ガンダムイフニ

(2) 死神-3

 翌日。キトに戻ったローランドは、早速<サイクロプス=アイ>建造の監督を再開しなければならなかった。自分のオフィスでカリンと一緒にたまったデスクワークを片付けたかったが、サンティアゴに<血の災い>を見に行っている間の作業の進捗ははかばかしくなかった。ローランドは自分のことは有能だと思ってはいるが、マネージメント能力は今ひとつなのかもしれない、と冷静に分析する。今まで、部下を育てることよりも、自分の能力を際立たせて、出世することに力を割かざるを得なかった。結果として今の地位と責任を手に入れたわけだが、仕事は一人の能力でやり切れる範囲を超える内容になってしまったのだ。どこの組織でも、同じ矛盾に苦しむローランドのような人間は多いのだろう。
「すまないが、できる範囲で決済をしておいてくれ。判断できないものはとっておけばいい、夕方には戻る」個室のオフィスでコートを羽織ながらカリンに声を掛ける。
「ええ、いってらっしゃい。無理しないでね、お疲れみたいだし」
 昨日の夜はカリンの求めに応じることもできずに、眠ってしまったのだ。俺ももうじき40なのだと思う。

 オフィスで黙々とメールを読んでから返信して、決済をシステムに入力する。ローランドのオフィシャルのアドレスに来ているメールは必ずカリンが一度目を通すことになっている。
 その一方で、中断中だった<サイクロプス=アイ>の設計図のコピーを作成する作業も行わなければならない。全図面を一気にコピーはできなかった。アクセスログが残ってしまい、何のためにコピーをとるのか、ドレル=ハーグ中将に事後でも申請・承認を経なくてはならなくなる。だが、建造の総監督であるローランドにとって、図面の参照はたまにはしなくてはならない仕事である。たまに、アクセスして、コピーをとる。その翌日は、また別のところを少し。少しずつ。
 まどろっこしい作業だが、有能なコンピュータオペレータであるカリンは、日々のルーチンワークの合い間合い間にこれをやり、すでに中心部他全図面の3分の1は完成している。後は、この施設そのものの防衛戦力の配置が欲しい。全部は必要ない。
 だが、2台目のコンピュータ端末に向かって、図面をダウンロードしようとしたとき、異変に気づいた。アクセス権限不足で、システムに拒絶されたのである。
 <サイクロプス=アイ>計画の総責任者がアクセス権限不足? カリンは美しく弧を描く眉をひそめた。誰かが横槍を入れているのだ。いったい誰が?
 ローランドのモバイルへメールを打った。アクセス権限に変更が加えられている。誰かが、ローランドを疑っている。南極のヨンキエの元へ走るのは、もっと後の段階でよいと思っていたが、計画を速める必要があるかも。
 送信し終わったところで、ドアがノックされた。「どうぞ」答えると、背の高い軍人が入ってきた。見覚えのない、無表情な男である。
「ローランド大佐は外出中です。何の御用でしょうか?」カリンはにっこりと営業スマイルを作る。
「わかっている」低い声で男は答えるとつかつかとカリンに近寄った。カリンの頬を張った。
「なんのまね?!」
 男は左手でカリンの胸倉をつかみ、右手でナイフをワンアクションで抜くと同時にカリンの喉元へ突きつけた。「うごくんじゃない」男の顔はカリンの顔から10センチと離れていない。
 油断した。さっきのアクセス権限変更のところで気づくべきだった。私たちのもくろみがばれて、これから消されるのだ。もともとガイアのエージェントだったカリンである。そのことを冷静に理解すると同時に、せめて、ローランドだけでも生き延びて欲しいと思った。ローランドにはまだチャンスがあるだろう。暗殺、というやり方は、もちろん連邦軍オフィシャルではない。ガイアが、二人を邪魔に思うようになったのだ。別の暗殺者が同時にローランドのところへ差し向けられている可能性もないではないが、この男が私の次にローランドのところへいく可能性が高い。私を始末した後で。
「あんた息がくさいわ」精一杯の虚勢で、口にした。右手をこっそり上着のポケットへ伸ばす。携帯電話が入っている。最後に電話したのは相手はローランドだ。リダイヤルボタンを押しさえすれば、コールできる。
 男が笑った。やせこけたほおを右上にひっぱってゆがめたこの表情は、多分、笑ったつもりなのだろう。
「これが欲しいのか?」左手をカリンの上着のポケットへさっと突っ込み、携帯電話を取り出す。「女の浅知恵だ」慎重に電源を切ってから投げ捨てた。これでいい、最低限の目的は果たせた、とカリンは思った。
 これから、この男が、何をするのかは、カリンには想像がついた。さっきのゆがんだ笑顔を浮かべたまま、左手はカリンの胸元をまさぐっている。ただ簡単に始末されるわけには行かない。5分でも、1分でも時間を稼がなくては。ああ、ローランド。あなただけは生き延びて。

