
(4) 石っころ-2
「さきほど追い越した<アーク>2番艦のミノフスキードライブを使って、小惑星<ラムセス>を地球軌道の低いラインに流す。これを軍事拠点として、地球連邦、ガイア教団ににらみを利かせる。今回の作戦の目的は以上である。
地球連邦政府の近年の腐敗振りは目に余る。コロニーから集めた重税は、既得権益者の中で分配され、地球の再開発に投資され、ますますの環境汚染を呼んでいる。また、ガイア教団のメンバーが中核に入り込み、スペースノイド抹殺のための軍事増強も著しい。南米に大規模軍事拠点を構築中との情報もある。
人類の可能性は無限である。地球の重力の井戸に魂をとらわれた彼らには、そのことが認識できないのだ。スペースノイド迫害の象徴である<ラムセス>をもって地球に圧力をかけることで、彼らの目を目覚めさせる。人類がニュータイプへの道を歩めるかどうかは、<アーク>のスタッフ諸君の奮闘にかかっているのだ。諸君の健闘を期待する」
オットー=ラインバルトは演説を終え、さっと敬礼をした。軍服でなく、ブランド物のスーツを着ているのだが、さまになっている。ブリーフィングルームに集まっていたクルー全員が、ざっという音を立て、答礼する。あわててイアンも敬礼のポーズをとった。ガイアではこういうとき胸の前でこぶしを重ねる礼をとるのだ。慣れていない。
「続けて、フロスト艦長から、作戦の説明である」ホートラングが右脇から声をかけた。
「ああ、みんな、座って楽にしてくれていい」フロストが砕けた調子で言った。「着席!」ホートラングがすかさず号令をかける。クルー全員がやれやれといった感じで椅子に腰を下ろす。イアンは眉をひそめながら座った。こういう場でスタッフがリラックスするなど、天使隊では考えられなかった。ちょっとでもだらけた調子でいれば、すかさず教官の鉄拳が飛んでくるのが常である。さっと椅子を引き、ワンアクションで腰を下ろし、深く腰掛けて姿勢を良くする。
(そんなに緊張するなって)小声でボウトが後ろから声をイアンにかけ、なれなれしく肩に手をかけた。ボウトのパイロットとしての腕は認めるイアンだが、こういう態度は好きではない。訓練中も無駄口が多い男である。
(これが、エウーゴ式さ)隣にいたブラッドまでが、面白そうに小声で話しかけた。おや、とイアンは思った。ボウトと違って、イアンの戸惑いを正確に捉えている。
郷に入らば郷に従え、か。イアンは、ブラッドを見習って、少し浅く腰掛けて、楽な姿勢をとった。思わず、ほうっと息が肺から漏れた。
「いいかな。じゃあ始めるぞ」フロストが今の寸劇を目に収めていた様子だったことに気がついた。イアンは顔を赤らめた。フロストの脇に<ラムセス>周辺空域の三次元ホロスコープが浮かび上がる。
「今回は作戦といっても単純だ。他艦との連携行動はないからな。こちらから、」といって<ラムセス>のラグビーボールに似た形状の斜め右を指し示し――同時にホログラフィー上に点線が表示された――「進入し、周辺に展開している敵勢力をモビルスーツ出撃後3時間以内に撃滅、もしくは撤退させる。それだけだ。敵の軍艦は旧式のサラミスタイプが3隻、モビルスーツはジャベリンタイプが10機から15機程度いるはずだ。ガンイージもいるかもしれん」
フロストはいったんそこまで皆が飲み込んだかどうか、確認のため間を開けた。パイロットは概要をホートラングから聞かされているので、特に確認を要する事項はなかった。
「では、続ける。疑問があったらすぐ聞くように。
モビルスーツ隊は発進後、まっすぐに<ラムセス>へ向かい、減速後、敵と交戦、撃滅してくれ。こちらの数は少ないが、敵は旧式だ。戦力的にはまったく問題ない。むしろ問題となりそうなのは、敵が<ラムセス>の表面および内部で逃げ回って時間を稼ぐ選択をしたときだ。<ラムセス>は大きい。発見に手間取るかも知れん。地球とのランデブーを行うためには、戦闘開始後12時間で<ラムセス>の軌道変更を開始する必要がある。健闘を祈る。
<アーク>はモビルスーツ隊とは別行動を取り、<アーク2番艦>と接触し、減速を行う。両艦、<ラムセス>へ接舷したのち、2番艦を解体、<ラムセス>の推進装置として再構成する。パイロット以外のスタッフは全員手伝ってもらうからな。
なお、今回はターンAは<アーク>防衛に当たる。パイロットはビビアン=リー軍曹だ。頼むぞ」
