「闇こそ最高のミチシルベ」



 冗談のつもりだった。
 夜中に来いなんて言ったから。
 もう冗談では済まされない。
 でも君はもう戻らない。
 消えてしまった。
 二度と消すことの出来ない記憶。
 癒されることない深い傷を、
 心に創った。

 *

 あの日、
 僕は彼女を呼び出した。
 彼女というのは僕と同じクラスの子で、
 特別可愛いというわけではないが
 何かしら男を引き付けるような
 魅力のある子だった。
 (仮に◇◇さんとしよう)。
 当然、僕も男として
 彼女に意識を持つようになった。
 毎日とは言わないが
 彼女とよく会話をするようになった。
 僕は彼女の魅力に
 少しずつ引かれて行った。
 そんな時だった。
 突然、
 彼女が困る顔を見たいと思ったのは。
 なぜかはわからない。
 彼女の全てを知りたいとでも思ったのかもしれない。
 こんな頭を持った自分を何度も抑えた。
 しかし好奇心が
 思考を鈍らせてしまった。
 それを今日決行しようとした。
 やり方はこうだ。
 ただ夜中に学校の倉庫に来るように手紙を書くだけ。
 これで彼女がどういう表情をするかを見る。
 予想では笑い飛ばすか、
 困った表情をするだけだと
 最初はそう思った。
 まず夜中に来るように手紙を書く。
 宛名は頭文字だけを1文字書く。
 ばれたら大変だからな。
 そして体育の時間に、こっそり机の中に手紙を入れる。
 あとは手紙を見た彼女を見る。
 たったそれだけだった。
 体育が終わり、
 着替えを終えた女子達が教室に入ってきた。
 もちろん僕は彼女を見ていた。
 彼女が次の授業の支度を始めたそのとき、
 机の中の手紙に気がついた、
 僕は誰にも気づかれないように
 横目でそれとなく見ていた。
 彼女は手紙をあけ文を読み始めた。
 僕は笑いをこらえるので精一杯だった。
 しかし彼女は何にも表情を変えずに
 手紙をポケットの中にしまいこみ、
 何事もなかったように振舞った。
 僕は溜息をついた。
 あまりにも素っ気なすぎた。
 しかたがなくもう考えるのをやめて
 授業に頭を切り替えた。
 その時にはもう好奇心は
 消えてなくなり、
 一時の企みは泡のように
 弾けて消えてしまっていた。

 *

 その日の夜。
 僕は笑いながらテレビを見ていた。
 当然のごとく
 学校で起きたことなど
 この時間には忘れていた。
 その時だった。
 僕のところに一本の電話が入った。
 始めは誰かが出るだろうと思っていたが、
 誰も取る気配がないため
 しぶしぶ受話器を手に取った。
 「はい、〇〇ですけど・・・」
 「おい、〇〇か?大変なことになったぞ」
 「なんだ△△か。どうしたんだよ。そんなに慌てて・・・」
 「◇◇さんが・・・・・・・死んだ」
 「えっ、今なんて・・・」
 「◇◇さんがついさっき交通事故で死んだ。」
 「そんな馬鹿な・・・。彼女が死んだ?嘘はやめろよ」
 「嘘なんかじゃない!本当のことだ。交通事故があった場所は学校のすぐ近くの交差点だ。聞いた話によると学校側から来た彼女を通りかかった車が撥ねたそうだ。彼女は学校とは正反対にすんでいるんだがなぜ学校から出てきたかが問題になっている。まだ詳しい話は聞いていない。それからな彼女の手に・・・・」
 後半部分を僕は何も聞いていなかった。
 受話器が手から滑り落ちたからだ。
 受話器からは絶えず声が聞こえているが
 もう耳にはいることはなかった。
 嘘だと思いたかった。
 何かの冗談かとも思った。
 しかしこれは夢ではない。
 幻でもない。
 立ちふさがる現実だ。
 受話器をそのままに僕は部屋にこもった。
 部屋の中央に立ち何にも考えないでいた。
 夢を見ている感じだ。
 死んだ?
 信じられない。
 ありえない。
 これは、
 僕が殺したことになるのか?
 そうだ、
 きっと、
 いや、絶対。
 僕が彼女を殺した。
 一粒の涙が頬を伝った。
 それと同時に声を上げて泣き出した。
 狂ったように泣いた。
 泣き叫んだ。
 泣いた。
 泣いた。
 泣いた。

