
(5) 謁見-4
多くの男たちに恩寵を与え、その見返りに男たちは教皇を崇拝した。それは、愛だと思っていたが、そうではなかったのだろうか。メッターと名乗った少年。彼が、私の知らないことを教えてくれた。エリンはそう思って顔を赤らめる。
「なかなかやるじゃないか、あの子供。ベクターをなだめすかした。気に入った。警備のものに伝えろ、メッター=アルドレスは始末しなくていい。気づかれないように監視しつつ、ここから送り出せ。……これでいいかな、エリン」
「はい、ナハティ」しわとしみだらけの骨ばった汚らしい手が、エリンの裸の胸の小さなふくらみをまさぐっている。だが、その股間は、うなだれたままだ。無理もない。90歳近いのだ。そして、今は、霊気をことごとくあの少年に与えた直後である。
だが、突如、老人のものは、そそり立った。
「ほほう。どうした? おまえはあの子供を気に入ったように見えたがな。あの子供には出し惜しみをしたのか」老人はモニターから目を離し、自分の股間を確認し、いやらしい笑みを浮かべた。
エリンは思う。
違う。出し惜しみをしたわけではない。ガイアの霊気は与えられるだけ与えた。今わかった。あの少年も、私に何かを与えていったのだ。あの少年も、ガイアの恩寵をその身に受ける体なのだろうか。であれば、恩寵を受けるもの同士、ともに手を携え教皇として君臨し……。何を考えているのだ、私は。
ガイアの霊気とは何か違ったが、そんなものをあの少年は発していた。あの時、少年は体から炎を上げた。その炎で私を捕まえて、体に戻した。あれは、断じてガイアの霊気ではない。優しい力ではなかった。
では、ガイアの霊気とは何か? 私はあれを理解していたつもりだった。ガイアから流れ出す力が、私を媒介として男に与えられる。だが、あの少年は、自らあの力を生み出していたような気がする。ひょっとしたら、私も、私が自分で生み出す力をガイアの力として思い込んでいただけなのだろうか。
ガイアとは、何か。
「数年ぶりの充実だ。すばらしい」
だが、これが、今の現実。老人は大きく汚らしいそれを誇示した。
「おまえの家系は代々私に生命力を与える。だが、おまえは祖母も母をも上回る。ふはは、すばらしい」
これが、現実。エリンは、すぐさまトランス状態に入った。自分の体から逃げ出した。
死神隊は謁見のあと、休暇を得た。二日後にマチュピチュから宇宙に打ち上げられる。
メッターは、教皇との体験に捕えられたままだった。もやもやとしたものを心のうちに抱えている。あれは何だったのだろう。彼女のうちから湧き出る力、心に触れたときの感触。
考えた挙句、単に欲情しているだけではないかと思ったメッターは、短い時間ではあるが、サンティアゴに戻ることにした。ラキーナに会いに行くのである。
ラキーナは空港まで出迎えてくれた。大人っぽいロングスカートと化粧は、いかにも背伸びしすぎで似合っていないとメッターは思った。それに、あまりにも健康的で平凡な女の子に見えた。メッターは失望を隠して、ラキーナに腕を貸した。
ラキーナは父であるシャリア=クレスポ卿との夕食をセッティングしていた。二人の仲を公認のものとしてもらうためのものである。
「それまで、時間があるわ。どこかで、休まない?」
ラキーナはメッターの腕をぎゅっと抱いた。一回抱かれただけで、こうも女はずうずうしくなるのだろうか?
