放射線測定器校正におけるトレーサビリティと不確かさ 斉藤眞弘


ESI-NEWS Vol.25 No.4 2007より転載

はじめに
 最近放射線測定器咬正における不確かさ評価に取り組んでいる。
 ICRUやIAEAでも、この課題が最近取り上げられ始め、またJCSS登録校正機関を目指す事業所にとっては、ホットな関心事である。校正におけるトレーサビリテイ確保の中で求められる不確かさとその評価法について紹介する。

1.測定のトレーサビリティ
 私の時計は、バーゲンで買った代物だが、昔、大枚をはたいて買った時計に比べてはるかに正確である。それでも、ときどき、テレビの時刻表示や駅の時計をみて合わせておかないと、電車に乗り遅れる必要がある。また、ぜんまい式の目覚まし時計は、よくおくれるので、頻繁に腕時計との時間合わせをしなければならない。

図1に示すような時計合わせの例を考えてみよう.腕時計は、電波時計に、教会の鐘は腕時計に、柱時計は教会の鐘に、目覚まし時計は、柱時計に合わせてあるとしよう、,
 それぞれの時計のすすみ方には、原子時計以外は多かれ少なかれ、ばらつきがあるので、ばらつきが足し合わされた結果、目覚まし時計の示す時刻は相当ええ加減なものになるに違いないが、のんびりした人の日常生活ではそれほど困ったことにならない程度のものであろう。目覚まし時計が本当はどの時刻を示しているかを知ろうとすれば、手段は二つある。
 第一の手段は、目覚まし時計の針を、誤差を無視できる原子時計の指示にあわせることであろう,、 第二の手段は、目覚まし時計が示す時刻のもとになった時計を順にたどり、それぞれの時計の狂いと、それらが示す時刻の不確かさを知ることである。このように、時刻を合わせた時計を順にたどっていって、本当の時刻に“たどり着くことが出きる。もとになったものさじの尺度との比較を、順番にやっていき、最初の基準にたどりつけることを”トレーサビリティがあるという。 放射線測定におけるトレーサビリテイとは、私たちが現場で得た測定値を国家標準となる測定器による測定値に関係づけることが出来、しかもその測定値の持つ不確かさを量的に決めることが出来ることである。JISでは以下のように定義されている。
トレーサピリティ:不確かさが全て表記された、切れ目のない比較の連鎖を通じて、通常は国家標準である決められた標準に関連づけられ得る測定結果又は標準の性質(JIS計測用語)

2.放射線(能)測定におけるトレーサビリティと不確かさ
 放射線(能)測定に関する我国の国家標準は、産業技術総合研究所(産総研)に設置されている放射能絶対測定装置群である。これらの測定器は、計量法に基づく放射能の国家標準である“特定標準器群”として、特別に管理されている。
 放射能に関しては、主として4πβ−γ線同時測定法による絶対測定法により、値付け(あたいづけ)られた線源を用いて、加圧式電離箱、Ge-スペクトロメータ、液体シンチレーションカウンタなどが校正され“特定二次標準器”として認められる。
 特定二次標準器をもちいて、実用に供される測定器が校正され、国家標準とのトレーサビリティが保証された標準測定器が供給される仕組みになっている。
 放射線(能)を測定したときに得られる測定値の不確かさは、標準器の校正定数の不確かさに由来するものと測定の条件や測定時の環境など新たに標準器としたい測定器による測定作業そのものに依存するものの二つが含まれる。
 いいかえると、標準器を使った校正作業が行われるたぴに、新たな標準器の校正定数にはあらたな不確かさが加わる。
 以下、最初に不確かさ評価の一般的方法についてのべ、次いで、放射線防謹上の様々な線量を評価する基準となる電離箱校正における不確かさの評価例を紹介する。

