った。すでに互いの情報はビビアンから一応もたらされている。セティアは、ビビアンの後輩で、イアンのクラスの学級委員だという。学級委員というのがどんなものかイアンには感覚としてつかめていないが、天使隊の隊長のような強権的なものではなく、世話役的なものと理解していた。
一方で、ビビアンはセティアに自分のことをどう話したのかは、聞けていない。地球のテロリスト養成学校の出身で優秀な成績だったが自分の隊のメンバー一人を指導中に誤って(いや、悪意を持って、か)殺害し……どこまで伝わっているのだろう。少なくとも少女の笑顔は好意的に見える。
「自分はイアン=ランドーです。よろしくお願いします。お手数をおかけします」イアンは答えた。セティアはちょっと変な顔をした。どうも学生同士の挨拶向きの言葉遣いではないようだとすぐに気づいたが、言い直し方もわからないではどうしようもない。こういったことも、おいおい憶えるだろう。少なくとも、セティアと握手をしながら、通ってきた体温は同じ人間のものには違いない。
僕はあの天使隊を2年間生き抜いたのだ。コロニーでのハイスクールへの進学率は70%を超える。誰でもできることだ。あいつさえでしゃばらなければ。天使隊では出番の多かったハイド氏だが、ここではまず考えられない。それが暴発さえしなければ。
「イアンって呼ばせてもらっていいか? 僕はリンカー=シーマン。まあ、おれに聞いてもらえれば、この学校のことでわからないことなんかないぜ。文法のテストの傾向と対策から、セティア=ウィルキンズのスリーサイズまで、ばっちりさ」
クラスで隣に座った学生は、イアンが今まで付き合ったことのないタイプだった。サンティアゴでは内にこもりがちだったし、天使隊にはこんなのはいない。茶色の髪に明るい眼。そして、決して美男子というわけではないが、どんなものにも好感を覚えさせるような顔立ち。
「ああ、あの、よろしく。イアンです」
リンカーの顔立ちのなぞはすぐわかった。笑い馴れている顔なのだ。天使隊でいつも笑顔を絶やさないことなど、誰にもできるわけはなく、空腹と不満を常に抱えた不満顔があたり前になってしまう。
「なーんか暗いんじゃないの? 少年。セティアがしばらく密着で世話してくれるなんて、なかなか出足好調の宇宙生活だと思うよ。スリーサイズ、教えとこうか?」
「ああ、いや、遠慮しとくよ。ありがとう」
「なんだよ、つつましいね。地球出身の方は皆さん奥ゆかしいわけ? それとも、自分で調べてみるって気になった?」
「スリーサイズを調べるって、どうやるんだよ。上から順に手で測らせてもらうのかい?」イアンはリンカーに乗せられているのに気づきながらも、調子を合わせる。
「へえ、なかなか大胆なこというねえ。気に入ったよ。じゃあ、そんなチャレンジャーの君に、貴重な情報だ。彼女は今、無重力状態だぜ」
「? ひまってこと?」
「あちゃあ、もう、ド鈍いなあ。彼氏がいないってこと。一番後ろにさ、ジョンスって言う醜男がいるだろ。あのでかいやつ。あんまりじろじろみんなよ。あいつが先週玉砕したばっかりさ。ざまあみろっての」
「地球出身の転校生に目はあるのかな」にやりとしながら、イアンは聞いてみた。
「そいつは君の努力次第だけど、彼女は博愛主義者だし、しばらくは接する機会も多いんだから、見込みありって感じじゃないの? おまえいい男だしさ。おっと、先生がきちまったね」
リンカーには人の口を開かせる会話の才能があるようだった。自分でも思わぬことを口にしていた。セティアは朝のときはそれほど気になる存在でもなかったが。リンカーにけしかけられているのを、イアンはまじめに受け取っていた。セティアの席は自分の右やや後方だ。ちらっと見てみると、彼女の口が小さく『がんばって』の形を声を出さずに作って、にっこりとした。とてもかわいらしく見えた。
