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ann のプロファイルです。


氏名
根来 研

ハンドルネーム
ann

メールアドレス
annkn@nifty.com

生年月日
1957.05.03

生息地
和歌山

職業
会社員(半導体用測定器 設計・開発・製造)

家族 2007.01.01 現在
妻・娘(大学生)・息子(高校生)・義父・義母
ラブ(ミニチュア・ダックスフンド5才)の6人+1匹家族

趣味
昔は色々やっていたが、最近さっぱり。(^^;;)
パソコン、ソフト、インタネはまぁ趣味+仕事。
釣り、ギター、囲碁も相変わらずボチボチやっている。
コミックは月に数冊買っている。

ann ヒストリー

[ 2005.05.03 ]
Windowsも既にXpとなり、PCもDOSから起動しなくなって久しい。
niftyもとうとうBBSがなくなった。
我が家にも光ファイバがやってきて、PCも一人1台づつ、インターネットは仕事でもプライベートでもなくてはならないものになっている。
DOS時代の猛者達も、PC人口に比して少なくなりつつある。同時に、WinFMもそろそろその時代を終えようとしているように見える。
これを機会に、そろそろ私も「悪魔のアン」さんとはお別れしようと思う。
WinFMと共に、パソコン通信、インターネットにそれなりに知れ渡ったハンドルであるが、もう終わりにしてもいいかなと思う。
チヌ研にはまだ「トンマカネット」や「Wave-Net」のBBS時代の仲間が居て、それなりにBBS時代の雰囲気のままクローズドではあるがその流れは残っている。
その昔、BBSを支えてきた猛者達も、きっとどこかで脈々と息づいているのだろうが、私も含めてもうエエ年のおっさんばっかりや。
表舞台で騒ぐにはちとしんどい年になってきた。(^^;;)

そんなわけで、今回我が家にも光が来たついでに、久しぶりのリニューアルとなった「ann's home」ですが、WinFM以外のコンテンツも増やしていきたいと思ってますし、掲示板でも作ってワイワイやりたいとも考えていますので、皆さん気が向いたら遊びに来てね。 (^_^)

[ 2002.07.15 ] (WinFM2000リリース時)
学生時代フォークソング全盛で、中学生からギターを始め、大学ではフォークバンドを 組んで作詞、作曲、ライブ、オリジナルカセットの作成などをやっていた。
最初に覚えたのは、吉田拓郎の『旅の宿』。スリーフィンガーが格好良くて練習し始めた。 同時に、アニメとプラモデルにハマり(まだパソコンはこの世に生まれていなかった) 漫画を書いたり、プラモデルを作ったりしていた。
プラモデルは戦闘機専門で、航空ジャーナル(もうないかな?(^^;;))とかホビージャパン とかを見て、ブルーエンジェルスやサンダーバード(ほんとのじゃなく海軍のアクロバット) なんかの塗装をプラモに施して悦に入っていた。
作ってない絶版品のプラモが新品箱入りのまま100機以上実家に眠っていた。
(※これは2004年、全部ヤフオクで処分した。(^^;;))

当時バイクにも乗っていて、よくツーリングにも出かけた。学生時代は貧乏だったので (高校1年生の時親父が他界して、奨学金で大学に行っていた)125CCのオンボロだった。
働き出してから、当時出たてのホンダ VT-250T というV型2気筒のセミカウル付きの黒いのに クシタニ(まだあるかな。当時は憧れだった)のレース用の皮ツナギを友人から安く譲り受け、 生駒、金剛、白浜辺りをアクセル全開でカっ飛んでいた。 (^_^)v

パソコンとの出会いは就職してから、その年に出たNECの初代PC−8001だった。 創業社長が新らし物好きで、発売してすぐ買ったらしいが、誰も使えず眠っていた。(^^;;)
本体16.8万円、12インチカラーCRT25万円、360KB5インチフロッピー ドライブ30万円・・・ぐらいのシステムだった。
その時始めてBASICなるものにであった。これがかのMicrosoftがNECに売り込んだやつ だった。で、昼休みなんかにセコセコと BASIC でゲームなんかを作っていた。
仕事では当時定番の(PC−8001にも積んでいた)ザイログの8ビットCPU Z80でCPUボードを設計して、アセンブラで書いてROMに載せていた。
パソコンは高くて買えなかったので、家ではTK−80というワンボードマイコンで マシン語を打ち込んで遊んでいた。

