ガンダムイフニ

(9) オペレーション-6

「はっ、はっ……」痛みが、熱さが、イアンの中で再現されていた。焦げる、焦げる、焦げる。
 そんなつもりじゃなかったんだ。あんなのが仕掛けられているなんて知らなかったんだ。ハイドがどうするつもりだったか知らないけど、僕は彼女をこんな風にするつもりはまったくなかった、とイアンの思考は同じところをぐるぐると回った。
 全身脂汗でじっとりとしている。これは、僕の彼女への同情の分。体が焼けた彼女の痛みがイアンの皮膚上に再現される。これは、彼女の苦痛の分。そして、涙が流れる。これは、彼女の悲しみの分。
 死んでしまった。あの豊満でセクシーな美しい肢体は、今や肉塊と化して、焼け爛れているのだろう。
 ゆっくりとコロニーの地表へ向かって降下するイフニのコクピットで、イアンは人生最悪の生理状態にあった。吐き気ももよおしていた。どこかに通信がつながったのさえわからなかった。かちッ。イアンは、コントロールを再び失った。
 ――くそが、めんどくせえことになっちまったなあ。
 イアンがいわゆる多重人格と異なっているところは、イアンとハイドが互いに意識と記憶を共有している場合が多いところである。まれに完全な記憶喪失と化す場合もあるが、常ではない。どちらかの感情が振り切れたときに、残りの一方が出現して、感情メーターをリセットする。
 ――何だよ、さっき引っ込んだばかりだってのに。もう出番かよ。

 イアンなのか? 泣き顔の少年は確かに我が息子だったと思う。だが、ディスプレイ上の男はいきなり、にやり、という笑みに変わった。自信がなくなった。そこで何やってる? 声が出ない。
「……!! コロニーの外から、砲撃です!」脇でオペレータ役をやっていた技術者の一人が喚いた。
 ラボからそう遠くないコロニーの人口の大地から、光の柱が、立ち上がった。民間人数百名の命を撒き散らしたその光は、それでも美しく見えた。

 実際のところ、私はイアンのことをどう思っているのだろうか。イアンの家に一番近いところを通るエレバスはがらがらだった。セティアは、席に座ってぼんやりと思った。
 土曜日のデートのとき、帰り際にキスをした。セティアに言い寄る男は、ジョンスのほかにも多い。キスをしたのは初めてではないが、自分からというのは初めてだ。
 リンカーは言った。同情ならイアンには不要だと。イアンは、地球から来たばかりである。エウーゴの運動が盛んになり、反地球運動が顕在化しつつあるこの<ギニア>では、つらい目に会うこともあるだろう。最初は、先輩であるビビアンの頼みと、イアンを理解しなくてはならないという学級委員としての義務、それが、イアンに優しくした動機だったのは確かだ。
 今では、そうではない。同情で、キスはしない。ひとつに、彼が意外とハンサムだったのは認めよう。それに、紳士でもあった。むしろ、シャイであるとも言える。からかいがいのあるハンサムな少年、だからキスをしたのだろうか。それでは、私は意地悪な女の子になってしまう。
 芯の強さは、感じさせた。デートのときも、決断は早かった。それに、パーティのときのスピーチ。鍛えられた男である。周りにはいないタイプ。地球の苛酷な環境が彼をそうさせたのだろうか。
 考えは、まとまらない。会えば、きっとわかる。会ったとき、どういえばいいだろう。セティアは、どきどきしてきた。
 落ち着こうよ。セティアは、窓の外の風景に目をやった。設定された季節は、春。緑滴る木々が美しい。
 乗客は3人で自動走行していた。その時、100mと離れていないところに砲撃が来たのである。背中の方向にセティアは爆音を聞き、反射的に身構えた。
 バスは爆風を受けて一瞬セティアが向いている方向に傾き、そのあと反対側にぐいと引っ張られて横倒しになった。上側になる方向にいたセティアは、誰かの上に落ちて背中が痛かった。
「いったぁ、何なのよ、いったい」耳がポンと鳴った。気圧が下がっている。ということは、今のはコロニーに何か直撃があって、穴があいたのだ。これはただごとではない。コロニーに穴があくというのはスペースノイドの一番基本的な悪夢である。
セティアは下敷きになった老人に声をかけると、すでに死んでいるみたいだった。頭が砕け、座席のフレームが曲がって老人の体を貫いていた。
「どうしよう? どうしよう?」
 もう一人の乗客は10歳くらいの少年である。頭から血を流して、呆然としていた。あたしが強くならなくちゃ。老人を捨てて、少年に声をかけ、まずはバスから脱出しなくてはならない。
「坊や、出るわよ!」ショック状態から立ち直った少年は泣き出して、顔は血と涙でべたべたである。まずは落ち着かせよう。
「坊や、名前はなんていうの?」「……ビル」「いいわ、ビル君ね。あたしはセティア。ここにいたら、助からないわ。まずはバスから出て、それから近くの緊急避難所へ行く。わかる?」「……うん」「じゃあ、行くわよ」
 手を取って、バス後方の緊急出口を開けて、外に一緒に出た。それから近くの緊急避難所へ行かなくてはならない。コロニーでは一定間隔で地下に――コロニー外壁内に――緊急避難所が配置されており、気密がが保てるようになっていて、しばらくの間、中ですごせるだけの酸素が蓄えられている。さらに、地下の緊急通路――この通路も細かくエアロックが設けられ、気密が保たれる――への入り口も兼ねる。また、最悪の事態に備え、数着ではあるが、宇宙服も備え付けられている。すでに周囲は突風に近い状態になっていて、木々は曲がって葉を吹き散らしている。穴がさっきのあれだけならば、コロニー内の空気の量は莫大なので、すぐになくなったりはしない。そのうちギニアコロニー公社のメンテ部隊がやってきてとりあえず『トリモチ』で穴をふさいでくれる。外側の宇宙をランチの類を使ってくるので、到着は早い。通常30分もかからない。
 だが、その時、セティアの希望を打ち砕くような光景が右手――回転逆方向――に見えた。ビームの光が地面から6つ同時に上がったのである。このコロニーは今、かなりの戦力を持った相手に攻撃されているのだ。さっきはバスの中だったので、なぜ穴があいたか原因がわからなかったのだ。原因がはっきりすると、セティアの心は絶望で満たされた。回転逆方向に穴があいたところを見ると、謎の敵は適当な間隔をおいて、まっすぐコロニーに向かって砲撃しているのだ。コロニー自体を破壊することを目的として。
「どうして……?」
 バスから出ると、泣きながら、風上に向かって無理矢理歩き出した。その手にはビル少年の手がしっかりと握られている。私が先にあきらめるわけにはいかない。

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 ここは後半のセティアの方に力が入ってます。<ギニア襲撃事件>ではいくつものストーリーが並行していきますが、個人的に一番思い入れがあるのが、イアンではなくて、セティアのラインです。そう思って読んでくれたらうれしいです。