ガンダムイフニ

(6) 邂逅-2

『……そういう状況だ。諸君らは前面に出て、敵モビルスーツと艦を早めに叩き、敵を<フリア>に近づかせるな。<フリア>のヴィクトールとターンAは、艦隊の援護。健闘を祈る』
「冗談じゃないよ、6倍の敵なんて。死ねって言ってるのとどこが違うっての」
 艦長がモニター越しに激励を述べ終わって、接続が切れたあと、ボウトがぼやいた。パイロットルームに待機中であったが、ヘルメットを持って立ち上がる。すぐに出撃だ。
「ターンAも出る……?」
 イアンも呆然とつぶやいた。ターンAのパイロットは、ビビアンである。前の<ラムセス>奪還戦では、敵は少なかった。ビビアンはターンAに乗ったが、実戦に参加したとはいえなかった。今度は、そうはいきそうもない。
 狭いパイロットルームは、6人の体温でむっとしているような気がした。ビビアンは目を合わせたあと、にっこりとイアンに微笑んだ。「しっかりね。イアン」
「ビビアン……」
 ブラッド中尉にぐいっと腕をつかまれた。モビルスーツデッキに連れて行かれる。
「ったく、おまえはいつまでガキなんだ。心配だったら、一機でも多く落として、彼女を守れ」
 これが、戦争だ。急にそう思う。自分の大切な人が、命の危険にさらされる。自分の命は、どうだっていいけど。

 左手の視界を、地球が圧倒的している。いや、もはや、球ではない。大気圏と宇宙の境目はほとんど直線であった。そして、見苦しい。海は実際青くなくても、大気の屈折が青く見せる。まだ、まともである。だが、見えている大部分は、アフリカの砂漠が汚い地肌をさらしている光景であった。
 いや、左手、というのはうまくない捕え方だ。イアンは心の中で訂正する。そのことはホートラングに口を酸っぱくして言われた。補助バーニアを軽く吹かして、機体を回転させる。今度は右側に地球が来た。大丈夫だ、気持ち悪くなったりしてない。あまりにも大きな目標物がそばにあると、無意識のうちにパイロットは動きを制限してしまうことがあるという。常に自分に対して同じ方向に目標物を捉えたがるのだ。そういうやつは、パイロットになるべきではない。自分がそういうたちでないことに感謝する。
 メッター、どうしてるかな。南米は見えてない。イアンは、地球がそばに見えたことで、メッターのことを思い出したのだと思う。戦闘前に悠長なことを考えるものだ。気を引き締めろ。ほら、撃ってきたぞ。
『遠い、遠い。それじゃああたらないぜ』ボウトが相変わらずの減らず口をきいた。
 とはいえ、あれだけの数からの一斉射撃だ。至近弾もないわけではない。無駄のない動きで回避する。これなら、数が多くてもやれそうだ。急がなくては。
 そう、急がなくてはならない。イアンは後方に無限大のマークを残し、急加速をかけた。残りのメンバーを置き去りにした。
「なにやってんだ、いったい?」打ち合わせにない突貫行動をするイアンを見て、ホートラングは毒づいた。おまけに、ブラッドまであとを追う。「おい、ちょっとまて、あわてるんじゃない」
『そんなこといったって、見殺しにできないでしょ』ブラッドが吐き捨てるように言って、バーニアを吹かす。