「はいッ」イアンの後ろでぱっと立ち上がって勢いよく敬礼する音と元気のいい声が同時にした。<ギニア襲撃事件>以降、イアンとビビアンはまとまって話す時間が取れていない。訓練が忙しかったこともある。だが、互いに少し距離を開けていた。会えばセティアのことを話題にせざるを得ない。どういうふうに話をすればいいかわからなかった。だが、イアンは思う。モビルスーツに乗れて彼女は喜んでいる。プロトもプロト、実戦投入する予定がなかったターンAだったとしても、実機に乗れているのだから、彼女は充実しているのだ。
「質問はないか? ……では、総員時間あわせ」
「よろし? 時間あわせ、3、2、1、作戦スタートです」ジョリーン少尉の元気のいい声が響いた。フレイド親子が<アーク>に乗り込んだときの世話役である。居住区や医務室の取りまとめ役で、戦闘時には特に役割はない。美人でもないが、クルーの信頼度は艦長に劣らない。
「総員、健闘祈る。配置に就け!」フロストが締めくくった。
全員が一斉に立ち上がって配置へ駆け出すでもなく、三々五々、立ち上がってはのんびりとブリーフィングルームを後にする。パイロットたちも同様である。
イアンはまた不可解に思う。自分がどうしたらいいのかわからなくて、そわそわと身じろぎした。
「おいおい、緊張してるのかい? まさかな」ボウトがイアンに声をかけた。「そんなへぼパイロットじゃないだろ、おまえさんはさ」よっこらせと足を机の上に投げ出す。
イアンは思わず眉をしかめて言った。「パイロットルームに行かなくていいんですか?」パイロットにはモビルスーツデッキのすぐ脇に控え室が用意されている。その奥にはパイロット用ノーマルスーツに着替える更衣室がある。
「おまえ、作戦ちゃんと聞いてたのかよ」ブラッドが鼻で笑いながら言った。「出撃は2時間後だぜ」
「それにしたって……」
時間あわせが儀式なのは聞いていた。先の時間あわせで<アーク>の中の時計、クルーの腕時計にいたるまで、実際に無線で合わせられたが、本来の作戦スタートまでの時間のカウントダウンを開始させただけである。集合ブリーフィングが始まったのは、作戦開始の3時間前だった。1時間かかって、あと約2時間。時計を見ると、正確には2時間13分と20秒ばかり。それはそうなのは、イアンにもわかってはいた。
「15分前にはパイロットルームに集合しろ」隊長のホートラングが声をかけて去っていく。
こんなので、戦えるのだろうか?
パイロットたちが席を立つのにつられるように、イアンも立ち上がる。ブリーフィングルームを出て、皆自室に向かうようだった。戸惑いながら通路を歩くイアンにブラッドが歩調をあわせた。「ビビアンの面倒を見てやってくれ。彼女は初陣だ」言ってから、ブラッドは歩みを速め、エレベータに乗り込む。イアンを乗せずに扉が閉まった。
別のエレベータの扉が開く。乗り込んでから、居住区の自室のあるフロアのボタンを押そうとして、やっと後ろにビビアンがいるのに気づいた。パイロットは全員同じモビルスーツデッキに近いフロアである。ドア開放を延長するボタンを押した。ビビアンは、乗り込んでこなかった。口元を押さえたまま立ちすくんでいた。
無重力時用に口が狭くなっているトイレに、ビビアンは顔を突っ込んで吐いている。イアンは背中をさすってやっていた。実際に無重力のときは、吐瀉は袋に行うのが普通であるが、今は1Gで減速中なので、重力があるのと同じである。
エウーゴの制服は薄手だ。生活環境が20度から25度程度の快適な温度に設定されているからだ。さするたびに右手がブラジャーのフックと紐の感触にひっかかることになり、また、吐くたびにびくびくとほっそりした肢体がうごめくのを感じて、イアンは吐しゃ物の臭気の中でも欲情を覚える自分を嫌になる。
ビビアンは吐くものがなくなってからも胃の中をひっくり返し続けた。やっと落ち着いて、自室に戻りたいといった。部屋まで送ることにする。イアンの部屋も、離れてはいるが同じ廊下の部屋ではある。
「大丈夫かい?」
「シャワーを浴び終わったらコールする。あたしの部屋に来て」
ぴしゃり、と扉が閉められた。心配してやったのに、なんだよ、とちょっと思った。



ブリーフィングのムードを書こうと思って、こんなことになりました。戦前の日本軍じゃあるまいし、こんなもんだろ、普通、と。
終盤は、またしても中途半端なエッチですね。ああ、もう。でも、書いててもんもんと(以下略)。