ガンダムイフニ

(7) <サイクロプス=アイ>強襲-2

「来たか。まあ座れ」
 パイロットブリーフィングに使うコンソールルームは10人くらいがせいぜいの狭い部屋である。面談相手はホートラングだけだと思っていたのだが、フロスト艦長も一緒だった。フロスト艦長の口調は意外にも優しい。
「独房入り、ですか」そんなところが妥当な単独行動だった。座りながらイアンは予想をそのまま口にした。
「そのことを問うのが趣旨ではない。確かにあの単独行動は考え物だが、結果は良かった。私は個々のパイロットの判断に任す部分を大きくするほうが高い戦果を上げられると信じている」ホートラングが答えた。
「聞きたいのはこれだ。君のフライトレコーダーに残っていた」ホートラングはコンソール画面に出ているアイコンをクリックした。音声が再生された。

『イアンか……?』
『メッター?!』
『どうして、だよ』

「君も、こういう事態が来るかもしれないことは、予想していたと思う。率直に答えて欲しい。君は、戦えるか? かつての友人たちを敵に回して」ホートラングが聞いた。ホートラングの口調も、優しかった。
「ガンダムを降りろ、とは言わないのですか」イアンは聞いた。
「君のパイロットとしてのセンスは抜群だ。ブラッドに匹敵するだろう。貴重な戦力を失いたくないし、今までの君の行動にも嘘はないと思っている」フロストが答える。
「だが、我々は軍隊だ。甘い気持ちを残したものが同じ部隊にいれば、命が危険にさらされる」ホートラングが引き取った。
「僕は……!」
 天使隊は大嫌いだった。ガイアも。あのチビハゲの教官も、サンターナも。食事はまずくて少なくて、何かというと殴られた。
 あんなところに2年もいた。
 メッターがいたからだ。
「考えさせてください」長い間のあとに、イアンは答えた。
「次の作戦のために、明日にはここを出る。それまでには、戦い続けるか、降りるか、決めて欲しい」フロストが言った。

「あの、ルード少尉って人、見た?」やけに明るい口調でビビアンが言った。
 ビビアンとデッキに並んで、話している。いつか、<ギニア7>に入港するときに、初めて手をつないだところだった。今は、あの時と違って重力があって、ハプニングは起きない。
 手すりにもたれかかって二人並んでいる。あの時は、宇宙の暗黒に浮かぶ<ギニア>と星々が前の窓から見えた。今は、<アーク>は南極の海にその艦体のほとんどを沈めていて、眼前の海水は光を吸い込んでいく。南極まで来るとそれほど汚くもないらしく、いくらか透明度があるようだった。
「ええ、ちょっとだけ。紹介してもらいました」
 次の作戦行動では、エウーゴが持ってきたターンAとヴィクトールは、南極軍のパイロットが使うことになっていた。要員として紹介されたのが、ハットン中尉という40くらいの男だった。ちょっとへらへらしていて、いい感じは受けなかった。他にも3人いて、一番若い黒人が、ルードという名前だったような覚えがある。
「地球連邦の士官学校出のエリートさんなんだって。確かにね、すごいのよ。ターンAのくせとか、すぐつかんじゃって、あたしなんかより上手に乗ってたわ。やっぱり、ああいう人っているのね」
「ああいうって?」
「ニュータイプのこと」
 ニュータイプ。そうだった。ガイアでは、悪の権化のような意味で使われる言葉。イフニのサイコミュに適合したイアンを評して、メカニックのレイモンド=カナンが言った言葉だった。だが、不思議に、やわらかい意味の言葉だな、とイアンは感じたのである。イアンは唐突に思い出した。セティアが、初めてのデートのときに、イアンにキスをしながら言った言葉。思いを言葉にしなくても、伝わることが、ニュータイプなのだ、とセティアはイアンに言ったのだ。
「ニュータイプって、どういう意味なんですか?」
「知らないの? 昔ね、モビルスーツに初めて乗って、いきなり相手を撃墜しちゃった人とか、いたんですって。そういう人。イアンも、ガンダムに乗れるんだから、素質ありなのよね」
「ガイアでは、悪魔に魂を売って、戦うマシーンと化した人のことをさして言うんですよ」
「あらやだ。そうなの? でも、ブラッド中尉なんか、ニュータイプだっていわれてるけど、悪魔の化身には見えないでしょ。新たな人の進化、センスの獲得、優しい人になれるんだって」
「……ブラッド中尉のこと、好きなんですか」
「ううん、あこがれてたけど、それだけ。あたしは結局、違ったのよ。ブラッド中尉とも、ルード少尉とも、イアンとも」最後は、ちょっと涙声だった。ふーっと息を吐き、泣き崩れるのを押しとどめたみたいだ。
 パイロットだったら、気丈でなければ、やってられないだろう。だが、ビビアンはターンAを降りたのだ。無理をすることはない。イアンはそう思った。
「僕は、宇宙に出て初めてわかったことがあるんです」
「なに?」
「泣いたほうがいいですよ。悲しいときは。すっきりします」
 ビビアンは、顔をゆがめてイアンの胸にうずめ、大声で泣いた。イアンは制服の胸の辺りがべとべとになるのがわかったが、優しく抱きとめた。口付けまでの流れは自然だった。
 デッキのガラス越しの海の中で、珍しいことに、魚が銀色の体をきらめかせて、去っていくのが見えた。イアンは、何か幽霊でも見たような不思議な気分になった。

