ガンダムイフニ

(3) ニイタカヤマノボレ-1

 かつては氷河に覆われた土地だったという。今や南極は単に寒いだけの砂漠である。気温は上昇し、夏の無限に続くとも思える白夜の間は氷点下を越える。氷はすべて溶けて流れ出した。一部の変人たちが期待したようには、ムー文明も、宇宙人の基地も、そこにはなかった。あとには地球で一番強烈な紫外線が降り注ぐ不毛の大陸が残った。
 戦略的にも不毛なところだ。北極は、かつて原子力潜水艦が世界を百回でも滅ぼせる量の核を懐にしのばせる熱い海だった。今でもマリナーの蠢く海である。だが、南極からでは、人が住む世界へ遠い。おまけに、意味もなく大陸が海底から聳え立ち、行く手を阻む。いつの間にか見捨てられ、せいぜい有名無実の戦時条約が結ばれた場所として記憶されることになった。
 だが、連邦は地球の表面を自らの軍で埋め尽くさなければ、不安に耐えられなかった。南極方面軍は、地球連邦軍の中でも、屑の掃き溜めと化した。
 忘れ去られていたからこそ、こんなことも可能なのだ。屑には屑なりのプライドってもんがあるってことさ、とハットンは思う。さらに、狂信者連中のおかげで、この掃き溜めにもルードのような優秀な若者がくるようにもなっていた。時は満ちた。
 M級潜水艦<リュウグウ>から、ハットンは静かにカブールを発進させた。すでにかなり太平洋を北上した位置である。ランデブー位置はガラパゴス沖。もう30分ほど潜行して北上する必要がある。「ガムル、ルード、遅れるな!」
『隊長こそ無理しないでくださいよ! 今日のは訓練じゃないんでしょ!』ルードの元気な声が返ってきた。
 この一ヶ月で、だいぶ良くなった。ルードももはや、使える部下である。さすがに士官学校を最優秀で卒業しただけのことはある。40目前で少尉のままのガムルとはえらい違いだ。もっとも、ルード本人をそんなふうに誉めたことはない。逆に、若者らしい過信が目に付くようになりつつあるのを、ハットンがたしなめる場面が増えている。俺もあの年には自分は戦場で弾に当たることはないと信じていた。なんといってもまだ二十歳だ。大人のリードが必要な年頃である。
「ルード、入れ込みすぎるなよ。全機、海中通話が通じるぎりぎりの距離まで散開して、北上する。左翼がルード、右翼はガムル。俺は中央だ。ランデブー予定海域まで、まだだいぶあるが、油断するな。お客さんは緊急脱出してきてる。いつどこで遭遇するかわからんぞ。追っ手がかかっている可能性が高いが、敵を見ても戦闘は極力避けろ。海上ではカブールじゃ<スモウ>の相手はできん。とにかく、お客さんの身柄さえ確保できれば、作戦は成功だ。いいな!」
『了解』『了解』
 ルードは、武者震いが出るのを抑えた。このカブール改は海中では無類の強さを誇るが、上に出てしまえば、まさに陸に上がったカッパである。戦場では冷静でないものが先に死ぬ。とにかく、何かあったら海中に潜ってしまうことだ。生き延びたければ。死にたければ、海上に上がれ。ハットンに口を酸っぱくして言われたことを、改めておさらいする。生き延びろ。

 ターゲットAはデータを持ってモビルスーツで逃走。暗殺者は、ターゲットBの女を陵辱している間に、本命のロンド=ローランド大佐を逃がしてしまったらしい。暗殺などと、姑息な手に頼るからだ、とメッターは思う。こっちの領域に入ってきたからには、逃がすわけには行かない。
 メッターは高く舞い上がった<アイガイオーン>のコクピットから、太平洋の海面を探す。茶色い海面に、ヴィガンの緑色はあまり目立たないだろう。見つけられるだろうか。
 ヴィガンはミノフスキークラフト機。アイガイオーンはミノフスキードライブ機。スピードには圧倒的な差があるが、太平洋のどこにいてもおかしくない15mのモビルスーツを探すのは至難の業である。ミノフスキー駆動装置を備えた相手の探索にレーダーは意味を成さない。
『こちらサンターナだ。死神隊各機、聞こえるか』
 サンターナがレーザー通信を開いてきた。受信確認ボタンを押す。
『軌道衛星がターゲットを見つけた。ガラパゴス周辺海域だ。移動する。遅れるな』
 ぱっとサンターナのマシンが方向転換した瞬間に、光の帯を残した。メッターも気を入れて後を追う。急加速で胃がよじれるようだ。一瞬遅れて、全機が後を追ってきた。一糸乱れぬ、とはいかない。サンターナは各パイロットの限界を試すかのような操縦をさっきから繰り返していた。今のところ脱落者が出ていないだけましである。
 約5分進んだところで、ジョーンズの甲高い声で報告が上がった。『ターゲット発見。10時の方向!』
『よくやった。接触する』サンターナが答える。左手、10時……いた。メッターも緑色の点を視界に捉えた。まっすぐに飛んでいる。
『メッターとジョーンズ、サイクス、先行して前に回りこめ。ドノバンとマックスは私に続け。後方から迫る』
「了解。いくぞ!」一気に加速してターゲット上空をパスする。音速の5倍ものスピードが出ている。モビルスーツは空力的に、そんなスピードが出せる形状ではないが、ミノフスキー粒子で機体の回りの気流制御を行うことで、軽々と空気抵抗を無視する。
『よし、取り囲め』
 サンターナの合図で、一斉にターゲットとの距離を詰める。もちろん全機、ビームライフルの標準はターゲットに向けられている。
 おかしい。アイガイオーンが視界に入ったはずなのに、ターゲットはまったくこちらを無視したかのように、音速のスピードを維持して直進し続けている。
「しまった。オートか? 接触します」
 メッターは臍をかんだ。さっき感じるべきだった。ターゲットのヴィガンがやけにまっすぐに飛びすぎていた。接触回線を開く。コクピットは無人であった。

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ガンダムイフニ

 逃げるローランド、追うメッター。丁々発止ですね。やり手同士の戦いって、いい感じになります。