
(7) ハイスクール-4
彼女と別れたあとの外壁列車で、ちょっと疲れたイアンは座ってまどろんでいた。宇宙の光景をぼんやりと眺める。地球の列車とは違い、天井がコロニーの外壁、足元は本来は宇宙の暗黒である。が、それでは乗る人に不安感を与えるとの理由で窓は小さく、普通の座高の人間ではコロニーの外壁が窓の面積の一部を占めてしまう。イアンは立ちあがって、あえて宇宙の光景を見下ろす格好を取った。その光景が、不思議と心休まる感じがしたからだ。
明日は明日でセティアのうちでイアンの歓迎パーティがある。今日買った服も明日の朝には配達されて、それを着ていく。似合うかどうか、不安もあったが、セティアは自信を持てといってくれた。ハンサムだし(「まゆ毛がはげてるよ」「ワイルドでいいわよ」)、筋肉がついているから、似合わないわけがないらしい。今度はセティアのご両親と、リンカー、それにリンカーが狙っているというフレデリカという子がくる。別れ際のようなことはありえないが(期待しているのか? とイアンは自ら茶化した)、リンカーが入れば、今日以上に楽しい一日となるだろう。
ちょっと疲れたので、再び席に腰を下ろした。
そのあとすぐに、となりの席にすごい美人が座ったのはイアンもわかったが、イアンがセティアのことばかりを思っていたのは、マリリーにとっては不幸だった。
注意が引けてないのは明らかだ。男どもは、普通はそばによっただけでよだれをたらさんばかりになるのに、とマリリーは心の中で嘆いた。こちらから少年の太もも、それもかなり上のほうに手を置き、耳元に向かって話し掛けなければならなかった。飛び切りの笑顔を作って話しかける。
「イアン=ランドー君でしょ」
ぼんやりと視野の端にいた、意識下に置いていた人物から話し掛けられて、イアンは一瞬恐慌状態となった。ビジネススーツのようなものを着ているが、スカートの丈はきわどく、シャツのボタンはどうみても標準より2つ少ない数しか留めてない状態の、大人の女性である。
耳元に甘い吐息と一緒にささやかれて、太ももに手を置かれれば、イアンの若い肉体が反応を示さないわけはない。「そ、そうですけど。あなたは?」勃起でもしようものなら感触でわかりそうなところに手を置かれている。イアンは身を硬くした。
「お父様、フレイド=ランドー博士の伝言があるの、次の駅で降りましょう」
「あなた、僕が7番地に来たとき、港にいた……」
「憶えていてくれたのね。うれしいわ。私はマリリー。ジェネラルのスタッフで、お父様の秘書をしているの。ほら、もう駅だわ、降りましょう」
この女は本当に父さんの秘書か? 疑わしいものである。探ってやろうというへまな言い訳を自分に対してしつつ、マリリーに圧されてイアンは列車を降りていた。
駅のホームの端へ、腕を取られ密着した常態でイアンとマリリーは歩いていた。マリリーの髪からいい匂いがするし、何より右手の上腕には、マリリーの豊満なバストが押し付けられている。もはやイアンの意思を無視して、ズボンの中で下半身は硬く屹立していた。
土曜の午後遅くのビジネス街のはじに位置するこの駅は、ほとんど無人に近く、ホームの端は薄暗い。ベンチに座らされ、また太ももの上に手を置かれた。勃起しているのがわかってしまいそうだ。恥ずかしさと期待にくらくらきた。
「あたしがお父様の秘書ってのは嘘。わかってたと思うけど」
マリリーの顔は今やイアンの顔から10cmと離れていないだろう。切れ長で少し目じりが下がっていて、唇は肉厚な花びらだ。マリリーの右手が上がって、ついにイアンの股間を捕らえた。おや、という顔をした後、ふふ、と小さく笑った。
――バカにしやがって!