3.不確かさとは
3-1 確かさに関達したいくつかの概念

 不確かさによく似たいくつかの用語がある。言葉の上では不確かさとよく似ているが内容は違う。以下、簡単に説明しておく。
まず、“誤差(Error)”とぱ測定で得られた値 −真の値”である。この関係ではっきりしているのは、真の値がわからないと、誤差はわからないと言うことである。ある場所の、放射線量を測定するときは、数回測定し平均値をとるのがふつうであるが、その平均値は真の値ではなく、真の値の推定値である。
 “正確さ(Accuracy)”は、“測定値がどれだけ真の値に近いが、すなわち誤差がどれだけ小さいかをあらわす言葉である。この場合も真の値がわからないと、正確さは知ることが出来ない。あらかじめ正確な量がわかっているときに、それを手元の測定器で測ったときに得られる測定指示値と真の値との差は誤差であり、不確かさではない。
 次に“精度(Precision)”とは、”繰り返して測定した結果のばらつぎのことである。この場合は、真の値とかけ離れた測定値を示す測定器であっても、その測定器は精度がよいということになる。

3-2測定に関達した用語
 技術用語として、“誤差”、“測定”、“測る”というような言葉は盛んに使われるが、その意味するところは、様々であるので、測定の不確かさについて議論するときには、まず使われる言葉の意味をはっきりさせておくことが必要である。
 以下、用語を以下のように整理した上で話を進めることにしよう。
@測定:温度、長さ、pHなど特定の量の値を決めることである。測定により理論の検証、製品のスペックの確認、測定者間でのデータの比較、さまざまな物質の定量、校正の正しさ検証、などなどが行われる。
A測定量(Measurands):測定の対象となる量
B測定値(values):測定の結果得られた測定量の値
C測定指示値:計測器が対象となる量に関して与える値。これには、数字と単位の両方が含まれる。例えば、1.35 cm, 2.3 vs
D校正:校正しようとする計測器が示す量と標準となる計測器が示す標準の量との差を求めること,
E繰り返し精度(RepeatabiHty):出来るだけ同じ条件下で繰り返し測定を行ったときの測定結果のばらつき。
F再現性(Reproducibility):異なる測定によって同じ測定値が得られること。例えば、異なる測定器、異なる測定者。異なる事業所間で同じ測定結果が得られること。異なる校正事業所間での相互比較校正ではこの再現性の検証を行う。
G真の値(Truevalue)と最確値(The best estiate of the true value):真の値を私たちは知らないから、最も確からしい値を求めることになる。ばらぱらな測定値がいくつ変えられた場合、目的としている測定量の最確値は平均値である。

3-3不確かさの定義
ISOでは、不確かさが次のように定義されている。不確かさ:測定の対象となる量に、合理的に結びつけることの出来る値(測定結果)のばらつきを特徴づけるパラメータ(IS0 ,Guide to the Expression of uncertalnty in Measurelent, 測定における不確かさの表現に関する指針、略称GUM)。
 測定の不確かさとは正確さでもなく、“精度”でもない。不確かさとぱ測定によって得られた値をもとにして評価をされた量のぱらつきの範囲”である。この“ぱらつぎには実際の測定結果の統計的なばらつぎど過去のデータや理論から予想されるぱらつぎの両方こが含まれる。これら二つのタイプのばらつきに由来する不確かさは、前者はタイプAの不確かさ、後者はタイプBの不確かさとしてGUMでは分類がされている。
 測定の不確かさとは、測定により評価されるべき量が、本当はどの範囲にあるかを量的にあらわすための値である。すなわち、測定によって評価された値のまわりのどの範囲に真の値があるかを示す量が不確かさである。
 たとえば、不確かさが±5cmの100cmの物差しを使って長さを測ったとき、95cmという結果が出たときは、95±5cmの範囲に真の値があるらしいということになる。
 このとき、不確かさは5cmである。誤差ぱ土”をつけて表されるが、不確かさはプラスの値だけで表される。

3-4放射線測定器の校正における不確かさの原因
 放射線測定器の校正(以下校正と省略)における不確かさの原因には、次のようなものがあげられる。
@物理現象として本来持っている統計的ばらつき。測定時間や、バックグランドの変動が関わってくる。
A測定システムの持っているシステム的なばらつき。計測回路のドリフト、検出部感度の経年変化、タイマーの誤差など。
B測定者の技術の違いや測定者の健康状態の影響。
C測定時の周辺環境(温度、気圧、湿度など)
Dデータ処理の方法によるばらつき。
3-5不確かさの表現法
3-5-1 不確かさの基本的尺度である標準偏差

