私自身ラミネートベニア治療を受けています。
なぜラミネートベニア治療を受けることになったのかというと、実はこんなことがあったのです。
私が北海道歯科審美研究会のメンバーとして初めて米国審美歯科学会に参加したのは平成7年のことでした。ちょうど野茂がドジャースで初登板した年、本拠地であるベロビーチの近隣都市オーランドでその学会は催されました。
年に一度、世界各国から審美歯科医たちが集まってくるこのイベント。さすが審美歯科先進国の学会は想像以上にゴージャスで、おしゃれで、私は圧倒されっぱなしでした。
学会がユニバーサルスタジオを借り切ってパーティーを催すなど、信じられないようなことも体験しました。
展示ブースにはホワイトニングの器具器材が多数積まれていて、その豊富さには目をみはるばかりでした。そのほかダイレクトレジンベニアのマトリックスやガムリトラクターなど、日本では未発売のものばかりが展示されていました。コンピュールタイプのコンポジットレジンを見たのもそのときが初めてした。
ランチを終えて友人たちと歓談していると、遠くのテーブルにいた坂本氏が私に手招きをするので行ってみました。するとそこにはインドネシアから参加しているナタリーという名の女性歯科医師が同席していました。
ナタリーは私を見るなりこう言いました。
「あなたは歯科医師なのになぜ歯並びが悪いのか?」
私は愕然とする中で、目で坂本氏に助けを求めました。坂本氏は大笑いで、「わかったわかった、日本に帰ったらぼくがラミネートで治してあげるよ・・」とその場は大いに盛り上がりましたが、私はけっこうショックでした。
ショックの理由はいくつかありました。ひとつは、まさか初対面の人にそんなことを言われるなんてというショック、そしてインドネシア人があんなに英語がペラペラだなんて、ということに対するショック、そして最後に自分の歯並びに対するショック・・でした。
日本に帰ってから早速私は坂本氏の医院でラミネートベニア治療を受け、おかげさまで海外の学会に出席してもはずかしくない状態になりました。
私は自分自身がラミネートベニア治療を受けたことによって、ありがたいことにそのすばらしさを患者さんに伝えることができるようになりましたし、治療を受ける方の気持ちも理解しながら処置を行うことができるようにもなりました。
きっかけはショッキングなできごとでしたが、結果的にはむしろこの一連のできごとにとても感謝しています。
さて、ラミネートベニアについてですが、ラミネートベニアのむずかしさは形成(歯の表面をけずること)にあると私は思います。たくさんけずりすぎると処置後の痛みにつながりますし、けずり方が足りないと大きな歯になってしまいます(⇒参考写真)。そのあたりの達人を私は二人知っています。一人は私の治療を担当してくださった坂本氏。そしてもう一人はその当時国際デンタルアカデミー(IDA)でインストラクターをされていた中川孝男氏です。
私は両先生のテクニックを総合的に取り入れながら、ラミネートベニア治療の完成度を高めてゆきました。
追記
私はそれまで日本の歯科界しか知りませんでしたが、米国審美歯科学会に参加したことによって新たな目が開かれたことを実感しました。
欧米諸国の歯科治療が進んでいることはある程度想像していましたが、前述したナタリーがそうであったようにアジア諸国や中東諸国の歯科医師が実にアグレッシブであったことに驚きとある種のあせりを感じました。正直なところ、日本は遅れているなぁという印象でした。
あれから10年以上が経ち、そんな日本も欧米化が進んだことと、坂本氏らの活動が実を結んだこともあって、審美歯科治療を求める患者さんの意識が非常に高まりました。そのニーズに対応できる歯科医院が増えたことはよろこばしい限りですが、一部で誤解や混乱も生じており、これからは審美歯科の定義や基準などが整備される必要があると感じています。