
(4) 石っころ-1
<アーク>は現在加速していない。慣性飛行中である。重力は回転させられる居住区にしかなかった。フレイドはブリッジでイアンとブラッドの実機を使った戦闘訓練を観戦中である。ちょっと気分が悪い。フレイドはイアンのセンスをうらやましく思った。フレイドはいまだに無重力に慣れていない。イアンのイフニ――頭部がガンダムタイプに換装され、いまや<ガンダム=イフニ>だ――に同乗させて貰ったときは、危うく吐くところだった。ノーマルスーツ内吐瀉での窒息死など、スペースノイドの古典的な笑い話である。
「何とか形になって良かった」レイモンド=カナンが話しかけてきた。「ジミー=キャルバートなしで、実際良くやったと自分でも思いますよ」
ジミー=キャルバートはジェネラルプロダクトが<ターン=プロジェクト>のためにわざわざアナハイムから引き抜いた凄腕技術者である。レイモンドやミイナ=クリントは天才肌であり、実務には疎いところもあったのを、プロジェクトの中で補ってくれていたのだ。あまりにも後ろ向きな性格で、人気はなかったが。彼はエウーゴの緊急招集に応じず、<アーク>に乗り込まなかった。<アーク>が戦闘の最前線に立たざるを得ないことは目に見えていただけに、逃げ出したのだろう。
「君にとっては試練だったな。だが、いい経験だっただろう?」
「まあ、そうです。トーチを使ったこともなかったんですからね」
「私も実はそうだった。修羅場は男を強くするよ。レイ、君も私ももっと強くならなければ、生き残れない。キャルバートにターンB、そしてエウーゴの戦力の大部分は<ギニア>で足止め。これで戦争をやるのだからな。本当の修羅場はこれからだ」
ターンAはコクピット部がめちゃめちゃに破損したものの、なんとか修理して使えそうな見込みであったので、<アーク>に積み込まれていた。だが、ターンBはプラズマ粒子が胴体部と頭部を広範囲に貫通し、本格的なオーバーホールが必要であったため、おいてこざるを得なかった。パイロットの問題はあったが、あれがあれば貴重な戦力になったものを、とフレイドは思う。
「心配性ですね、ランドー博士。僕らの仕事はモビルスーツを最高に仕上げて、パイロットに渡す。これだけですよ。できる範囲で最善を尽くして、天命を待つ。そういうものではないですか?」
「大人になると、心配事を抱えるようになるものさ。そのうちわかる」フレイドは、そんな言葉をはく自分に嫌気がさす。だが、自分は間違いなく大人で、父親である。自分の手がけたマシンに、息子を乗せて戦場に送り出さなくてはならないのだ。
ホートラングはヴィクトールのコクピットで緊張して息を詰めていた。ブラッドとイアンの模擬戦は最高潮を迎えていた。どちらも持てる技量以上の力を出している。ここで自分が仮に割り込んだら、10秒も持たずに撃墜されるだろう。勝負はほぼ互角で、イアンのほうが押しぎみであるが、残弾はブラッドのほうが多い。もうすぐイアンのほうが決断を下さなければならなくなる。一気に白兵戦へ持ち込むか、残弾を大事にして攻撃のペースを落とすか。
イアンの未塗装のガンダム=イフニが、高速でフィールドを横切りつつ、筐体を反転させてさっとライフルを構えた。機敏にブラッドの青地に黄色いストライプのヴィクトールカスタムが回避行動を取る。だが、イフニは射撃しなかった。『ちっ! フェイントか!』ブラッドがわめくのがレーザー回線で伝わってきた。イフニは再反転さえしなかった。一気に両機の間の距離が縮まる。
イフニはすかさず今度は仮想ビームを撃って、突進する。ビームサーベルを抜き放った。
『おおおッ』ブラッドはロックオンせずに、ライフルを乱射した。
シミュレーション終了サインが出る。結果はドロー。
『おかしいな、今のビームはサーベルではじいたと思ったんだけど』イアンの声がした。
ホートラングは、自分が鳥肌を立てていたことに気づいた。
結局、戦争をする羽目に陥ったな。イアンは自嘲する。すでに数回の実機訓練をこなし、ガンダム=イフニはイアンになじんでいたし、ブラッドや他のメンバーとの連携もさまになりつつあった。自分の順応力に喜ぶと同時に、能力の大部分は天使隊で訓練されたものであることにうんざりする。
そして、口にしたことはないが、メンバーの錬度についても、不安を抱いていた。
