ガンダムイフニ

(9) オペレーション-3

 早退で乗ったエレバスで、イアンは感情を高ぶらせた。僕は何に属する人間なのか。地球からは追い出され、コロニーからは蔑視され……ラキーナ。セティア。
 人間は哲学で行動しない。むしろ、動物的な本能の占める割合のほうが高いのだ。屈辱の思いは、イアンの原始の力を揺り動かし、イアンは勃起した。意味がわからないままに、欲情した自分を感じて、イアンはさらに自分を恥じた。突き動かされるようにイアンは立ち上がった。その時、エレバスの隣に並んでいたエレカの助手席に、見つけてしまった。
 マリリー。あの時、僕をくわえ込もうとした、ガイアのエージェント。そして、運転席には見知らぬ男。
「降ります!」怒鳴って、次のバス停で止まるようボタンをこぶしで叩きつける。なぜあれがマリリーだとわかったのだろう。ショートの金髪はカールしないでまっすぐで、工場員の作業着のような服を着ていた。ぜんぜん前とは違う格好だった。そして、ここはフレイドの職場のそばだった。多分、彼女はよからぬ意図を抱いて、ジェネラルのラボに潜入しようとしているのだろう。それは間違いない。隣の男もエージェントだろう。
 ――くそ、あの女! ぶっ殺してやる。
 イアンの感情は飽和した。また、コントロールは失われた。ハイドが、目を覚ます。

 研究所の敷地の入り口には当然警備員詰め所があった。パットはエレカを門の脇に止め、降りて詰め所に歩み寄り、警備員にIDカードを提示した。警備員は若い男で、やけに愛想がいい。だが、しっかりとカード情報をスキャンした。最初の関門である。パットは顔に緊張が出ていないことを確信していたが、だからといって、緊張していないわけではない。
「どーぞ、駐車場は奥からお願いしますね」若い警備員はにっこりと笑って駐車場を指差した。
「ありがとう」パットはさらりと礼を言った。印象を与えないようにするには、ぶっきらぼうでもいけないし、丁寧すぎてもいけないのだ。エレカに戻る。
「どこから流れてきたの? これ」マリリーがIDカードを見ていった。
「さあな。下っ端が気にすることじゃないぜ」だが、パットは知っていた。ヤマト工業。やつらが何を意図しているのかは分からない。ジェネラルの技術力がつきすぎるのを恐れているのだろう、とパットは推測していた。宇宙人どものやることはいちいち反吐が出るような汚いことばかりだが、だからといってこれを利用しない手はなかった。
「あら……」マリリーがバックミラーを見てつぶやいた。少年が怒鳴りながらこちらに向かって走っていた。
(その女を止めるんだ!)そんなことを言っているようだった。
 イアン=ランドーだった。くそ、だから、搦め手なら搦め手、強行なら強行とはじめから決めるべきなのだ。中途半端に作戦の切り替えをやるから、ここでイアンがでてきたりしてしまう。苛立ちを抑えて、マリリーはパットにエレカを進めるように促した。今日は童貞坊やの相手をしているひまはない。もっとも、多分、永遠に彼の相手はしてやれないだろう。そう思うと、ちょっと悲しい。
「誰だい? あの少年。知り合いか?」パットが運転しながら聞いた。ちょっとは嫉妬でもしてくれればいいのに、と思って答える。「あたしのかわいい坊やなの」
 パットがまじめに答えろ、という顔になった。マリリーも真剣な表情に戻って、パットに言った。「フレイド=ランドーの息子よ。あたしの正体を知っている。時間の余裕がなくなったわ」

 追いつけなかった。
 ――あいつら、中に入ってしまった。フレイドを呼び出せば、多分俺も入れるだろう。
 詰め所の警備員に声をかける。「すみません、イアン=ランドーといいます。研究所で働いているフレイド=ランドーの息子です。緊急の用件で、父さんに会わなくちゃいけないんです」<ハイド>がイアンを演じて、学生証を出した。
 結局、ビジター用のIDカードをもらって中に入るまで、約3分を消耗した。彼らが何をたくらんでいるにしろ、かなりの余裕を与えてしまったことになる。ここで、警備員に彼らのことを告げたり、父親にビジフォンをつなげてもらったりするようなことは考えなかった。
 ――やつらはおれが直接殺す。他の連中に邪魔はさせない。
「余計なところによるんじゃないよ、お父さんは第一ラボにいらっしゃるから。一番大きい建物だから間違えようはないよ。そこはビジターは入れないから、入り口でまた呼び出しを頼んでね」若い警備員はあくまで親切だった。全速力でラボに走っていくイアンを見て、何を慌ててるのかな、などとぼんやりと考えた。