 *

 気がついたときは夜明けだった。
 僕はベッドに顔をうずめて寝ていたようだ。
 シーツがグッショリ濡れている。
 一体どれくらい泣いただろう。
 立ち上がり窓を開ける。
 ちょうど海から太陽が顔を出したところだった。
 彼女のことを考える。
 彼女はあの冗談で書いた手紙で
 学校まで行った。
 そして帰るときに車に轢かれた。
 これは間違いない。
 そう、
 冗談のつもりだった。
 夜中に来いなんて言ったから。
 もう冗談では済まされない。
 でも君はもう戻らない。
 消えてしまった。
 二度と消すことの出来ない記憶。
 癒されることない深い傷を、
 心に創った。
 僕のせいだ。
 僕が彼女を騙そうとしたから。
 僕が彼女を呼び出したから。
 僕が彼女の所に行かなかったから。
 彼女は死んだ。
 僕が彼女を大切にしようと思ったら。
 僕が彼女の幸せを祈っていたら。
 僕が彼女を愛していたら。
 彼女は死ななくてすんだ。
 僕のせいで彼女は死んだ。
 僕が彼女を死に追いやったんだ。
 僕が彼女を殺したんだ。
 いやだ。
 こんなこと考えたくない。
 僕は悪くない。
 僕は何にも悪くない。
 彼女の死は僕のせいなんかじゃない。
 僕は何もしていない。
 僕は殺していない。
 オマエガコロシタ。
 違う!
 僕じゃない!
 オマエガコロシタ。
 こんなこと考えたくない!
 やめてくれ!
 オマエガコロシタ。
 うるさい!
 黙っていろ!
 オマエガコロシタ。
 オマエガコロシタ。
 オマエガコロシタ。
 オマエガコロシタ。
 オマエガコロシタ。
 うるさぁぁぁぁぁぁぁい!
 僕は自分の部屋を飛び出した。
 階段を駆け下り、
 靴を履き、
 玄関をぶち破り、
 僕は家を飛び出した。

 *

 5年後。
 僕は23歳になった(と思う)。
 大学を卒業し、
 就職も考えるまでになった。
 自分でも不思議な感じだった。
 何かが違うような気がする。
 何か忘れている気がする。
 何かが足りないような気がする。
 それがその「不思議」の原因だろうと思う。
 しかしそれを具体的に考えようとすると、
 まるで殺されるような痛みを心の奥底に感じたのだった。
 過去に何かあった。
 そう何度も思った。
 しかし僕の記憶を辿っていくと、
 最初に見たものが病院の天井。
 もちろん生まれたときのことではない。
 僕は病院のベッドで
 輸血を受けながら寝ていた。
 なぜかはわからない。
 それより前の記憶がなかったからだ。
 なぜこんなところにいるのか。
 それを思い出そうとしても、
 何も入っていない引き出しを探ることと
 同じことだった。
 何一つ思い出すことは出来なかった。
 自分の名前すらも。
 自分がどこに住んでいて、
 どんな環境で育ち、
 どんな生き方をして、
 ここに辿り着いたのか。
 それらを証明するものなど
 何一つなかった。
 病院の先生によれば、
 僕は極度の疲労による、
 極度の記憶喪失にかかっていると宣告された。
 記憶は戻るかと聞けば、
 可能性はかなり低いとまで言われた。
 最初の一ヶ月間は
 病院での入院生活だった。
 ほとんどが途方に暮れて時間だけで
 一ヶ月が過ぎていった。
 一ヶ月の間、
 体は確実に健康になっていくが、
 記憶は何一つもどることはなかった。
 入院から2ヶ月で退院できるほどまでに体力は戻っているものの、
 行く当ても帰る当てもあるはずもなかった。
 再び途方に暮れる生活が続いたが、
 そのうち病院の先生に言われて、
 その先生の家に住むことが決まった。
 先生は夫婦ですんでいるが子供はなく、
 ずっと二人暮しだったそうだ。
 先生の奥さんも美人でとても優しい人であった。
 2人は子供が出来たみたいだと喜んでいた。
 僕はただで先生の家に住ませてもらうのは悪いと思い、
 アルバイトを始めることにした。
 手先が器用なためどんな仕事もやってのけた。
 そのおかげで生活に大きな負担はなかった。
 先生にも迷惑をかけることもなかった。
 それから数ヵ月後、
 僕はいつも通りアルバイトに行こうとすると。
 先生から突然願ってもいない提案が出された。
 「なあ、学校に行く気はないか?」
 僕は焦った。
 確かに僕は学校に行きたかった。
 このままじゃまともな職には就けないと思っていたからだ。
 これは僕にとっても大きなチャンスだった。
 しかし、僕は学校に行けるほどの金がない。
 もちろん先生に迷惑をかけたくないも思っていた。
 僕は正直な気持ちを先生に話した。
 先生は僕の話を聞き終わって、
 微笑みながらこう言った。
 「そんなことは問題じゃない。君は私達の息子だ。そして私達は君の親だ。息子の幸せを願い、道を広げてあげるのが私達親の役目ではないのか?君は将来有望な若者だ。少なくとも私達より自由に翼を広げ羽ばたくことが出来る。私達のせいで君の翼が折れてしまうなんて考えたくない。だから、君は自分が行きたいように生きればいい。我慢することはない。学校に行って来なさい。」
 僕は涙がこぼれた。
 いくら拭いてもやむことはなかった。
 僕は泣きながら土下座して礼を言った。
 最高の先生、いや、最高の両親だと心の底から思った。

