
無類の博覧強記にして、粋な通人。種村は澁澤が世に出始めた同じ頃常にその追随者、もしく
は同好の人と見られていました。一時期私もそのように彼を捉えていたことがありましたが、徐
々に二人の気質、スタイルが全く違うことがわかってきました。黒ずくめのダンディな澁澤に対し
種村さんはどう見たって長屋のご隠居さん。(若い頃でも、熊さんか八つぁんて感じでしょう)場末
の居酒屋で彼が焼酎を隣で飲んでいたって、似合いすぎる彼は透明人間となり、その存在を
気づかせないことでしょう。種村さんのテーマの一つに詐欺師やペテン師があったっけ。そうか
自分自身のことだったんだな。
*2004年8月29日、胃癌のためご逝去されました。合掌
アンチポデス所蔵の種村本


増補『ナンセンス詩人の肖像』 筑摩書房(1977) *本書79年第2刷
本書の元本は1969年、竹内書店から発刊されました。それに加筆、幾つかの新し
いエッセイを追加して再販されたものです。
昭和43年、44年時のエッセイが基本ですから著者が35、6歳の時です。う〜ん、
と思わずうなってしまいますね。何でそのような若い時期にこんな凄い文章が書ける
んでしょう。
高山宏氏がどこかで書いていたように記憶してますが、当時の文学研究の世界
水準を軽く凌駕しているそうです。文学のことはわかりませんが、高山さんが言うの
だから間違いはないでしょう。キャロル以外にもリアなどのおかしな詩人達、それに加え迷宮言語やアナ
グラムといった、人を欺く表現形態について書かれています。この頃から種村はペテン師研究をしていたん
ですね。
巻頭に登場詩人達の肖像写真があります。キャロルの横にちゃっかり座った若き日の種村さんがいます。

『壺中天奇聞』 青土社 (1976) *本書 初版
種村さんの日本文学評論集です。昔は上田秋成、鶴屋南北、泉鏡花から当時の現
代作家稲垣足穂、吉行淳之介、詩人の吉岡実、はたまた澁澤龍彦らの作家、作品論
が収められています。
どれも出色の作家論、作品論ばかりなのですが私が一番好きなのが「メートル原
器のある庭園」と題された澁澤龍彦論です。それにしてもこのお方は題のつけ方に
センスがあります。本の題となった「壺中天奇聞」というのは稲垣足穂論のことです。
澁澤論数々あれど、これほど正鵠を得、感心させられたものはありません。澁澤をメー
トル原器にたとえ「メートル原器に接触すれば、此方の寸法が測られてしまう。コンプレックスの不在に
立ち会えば、こちらの人目を憚るコンプレックスがむき出しになる」なんてシャレたこと、これまで聞いた
ことがありません。 何度でも読み返したくなる評論集です。

『黒い錬金術』 桃源社 (1979) *本書 初版
懐かしくもある感慨を持って思い起こされる出版社桃源社の本です。澁澤龍彦集成
もここからでした。この本は元々黒地の背と表紙に金文字で書名と著者名があったんで
すが、長年西日に晒していたら消えてしまいました・・。
著者自身も後書きに書いていますが、種村さんは錬金術自体少しも信じておらず、又金
の生成にも興味はなく、ひたすら美の秘密が興味の中心なのです。いわば錬金術という
思考形態そのものの中に美を見つけ様としているんです。
それにしても当時この本を読み錬金術用語、メリクリウスとかネグロ、マテリアプリマ、賢者の石の響きが
いかにもかっこよくて、まだ見ぬ種村さんを凛々しい黒マントの奇術師のように想像していました。
まさか当時から横町のおっさん風貌だとは・・・。(失礼)

『愚者の機械学』 青土社 (1980) *本書 初版
ユング、フロイトらの精神分析学者からゾンネンシュターン、アドルフら電波系の
人達パニッツァ、マイらおかしな文学者達を取り上げています。さらに永久機関の発
明に夢中になったシェアーバルト、マイヤーたちも。いや〜、まさしく種村さんが大好き
なテーマばかりじゃございませんか。
こんな本がおもしろくないはずはありません。後書きによれば本書は「知能の低すぎ
る馬鹿も、知能の正常な馬鹿も、知能の高すぎる馬鹿もみんな登場して」いるんだそ
うです。 そしてこの本は「知能の高すぎる馬鹿」には読んでもらいたくない、とのこと。ああ、よかった。
しかし種村さんはまことに「知能が低い馬鹿に装った天才」ですな!!

『漫遊記』シリーズ
この写真にもありますように、種村氏は多くの「漫遊記」を発刊しています。撮し忘
れましたが、温泉をテーマとした漫遊記的な著作もあります。
いやあ、これらのおもしろいこと!といったら。いずれも筑摩書房刊ですが時期的に
言うと『書物漫遊記』(1979)、『食物漫遊記』(1981)、『贋物漫遊記』(1983)
『好物漫遊記』(1985)、『日本漫遊記』(1989)の順になります。
編集者が「種村さんに是非小説を書かせたい」と陰でずっと言っていたそうですが、
その気持ちはよくわかります。こんなおもしろい文章を書ける人に、大衆小説を書かせ
たらそりゃ売れるに決まってます。内容は・・是非読んで下さい。七転八倒、お腹が痛くなること請け合い。
しかしこのお方ほど淡々と凄いことをおっしゃる人は他にいないでしょう。