メッターは思わずラキーナを払いのけた。ラキーナはびっくりした顔をした。
「イアンは、天使隊を辞めた。この間、教皇ロード=エリンに謁見を許された。美しい、力のある女だ。俺は、彼女を手に入れなくてはならない。それに、これから最前線に配置される。時は、動き出したんだ、ラキーナ。おれは、時の流れに乗らなくてはならない。連れてはいけない」
背を向けて、歩き出した。後ろで、ラキーナが座り込む音がして、しばらくすると、嗚咽の声が聞こえたが、メッターは無視した。ラキーナをかわいそうだとは思わなかった。さっきは思わず吐いた言葉だったが、核心をついている。もはや、時代は動き出してしまったのだ。同じところにとどまっていては、波にもまれて沈んでいく。
メッターは、天使隊の特権を利用して、次の飛行機でマチュピチュに向かうことにした。
「こいつが<ウロボロス>か。大型だな」
サンターナが横たわったモビルスーツをキャットウォークから見下ろして、口にした。右隣には、サイクスが体を密着させている。
「ですが、テストでは機動性でもアイガイオーンを上回っております」
反対側にいた男が、陰気そうな声で答えた。やせこけた顔つきで、笑っているつもりなのだろうか、気持ちの悪い表情だ、とサンターナは思った。ジミー=キャルバート、一度ユーロ=アナハイムを裏切ってジェネラルプロダクトに移籍し、また今度はアナハイム=アメリカへ身を移した。そのたびに技術を盗んでくる。人のふんどしで相撲を取る男だな、とサンターナは侮蔑を覚える。
だが、このモビルスーツは確かにたいしたできになりそうである。ベースはエウーゴで<ターンB>と呼ばれていたサイコミュつきのモビルスーツである。<ターンB>にはマニピュレータをサイコミュ誘導するインコムが装備されていたが、それに加えてこの<ウロボロス>には専用の誘導兵器<ファンネル>が用意される。
「僕も、これに?」ぎゅっとサンターナに体を押し付けながら、サイクスが甘い口調で言った。
「これは、メッターだ。おまえには、無理だし、危険だ」サンターナが、サイクスの髪を撫でて、答える。
「戦争が終わってしまっては意味がない。早く完成させろ」
口調を変えて、サンターナは吐き捨てるようにキャルバートに言った。
マチュピチュ、マスドライバー基地。大型ポットにはすでにアイガイオーンを積み込み済み。上で、聖霊隊の最新艦<テュボーン>に拾ってもらう予定である。メッターは無重力体験はない。不安はないとは言えないが、先の教皇との会見で、不思議な自信が芽生えている。なんとかやれる、そう思う。
死神隊各員と、アイガイオーンのメンテナンススタッフがすべてポット内の座席に着いた。カウントダウンは続行中で、あと5分で発射の予定である。メッターの隣はサンターナである。副隊長なのだから当たり前だが、嫌悪感を抱くのはやむをえない。
「教皇との謁見はどうだった」サンターナが唐突に聞いた。
「すばらしい体験でした。まことに光栄です」あの体験の詳細を話すわけにはいかない。
「そんなことを聞いたのではないがな」
微笑みながら、サンターナは言った。
「彼女にほれるのは危険だ。あまりにも利害が渦巻きすぎているということもあるが、あれは魔性の女だ。大概の者は彼女に接することだけで絶頂し、満足する。次回の謁見を期待するだけで、彼女を自分のものにすることなど思いもよらない。彼女を占有したいと思う貴様の感覚は、優れている。が、危険だな。彼女に取り込まれていることに変わりはない」
サンターナが語っていることは、冒涜的である。メッターは驚いた。
「すべては、まやかしだ。ガイアなど、踏み台に過ぎん。私に、ついて来い。私とおまえで、新しい世界を作るのだ。愚か者に世界を任せてはおけんのだ」
「……正気ですか」
「私をすぐに信じられないのはわかる。時間をやる。だが、これだけは覚えておけ。真のナハティは、自分の都合のよい世界を作ろうとしている。私にはよりよい世界を作る準備があるのだ。優れたものだけが生き残る世界だ」
メッターは、返事を避けた。サンターナが続けてばかにしたように言った。
「何なら、教皇はおまえにやる」
それはそうだろう、とメッターは、鼻で笑いそうになるのをもう少しのところで押しとどめた。ポットは、宇宙に向けて加速を始めた。


ウロボロス、初登場です。稼動するのはもっと後ですけどね。ネーミングについては、イフニ=無限大に対する、ゼロ、と思ったのですが、ゼロだとね・・・。で、円を描くものを考えていて思いついたのが、これです。自分の尻尾を食う蛇。ある意味、無限大を意味もするという、妙なやつです。