ガンダムイフニ

(5) 謁見-2

 謁見は、滞りなく終わった。えらく遠くに立つ教皇を見て、きれいな女の子だとメッターは思った。それより、内側から光がにじみ出てくるような感じがある。ダテに教皇をやっているのではない、と思う。終わったあと、ナハティがメッターに残れといった。特別に教皇が会見してくれるという。

 今まで、一度こういう体験はあった。臨死体験というのだろう。父親は息子に虐待を繰り返した。食事を抜かれ、その体験をした。光、恍惚感、神。正気に戻って空腹な自分を発見したとき、真剣にどうして自分はこちらの世界に戻ってきてしまったのだろうと後悔した。
 ガイアに身を投じた理由は、まずは食えて生きていけるからである。だが、その教義を聞いて、あの体験がまたできるのではないかと思ったことは、否定しない。
 ひざまずくメッターの脇に、エリンは歩み寄った。そばに立たれただけで、勃起した。シルクのドレスのすそがふわりと腕に触れたとき、達してしまいそうになった。神の愛撫。死後の世界。
 全身に快感を覚えつつ、冷静を取り戻す。この快感はどこからくるのか。ガイアに選ばれたから、というのを鵜呑みにするわけにはいかない。エリンの体は、やせていて、豊満であるべきガイアの女神の体からは程遠い。まったくの少女である。人形のように美しい。
 人形のように。
 ちらりと顔を上げ、エリンの目を盗み見た。金髪に白い肌、まるでアルビノのようだったが、目は黒い。どんよりと。彼女は体の中にいない。彼女は、この周辺に拡散している。そう感じたのである。
 では、どこに? さっと顔を振り上げ、天を見上げた。
 彼女が、そこに浮いている。真っ白な翼を背中に生やして。
 彼女は、入れ物なのだ。ガイアの力をくみ上げ、男に注ぐ、水差し。俺は、何に向かって欲情しているのか。そこに浮く彼女こそが、真のロード=エリンに違いない。このまま終わっては、教団の中で抜きん出た地位にはなれない。そんな風にとっさに思った。
 立ち上がった。周りのエリン付きの女官たちがはっと息を呑むのが感じられた。教皇の前で立ち上がるなど、熱心な信者であれば考えもつかない冒涜行為である。かまうものか。
 肉の腕では彼女を捕まえられないだろう。心の手を、伸ばせ。
 捕えた。

 幼いころから次の教皇として、周りからかしずかれ、何一つ不自由ない生活だった。とはいえ、自分のおかれた状況が異常であることは良くわかっていた。母親ロード=リリンは毎日違う男を抱き、エリンに愛情を向けたことはない。むしろエリンが美しく成長するのを見て、憎しみにも似た感情を持つようになった。その憎しみは、ナハティが初めてエリンを抱いたとき、頂点に達した。エリンは、9歳だった。だが、絶頂に達した憎しみは、唐突に断ち切られた。ナハティに抱かれた三日後に、エリンは教皇として即位した。リリンはどこへ行ったのか、と聞くと、ナハティは、ガイアの元に旅立たれたのだ、と答えた。
 母親を愛していたわけではない。だが、ナハティのことは憎んだ。
 主・ガイアの愛情をその身をもって具現化する、教皇ロード=エリン。だが、その心に、愛と呼べるような感情が浮かんだことはない。