 第一ラボの入り口にもまたセキュリティが施されている。こちらは虹彩認証とIDカードの二つを組み合わせた厳重なものだ。おまけに警備員室もガラス越しのそこにある。もっとも、警備員の役割は、強行しようとする人間にプレッシャーを与えたり、阻止したりする目的もあるが、認証がうまくいかない人間や、誰かに面会を求めに来た人間のためのサポートの役割の意味合いが強いものだ。
 マリリーは警備員に会釈した。いつもなら、ここで飛び切りの笑顔を見せてやるところだが、今日は特別な印象を与えるのはまずい。ひょっとしたら何かあって作戦が急に中止になるかもしれないのだ。照明が赤い部屋で、虹彩スキャナに目を開き、パットから渡された偽造カードをセンサーへかざす。あっけなく認証され、扉は開いた。パットも後に続く。赤く染まった狭い部屋から、セキュリティの内側の、広々としたラボへ入る。少し温度が外より高い。技術者たちの汗がむっと匂うような幻覚におそわれる。

「男女のペアが入っていっただろ! あいつらは、ガイア教団の工作員なんだよッ。なにもかもめちゃめちゃにされるぞッ」イアンは怒鳴りながら、がっちりとしまった扉に手をかけ、こじ開けようとした。もちろん開くわけはない。扉に触るだけでも、警備員の注意は十分引けたはずである。彼らが第一ラボに入らなかった可能性もある。だが、ここは軍事研究施設である。成果物は一番大きい建物であるここに収められているだろう。
 いらいらしながら、警備員が中から出てくるのを待った。その間に、さっき入り口でチラッと見えたマリリーの表情を思い出した。――今日は、残念だけど、童貞坊やの相手をしているひまはないのよ。そんな風に思える笑顔だった。マリリーは、やはり僕に単に父さんへのつなぎの役割しか期待してなかった。それは頭では理解していたことではあったが、恥辱と欲情で身を一杯にした17歳の少年には受け入れがたい思いである。――そうさ、だからあの女は殺す。
 イアンとハイドが、交互に入り混じる。本来、同じ人格なのだ。
「このくそガキ、なにやってんだ!」やっと警備員室から中年の男がでてきた。
「すみません、フレイド=ランドー博士に面会をお願いします! 僕はイアン=ランドーです! 息子です。緊急なんです。早く取り次いで!」
 警備員は、落ち着いていた。「イアン=ランドー君? ランドー博士のご子息? 本当かよ……。ちょっと待ってなよ……」
 待てない。いきなり襟首をつかんでがっちり締めると、警備員の顔を虹彩スキャナに押し付ける。イアンの突然の動きに目を閉じるのさえできない。こういうとき、警備員なんてのはこんなものだ。認証した。カード待ちになる。ここで一気に警備員を絞め落とした。カードを探す。
「何やってんだ!」スピーカから別の警備員の声がした。強制ロックをかけられる前に、カードを見つけなくては。上着の内ポケットか、ズボンの尻ポケットのどっちかだろう。上着の内ポケットから、それらしいのをさっと抜き出し、センサーにかざす。認証した。扉が開く。絞め落とした警備員の体を放り出す。どさりと倒れた。
「おい!」
 半分くらい開いたところでまた閉まりだした。スピーカの声の警備員が、状況に気づいて緊急ロックしたのだろう。イアンは体を半身にひねって扉の内側にねじ込んだ。しばらくすればラボ中が警戒態勢になる。それはそれで、悪くない。自分の立場はともかく、あの女の邪魔にはよい。とにかく走り出す。

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 いよいよ話が緊迫して来ました。我ながらいい感じです。モビルスーツ戦闘書くより、こういうほうが楽に切羽詰った感じになります。
 虹彩認証のスキャナを突破するのに、こういう手法を使うって言うのは良くある話ですが、うまくいくんですかね。<メタルギアソリッド2>とかでも出てきましたよね。
 <007>の何かで出てきたと思うんですが、登録されている人物を殺しちゃって目玉をえぐってきて認証させるというのがありました。こっちのほうが猟奇的で突破方法としては好きです。が、技術的に今ではうまくいきそうにないのと、イアン君にそれをやらすのはあまりにもなんなので、こうなりました。