
(2) 死神-4
デッキは喧騒に包まれていた。ヴィガンが30機あまりも納品されたばかりだ。それに、最新型のガンダムH2の2、3号機もだ。逃げるのに足が早いに越したことはないから、できればガンダムH2を調達したかったが、ヴィガンの整備のほうが先に進んでいるようだ。それも、まだ数機しか即稼動できるモビルスーツはなさそうだ。追っ手が薄くなるのは結構なことである。
どうみても整備完了したばかりのヴィガンのそばによる。ビームライフルはデッキの壁面に立てかけられているのを確認する。ヴィガンは整備用のベッドに横になっている。ベッドの横のはしごを上がる。
「どうだ、整備の進捗状況は」はしごを上りきったところで現場監督に声を掛ける。顔を見たことがある、名前を思い出せ。「セードル技師長?」
「はい、こいつはばっちりですよ、大佐。ただ何せ数が多いもんだから、大変です。若いのは先にガンダムに触りたがるし」人懐っこそうな丸顔を笑顔でいっぱいにして、セードルは答えた。
「今すぐ動けるのは、これのほかには、どれだ?」
「隣のこいつと、あれと、あれです」セードルは順に3機のモビルスーツ指差した。記憶しろ。
「そうか、ご苦労様。実はな、頼みがあってきたんだ」
「はい、なんでしょう?」
「俺も昔はモビルスーツ乗りだったんだよ。今では降りてしまったが、新しいモビルスーツを見ると今でも血が騒ぐ」経歴を調べればすぐうそだとわかる。だが、セードルがそんなことを疑うわけがない。
「ああ、そうでしたか、大佐。モビルスーツってやっぱ最高ですよね。動かすのはご勘弁いただきたいですが、コクピットに乗ってコンピュータシミュレーションをやるくらいなら問題ないですよ」
「ありがとう、すまないな、セードル技師長」
「どういたしまして。いやあ、ローランド大佐がモビルスーツ乗りだったとは知りませんでしたよ。現場のことがわかってらっしゃる方が上にいると、こちらも何かと楽ってもんです」あくまで、セードルは人の良い笑顔を浮かべ、人を疑うということを知らなかった。
セードルに案内され、コクピットに身を収めた。セードルがじっと見ている前でパネルアクションをやらなくてはならないのだろうか? ローランドは研修は一通りやったが、実機に乗った回数は数えるほどしかない。まずはどうだったか? わきの下がまた汗ばんできた。
「ああ、GM系とは少し変更されてます。そっちがコンピュータ起動で、そっちがメインジェネレータ起動です。でも、ジェネは今日はだめですよ」先にセードルが教えてくれて、ほっとする。
「量産機じゃ連邦初のミノフスキークラフトマシンです。GMとは挙動がだいぶ違いますが、操縦系はGMに近いようにしてあります」
「ありがとう」ローランドは重ねて例を言う。「ちょっと離れてくれないか」
「え、ああ、はい?」
コクピットクローズ。全天視界モニター起動。ジェネレータ起動。アイドリングは20秒。
セードルはしばらくあっけに取られていたが、ローランドが操作ミスでもしたのかと思ったのだろう、頭をぼりぼりかきながら、外からハッチをマニュアルで開けようとしだした。それは困る。あと10秒はこちらは動けない。
「すまんすまん、セードル技師長、開け方はわかるよ。今開けるから離れてくれ」無理に明るい口調で言い訳をする。スピーカで外にも聞こえるはずだ。
「大佐、おふざけが過ぎますよ」苦笑いを浮かべながらセードルがハッチから離れた。
アイドリング完了。さて、十数年ぶりだが、おれはこいつを立たせることができるだろうか?
「うまくいけよ」
まずはヴィガンの右足をベッドの外に出し、左手をベッドについて支えながら体を起こす。とりあえず上半身を起こすことができた。よしよし。ちょっとうれしくなる。次は本格的に直立させる。ええと、右手もベッドに添えて、体をベッドに対し90度右に向ける。両足をベッドの下に下ろす。後は、両手で弾みをつけてベッドから腰を浮かして、中腰姿勢になってから立ち上がればいい。
腕に力を入れすぎた。前のめりになって右ひざを地面につける格好になってしまった。オートパイロットが働いて前に両手をついて、うつぶせにぶっ倒れる羽目になるのは避けられた。セードル他、整備員たちが慌てふためいて逃げ惑っている。なんということか。立たせることさえまともにできないとは。先が思いやられる。
『どこのばかだぁ、ヴィガンを動かしているのは』<サイクロプス=アイ>防衛総責任者のラビエ少佐の声が無線で入ってきた。もごもごした口調なのは、またピザでも食ってるんだろう。思わず茶目っ気を出して答える。「ははは、ローランドだ。ちょっと動かしてみたくてな」
『はあ? 大佐ですか』ラビエもあっけにとられている。さっさと動き出さねば。少々格好悪いが、オートパイロットに起立させる指示を出した。立たせるくらいは一流パイロットならマニュアルでやる。立たせ方ひとつで経験の差さえ読み取ることもできるのだ。外から見れば、オートで立たせたのがばればれだろう。
やっとまともに立ち上がる。ビームライフルを取りに壁に向かって歩く。申し訳ないが、下をちょろちょろあるっている連中に気を配ることはできない。そっちで避けてくれよ、と思う。ライフルに手を伸ばし、そこから先はオートにした。俺はやっぱりパイロットには向いてない。
「ラビエ少佐、すまないが、ハッチを開けてくれ。ちょっと飛んでみたいんだ」司令室に呼びかけた。言っては見たものの、さすがにこれはあまり期待していない。
『大佐、勝手にモビルスーツを持ち出すのは、大佐であっても禁固刑ものです』
「わかった、じゃあ、こちらで好きにやる」
『なにを……』
ラビエが絶句する。相手にしている余裕はない。
ハッチに歩み寄る。この類のハッチにはたいていモビルスーツのマニピュレータが指でつまんで回すと開く仕掛けがしてある。指令所が破壊されたときの緊急用である。もちろん、こことて例外ではない。ハッチの右手のつまみに手を伸ばし、オートで回す。ハッチが左右に開きだした。不気味に赤く太陽の光が差し込む。
あとは追っ手が来られないようにしなくてはならない。後ろを振り返ってビームライフルで慎重に稼動可能な3機を順に狙撃した。さすがにこの距離で動かない相手をはずすことはない。ジェネレータに火が入っていないモビルスーツは、直撃を受けても爆発しない。
さて、いくか。カリン、おまえをいつか必ずきっちり葬ってやる。でかい墓を立ててやる。それまで我慢してくれ。
ミノフスキークラフトを吹かした。ふわり、とヴィガンの15mの巨体が重力を無視したかのように浮かび上がった。



逃げるローランド。でも、結構格好いいですよね? ね? 自分の能力の限界を自覚して、とにかく逃げる! ってのも、決断だと思いませんか?