<ギニア7番地>を襲撃した連中は間違いなくガイアであった。天使隊出のパイロットと戦闘を行うこともあるかもしれない。<アーク>隊が今のまま天使隊のシミュレーションバトルに参加したら、おそらく下位をさまようことになるのではないだろうか。個々の能力は決して低くない。クリスティーナ少尉でさえ、だ。だが、イアンはパイロットの純度の低さを感じている。訓練の不足である。一糸乱れぬフォーメーションなど、現状では到底無理だった。また、ホートラングのリーダーシップが弱く、各個人がめいめい勝手な判断で行動しているのを感じることが多い。
ひょっとしたら、メッターその人とさえも戦うこともあるのかもしれない。ブラッドでさえ、メッターには劣る。天使隊のときのメッター隊がアイガイオーンに乗って出てきたら、このメンバーではまったく歯が立たない。
そんなことないよな、と思い直した。まだメッターは卒業まで間があるのだ。
だが、生き残れる、という感じをイアンは持っていない。なんとなく、僕はこの戦争で死ぬのだろうな、と思っていた。死ぬ、ということ自体には悲しみも不安も覚えていない。
「……帰投するぞ」怪訝そうな声でブラッドがイアンに呼びかけた。イアンは自分がぼんやりとコクピットで物思いにふけっていたことに気づいた。
イアンを加えた<アーク>モビルスーツ隊の基本フォーメーションはブラッドとイアンが前方に出て、他のメンバーが支援する格好である。そのために、ブラッド機とイフニは目立つ塗装を施される。
宇宙世紀の戦争はミノフスキー粒子による電波かく乱のため、レーダーが使えない。有視界戦闘が基本である。目立つ塗装のモビルスーツが隊に入ると、その機に攻撃が自然と集中し、他のパイロットの負荷が下がる。結果として隊全体の生存率は高まるのだ。エースパイロットにパーソナルカラーや派手な塗装を施された専用機を与えられるのは、一年戦争のときに自然とできた伝統であるが、有効性が後に立派に検証されているのである。
だが、エースとして認められた本人は、名誉なことであるが、危険は高まる。専用機を与えられたパイロットは、普通一度辞退することが多い。自分の生命がかかったありがた迷惑なのだ。
そして、ガンダム=イフニはまだ未塗装である。
「ランドー博士、決心はついたですか」ドースン技師長がスコットランド訛り丸出しでフレイドに話しかけた。フレイドもわかってきた。ドースンはスコットランド訛りを場面に合わせて使っている。おどけたいとき。場の緊張をやわらげたいとき。
フレイドは1Gで減速中のモビルスーツデッキを、手すりに手をかけて見下ろす。どちらにしろ、塗装は施さねばならない。モビルスーツの塗装の目的は、識別のための色を塗るだけではない。ガンダリウム金属の表面をコーティングし、微小なメガ粒子であればはじき返し、装甲がピンホールだらけになるのを防ぐ。塗装は必要不可欠なのだ。
白、青、赤。ガンダムカラーは、歴史的に宇宙戦闘で最も目立つ色である。伝説的な人気機種でありながら量産されない。一般パイロットからその危険の高さによって敬遠されるのである。白い悪魔。ガンダムタイプは宇宙世紀に入ってから何度かプロト生産され、その時代時代のエースパイロットが乗り込んだが、たいてい撃墜されたり、大破したりする。まっとうに機体寿命を終えられることはまずない。そして、パイロットは死んだり、発狂したり、行方不明になったりする。
その機体に息子が乗る。予定通りの塗装を行ってしまえば、イアンの生還率は一気に下がる。
「……ああ、ドースン技師長、予定通り塗装してください」うめくように言った。自分は息子の死刑執行状にサインしたのかもしれないのだ。
「ランドー博士、あなたは立派な人だ」普通の口調に戻って、ドースンが言った。手を差し出していた。二人は固い握手をする。
「ありがとう」
ドースンとても只者ではない。この男の一人娘は先日の<ギニア7番地襲撃事件>の被害者だ。イアンに会いにいく最中に事件が起こり、酸素欠乏症となって現在意識不明で入院中だという。何事もなかったかのように仕事に打ち込んでいる。
あの襲撃を行ったガイア教団の連中には家族はいなかったのだろうか。フレイドはいきなりそんなことを思った。



ガンダムがなぜあんな配色なのか? という疑問に、答えを考えたのがこの項です。同時に、シャアそのほかのエースパイロットたちのパーソナルカラーにも答えを出していて、よくやったって感じです。だけど、「黒い三連星」の連中は、例外だな・・・目立ってないし。
子供を戦場に出す親の気分って、最悪でしょうね。ましてや、ガンダムに乗せるとなれば。このことにちゃんと向き合った親って、ガンダムでは見たことないです。ウッソの親も、なんかちょっと変な人だったし。F91のシーブックのお母さんが、一番まともですかね。