
(4) 石っころ-4
『モビルスーツ隊発進5分前!』
専用スーツをコクピットのシートに押し込む。イフニにパネルアクションは必要ない。システム起動ボタンを押すだけだ。メインコンピュータ起動、全天視界モニタ起動。ぱっとモビルスーツデッキの様子が周囲に展開される。<イフニ=ジェネレータ>スタンバイモード解除。サイコミュシステム起動、レベル1。周囲の光景が、脳にダイレクトに投入される。目をつぶる。細部は見えないが、どこに何があるかはだいたいわかる。サイコミュシステム起動、レベル2。周囲の人の意識が流れ込む。さすがに出撃前で、パイロットもクルーも緊張気味だ。左上方に特別に暖かい意思。なんだろうと思って見上げると、キャットウォークにビビアンがいた。手を振っている。
「ガンダム=イフニ、イアン=ランドー、いつでもどうぞ!」
サイコミュシステム起動、レベル3。宇宙が、心の中に、広がった。
<アーク>減速中のモビルスーツの発進は簡単だ。カタパルト発進をしなくていい。というより、できない。なぜならこういう状況だ。塔の窓際に立つ。進むべき目標は、足元、奈落の底。考える必要はない。勇気を出して、身を窓の外に投げ出せ。そうすれば、目標にたどり着く。もっとも実際はこの設定には誤りがある。奈落のそこの目標に向かって、身を投げても、身を投げ出した窓からは、重力加速度で飛躍的に離れていくが、目標に向かっては加速しないのだ。これはかえって都合が良い。
イアンは宇宙に向かって機体をジャンプさせた。ホートラング機のほうに機体を寄せる。ついでに目標が足元というのも変なので、軽くバーニアをふかして前方に<ラムセス>を捕えた。まだ点のようにしか見えないが、手元のパネルの操作で画像を拡大する。いびつなラグビーボール。地表上のでこぼこまでが細かく表示されているが、これはCGだ。事前にインプットされている<ラムセス>の3D情報がコンピュータによって再現されている。CGをオフにしてみる。いびつなラグビーボールがぼんやりとした茶色になってしまう。もう一回CGをオンにした。
イアンより後からジャンプしたボウト機とブラッド機が寄ってきた。
『20分後に減速を開始する。それまで各自リラックスして待機』ホートラングがブロードキャスト通信をする。
20分の待機。作戦通りではあるが、これは長い。早速ボウトはクリスティーナ機にワイヤーを伸ばして直接通話を試みている。生還後のデートの約束でもとろうというわけか。サイコミュを通じてボウトの感情の波が伝わってくる。緊張を和らげる意味もあってやっているのだ。単に好色なだけではない。クリスのやれやれといった感じも伝わってくる。うんざりした感情とまんざらでもない気持ちが入り混じっているようだ。
これじゃ覗き魔だ。ブラッドも同じサイコミュを搭載している機体に乗っている。あの人はどうやってこれを解消するのだろう? ブラッドの青に鮮やかな黄色のラインが入ったヴィクトールに意識を集中してみるが、何も伝わってこない。いや、鏡のようになった湖面のような静寂の意識、とでもいうのだろうか。
その水面に波紋が立つ。しまった、とイアンは思う。イアンの意識が静かな湖面に向かってずかずかと土足で踏み込んでしまった、そんな感じだった。
だが、ぱっと暖かい感情の波がイアンを取り囲む。ブラッドはワイヤーをイフニに向かって伸ばした。『おいおい、よせよな。サイコミュがコントロールできないなら、戦闘が始まるまでオフにでもしてろよ』
「すみません」
『まあいいけどな。サイコミュは感情を伝えるだけで、心を読むことはできない。だが、気をつけろよ、クリスは意外と勘がいいから、あんまりじっくり探っていると、ばれるぞ。おまえにゃビビアンがお似合いだ』
「そんなことしませんって! それより、さっきの、何ですか」
『ああ、俺のか? 精神集中ってやつだな。おまえは見てなかったんだよな? <グリーンランド>のガンダム』
「直接は。シミュレーションではたっぷり相手しましたけど。ハーヴェイ=クロンドル大尉とか。中尉は一度戦っているんですよね」