 7Gの急加速、反対方向へ減速、再加速。ヘルメットの中で、目から涙が搾り出されるような感覚だ。一筋のビームの閃光が、機体の間際をかすりぬける。撃ってきた機体を<意識>した。男。30過ぎくらいだろうか。今の自分の射撃がかわされたのを見て、恐怖に心が縮んでいる。動きが単調。カチ、カチ、カチ。イフニの専用ビームライフルが火を噴く。二射目が本命。当たるのはわかっている。
 右上から、次のビームが飛んでくる。これは当たらない。
 背中から、次。これは直撃コースだ。これを回避しようとして、さらにその次が進行方向に飛んでくるのを感じる。とっさに、背中のメインバーニアをフルパワーで吹かす。無限大のマークのメガ粒子は、飛んできたビームと干渉し、華々しいスパークを軌道上に広げた。あっけに取られて、光の乱舞に見とれるパイロットが下方向。女だった。戦場で、気を散らすなんて、あなたが悪いんだ。全天モニタ上の、パイロットから見えようもない座席の真下で、ロックオンマークがきらめく。撃つ。
 さっきの30過ぎの男の意識が、消えた。左上方向が比較的機影が薄い。そちらに移動しながら、回避行動。そして、真下の女の意識も、消えた。
 ここでブラッドを先頭にして、本隊が突入した。結果としてイアンに引っ掻き回された直後にタイミングよく第二波攻撃が入る形となったのである。まだ数は連邦軌道艦隊の方が多いが、戦闘の内容はグリーンランド隊による掃討戦となりつつあった。だがあの小僧め、自習室入りか特別訓練か、なんらかの罰を与えねばならないだろう、とホートラングは忙しく敵を追っている最中ではあるが、思った。イアンはこの期に及んでまだ合流するそぶりさえ見せずに、奥の位置で孤軍奮闘している。

『イフニ、突出しすぎです! 完全に孤立しています』
『ホートラングは! 何をやってるんだ!』
『通信届きません!』
 <アーク>のブリッジのやり取りを、すぐ外側でターンAの機体を流しながら、ビビアンは耳にした。イアンはどうしたというのだろう? 普段はちょっと頼りない部分もあるが、モビルスーツ戦闘に関してはまったくのプロフェッショナルだった。それが突出して孤立とは。<ラムセス>攻防戦のときに比べて、出撃前にはあっさりとした会話しか交わさなかった。あれが、二人の最後の会話では、あまりにも味気なさ過ぎる。戦争ってこういうことなのだ。唇を強くかんだ。
 そのときだ。戦闘の火花が散っているのとまったく逆の方向、北アフリカ軌道上方面に、何か動くものが見えたような気がした。どきりとする。間違いない。挟撃にあったのだ。やれるだろうか、わたしに。敵に向かって一発も撃ったことのない白いビームライフルが頼りなく見える。「敵、6時の方向!」周りに注意を喚起して、ぎゅっと操縦桿を握る。18歳で死ぬわけにはいかないわ。大丈夫、やれる。数は10以上には見えないし、連邦の主力のジェムズガンはヴィクトールやターンAに比べて性能的に劣る。ビビアンが自分にそう言い聞かせた瞬間に、ターンAのコンピュータが敵機を識別した。<スモウ>。イアンはあの重モビルスーツの正式名称を<アイガイオーン>だといっていたが、言いにくいのでエウーゴ内の識別名称はそのままにしてある。あの狂信者どもの高性能モビルスーツだ。挟撃どころではない。前面の大部隊のほうが、囮だったのだ。
 怖い。死ぬのが怖い。私がいなくなるのが怖い。ビビアンの思考は停止した。

「だめだよ、ビビアン、とまっちゃだめだ!」
 イアンはわめいてから、自分のおかれた状況を見回す。ビビアンのところへ戻らなくては。敵機はだいぶ少なくなった、とはいえ、15機くらいは戦闘に参加しているようだし、戦艦3隻は健在だ。ほとんど意識しないまま、ビームをかいくぐり、反撃して一機落とす。ここから抜け出すルートを探す。あった。いったん地球方向に降下して、浮かび上がるルート。だが。
 ――いいからいけって。
「すみません、ガンダム、<アーク>の援護に回ります!」ブラッドの声が聞こえたような気がしたので、誰にも受信されないことはわかっていたが、答えた。スロットルを開けた。加速度で肺から空気が搾り出される。特大の無限大マークを残し、イフニは敵の真っ只中から地球方向に駆け降りていく。


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 軌道上の戦闘です。すきなのかも。ファーストガンダム、映画、パート3の冒頭のあれ。すごい鮮烈な印象ですよね。