
(6) 邂逅-1
「<フリア>目視可能な距離にきました」オペレータから声がかかった。
「発光信号。『<アーク>から<フリア>へ。合流を歓迎する』」<アーク>艦長のフロストがオペレータに指示を出した。レーザー回線が開けてしまえば、ビジフォンでの会話が可能になるが、その前に発光信号で挨拶を済ませておくのが船乗りの慣習である。
南極軍のヨンキエを支援するのが今回の作戦の目的である。組織は腐敗が進んでいるとはいえ、地球連邦軍の数の力は圧倒的であり、今のエウーゴではまともに太刀打ちするのは難しい。しかも<ギニア>7番地が壊滅し、兵器生産をグラナダ工場だけに頼らなければならない状況である。ヨンキエが連邦に対し、反乱にいたったのはもっけの幸いだった。連邦はエウーゴに対し全面攻勢に出てこられる状況ではなくなった。
南極軍も数は多いが、兵器は旧式である。潜水母艦を中心にしたゲリラ活動で善戦していたが、地上に対し制圧行動に出られる戦力はない。これを補うべく、エウーゴからヴィクトールを譲渡する。ヴィクトールには、連邦のモビルスーツのほとんど――ガンダムH2を除いて――を圧倒できる性能がある。<フリア>がその6機のヴィクトールを搭載しているのである。
フロストは合流に不安を覚える。<アーク>最大の武器である艦の足がこれで使えなくなった。旧式の戦艦である<フリア>にスピードを合わせなければならない。
「バリュート、開きます」
モビルスーツデッキでは各機のバリュートのテストが行われていた。<フリア>に足を合わせる都合で今は無重力状態である。艦の外に出たところでイアンはイフニのバリュートの展開を行った。艦内からホートラング大尉とドースン技師長がその様子を見ている。
腰のところについたオプションの箱から、イフニよりも巨大なバルーンがはじけ出た。背中に熱気球を背負ったような格好になる。バルーンで大気圏突入時に機体が直接大気との摩擦にさらされることを防ぐ。バルーン内の気体が断熱材となり、モビルスーツを守るのである。それと同時に、空気抵抗で減速を行う。
『よーし、いいぞ』
「でも、バリュートなんか、この機体で必要あるんですか?」イアンは思ったままを口にする。
『ミノフスキードライブ機は吹かしながら降りりゃ確かに摩擦熱は避けられるんだが、それじゃあんまりゆっくり過ぎるからな』ドースンが答えた。『<フリア>はバリュートを使って降りるしかない。不便な戦闘になる』ホートラングが付け加えた。
「私は地球に行くのは四度目だ。だが、あの青い空、というのは何度見ても慣れないな」
オットー=ラインバルトが士官用の食堂で、ワイングラスをミイナ=クリントに掲げて見せた。狭い部屋ではあるが、観葉植物が青く茂っていて、戦艦の一室とは思われない。
「私は地球に行ったことはありません。楽しみにしているのですが」
会社の担当役員との会食、である。だが、デートといわれれば、そうかもしれない。ミイナは、ちょっと警戒心を抱きながら、この誘いに応じた。
地球降下作戦の直前である。食事をのんびり楽しめるような士官はいないので、食堂は空いていた。ガンダム=イフニの出力もここしばらく落ち着いていて、例の検算をやる余裕があった。
「でも、よろしいのですか? エウーゴの実質的な指導者が、作戦の直前に女性と食事を楽しむなんて」
「作戦の指揮は艦長が取る。私は出資会社から派遣されてきたお目付け役だよ。制服組からは疎まれている。口出しなどしないで、食事でもしていたほうが、よっぽどよい」皮肉な笑みを浮かべた。若く、美男子で、金持ちで、有能な経営者。
食事はさすがに新鮮な食材をふんだんに使って、というわけにはいかない。だが、艦のコックは制約の中で最大限の腕を振るったものと見え、ここ2週間ほどクルー用の単調な食事しか食べていないミイナにはご馳走である。貪り食うような真似にならないよう、抑えながら上品に。
メインの、本物のマス料理が終わったところで、オットーが口を開いた。
「あの件は助かったよ。修正データを、<ラムセス>へ送っておいた」
「いえ……よろしいのですか? 本当に」
「かまわないさ。新しい時代を迎える代償に、私は、泥をかぶる覚悟がある。だが、君にはすまなかったな。君も、今や、私の共犯者だ」オットーはにっこりと微笑んだ。この笑顔に、やられてしまわない女性がいるだろうか?