『ああ、危うく落とされるところだった。あの男の心がな、俺には……、すごく静かに感じられたんだよ。俺は自分がガキみたいに思えた。殺してやる! とかわめきながら戦っている自分が。あいつを超えるには、あいつみたいになってみるのもひとつかなって』
「似合わないですね」
『はっきりいうな。まあいざ戦闘になっちまえば、確かに今の俺にはあれは無理だ。だが、ちょっとでも近づかないとな』
向こうでは、クリスがボウトのワイヤーを引き剥がしている。こっちにワイヤーを出してきた。
『中尉! エース二人で秘密作戦会議ですか?』『まあそんなところだ』『教えてくださいよぉ』『秘密作戦は秘密だから秘密作戦なんだよ』『もう、ケチ。イアン君、教えてくれない?』
「少尉、作戦中であります」イアンがまじめぶって答えた。もうちょっとブラッドと話していたかったが、クリスのちょっと間延びしたしゃべり方を聞いていると、心が和む。なんでクリスさんが隊に入っているんですかとブラッドに聞いたことがある。ブラッドは平然と答えたものだ。張りが出るだろ、と。
『なあ、クリス、冷たいじゃねえかよ』今度はボウトだ。決して悪い男ではない。強い金髪の美男子の部類に入る顔だ。ただ、物言いが下品なのと、誰彼かまわず女と見れば声をかけるので、<アーク>の全女性から要警戒のレッテルを貼られてしまっている。
『減速3分前だ』ホートラングがちょっと強めの口調で割って入った。『減速を開始すれば、バーニアの光で向こうもこっちに気づくぞ』
戦闘が始まってみると、イアンはてんてこ舞いになった。イフニへの攻撃の集中は予想以上であった。しかも隊の中で後方に下がるわけには行かないのだ。逃げ回るのに必死になった。
結果は圧勝だった。イアンも不思議に思うくらいだった。イアンとクリスが軽く被弾したほかは、損傷なし。隊全体で6機のガンイージとジャベリン、サラミスタイプ1隻を落とし、残りは降伏、武装解除した。2隻の軍艦と、旧式とはいえ6機のモビルスーツを手にいれた意味は、戦力不足のエウーゴにとって小さくない。
それから1時間後、<アーク>とできそこないの<アーク2番艦>が連れ立って<ラムセス>に接岸した。ビビアンのターンAが元気に2隻の間を飛び回っているのを見て、イアンは心からほっとする。これから2番艦のミノフスキードライブを取り外して<ラムセス>への直付けし、<ラムセス>内の核融合発電所から電力を供給させる作業がある。プチモビだけでなく、イフニ以下戦闘用のモビルスーツも作業に投入される。
エウーゴの後続部隊は2日後に<ラムセス>へ到着する予定である。それまでに作業を終わらせ、到着と同時に、<アーク>は地球へ向かう。連邦軍をけん制するため、南極で活動を開始したバレイユ=ヨンキエを支援するのである。
「すまないな、忙しい中」
「いえ、それほどでも。イフニジェネレータも最近は落ち着いていますし」
<ラムセス>へのミノフスキードライブ取り付け作業で、スタッフは総動員となっており、艦の中は返って閑散としている。そんな中、ミイナはオットー=ラインバルトに会議室に呼び出された。差し向かいではなく、机の角を使って斜めに向かう格好になっている。
「それを期待していた。頼みたいことがあってね。これを見て欲しい」オットーは、ぱちりとノート型のPCを開き、ミイナに向けた。
ミイナは息を呑んだ。ミイナも、作戦前のオットーの演説は聴いたのだ。「作戦は……嘘だったのですか?」
「君には、嘘はつかない」にっこりと微笑み、オットーはミイナの耳元に顔を寄せ、ささやいた。「この計画の大部分は、私が計算したものだ。私は自分を信用しない。<アーク>でもっとも優秀な研究者であり、物理に通じている君に、検算をしてもらいたいのだ」
「核を、使うのですか?」
「別に核を兵器に使うわけではない。これで宇宙規模のビリヤードをやるのさ」オットーの唇は、今にもミイナの耳に触れそうになっていた。ミイナは、軽く身を引いた。



クリスについては、突っ込み不足ですねえ。名前が、「ポケットの中の戦争」の彼女と一緒になっちゃったことに後で気づいて、でもめんどくさいから直さずに。それで、こんなことになったんでしょうね。