 ローランドのモバイル端末は、ネットワーク監視の端末をかねている。<サイクロプス=アイ>計画を進めるために構築されたネットワークの重要なノードがダウンした場合、アラートをあげるのだ。監視対象に、カリンの携帯電話を入れたのは、ローランドの職権乱用である。もっとも計画のネットワーク管理チームのところには、アラートはあがらない。ローランドの端末だけに報告される。
 なぜカリンは携帯電話の電源を切ったのか? 最後にアクティブ報告が上がった場所は、いつものオフィスの部屋である。<サイクロプス=アイ>の地下集中指揮センターでローランドは不安を抱いた。
 メールもきていた。カリンからの警告のメール。
 電話はできない。オフィスの中に隠しカメラを仕掛けてある。ウェブにライブ画像を流すちゃちなおもちゃで、ポルノ中継なんかに良く使われるものだ。ローランドはそこまでやる必要はないと思ったが、カリンがあえて自分のオフィスの姿を隠し撮られるようなカメラの設置を求めたのだ。初めはまさにカリンの監視の意味合いで。カリンは自分がガイアのスパイから足を洗い、ローランドに心から従うようになったことの証明に、カメラを設置させたのだ。
 ローランドはほとんどこのカメラを利用したことがなかった。カリンとの日常の会話、愛のささやき。うそではなかった。そう信じたからだ。久しぶりにカメラサーバへログインする。
 画面のカリンは、血の海の真ん中で、倒れたまま動かなかった。喉にばっくりと傷口が開いている。びりびりに破られた衣服の裂け目から白い肌がのぞいた。
 カリンはレイプされて殺された。
「大佐? どうされました? お気分でも悪いのですか」
 部下の一人が気遣わしげにこちらを見ていた。
「いや、ちょっと、暑くてな」実際にローランドの額にはじっとりと汗がにじんでいた。ハンカチでぬぐって、呼吸を整えた。
 今は悼んでいる暇はないはずだ。次に、暗殺者がローランドのところへ来るのは間違いない。30分後か、あるいは1分後かもしれない。まずは逃げる。次に復讐だ。逃げ出す算段はすぐついた。カリンを連れて行く必要がないのだから、簡単だ。ああ、カリン。必ず復讐してやる。だが、まずは相手のことを知らねばならない。顔もわからないでは、どうしようもない。
 カメラサーバは過去1時間の画像を10秒おきの静止画でとっておく機能を持っていた。一気にすべてダウンロードした。暗殺者が写っている画像はないか。プレビューのサムネイルをざっと画面に並べ、確認する。すぐに、暗殺者が背中をこちらに向けている画像は見つかった。その体の下にはカリンが組み伏せられている。くそ! だが、顔が先だ。もっと前のほうがいい。途中の画像は見てもつらいだけだ。部屋に入ってきたときなら、顔がカメラを向いているはずだ。あった。白い顔、無表情、背が高い。目に焼き付ける。
 今は、逃げる。だが、いつか必ずおまえのはらわたを俺がこの手でえぐりだしてやる。
「ちょっとモビルスーツデッキを見てくる。またヴィガンが納品されたんだろ」
 メールをひとつ送信して、立ち上がった。ニイタカヤマノボレ、か。昔の日本の暗号らしいが、詳しくは調べていない。ヒデイエ=ハマダの趣味なのだろう。その後、モバイルから無線LANカードを引き抜いた。万一のハッキング防止策である。
 2つのセキュリティを抜け、20台のエレベータが並ぶ広々としたホールへ出る。モビルスーツデッキは上である。ちょうどタイミングよく上から降りてきたエレベータがあった。
 3人降りてきた中に、白い無表情な顔の男がいた。
 さっと脇を向き、こちらの顔が見えないようにした。腰の拳銃に手をやったが、相手は暗殺のプロで、こちらは制服組の中でも事務処理能力でのし上がった口である。やりあえるはずはない。やり過ごせ。今は、生き延びることだ。そして、このモバイル端末の中に入っている情報、ローランドの頭の中に入っている情報を持ち出すことが最優先である。拳銃を握る手が汗ばんだ。
 男は、こちらには気づかない。奥の指揮センターを目指して歩み去っていった。
 ぼやぼやしている暇はない。男が指揮センターに行けば、こちらがモビルスーツデッキに行った事はすぐわかるだろう。エレベータに乗り込み、扉を閉じるボタンを3、4回連打した。

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 書いていてちょっとつらかったです。ローランドとカリン、この話の中でもトップの名コンビですもんね。どうもセクシーキャラ次々と死なせているみたいな・・・。