『耳』


 とある朝のこと、学校に行くと隣の席の女の子が犬耳をつけてきた。
 当然、クラスの笑いの的になったが、彼女は平然と、
「仕方ないじゃない、朝起きたら付いてたのよ」
 と言った。
 数人の奴が彼女の耳を引っ張った。“それ”は確かに頭から生えたものだった。
 僕も触ってみたが、ふわふわと柔らかく、飾りであることを完全に否定された。
 つまり、彼女は“四つの耳”を持つ人間になれたのである。
 その日、その話題が途絶えることはなかった。

 次の日。僕の前の席の男の子が猫耳を頭にぶら下げて教室に入ってきた。
 一同は、驚きとも呆れとも取れる表情をしていた。その姿があまりにも不釣合いであったということもある。
「俺も朝起きたら生えてたんだ」
 やはり、“それ”も本物だった。
 彼曰く、
「音の聞こえが良いんだ。なんか物凄く遠くの音も聞こえるみたい」
 とのこと。
 性能もそのままらしい。
 皆、わけのわからないまま、その日を終えた。

 更に次の日、右斜め前の男の子が象耳を引き連れてやってきた。
 ここまでくると、誰もが青い顔をせざるを得なかった。
 クラスの混乱は深まるばかりだった。

 それから二週間、様々な耳を持つ生徒だけで、このクラスは完成を遂げた。
 豚の耳、キリンの耳、鼠の耳、牛の耳、兎の耳、
 誰もが、持たざる耳を持ち、異常は日常と化した。
 もしかしたらそれは、僕が望んだ結果なのかもしれないとも思えた。

 僕の周りにいる誰もが四つの耳を持った頃、僕は尋ねられた。
「お前はなんで普通の耳しかないんだ?」
 僕はこう返す。
「僕だって生えてきたよ」
 彼は首をかしげた。
「蝿の耳とか言うんじゃないだろうなぁ」
 僕は首を振った。
 結局、彼に僕の耳はわからなかった。
 それどころか、クラスの誰一人として、僕の耳に気づく者はいなかった。
 僕は悲しくなった。
 皆、自分の異常な耳で精一杯だった。

 家に帰って、すぐさま母に聞いた。
「ねぇ、僕は変わったよね」
 頭に付いたカンガルーの耳をピコピコさせて、返事が返される。
「何にも? いつもどおりのあなたよ」
 僕は母の呼ぶ声を無視して階段を駆け上がった。
 そして、自分の部屋に入るなり、鍵を閉めた。
 全身の力が抜けた。
 誰も僕の異常に気が付かなかった。
 むしろ、それが正常だったからこそ、忘れ去られたのかもしれない。
 また、僕は一人取り残されてしまった。
 僕は等身大の鏡の前に立つ。
 自分の耳を見つめる。
 そして、そっと呟いた。
「僕には耳がなかったはずなのに」
 三日前までなかった筈の人間の耳の外枠を、僕は優しく擦った。

 終

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