 数回の測定を繰り返して得られる平均値は、測定量の最も確からしい値である。無限に、測定を繰り返せば、平均値は、真の値になるだろうが、事実上これは出来ない。そこで、限られた測定回数nのデータx,(n=1,…n)から、考え得る測定値全体がどのくらいばらついているかを推定し、これを“標準偏差“(s)としている。
 すなわち、

ここでxはn回測定の平均値である。また、

は考えうる測定値全体のばらつき(母集団の標準偏差)を推定した値で不偏分散と呼ばれる。
 測定値のぱらつきは、最終的な不確かさの原因になるので、不確かさの評価のために、“標準不確かさと名付けられている。不確かさは小文字のuを使って表される。

3-5-2不確かさの足し合わせ
 ある測定量が、いくつかの測定値の組み合わせになっている場合の不確かさは、もとになる測定値の不確かさから求められる。紛らわしさをさけるために、もとになる測定値を入力値(lnput)と定義する。測定量をy、n個の入力値をxiとすると、
yはxiの関数として、
y=f(X1,X2,X3,・・・・・・Xn)
xi,yのばらつきを、それぞれ△x,,ムyとすると、
入力値の間に相関がない場合には、近似的に、

となる。

 簡単な例として、縦a(m)、横♭(m)の土地を巻き尺を使って測定し、面積sを求めるとしよう。
 入力値は a=12(m)、b=6(m)、巻き尺測定の不確かさは1mであるとする。

3-5-3平均値の不確かさ
 測定を繰り返して平均値をとり、その標準偏差とともに、測定データとする方法や日常もっとも行われる方法であろう。データがおかしいとなると、平均値を数回とって、平均値を求めたりもする。
 経験的にも、平均値のばらつきは、個々のデータのばらつきよりも小さい。測定値の集まり全体 (母集団)の中でのばらつき、すなわち標準偏差をs、平均値の標準不確かさをSiとすると、

例えば、ここに1個のりんごがあり、その重さを数回測定して得られた測定値の標準偏差(不偏分散の平方根)が2grであるとすると、リンゴを4回測定して得られる平均値の標準不確かさは、2/2=1grとなる。

3-5-4不確かさの評価
″求める測定量の不確かさを評価するには、入力値それぞれの不確かさをあらかじめ評価しておく必要がある。入力値がどのような確率的分布をするかによって、不確かさの評価法は違ってくる。
 正規分布やポアソン分布などあらかじめ統計分布の形(確率分布関数)がわかっていれば簡単だが、どのようなデータのばらつきをするのかわからない場合も生じてくる。例えば、アナログ式測定での指針のふらつき、アンプのゼロ点のドリフト、検出器の軸方向のばらつき、などをどのような統計分布で近似して良いのかという問題である。
 GUMには、いくつかの想定例が掲載されている。 例えば、測定値が最高値と最低値の間でほぽ均等にばらついている場合には、矩形分布を想定する。測定時間内での温度や湿度が一定の速度で変動する場合などである。変動の上限と下限の値の半分をアルファとしたとき標準不確かさは、

   
となる。

3-5-5校正における不確かさの評価例
 実際に電離箱サーベーメータを標準電離箱をもちいて置換法により校正する場合の不確かさの評価例を表1に示す。
 この表では、標準不確かさを決定された校正係数に対する相対値(百分率)として表現してある。これは、それぞれの不確かさ要因による校正定数の補正がかけ合わされたものが全体の補正係数であり、 (合成された不確かさ)2=Σ(要因別不確かさ)2の関係が成立するため、不確かさの合成が容易であり、比較がしやすいからである。

         表1.校正における不確かさ評価表の例

4.おわりに               
 試験校正機関の認定規格であるJIS Q 17025(IS017025)の認証を取得することは、『試験を実施する管理的・技術的能力があることを国際的に認められた』ということであるが、そのための、技術的能力の証明の中に、トレーサビリティと不確かさの評価が含まれている。放射線測定の分野でも、今後、国際的な規格の共有面でその重要性は増すだろう。


参考文献
1)ISO国際文書:計測における不確かさの表現のガイド、日本規格協会、1996
2)不確かさの入門ガイド(第3版)、ASG104,製品評価技術基盤機構,平成16年5月

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