なんだって? イアンの思考能力はいつもの力の半分も発揮できていない。性的興奮の中で、自分の異変を見逃した。
「でも、ジェネラルの社員なのは本当よ。私、ジェネラルで家電部門にいるのだけど、ナノテクにたずさわりたいの。お父様にお近づきになりたいの」
「それで、息子の僕に目をつけたんですか」言葉には非難の意味はこもっていない。今のイアンでは言葉を機械的につなぐのがやっとで、とりあえず口にしただけだった。
「ごめんなさいね。でも、もしお父様に会わせてくれるなら、いいことしてあげる」マリリーの右手はイアンの股間をゆっくりと誘うように上下し、左手の指はイアンの胸で意味をなさない絵を描いていたが、描き終わったと見えて中断すると、イアンの右手を取り、自分のバストに押し当てた。誘うように口は半開きとなり、舌がなにかいやらしい生物であるかのようにうごめいている。
イアンは思わず開いている左手でマリリーの腰を抱き寄せようと伸ばしたが、やんわりと拒絶された。マリリーは楽しげにイアンのズボンのチャックを探り当て、引き下ろそうとした。
――「知ってるかよ、スペースノイドってさ、生まれたときにちんぽの皮切り取るらしいぜ」「豚は宇宙服着てなきゃいけないだろ? ちんぽを洗ったりできないから、ちんかすがたまり放題になるんだよ。だから、生まれてすぐに皮を切っちまうんだ」「ほんとかよ」「みてみればわかることじゃねーよ」「よーし、おまえ、後ろから手押さえてろ。おれがズボン脱がしてやるぜ」「ちょっとやめなさいよ、かわいそうじゃないの」「とかなんとかいいながらみてんじゃんよう、ラキーナ。豚のちんぽがどうなってるか、見てみたいんだろ」――
「さわんじゃねえよ、豚野郎!」
マリリーは一瞬状況把握できなかった。さっきまで自分の体に興奮して前後も見えなくなっていた少年に、いきなりつきとばされたのであった。しかも、豚やろうよばわりまでされて。
「低俗の淫売女が、おれに汚ねえ手をかけんじゃねえよ。腐っちまう」
「ど……イアン君?」
「エコを汚すくずは死んじまったほうがいいって習ったぜ、情欲過多女!」
一瞬とまどった。そのあと、マリリーの感情は爆発した。こんなのは主と教皇の命令だからこそやっていたことなのだ。あたしは別にのべつ幕なしに男をしゃぶったりくわえ込んだりするのが好きな女じゃない。だけど、これが主のためになるっていうから、我慢してやってるんじゃないか。なぜ自分の行為を豚呼ばわりされるのか。理不尽じゃないか。
「ふざけんじゃないよ、あんたこそ裏切り者の豚じゃないか! さっきまで硬くなってた童貞坊やのくせに!」
カッとなったマリリーはなれた動作でスカートの内側のももに装着されていたナイフを引き抜き、イアンに切りかかった。だが、信じがたいことに、少年は軽々と切っ先をかわし、一発腰のあたりにキックを食らわせてきたのである。
おかしい、こいつは主の裏切り者で守護はないし、天使隊にいたらしいが成績はどん尻でそれを苦にして宇宙に逃げ帰ってきたと聞かされていたのに。地面に這いつくばっているのはあたしのほうだった。
「そんなもんかよ、売女のシスター」軽くステップを踏みながら、少年が言う。蹴られたことより、言葉のほうが痛かった。
イアンから遠ざかる方向に回転しながら今度は拳銃を左脇の下から引き抜き、起き上がると同時にぴたりと標準をイアンにつけた。
「近づくんじゃないよ、チェリーボーイ。両手を上げて、後ろを向くんだよ」
「こんなところでやるつもりかよ、シスター? 今は周りに人はいないが、ここは駅だぜ。あんたがそれを撃てば、駅員だの警官だのエウーゴだの、いろいろやってきて、間違いなく逃げ切れないな」警告を無視して、少年は一歩ずつマリリーに近づいていた。マリリーは今気がついたが、少年の顔つきはさっきまでとちがっていた。線の細そうな学者の子弟風の容貌は、凶暴なものにすりかわっている。
「くそっ、あんたはいつか殺す」マリリーは駅の出口へ向かって駆け出した。屈辱だった。聖霊隊のエージェントになってから、ここまで手ひどい失敗をしたことはない。そもそも、時間がなさ過ぎた。5日足らずでフレイド=ランドーに近づくのに、息子から取り掛からなくてはならない状況で、誰がやってもうまく行ったとは思われない。だが、失敗には違いなかった。もはや正面突破の作戦のほうにかけるしかなかった。このコロニーの人間は大勢死ぬだろう。おそらく、ほとんどが。あの少年を含めて。マリリーは陰惨な笑みを浮かべた。2日後が楽しみだ。
イアンはマリリーが逃げていったあとも、しばらく駅のホームに立ち尽くしていた。来た列車も2本見送った。あの女性が迫ってきて、僕のズボンに手をかけて、それから……?
記憶がなかった。ぼんやりと、結局性的なことは何もなかったこと、それと、あの女性が、ガイア教団の手先、聖霊隊のエージェントだったことはわかった。記憶が飛ぶのはここ数年なかったことだ。やられたのだ。ハイド氏に。間違いなく。
あの女性は大丈夫だったんだろうか。記憶が飛んだ後はたいてい誰かが半殺しの目に合わされていた。そして、イアンは暴力性向の高い子供として周りから冷ややかな視線にさらされるのがパターンだ。
メッターにあってから、友達づきあいを通じてハイド氏はおとなしくなるようになった。イアンもハイドを意識し、自分を冷静に保つことを心がけていたのだ。
イアンは屈辱感と、喪失感と、失望感と、とにかく満たされない気持ちでいっぱいになった。だが、満たされなかったものは、何か? 自分の欲望ではなかったのか? まだ、イアンは、冷静になりきれていなかった。とにかく、今は家に帰ろう。



ガンダムなので、お約束として、主人公とていい目にあいっぱなしというわけには参りません。トラブルに巻き込まれるイアン。が! これは、ひょっとしていい目だったのではないでしょうか!!! ・・・落ち着けよ、俺・・・
以前からちらちらと出ていたイアンの解離性同一性症候群、いわゆる多重人格ですが、初めて完全に発現します。彼がこの心の病を得てしまった理由は、この物語の終わり近くになって明らかにされます。が、真の理由を、ここで書いてしまいましょう。イアンをホントにはいい目にあわせてやらない、という作者の嫉妬です。おいおい・・・