 *

 それからというもの僕は勉強に明け暮れた。
 僕は医者になることをこの前決めた。
 先生の手伝いを少しでもやれるようになりたかったからだ。
 医大を受けるというのは僕にとって、
 象に向かう蟻のようにちっぽけなものだった。
 受かるとは到底思えなかった。
 しかしそんな事など気にするよしもなく、
 僕は勉強に没頭した。
 そのおかげあってか、
 運良く大学に合格することが出来た。
 まさに信じられないの一言だった。
 大学の4年間は実に楽しかった。
 医学の勉強も楽しかったが、
 何よりも友達との付き合いが楽しかった。
 話す事がこんなにも楽しいとは思わなかった。
 毎日が楽しみの連続だった。
 しかし、
 一つ不思議なことがわかった。
 これについては原因すらわからない。
 なぜだか僕は、
 同じ年代の女性と話す事が出来なかった。
 それどころか女性を見ることも、
 近づこうともすることもなかった。
 頭より先に体が動く。
 完全に拒否反応が起こる。
 女性を前にすると、
 急激に心臓の鼓動が早くなり、
 破裂しそうになった。
 さらには体中がズキズキと痛み出し、
 逃げるように女性の前から姿を消すようになった。
 こればかりはいくら考えてもわからない。
 思い当たることが何一つなかったからだ。
 この問題は大学の4年間で解けることはなかった。

 *

 大学卒業後はすぐさま医者になることを決心した。
 先生は心療科が専門だったが、
 僕は外科一本に絞り、
 就職を決意した。
 とりあえず先生の勤務していた病院に入り、
 先生とともに色々の事を学んでいった。
 新米ではあったがかなり腕が立つと
 地元で評判になっていた。
 ある日、
 先生が出張について来てくれと頼まれたので、
 一緒についていくことになった。
 その内容は実に簡単なものであった。
 ただ学会の発表があるのでそれを聞くだけだった。
 内容はわからない単語が多く出てきて、
 半分ほど理解できないことがあった。
 そのときには先生に聞いて
 簡単な解説を聞かせてもらった。
 発表が終わったあとは、
 先生は誰かと話していて
 かなり忙しそうだったので、
 僕は時間を潰すことにした。
 潰すといっても
 ここの周辺を歩いて回るだけであった。
 歩いていて気がついたことだが、
 この町はなんとなくだが、
 来たことあるような気がした。
 でもやはり来たことがないとも思える雰囲気でもあった。
 それでもなんだか懐かしさを感じさせる町であった。
 ほとんどの家がコンクリートで出来ており、
 木の家はほとんど見られない。
 高層マンションも目立つように立っており、
 もう都会という言葉でも通じる町であった。
 車の出入りが激しいデパート、
 変わった構造の図書館、
 広くて緑が広がる公園、
 様々なものを見て回った。
 日が暮れて、
 西の空が赤く染まってきたので、
 僕は帰ろうとした。
 その時だった。
 僕は立ち止まった。
 そして僕はあるものに目を奪われた。
 心臓の鼓動をが体全体に響いた。
 僕が気に留めたもの、
 それは学校だった。
 他の者から見れば
 それはただの勉強というものに縛られた
 ただのコンクリートの塊に過ぎないだろう。
 しかし僕の印象は違った。
 神秘的というのか、
 あるいはミステリアスというのか、
 とにかくそういった類の
 不可解さ、
 不自然さを感じた。
 僕は知らないうちに学校に向かって歩いていた。
 理由はわからない。
 まるで脳が体に支配されたように、
 校門を通り抜けた。
 一歩ずつ進むごとに、
 懐かしさ、
 哀しさ、
 悔しさ、
 腹立ち、
 恐怖といった感情が、
 脳裏をよぎりは去り、
 一歩ずつ進むごとに、
 悪寒、
 頭痛、
 吐き気、
 眩暈、
 麻痺といった症状が、
 体を支配しつつあった。
 理由はわからない。
 ましてや、
 理由などあるわけがない。
 身に覚えがない
 当たり前だ。
 なにせ、
 ここには来ていないのだから。
 一度たりとも、
 ここに来たことはない。
 いくら記憶を辿っても、
 こんな学校は見たこともない。
 これは言い切れる。
 ではなぜなんだ。
 この感情は?
 この症状は?
 僕の体はどうなってる?

