
(9) オペレーション-5
セティアは後悔していた。そのことを素直にリンカーに言うと、リンカーも彼女の言い分を肯定的に取ってくれたようだった。
「イアンがジョンスを殴り倒した後、イアンは私を見つめたのよ。イアンは、助けを求めていたと思う。どうしたらいいんだって。なのに、私、イアンに何も言ってあげられなかった。何がなんだかわからなくて」
「おれだってさ、イアンがあんなやつだとは思わなかった。あんなに爆発的なパワーがあるなんてさ。びっくりしたよ」
「そうじゃなくて! イアンを助けてあげられるのは、私たち以外にいなかったのよ!」
リンカーはまじめな顔になっていった。「そうだろうな。で、何がしたいわけ?」
「私、これからイアンの家に行って、さっきのこと、謝ってくる」
「なあ、あの……同情とか、義務感とかだったら、あいつには必要ないよ。俺もそんなにあいつのこと知ってるわけじゃないけど、誇り高いやつだし、おれらなんかより鍛えられてる。そんなのは不要だし、返って傷つくと思う。なあ、セティア、イアンのこと、好きなの?」
セティアは顔を真っ赤にして反論した。「あたしはね、自分がそう思ったことはやる主義なのよ!」
「ははっ。じゃあ行ってあげなよ。絶対喜ぶぜ、イアンさ」苦笑しながらリンカーが答えた。別に人生の先達ぶるわけじゃないが、なんとなく、セティアがいれば、イアンはやっていけるんじゃないかなあ、と思った。
イアンは、コクピットに入った瞬間、全身が粟立つのを感じた。すでに火が入っている。ミノフスキー制御の小型核融炉独特の振動感とか、そういったものが感じられたわけではない。だが、火が入っているとしか言いようがない。全天視界3Dモニタも、足元のサブモニタも、点いている。操縦系統は、考えられないほどシンプルだった。シートはベッドチェアのようで、後方も全天視界モニタは有効なようだったが、首を回してみることは不可能だ。
だが、イアンに鳥肌を立たせたのは、なによりも、これだ。声がしたようだった。
――ヨウコソ。兄弟。
手間取った。コクピットの位置が頭部であることを予想していなかった。あの童貞坊やが、隣のモビルスーツに乗り込んだようだ。天使隊の教育を受けただけのことはある。タフなナイスボーイなのだ、彼は。マリリーはそう思った。だが、直近の目的は、ミノフスキードライブの破壊である。坊やの相手をしているひまはない。ぱちぱちとパネルアクションをして、ターンBを起動させる。
いきなりぐっと後頭部を抑えられたような感触があった。ああ? イアンが乗り込んだ隣のモビルスーツが起き上がろうとしているようだった。とたんに暴力的な衝動を感じた。
「あたしが坊やをやる! パットは目標を!」ターンBを完全に起き上がらせて、ぐいとイフニの方向を向かせてから怒鳴った。その凄みのある笑顔は、ある種の色気があったが、鑑賞する者はない。
「予定と違うが」言いかけて、パットは止めた。マリリーは情熱的な女だ。あの坊や――イアン=ランドーだったか?――と何かあったのだろう。こういうときは、女に逆らってはだめなのだ。いいだろう。坊やはマリリーに任せる。
「頼んだぜ」
大型ミノフスキードライブが収められているのは隣のラボのはずだ。ターンAにライフル類は装備されていないが、ビームサーベルはマウントされている。さっさと仕事を終わらせよう。その後、生き延びる算段をするのだ。可能性は低いが、まだ人生は楽しみ甲斐がある。
ビームサーベルでラボの外壁を切り裂く。「なんだこりゃ……」ももとふくらはぎの部分がバーニアになっているこの機体は、飛んだときも妙にバランスが悪い。が、パットとて厳しい訓練を潜り抜けてきたガイア聖霊隊のトップガンである。コントロールして目標に機体を向けた。
「モビルスーツが動いているというのか!」フレイドは疲れきって夢もない眠りをラボ内の仮眠室で取っていたが、警報で妨げられた。目脂がひどい。窓からはターンAが飛んでいくのが見えた。慌てて駆け出しても始まらない。
「エウーゴに連絡だ! それとは別に、必ずアークにも直接通報しろ」フレイドをビジフォンで呼び出したジェネラルのスタッフは、どうしてそんなことも思いつかなかったのだろう、という顔をした。
マリリーはターンBの右手をスパークさせた。イフニはまだ起き上がっていない。
「悪いね、坊や」ターンBをイフニに殴りかからせる。イフニはまだ寝たままの姿勢である。
マリリーの行動は、イアンもキャッチしていた。手を使って起き上がっている余裕はない。
「いけえ!」イアンはふっとペダルを押し込み、寝たままの姿勢で、いきなりバーニアをふかした。ギューン! 変な轟音がして、ベッドをめちゃめちゃに破壊しつつ、イフニはまっすぐ上に飛び上がった。
「うわッ」
ラボの天井は幸いにしてプレハブのやわなものである。天井をぶち破ってコロニーの中に飛び上がった。すでに高さは400mくらいに達しているだろうか? ここまでくると筒の内側にいるのが実感できる。内壁の反対側の『河』の向こうには宇宙が見え、緑の大地と対照的なコントラストを成している。壮観ではあるが、楽しんでいるひまはもちろんない。
下にいるマリリー機の方へ向き直らせる。――あの売女を倒すには? ライフルはもちろんない。ビームサーベルもなかった。まったく武器がないのか? これじゃあ、あの腐れ女を殺せないぜ?
