多田智満子


    多田智満子の名を思い浮かべると、私には地中海の乾いた爽やかな風と共に豊潤且つ理知的
    なヘレニズム文化の芳香を運んでくれる美しき桂冠詩人、という印象があります。数多い素晴ら
    しき詩集の他に名エッセイスト、或いは名翻訳家としても有名です。澁澤とも若き頃より交流が
    あり、彼のエッセイでも度々野中ユリと彼女の二人からよく叱られたことが書かれていま
す。
    年譜を見ると1930年生まれ・・ありゃりゃ、うちのお袋さんと同い年ではありませんか。さすが
    ええトコのマダムです。気品が作品からもそのご尊顔からも漂ってきます。でも違いすぎっ!
 


                   アンチポデス所蔵の多田本

          

  


          詩集 『花  火』  書肆ユリイカ (1956)

 多田さんの第1詩集です。

出版社の「書肆 ユリイカ」という所は現在の雑誌「ユリイカ」とは全く関係が無く、有名な
編集者伊達得夫氏の元で多くの詩集、文芸書が制作されました。稲垣足穂もそこで何冊か
出しているはずです。「大全」もそこだったような・・。

 おそらく著者が慶応大学時代から書きためてきた詩を纏めたのが本書なのでしょう。
冒頭には詩人多田智満子の誕生を告げる有名な詩「花火」が収められています。
「永劫を嘲ける かん高い朱と金のアルペジオ 羊歯類は落魄に飢え 一夜熾ん
なヒステリア」

 どれも短い詩が多く、ヨーロッパの人名や言葉はあまり出てきていません。私には上にあげた
「花火」や最後近くの「氷河期」という短詩「氷河が迫る。この垂直の痛み!星座を清め、
終夜白骨を焚いて待つ。」
などの語句から、吉田一穂からの影響もあったんじゃなかろうか・・なんて思ってしまいました。


 
          詩集  『薔薇宇宙』  昭森社 (1964)

 多田さんの第3詩集になりましょうか。この前には1960年に詩集『闘技場』書肆ユリイカ
から出ていますが、私は所蔵していません。本書は函、装幀挿画とも村上芳正氏によるもので、
大変瀟洒な作りです。

 本書は著者のエッセイによれば、1963年に精神医学の実験によりLSDを服用したら「薬が効いて
いる間じゅう、一輪の薔薇を見続けていた。しかも、薔薇しか見なかったのである」という経験から
創作されたのが本書です。

 ドラッグ服用をモチーフに文学作品を創造する、というのは古くから用いられてきた手法ですが、
アンリ・ミショーのような凡百な言葉の羅列と決定的に違うのは、彼女は天性の詩人だということです。

 本書は、「発端」、「唄」、「薔薇宇宙」の3パートに分かれていますが、白眉はやはり圧倒的な
美の力を持つ「薔薇宇宙」連作です。「私の骨は薔薇で飾られるだろう」という語句で終わるその一連の全詩は現代詩文庫
にも収められていますから、是非目を通してみてください。


       詩集 『贋の年代記』  山梨シルクセンター出版部 (1971)

 装幀は野中ユリさんによるものです。ユリさんといえばこの前の第4詩集『鏡の町あるいは目の森』
(昭森社 1968)も彼女の装幀によるものです。(その詩集も所蔵しています)現代詩文庫によれば、
本書の発行所は「サンリオ出版」となっていますが、どうやら「山梨シルクセンター出版部」がその前身の
ようです。

 挟まっている案内によると、この詩集は『現代女性詩人叢書』の一つとして出版され、他にに白石かずこ、
吉原幸子、吉行理恵さんらの若き!(ホントに嘘みたいにかわいいんです)肖像写真も見られます。

 中身は「ヘラスあるいは古代」「ロマンス」「デカダンス」「冥」の4パートに分かれています。ギリシャ神話
でよく聞く名前が詩の題名となっていたり、古代ローマ帝国やキリスト教から題材を取った詩も多いようです。

特筆すべきは、「冥」における一連の仏教を題材にした作品です。これを書くために本当に久しぶりに詩集を取ってパラパラやっていた
んですが、これらをすっかり忘れていて、あらためて新鮮な気持ちで読むことができました。

 「多田さん=地中海ヨーロッパ」という私の図式からかなり離れており、意外でしたがそういえば後年『古寺の甍』という仏教をテーマ
にエッセイも書かれており、ナ〜ンだ、オレがバカだったのか、と思っちゃいました。これらの仏教詩は現代詩文庫でも読めますヨ。


        『花の神話学』   白水社  (1984)  本書 初版

 確か私が初めて購入した多田さんの本だった、と記憶しています。この書物を読み、ホ〜ッ・・と感心し、
その後高橋睦郎、鷲巣繁男と多田さんの三人で作った同人誌『饗宴-シンポジオン』を知ることにより、
この偉大な才人に興味を持つことになったのでした。

 内容は雑誌『草月』に30回にわたり連載したものを纏めたもので、ギリシャ神話からを題材にしたものを
選び、それについて自由気ままに思考の逍遥するに任せ筆を運んだ名エッセイ群です。

