
(1) <ハンマー>-2
尋常ではない。これほどの性能を持たせたつもりはなかった。ミイナ=クリントは、どうしたのだろう、と原因を考えながら、<アーク>内に与えられていた個室のコンソールのディスプレイに向かっていた。
「よくやってくれた」とフレイド=ランドーがほめてくれたのだ。あの堅物童顔にしては珍しいことなのではないだろうか、と思ってデータをチェックすると、どこかおかしかった。イフニのジェネレータが自分のあずかり知らぬところで微調整を受けた、というより、むしろ改装を加えられているに近い状態だった。
特徴的な、メビウスの輪の形状の、ジェネレータ。一見して、外から見ても、だいぶ当初と変わっていた。よりスマートになっている。イフニの名は、無限大のインフィニティからとったものである。それは、このジェネレータの出力が理論上無限大になりうるから取られたものであるが、その形状に引っ掛けたものでもある。メビウスの輪が∞のマークに見えなくもなかったからだ。だが、今は、見えなくもない、ではなく、はっきり無限大記号となっている。
誰が? イフニのジェネレータの理論を理解している人間は、スタッフの中でも数名だ。そして、私に断りなく手を入れるようなことをするものがいるとは考えられない。レイモンドさえ、あれに手を出すとは思えなかった。
だが、ホロ設計図を見るに、手の加えられているのは明らかだった。そして、すばらしいできばえである。アイディアに頼った思い切りではなく、経験に裏づけされた漸進的な改装でありながら、次世代への提案を含んでいるかのようなところもある。
イフニに搭載されたジェネレータは、空間を維持する力を借りてくるものだ。空間が空間として、そこにあるのにも多大な力が働いているのである。
当然、力を借りてくる空間が大きければ、引き出せる力は大きくて当然だった。そう考えていた。だが、新たに加えられたデザインには、そうではない可能性が提示されていた。ほとんど点といっていいような微小な空間から、大容量の力を引き出す。そのことによって、その点といってもいい微小な空間は崩壊し、一種の特異点と化す。空間が捻じ曲がり、流れ込むのである。周りにある物質も光も、一切合財含めて。あまりにも微小なスケールでそれが起こるので、実際のメカにダメージを及ぼして自損するようなことは起こらないようだった。
特異点の周りでは、光さえも引っ張り込まれる。時間が止まっている状態を実現しているのと同じだった。さらに、空間は空間を際限なく引っ張ってくる。周囲の時間は停滞したままである。だから、時間単位で得られるエネルギー量も、理論的に無限に近づける。
だが、これを進めすぎるとこのジェネレータ一台で、宇宙の収縮を起こしてしまうのではないだろうか。収縮しきって、宇宙が点になった後、再び点は莫大なエネルギーと空間と物質を提供するだろう。ビッグバンである。
私は疲れているんだ。宇宙スケールで見たらあんなモビルスーツなど問題にならないほどのけちな質量と容量である。そんなこと起こるわけがない。手で目と眉間を揉み解しながら、ミイナは思った。
誰が考えたのだろう。職人芸でありながら、画期的。できそうな人間はいなかった。
とにかく、せっかくのアイディアだ。推し進めるのが私の義務だろう、と思う。うまくいけば、あのフレイドの鼻をあかせようというものだ。
気分転換に現物を見ようとミイナがモビルスーツデッキに上がってみると、イフニの脇でフレイドとドースン技師長がイフニの前で激しい口調でやりあっていた。だが、よく見ると楽しそうでもある。
「冗談じゃない、あんたのいたずらでああなったってんですか」
「彼らは彼らなりに判断したのです。出力は下がってない。そうおっしゃったでしょう」
「あんなに回路が密集しちまったら、メンテができません。効率がすべてってわけじゃない」
ミイナは口を挟んだ。「どうなさったのです」
「どうなさったもない。例のナノマシンがね、マシンをいじってるみたいなんだよ」ドースンが答えた。娘さんの安否が不明と聞いたが、それを微塵も感じさせない打ち込みぶりである。
「うん、左肩が物理的なダメージを受けていたんだが、修復されていた。そこまでは予定通りだったのだが、元通りに直らなかった。そして、パワーはむしろ高まった」
「回路が狭い空間に押し込められちまった。まるで知恵の輪みたいだ。あれじゃもう手が出せない。ドクター=ミイナ、聞いているのか」
ミイナはわかった。あのジェネレータの改装。あれもそうなのだ。ごみ虫のようなナノマシンが、この私を、ブレーズ=ハンプトンの後継者たる私を、超える着想をしたというのか。
自分の大切なものが汚されたような気分だ。娘が中年男に犯されたような。自分がフレイドに陵辱されたような。手に持っていたバインダーをイフニにたたきつけた。あっけにとられる父親二人をおいて、自室に走り戻った。
「どうしたんです、彼女」
気遣わしげにフレイドはつぶやいた。
「生理日かなんかじゃないですか?」ドースンは明るく言った。「それより、30分後には5番地へ入港です。作業はきりがいいところで終わりにします。頭部の換装は入港後にやりましょう」
オットーは、スニード将軍と、<アーク>に乗り込む直前に会見した。スニードは、オットーが副大統領に推薦して、ジャック=ブレナン大統領失脚後の軍のトップに据えた人物である。
「私は、<アーク>に乗り込みます。その間、エウーゴをよろしくお願いいたします。特に、アルディン=ローンとランドルフ大佐、それにタケオ=ハマダにはお気をつけなさいますよう」
「まあ、君のご希望に沿うようにはしてみるよ。だが、抑え切れんよ、おそらく。ジャック=ブレナンがいてこそ、超巨大企業のヤマトと、ベンチャーのジェネラルのバランスを取ることが可能だったのだ」
スニードは70になる、好々爺風の老人である。白い髪とひげを蓄え、少し太めの体形で、サンタクロースを髣髴とさせる風貌である。かつては連邦で鳴らしたそうだが、その面影はない。
「時間を稼ぐくらいならできましょう。私は地球で味方を探し、できるだけ早く戻ります」
「急いてはことを仕損じる。あわててはいかん」
「人類の存亡がかかっております。慌てないわけには参りません」
「そうか。健闘を祈るよ。……オットー君、エウーゴと<アーク>を使って何をするつもりかね」
「<ハンマー計画>をやり遂げます」
「作戦用のミノフスキードライブは失われたぞ。どうするつもりだ?」ほっほと笑いながらサンタクロースが答えた。
「アーク級の二番艦があります。あれで押します」
「出力が足らないのでは?」
「足りません。ですから、近場の石っころで済ませなくてはならない。多少荒事になります」
サンタクロースが地球の子供たちに悪夢をプレゼントするのだ。そう思ってオットーは一人笑った。スニードも意味もなく応えて微笑んだ。
「では、頼みます」オットーは、<アーク>の待つ港口へ向かう。



「出来る研究者」「嫌な女キャラ」だったミイナですが、ちょっと変ぼうの兆し・・・です。ミイナの一人称は初めてじゃないですかね。
大統一理論とイフニジェネレータの説明は、かなり胡散臭いです。やっぱ理系に進んでおけばよかったと思う今日この頃。一応「なにかの総和が保存される」にして、それらしく説明はしています。誰か助けて・・・