 父は飲んだくれて暴力を振るう最低の男だった。母は、相手かまわず男を家に引っ張り込み、幼いメッターの前で行為に及んだ。メッターは物心つくようになると、なぜこの二人が夫婦をやっているのか、不思議でならないと思った。夫婦の真似事を続けることが、かえって不幸だと思う。父に母のやっていることを告げた。父は母を殴り、母はその夜逃げた。
 しばらくして、自分がこの父の息子であることも、不幸であると思った。働いた金はほとんど酒に消え、メッターはろくすっぽ食べさせてもらえない。そして、酔った父は息子を殴り、あるときは犯しさえした。
 ラキーナと、ラキーナの父であるシャリア=クレスポ卿に出会ったのはそんなときである。すでに学校で優秀な子供として頭角を現していたメッターは、視察に来たクレスポ卿の目に留まり、ラキーナの心を子供離れした話術で捉えた。
 クレスポ卿はガイアが経営する学校への転籍を勧めた。全寮制だという。メッターは飛びつきたかった。だが、入学には、優秀な子弟であることと同時に莫大な金額の喜捨をする必要があった。メッターの家の事情であれば、到底無理である。クレスポ卿は残念がったが、規則を破るような人間ではなかった。だが、メッターの人生を変える一言を漏らした。孤児であれば、特例として、喜捨が免除されることもあるのだが、と。
 直後では、怪しまれると思って、一ヶ月耐えた。そして、夜、飲みすぎて意識を失って寝ている父の口をこじ開け、買ってきた安酒を流し込み、吐しゃしようとした父の口と鼻をふさいだ。
 こうして、孤児となったメッターは、ラキーナと同じ学校に入ることとなったのである。

 なんだ? これは? メッターにはロード=エリンの過去が見えた。あなたは何もない人なんですね。
 メッター=アルドレスの過去を見て、ロード=エリンは恐怖した。罪深い人。目的のためには、手段を選ばない、ひどい人。
 互いに、記憶を交換し合い、共感を得た。理解した。

 今のはいったいなんだったのか。気づくと、エリンの真正面に立ち、手を取っている自分がいた。
 教皇ロード=エリンは怯えているようである。メッターに軽く握られている自分の手を身をよじってさっと引き戻そうとした。だめだ! ここで振り切られてしまっては、単なる無礼者になってしまう。逆にメッターは握ったまま手を引き、優しく、エリンの体を腕の中に収めた。
 完全に周りの空気は凍り付いている。教皇の御つきの女官たちは、あまりのことに声も出せないでいるようだ。妙に体の大きな近衛兵の少年もいたが、彼は、冷静にこの光景を眺めているようだ。
 頬をなで、ゆっくりと顔をエリンに寄せ、耳元にささやく。
「逃がしませんよ」
「あなたは、主の奇跡を拒絶したのですよ」かすれたような声でロード=エリンがつぶやいた。
「さっき、僕の記憶を見たはずだ。僕は、あなたの記憶を。あれが、奇跡でなくて、何だというのです」
 ロード=エリンは答えなかった。うつむいた。
「僕の名前はメッター=アルドレス」
「……?」
「僕に神の奇跡は必要ない。あなたが、欲しい。今の体験は、神とは関係ない」
 ロード=エリンのあごに手を添え、まっすぐ自分を向かせる。ゆっくりと口づけした。
「いけません」ふうっとため息をついてから、エリンが言う。
「かまいはしない。あなたは僕のものだ。あなたは誰も愛していない。愛されてもいない。ナハティも、他の教団幹部も、あなたを利用しているだけでしょう。僕なら、あなたを愛し、守れる。さっきの体験を、あなたは否定できない」メッターの口調はあくまで優しく、耳元に甘くささやくようである。
「……あなたも、私を利用しようとしているのよ。さっきの女の子」「……ラキーナのことか」「あなたは彼女を利用した。私も同じように利用しようとするのよ」ロード=エリンは目をそらして言い訳した。
「なぜお認めになれないのです。僕はあなたの悲しみを感じた。あなたは僕の罪を見た」
「……」
「僕たちは似たもの同士だ。出会う運命だったんです。お認めください。そして、覚えておいてください。僕は今は立ち去りますが、またあなたの元に帰ってきます。必ず、あなたを愛し、守るために」
 メッターは彼女を放し、元のひざまずいた姿勢に戻った。エリンはあっと小さな声を漏らし、メッターに向かって手を伸ばす。だが、ここで女官が怒鳴るように謁見の時間の終了を告げた。

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 ここも、だなあ。実は、封印してしまったんですが、18禁版があります、このシーン。あっちゃあ。