「おまえ、地球から来たのかよ」授業が終わった後、縦横ともにクラスの中でも最大級と思われる生徒が声をかけてきた。コロニーの重力は一応1Gに調整されているので、本来は地球人とスペースノイドの身長差はないはずなのだが、イアンはクラスの平均よりちょっと低目くらいの身長だった。その中でもひときわ大きい。さっき、リンカーから説明を受けた少年だ。セティアにフられた、ジョンスという名前だったと思う。
「そうだけど、何か?」ジョンスの言い方に悪意を感じたイアンはつっけんどんな答え方をしてしまった。
「はっ、じゃあ、敵って訳だな?」
四角い顔は決してリンカーが言うようにブ男ではないと思うが、皮肉に片方の唇を引き上げた笑いは、気持ちのいい表情ではない。
「もうすぐ戦争が始るんだぜ? おれたちスペースノイドに殺されんのが嫌で、逃げてきたってことかい?」
「何だって?」もぞり、といつもの感触があった。ハイド氏が起きだしかけている。だがそれより、戦争がはじまる、という言葉に引っかかって、冷静な思考を持つ本来のイアンのほうが優勢であった。地球では、それほど戦争ムードが高まっているわけではない。ガイア教団が異常なのである。だが、コロニーの中では、戦争待望論が高まっているのだろうか? この頭の弱そうなジョンスがそれを期待しているそぶりである。
「おれもここを卒業したら、エウーゴに入って、てめえら重力井戸のそこで這い回る蛆虫どもなんざ、駆除してやるのさ。ここで大きなツラすんじゃねえ。今すぐリハーサルしてやろうか?」
「やめなよ、ジョンス」リンカーが割って入った。顔が真っ赤だ。多分、彼の最大限の勇気を振り絞った行為だろう。
「おまえも蛆虫君のお友達って訳だ? リンカー」
「よしなさい!」セティアも入ってきた。「ジョンス、下品でしょ」
意外な介入にジョンスは戸惑った。「そうかい、セティア。じゃあ、またな、イアン=ランドー君」そういって、ジョンスは席に戻っていった。セティアにまだ未練があって、いったん引くんだろうな、とイアンは思った。
「ありがとう、リンカー、セティア、助かったよ」イアンは礼を言った。そう、彼らが来なければ、ハイド氏の出番と相成った可能性が高い。
「い、いやー、な、なんてことないさぁ」リンカーはちょっとまだ興奮気味みたいだった。「あいつはクラスのボスを気取ってるからさ、転校生がくるといっつもああなのさ、イアンが地球から来たからちょっかいだしたんじゃないぜ」
リンカーが興奮気味でなければ、きっとこんな言い方はしないだろう、もう少し気の利いた話になるはずだ。そう、間違いなく、ジョンスは地球出身だからイアンを気に食わないのだ。それは、ジョンス一人の感情ではない。
そしてジョンスはきちんと自分の意見をもつタイプではないだろう。周りに流されたのだ。地球人排斥ムードはこのコロニーのどこかにあるのだ。多分、知識階層より下の、大衆レベルで脈々と、マグマが地下でたまっているように。それは、近々、表面に吹き出るのかもしれない。ジョンスがその最先端だったのかもしれない。僕には、地球とコロニーのどこにも居場所がない。イアンは気分が落ち込むのを感じた。



イアン唯一の友人らしい友人となる、リンカー。他は戦友ばかりですから。それに、運命の女性、セティア。初登場です。リンカーのテンポの良いトークに引き込まれていくイアンです。
コロニーでの高校への進学率が70%、っていうイアンの発言ですが、引っかかってもらえましたか? 貧しくはないものの、今の日本なんかと比べて厳しい状況だということを、暗に示してみたかった、というところです。
そして、ジョンス君。イアンに言わせちゃったんですが、彼は、<ギニア>の大衆(低知識)層の象徴です。こういうのを主人公に言わせちゃいけないってなんかに書いてありました。反省。当然、僕としても、たいした思い入れはないキャラなんですが、大衆層の象徴のキャラがこんなに嫌なやつに仕上がるってのは、僕の思想方向を示しているみたいで、これまた反省。