「時代の移り変わりは、いつも、テクノロジーの進化でもたらされる。中世紀の思想家で、マルクスという男が、このことを勘違いして、庶民の力が世界を変えるのだと思った。仕方のない部分もある。農耕の技術進歩などは、誰が考え出しても、伝播はゆっくりだ。庶民の間から湧き出てきたように見える。だが、その当時も、名もない挑戦者が、人と違ったことをやって、自分の考えを試したのだ。情報化の時代になって、天才が、天才でありさえすれば、その発見をすぐに他の人間に伝えられるようになった。今は、テクノロジーの時代。天才たちの時代だ。そして」
その語り口は、危険な思想を含みながら、明瞭で人をひきつける。
「新たなる時代は、凡人が天才の邪魔をしない、凡人は、天才に従う。そういう時代だ。ミイナ=クリント。あなたは時代を変えるアイディアを、その頭の中で発酵させられる力を持つ。私は、あなたに従いたい。忠実に。いつまでも」
唐突だった。と思える。ミイナは、あわてた。
「それは、どういう意味ですか」
「愛している。そういうことだ」
何てことだ。ハイスクールを最後に、男から告白を受けたことなどなかった。そのことを大学では女友達に嘆いたこともある。彼女が言うには、ミイナは頭が良すぎてだめなのだという。男は、ばかな女が好きなのだ、気にすることはないと。その言葉を自分に信じ込ませて、以降研究に没頭してきた。ブレーズ=ハンプトンのことは愛していたが、死んでしまった。
どうしたらいいのだろう? 正直、わからなかった。ランドー博士、どうしたら?
絶句しているミイナを見て、オットーは微笑んで言った。
「今のは、私の気持ちを伝えたまでだ。あなたは、ゆっくり考えてくれていい。この戦争はすぐ終わる。そのときに答えを聞かせて欲しい」
ミイナはどう答えたらいいか、考えてさえいなかった。思考が硬直していたといっていい。
「君と私は、<ハンマー>の重荷を背負う二人だ。お互いを必要としている、そう思えないか」
そのあと、気まずくなって、すぐ会食は終わりになった。
自室に戻る短い通路で、ミイナは考えた。自分は、すぐに返事をしなかった。オットーが嫌なのだろうか? そうではない。びっくりしただけだと思う。むしろ、人に好かれているというのは、なかなかいい気分に違いない。だが、だ。あの会話の中で、ランドー博士のことを思い描いた自分を覚えている。なぜ? <ターン=プロジェクト>のリーダーだから、何かあったらすぐに相談してきたし、的確な指示をもらえたし、時には怒鳴り飛ばされた。だからだろうか? わからないときは、本人に聞け、だ。だが、研究に関してはすぐにできることが、こうなると、勇気がわかない。とりあえず、少し酔ったみたいだし、寝てしまおうと思った。
大気圏突入まで1時間の全艦放送が流れた。そろそろ何かあってもおかしくない。フロスト艦長はブリッジ中央の一段上の席で、落ち着かない気分を抑えてじっと座っていた。艦長とは不便な立場だ。貧乏ゆすりひとつできはしない。
「いました! 敵艦、12時、地球の向こう側! 総数3から6です!」
遅すぎたくらいだ。だが、数がちょっと多い。第七軍の4分の1から半分がここに集まっていることになる。モビルスーツ数で言うと、18から36いることにある。こちらの3倍から、6倍。椅子の肘掛を思わず握り締めた。


オットー、絶好調ですね。こういう人がリアルに目の前にいたら、嫌になりそうな感じがするんですが、多分、現実にはゴマすってたりする自分がいそうで、鬱。