 どくん、と心臓が音を立てている。ビビアンの部屋。どこをどうしたものか、わからないままにイアンはビビアンの体を愛撫した。くびれた腰、控えめなサイズながら柔らかい胸、きれいな首筋。制服越しの不慣れな行為でも、ビビアンは過敏に反応した。ふっと湿気のこもった吐息を漏らす。ビビアンはイアンの筋肉のついた胸を軽くさすってから、にっこり笑ってイアンの制服のボタンをはずしだした。
 セティア。
 魚が、泳いでいる。イアンの頭の中で、さっきの魚が躍った。
 なんだって? イアンの下半身は欲望ではちきれそうだ。なんで、魚が。セティア。
 ――けがらわしい。
 やめてくれ、こんなところで、でてくるんじゃない。コントロールしろ、なんとか。
 ――あの女。ミンチにしてやった。男も。この娘も、やる。その次は、セティアだ。
「よせ!」
 気づいたときは、どん、とビビアンを突き飛ばしていた。
しりもちをついたビビアンは、一瞬、あっけに取られた顔をして、そのあとすぐに、恥辱と怒りで真っ赤になった。彼女を置き去りにして、イアンは、部屋を飛び出した。彼女を殺したがっている<ハイド>の存在を感じたからだが、言い訳にも何にもならない。もう彼女は口もきいてくれないだろう。
 やはり、自分は異常な人間なのだ。自分の部屋へ走りながら思う。ニュータイプ。悪魔の手先。ガイアの敵となり、異常な戦闘力を発揮する半面で、自らの子孫を残すという生物の基本さえ踏めないミュータント。一年戦争で最初に発現したニュータイプ男女の三人は、男性二人が互いにライバルとなり、間に挟まった女性のニュータイプは戦死した。後に残りの二人は行方不明となる。その後もニュータイプではないかと噂されたパイロットは何人もいるが、まともに人生を全うしたものはいないという。それは、彼らがヒトの新たな進歩ではなく、ミュータントに過ぎず、一部特殊な能力――それも、他人を傷つけるという部分の能力――だけが異常発達したものだから、一般に受け入れられることはないからなのだ。ガイアではそう説明された。事実に裏付けられた説明は説得力があった。
 自分の部屋に戻って、壁を思い切り殴る。こぶしの皮がすりむけた。泣きはしなかった。自分の異常性に、改めて、憤りの感情を覚えただけだ。いいだろう。ギニア7では、自分もまともな生活がおくれるかもしれない、などと感じたが、誤りだった。自分は戦士だ。戦いの中で燃え尽きるのが自分の運命ならば、受け入れよう。

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 主人公のくせに、こんな目にあってばかりのイアン君です。主人公だからかな。それとも彼女が出来ない作者の陰謀か・・・。