イアンとハイドの思考が交錯する。
狂ったガイア原理主義のテロリスト。緑色の機体が、こちらに向かって飛んでくる。ターンBの右手がばりばりとスパークを散らし、イアンに確実な死をもたらそうとしていた。
「何かないのかッ」
――両腕ニびーむしーるどガアル。
何だって? だが、とにかくシールドを展開した。
「成仏しなよ! 坊や」マリリーは気合をいれて殴りかかったが、それまでのろのろとコロニーの中を漂っていたイフニは急にビームシールドを展開して、ターンBのパンチを受け止めた。ビームの触れ合うところが激しくスパークする。イアンはバーニアを絶妙のタイミングでふかし、腕を振ってターンBの右手を弾き飛ばした。マリリーのターンBの胴ががら空きになった。
「うおおッ」
イアンは武器など何もない、と思っていた。だから、モビルスーツのこぶしで殴ろうと思ったのだ。左のこぶしでボディを叩き込み、返しの右で顔面を狙う。だが、サイコミュはイアンの意思を敏感に読み取り、制御系のコンピュータは過剰な判断を行い、隠し武器<プラズマ=マニュピレータ>が起動した。
マリリーは判断を誤った。坊やはこちらを殴ろうとしている。子供のやることだ。殴られればかなりの振動があるが、実害はない。マリリーは殴られた後の反撃の為に、あえて避ける動きをとるのをやめて、バーニアにためを作った。だが、その時、坊やのモビルスーツの両手が光ったのを見てしまった。こちらと同じ武器があるのは、予想してしかるべきだった。
「なに!?」イフニの左手が発光したままターンBの胸のど真ん中にめり込んだ。ターンBの装甲がメキリと鳴って十字に裂けた。
続けざまに右のフックがターンBの頭部を強打した。頭部のやわな装甲がめちゃめちゃに破壊される。プラズマ粒子はコクピットの中にも飛び込んでいき、マリリーの体を焼いた。ビームの直撃なら、神経が反応する前に脳が蒸発していただろうが、低出力の隠し武器はマリリーの苦痛を長引かせ、ターンBのサイコミュはその感情を発振し、イフニのサイコミュは増幅してこれをイアンに伝えた。
「ぎゃあああ!」焼ける! 服がとけ、皮膚を焦がし、肉を焼き、髪を燃やし、血は蒸発した。永遠とも思える苦痛から忘却の闇への開放がやってきたとき、マリリーは感謝した。
苦痛と、死の忘却の感覚は、イアンも共有した。
「ターンBとイフニが空中戦をやって、イフニが勝ったようだ。問題は、イフニのパイロットが味方かどうかだ。パイロットを呼び出せないか? ターンAは明らかに敵の手に奪取された。味方ならAも止めてもらわなければならない」フレイドの冷静な指揮で、ラボのミーティングルームは緊急対策室と化した。
「ターンAはヤマト工業の作業所で、ミノフスキードライブを順に壊しているようです」
「アークと連絡取れました! コロニー内側にブラッド中尉とクリス少尉が来てくれます。5分後にはこちらへ来れるとのこと」
「ターンB落下しました。ここから回転方向へ500mくらいのところです」
コロニーの中では物はまっすぐに落ちない。コロニーの壁面へ物を押し付ける力は本物の重力でなくて、遠心力だからだ。コリオリ力の影響で曲がって落ちる。
どうする? 回収させに誰かを行かせるべきか? フレイドは一瞬迷った。だが、さっき見た、あれでは、無理だ。例の『必殺パンチ』がコクピットに直撃したのだ。コントロール系がすぐには復旧できない損傷をこうむったに違いない。それに、中にいたパイロットは良くいって丸焦げの炭、最悪の場合、ミンチされて焼かれたハンバーグの状態になっているだろう。コクピット以外はたいしたダメージでないのは明らかだが、あれを直しに行く人間には相当太い神経が要求される。
「ターンBは放っておこう! イフニへの無線は!」
「つながります!」
敵か、味方か! フレイドは緊張した。
「あ、あ、あ、……」ディスプレイに写った顔は、涙と汗でぐちゃぐちゃになった息子であった。



ターンX(B)の出番、終了です。黒歴史を描くようなサイトでは、たいがいターンAとXの戦い、月光蝶、黒歴史、おしまい、ってなストーリーなのですが、僕はひねくれ者なので・・・。
作品中一のセクシーキャラ、マリリーさんも敢えなく戦死です。こうやってお色気から遠ざかっていく・・・(ホントは書いてみたいらしい)