ガンダムイフニ

(7) <サイクロプス=アイ>強襲-4

 フレイドもさすがにへばっていた。これで二日徹夜である。ローランドが持ってきた生物兵器データの解析と、ターンAの改装を並行してやっているのだ。
 ターンAの作業は、南極軍に譲渡する前の、最終調整ということに表向きなっていた。作業には南極軍のメカニックにも入ってもらっているのだ、本当の目的を言ったら、ここまで皆を働かせられなかっただろう。それどころか、作業のサボタージュ、最悪反抗されることだって考えられますよ、とレイモンドは言っていた。
 ターンAの中でも、順調に彼らは育っている。彼らのくびきを解き放つ機構。そのあと、どうなるかは、想像でしかない。彼らは、所属するシステムの正常化を行うよう、先天的にプログラムされている。だが、人間だって、地球を汚したくて汚したわけではない。こうなってしまったのだ。彼らにやらせたとて、同じ結果にならないとはいえない。
 そもそも、不安だった。あまりにも違った進化をしている。ターンAと、イフニ。同じ株から分けたナノマシンを注入した。だが、わずか2ヶ月の間に、両者は似ても似つかぬ構造になってしまった。ターンAのナノマシンは、むしろ思ったとおりである。きわめて効率的に自己修復を行う。イフニのそれは、イフニ自体を作り変えだしていた。目的が、システムの異常の是正から、システムの改善へと進みだしているのだ。
 であれば、確かにターンAの方に、あの仕掛けを施すのは間違っていない。イフニには危険すぎる。だから、ターンAを地球においていくことになったのだ。オットー=ラインバルトはそういう決断をした。シャア=アズナブルよりスマートに、自らの手を汚すことなく、地球を浄化する。だが、シャアは、アクシズを地球に落とす作戦を立案したときに、自分の罪の重みを自らに課したはずだ。オットーにその意識はないのではないだろうか。
「お疲れみたいですね、ランドー博士。顔色が良くないですよ」
 珍しく、笑顔を浮かべて、ミイナ=クリントがコーヒーをフレイドに差し出していた。フレイドは白昼夢――いや、実際少し眠ったのかもしれなかった――からさめ、コーヒーを受け取る。
「ありがとう」
「お忙しいとは思うんですけれど、少し、よろしいですか」
「ん……? いいが。どうした? クリント博士」フレイドは、ミイナの躊躇を感じ取って、なんだろう、と思う。イフニのことに関しては、つかみかからんばかりの勢いで話しかけてくるほうが普通なのだ。
「ミイナ、で結構ですわ。……あの、ランドー博士の奥様、どんな方だったのですか」いかにも、精一杯の勇気を振り絞った様子で、ミイナはやっと口にした。
「唐突だな」フレイドは苦笑いした。
「お気を悪くされたのなら……」逃げ腰になっている。
「いいよ、そういえば君とプライベートについて、話をしたことはほとんどなかったな」
 レイモンドのほうは男、研究者同士、で感じはつかめたが、ミイナはそうもいかなかった。彼女が何を悩んでいるのかはわからないが、自分の監督下の研究者にモチベーションを持たせるのもプロジェクトマネージャの役目、自分のことを語るのも悪くない。
 二十歳過ぎの若者だったフレイドを地球から、サイド2に留学させたのはガイアだ。当時は今ほど過激な団体ではなかった。また、フレイド自身もガイアを信奉していたわけではなく、パトロンに便利なだけだと思っていた。
 サイド2の大学は自由な空気にあふれていた。物質的にそれほど豊かだったわけではないが、学問、言論にタブーがなく、刺激的であった。もっとも、バイオテクノロジーからナノ技術に取り組もうとしたフレイドの立場はアウトサイダーであり、地球出身ということも重なって、最初は苦労した。
 フレイドの最大の理解者で協力者となったのが、後に妻になるアリサであった。彼女はナノマシン技術の研究者としては、最優秀というわけではなかった。だが、フレイドのアプローチについていくだけの発想の柔軟性を持ち合わせ、何より親切だった。スペースノイドとしての生活のイロハから、外食ばかりで栄養の偏りがちだったフレイドに食事の心配までしてくれた。フレイドの研究は急激に進展した。
 アリサは、とりたてて美人ではなかったが、ぽっちゃりとした丸顔で豊かな表情をもち、笑顔はとびきり素敵な娘だった。二人は付き合っているというほどの関係ではなかったが、博士論文を仕上げたその夜に、フレイドはアリサに結婚を申し込んだ。アリサがオーケーの返事をしたとき、フレイドは自分の耳を疑ったほどだ。
「何で彼女が研究者の道を選んだのか、僕はずっと不思議だったんだ。彼女は頭は良かったが、没頭して探求するタイプじゃなかった。小学校の先生にでもなっていれば、ぴったりだったと思ってね、結婚してからそう聞いてみたことがある。彼女は半分本気で、僕に会うために研究者になったって、答えたんだよ。研究者って、自分の研究以外は目に入らない視野の狭い人間が多いだろう。彼女はそういう研究者のサポートができると思ったらしい。事実、彼女と結婚するまでは、僕も一匹狼の研究者だったが、結婚したあと、急にいろんなプロジェクトのリーダーを任されるようになった。
 毎日彼女は僕に言っていたような気がする。楽にしろ、肩の力を抜けって。あの笑顔、ある意味やる気がそがれるって言うか、脱力するって言うか。それが天然のものなのか、計算されつくされたものなのか、僕には謎だった。今日こそ成果を、結果をって、意気込む僕を、そんなこといい大人が必死になってやるようなものなのか、って、いつも思わせた。
 イアンが生まれてからは、ますますさ。子供を立派に育てることに比べれば、研究なんて些細なことなんだって、いつも言っていた。子供を育てた人はたくさんいるけど、ナノ技術を極めた人はたくさんはいない、っていうと、彼女が言うには逆なんだって。大切なことだから、やった人がたくさんいる。ナノ技術なんて、些細なことだから、やる人が少ない。そんなことで、自分の息子を犠牲にするのは、馬鹿だけだって。そんなことを、力の抜ける笑顔で言うんだ。
 彼女が死んだとき、僕は、どうしようもなかった。息子を育てることと、研究。二つをやりぬく自信がなくなった。だから、ガイアに戻って、自分が壊れるのを待った。彼女が10年かけて僕を立派な人間にしようとしたのに。僕は彼女の仕事を台無しにした。僕は、彼女の意図を正確に捉えられるようになるまで、そのあと5年はかかったと思う。最近やっと、自分で自分に我慢ができるようになった。彼女も、今は僕を笑ってくれるんじゃないかなって思うんだ」