最初に買ったパソコンは、NEC PC-8801無印。本体だけで何もない。FDDは高くて買えなかった。
カセットテープにせこせことBASICのソフトを落としていた。
次に買ったのが同じく PC-8801mkII FH Z80 8MHz版だった。これは5インチFDDが2本付いていて、 ゲームやらワープロやら色々できた。
それから、PC-9801ES。386SX 16MHz で3.5インチFDDが2本付いたやつ。
この頃、和歌山県初の県営BBS Wave-Netを知り、入り浸っていた。
日経MIXやNiftyなど大手BBSも入会し、テリトリーを広げていった。 しかし、書き込みはもっぱらローカル専門だった。
同時にその頃、知人から FD と言う物があるのを教わる。使ってみるととても便利なので、 手放せなくなる。

そして、かの DOS/V と出会う。DOS/V 4.01 が出たのを知り、これからは PC/AT の時代になると思い、 386SX 16MHz に RAM 4MBと言う構成で、会社のソフト開発環境をDOS/Vに移行し始める。
また何でもやりたがり、新しい物好きの触手がピクピクして、486 33MHzのDOS/Vマシンを組み立てて、 NetWareの英語版を買い込み、初めてのネットワーク環境構築へと向かっていく。
英語版ながら、ネットワークの使い勝手は社内に浸透し、使い出すと皆止められなくなった。
そうなると、ネットワークにアクセスできない FD はすっかり色あせて、FILMTNとの出会いとなる。
すっかりFILMTNにハマり、これまた手放せなくなる。
そうこうしているうちに、Windows3.1が出て、時代はWindowsの時代へ。

Windowsで使えるFILMTNが欲しいよ〜! 誰か作ってくれー! 叫び回りながらBBSを探し歩くが、一向に見つからない。 FILMTNのWindows版も開発の噂も聞かない。
その頃、丁度会社でもWindowsへの移行のため、Borland C++ を使い始める。ええい、BC++の勉強がてら、 誰も作ってくれないなら自分で作っちゃえ・・・!
初めて使うBC++、初めてのWindowsプログラミング、初めてのまともなアプリケーション(^^;;)、中身はメロメロだが、 見た目はなんとかWindowsアプリとして、めでたくWinFMが完成した。
自分が使いたいようにできるので、こりゃとっても都合がいい。\(^^)/
が、そうこうしているうちに、LHMTNのWindows版が欲しいよ〜! しかし、2年もかかってWinFMを作り、 Windowsプログラミングの難しさを知って、とてももう一本作る気力もない。
誰か作ってくれ〜!(笑) FQLD2で叫んでいると、叫んでみるものである (^_^)、作ってやろうと言うありがたいお言葉。
N.Yanagiさんとの出会いである。 (^_^)
N.Yanagiさんは、私のようななんとかプログラムが出来るという程度のヘボとは違い、プログラミングスキルがとても高い。
つい頼りにしてしまうが、難しいことを次々といやな顔一つせず実現してくれる。本物のプログラマだ。\(^^)/

それからもう数年、WinFMも2000年バージョンのリリースとなる。いやぁ、思えば遠くへ来たもんだ。 (^_^)
昔パソコン少年だったおぢさんは、そろそろ頭の回転が鈍くなり、秒進分歩のこの世界、いつまでついていけるか アヤシイものであるが、誰かの裾に捕まってでも、おいてきぼりにならないように頑張りたい。
WinFMが必要でなくなる時、それが本当のDOSの終焉と言えるのではないだろうか?
Windowsは98になっても、まだまだDOS世代は廃れていないようである。嬉しくもあり、哀しくもあり・・・。


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