 私はこの書物を読んでから、呉茂一氏のの『ギリシャ神話』という本を購入し、通読しました。それにしても
多田さんは名文家です。

 表紙絵や挿画は福澤一郎氏で、秦西夢昔話に素敵なイメージを与えてくれます。


   翻訳 マルセル・シュウォッブ 『少年十字軍』 森開社 (1978)

 多田智満子さんは、詩人、エッセイスト以外にもフランス文学の名翻訳家としての顔を持ちます。
ユルスナール、サン・ジョンペルス
、それになんとあの哲学者フーコーの本も訳しているんです。

 シュウォップは世紀末フランスの詩人で、幼少時に患った脳炎の影響で、小男のまま僅か37歳の
生涯を閉じた詩人で、この『少年十字軍』は彼の最も有名な(短編小説か長編詩か私には分かりま
せんが)書物です。

 私はこれを読んだとき、「そうか、こういった書き方もあるんだ」と何回も膝を叩き、痛くなっちゃったこと
があります。内容は世界史で習った覚え方「イチニ、イチニ少年十字軍」で知られる1212年に実際にあった
少年を中心とする悲劇で終わる十字軍遠征の事実に文学の光を当てたものです。

 普通小説は一人の人間の思考、または叙述と言った形で話が進められますが、この書物は少年十字軍という一つの歴史的事実を、
複数の人間が異なった立場からそれぞれ語ったり独白した形式を取っています。
その中には托鉢僧、法王、書記官、ライ者、三人の子等がおり少年十字軍に様々な角度から光を当てています。

 ヌーボロマンなんかにこういった試みもあったようですが、完成度はその比ではありません。シュォブは様々な階層が語る言葉遣い、
慣用句などもその時代に即した用法で書いているそうです。それを訳し端正且つ流麗な日本語に置き換えるんですから、多田さんの
語彙力、文学の力も相当なものです。

 ちなみにこの書物の幾つかの章は、大正時代から上田敏、日夏耿之介、堀口大学らの手によっても訳出される程詩人達の興味
を惹く魅惑の文章なのでしょう。


                    遺句集   『風のかたみ』  非売品  (2003)

               

                   多田さんは、2003年1月23日、癌のために逝去されました。


 この句集は、多田さんの葬儀に参列された方々へ配られた非売品で、本来私が入手するべきものではありませんが、
葬儀に裏方として協力された、「ぐれむん」氏のご配慮により、私の為にとっておいていただいたものです。深謝いたします。
 装画は高橋睦郎氏、装丁は吉野史門氏です。

 次のように記された栞が入っています。
「ご会葬、ありがとうございました。句集『風のかたみ』は多田智満子が二〇〇一年発病以来、病床で書き止めたメモを
高橋睦郎がさし向かいで整理し、編集したもの。かりそめの人体を離れて風のごときものとなることを決意した詩魂の、
残る人人へのささやかな message です。しばし、風の言葉を載せる草の背になってやってください」

 一緒にいただいた、これも会葬時に配られた『多田智満子 年譜』によれば、多田さんに
子宮癌が見つかり「急遽神戸大学付属病院に入院」したのが2001年11月といいます。

        cancer すなわち蟹また癌
    獅子座流星雨果てて蟹座の病棟へ
   句集冒頭の一句です。

    冬の日の熟れて梢にふるへおり  かげろふに迷ひ入りたる仔猫かな

 というように最初は、身の回りを詠んだ句が多いのですが、少しずつ暗い予兆がその句に
混じり始めてきます。

     来む春は墓遊びせむ花の陰     蟻の世やつながり落つる闇一つ

                   草茫々忘れ残せし夢と思へ     夕凪や野をめぐる血の重々し

 年譜によれば、2002年8月に、「六甲病院緩和ケア病棟に入院」となっています。多分ホスピスのような所なのでしょう。
おそらく多田さんでさえ、迫り来る死の恐怖と戦い、打ちひしがれていた時期もあったことなのでしょう。
鎮痛剤(モルヒネ)も大量に打っていたはずです。そんな中おそらく夢に出てきたのでしょうか、父母を謡んだ句も出てきます。

   蚊帳吊草や失せて久しき父母の家   むかし父ありき麻服パナマ帽   むかし母すだれ巻き上ぐる腕白し 

 ここでは多田さんは、一陣の風となって60年余りの時間を遡り、自分の故郷北九州市若松の生家の上を飛んでいるかの
ようです。

   桃落つるのみどは黄泉の夕明かり  流れ星我より我の脱け落つる  海怖ろし波がつぎつぎと手を挙げて

   病鴉遂に病巣の中に巣ごもらむ    闇に生まれ闇に死ぬ鳥の骨白き   山襞や脳の襞よりなほ冥く



 でもこういった沈痛な重い句ばかりではないのです。地中海や斑鳩の地、更には宇宙を自由自在に飛び回っていた多田さんの
息吹(プシュケー)は、死の恐怖を軽々と飛び越え時間と天空の間を飛翔します。

   越境す黄泉やこの世や肘枕   星屑もまじりてゐるや落葉掻き   五百萬年前に生れて落葉焚き


 新聞報道によれば、多田さんは最期近く「栄養は癌を太らせるだけ」として食事を断ち、米国に赴任中の長男氏が帰国をして
一夜付き添った翌朝亡くなったそうです。


               草の背を乗り継ぐ風の行方かな


 こうして多田さんは風になり広大無辺な宇宙へ旅立っていかれました。    合掌




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