「すみませんでした。つらいお話をさせてしまったみたいで」ミイナは、じっと話を聞いていたが、フレイドの話が終わったあとうつむいたまま申し訳なさそうに言った。
「いや……?」
 自分のことを語るのは初めてに近い経験であったが、それほど苦ではなかった。むしろすっきりしたほどだと、フレイドは思う。ミイナがなぜフレイドにそんな話をさせたか、それを聞き出す切り出し方のほうがよっぽど大変だ。ミイナの伏せられたまなざしは、いつもの人を射るような光がない。単に一人の若い女性であった。
 恋の悩みなのかな、とは思う。フレイドとて、結婚はしたものの、経験が豊富というわけではない。相手は、彼女に盛んにちょっかいを出しているボウトだろうか、レイモンドかもしれない。オットーかもしれないし、年下だがブラッドということさえありえる。さっぱり見当がつかなかった。
「ありがとうございました。また、話を聞かせてください」ミイナはさっと立ち上がると、一礼した。
「あ、いや、そうだな、いつでもいいよ」
 ミイナは行ってしまった。少しは表情が明るくなっていたような気はするが、結局彼女の悩みが何だか、わからなかった。これでマネジメントか、とフレイドは自分にうんざりする。

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 いや・・・まあ、解説はなしです。そのまんまになっちゃいそうで。