
(1) <ハンマー>-3
「戻って来るんだぞ」5番地へ降りるイアンに、ブラッドは声を掛けた。「おまえの居場所はここにある」
「わかりません。でも帰ってくると思います」イアンははっきりしない返事をした。
7番地襲撃事件から今まで、セティアやリンカーが無事かどうか、確認が取れなかった。戦闘状態にある軍艦に、民間人の安否情報を取るような帯域があるわけがない。無線はミノフスキー粒子で使えないのだ。
セティアの父のドースン=ウィルキンズもイアン同様、娘の安否が不明のままイフニやヴィクトールの整備に精力を傾けていたのだ。ドースンは相変わらず忙しい。船が停泊している時間は4時間ほどの予定だ。この間に情報をかき集めなくてはならない。ドースンにも頼まれている。
僕は、<ギニア>に残りたがっている。あのホーム・パーティの感動は忘れられない。戦いに身を投じる覚悟もついていない。イアンは、一般人である自分にあこがれる。
避難民でごった返す無重力エリアをマグネットブーツと思い切りで軽く切り抜ける。すでにその身のこなしは、生粋のスペースノイドを上回っていた。
港エリアの喫茶店の情報端末を確保する。まずはセティアの母親、ドースンの妻、バーバラ=ウィルキンズへコールする。画像がつながった。
「お母さんですね、イアン=ランドーです」
『ああ、イアン君。無事だったのね。良かったわ。どこからコールしているの? おうちはなくなっちゃったでしょ』
「5番地の港からコールしています。事情があって、<アーク>に乗ってます。ドースンさんとご一緒です」
ドースンが無事なこと、モビルスーツの整備が忙しく直接コールできないこと、バーバラが無事で3番地に避難していることをドースンに確かに伝えること、などを話した。
「セティアは、無事なんですか」イアンが一番気にしていることを聞く。
『セティアは入院しているわ。移動中にあの爆撃にあったらしくて、居住区内の避難所に逃げたのだけれど、救助が遅くて、酸素欠乏症になって、それで……』
「どんな様子なんです?」
『意識不明の重態。回復はしても、障害が残る可能性があるって』画像のバーバラは泣き崩れた。
そんな。あの快活な彼女が。「どうして」意味がない言葉を、イアンは口にした。
『セティアは、あなたの家に向かおうとしていたわ。……ごめんなさい。それは関係ないの』
バーバラは、立派な母親だ。今の今まで、泣き言を言わなかった。そして、思わず口走った。その重みに、イアンはたじろいだ。
『セティアにあってあげて頂戴』
「ええ」接続をたった。
3番地のセティアを見舞うには、<アーク>を降りなければならない。イアンは身の振り方について、はっきり決めていない。ブラッドは<アーク>でパイロットをやれといっていた。僕の戻るべきところは、どこなのだろう。
決断を先延ばしにして、リンカーにコールした。
『おお、イアンじゃないか、生きてたかよ。おまえコロニーのこと良く知らないからさ、うまく逃げられないんじゃないかって、心配したんだぜ。俺も、フレデリカも、無事だよ』
「ありがとう。僕は、たまたま<アーク>に乗れて。でもセティアが」
『<アーク>だって? セティアのことは聞いた。あの日に、おまえがジョンスをぶちのめしたろ。あれをみて、セティアがおまえを励まそうとしたんだ。おまえの家に向かっている途中で、事故にあったんだ』
「僕の責任だ」バーバラには、そういえなかった。だが、リンカーには、自分の痛みをぶちまけた。分かち合えると思ったからだ。
『おまえの責任じゃないだろ。狂信者どもの責任だ』リンカーは一言で簡単に否定した。『あの騒動をどうやって切り抜けたんだ?』
「その、全部はいえないんだけど……。なりゆきでエウーゴの新型モビルスーツに乗って、戦ってた」
『なんだって?! そりゃ、また』一瞬、完全に画面上でリンカーは固まった。だが、気を取り直したようだった。リンカーは、戦士としてのイアンの資質を、自然と受け入れている。『ウェブではエウーゴに<ヴィクトール>以外にも新型がいたって評判になってる。まさか、おまえが、それを?』
「そうだと思う」
『セティアは、お母さんで面倒を見られる。おれも手伝うよ。だけど、新型をうまく操れる人間は、多くない。少なくとも、ウェブではそういう話になっている。地球とは戦わざるを得ない。おまえは、自分がどこで必要とされるか、考えなくちゃいけない』
リンカーに、セティアの見舞いの件を言われれば、<ギニア>に残るつもりだった。だが。
『俺だって戦いたい。俺にそれができれば。おまえが自分で言っただろ。地球とコロニーの橋渡しになるって。戦いの中でそれを見出すんだよ。ここに残っても、そんなこと出来はしない。ここに残るのは、今のおまえには許されない』
「わかった。やってみる。いろいろありがとう」
『どういたしまして、だ。必ず生きて帰ってこい。セティアが待ってる』
僕には主体性というものがないのだろうか。地球ではメッター、コロニーではリンカー。言いなりとどこが違うのか。港から<アーク>へ向かう無重力エリアで体を流しながら、心も漂う。主体性を、やつに、<ハイド>に奪われてしまったのだろうか。
出港30分前のドサクサをわき目に、<アーク>に戻る。特にやらなくてはいけないことがあるわけでもなく、なんとなくモビルスーツデッキを漂っていると、自分の<ヴィクトール>を整備していたブラッドが、イアンに気づいて微笑んだ。その隣には、ドースン技師長がいる。これから、セティアのことを話さなくてはならない。大きく息を吸い込み、覚悟を決め、壁を蹴ってそちらに流れていった。
8番地空域では、アークの2番艦に火が入れられた。リモートコントロールで、乗員が一人もいないまま、シャンパンを割られることもなく。目標は、<ラムセス>。乗員がいないのだから、加速度に制限はなかったが、次に制御を掛ける部隊が追いつけなければ、宇宙の果てまで飛んでいってしまう。3Gから始めて、5Gまで加速し、そこから減速するように慎重にプログラムされる。プログラミングしていた技術者は、指示通りにやっていた。自分がやっていることがどういう結果を招くのか、想像しないでもなかったが、あえて無視した。
同じころ、5番地からは、<アーク>が2Gで加速を開始していた。



第二章の終わりで示唆されていたセティアの運命が明示されています。彼女がこうなることだけはストーリーを練りだした当初から決まっていたので、かわいそうなんですが・・・。
リンカーも、おふざけなしでイアンに厳しい助言を投げかけます。厳しさを増す情勢の象徴です。まだ話半分なんだけどな〜。