 *

 気づいたときには運動場のど真ん中にいた。
 外見は冷静を装っているのに、
 心の中は荒れっぱなし。
 理由はわからない。
 いや、
 理由など考えるのはやめよう。
 そんなもの役に立たない。
 体の向くまま行こう。
 僕の体は勝手に辺りを見回した。
 新しくはないが、
 それほど古くない白い校舎。
 さび付き始め、
 塗装の落ちている鶏小屋。
 運動場の隅にある、
 薄汚れた体育館。
 土が持ってあるだけの、
 何も植えていない畑。
 どこにでもあるよな学校の風景だ。
 体は更に辺りを見回す。
 体はある角度を見回した所で止まった。
 その先には奇妙な風景が広がっていた。
 その先にあったのは倉庫。
 しかし、
 それは普通の倉庫ではない。
 周りのものに比べて、
 非常にヤバイ。
 客観的に言えば、
 塗装が完璧にはがれ、
 錆びて茶色くなり、
 壁のは穴が開き、
 屋根は所々剥がれている。
 いわば崩壊寸前。
 何でこんなものがあるのか。
 なんとも奇妙で不気味な風景である。
 しかも、
 こともあろうかと、
 体はそっちに向かっている。
 行きたくなくとも体は止まらない。
 もう、
 脳の運動神経は、
 体に支配されたようだ。
 僕に唯一主導権があるのは、
 思考回路だけとなった。
 体が倉庫の中にはいる。
 中は外より更に不気味であった。
 日が傾き夕暮れとなったため、
 倉庫の中は黒とオレンジで構成されていた。
 ほとんど光など入らず、
 よく見えない箇所がいくつもある。
 壁もかなりぼろぼろで、
 叩けば壊れるだろうと思う。
 体は更に先に進む。
 とても静かだ。
 足音がだけがよく響く。
 何かを蹴った。
 下を向く。
 ハンドボールだ。
 体はそれを拾い上げる。
 何も変哲もない、
 ただのボールだ。
 体はそれを隅に投げ捨てた。
 ボールが跳ねる音が
 綺麗に倉庫内を響き渡る。
 更に進む。
 器具のせいかもしれないが、
 思った以上に広い
 と感じた。
 倉庫の先が左に曲がっている。
 倉庫はエル字型の構造になっているからだ。
 ちょうど左側に太陽があるらしく。
 曲がり角はオレンジに染まっている。
 体は曲がり角に近づく。
 視界が広がっていくと、
 オレンジの光の中心に、
 黒い影が一本、
 まっすぐ伸びているのに気がついた。
 曲がった先に何かあると思った。
 一歩ずつ進むたび、
 その影が伸びていく。
 曲がり角の壁まで来て、
 覗くように影の正体を見た。
 一瞬ゾクッと悪寒が走った。
 目を一度逸らす。
 気持ちを落ち着かせる。
 大丈夫だと
 自分に言い聞かせる。
 そしてもう一度見る。
 あの影の正体は、
 人間だった。
 倉庫の奥の窓の前に、
 人間が立っていた。
 逆光のせいで、
 ほとんどよく見えないが、
 髪の毛が長く、
 どうやら女の子のようだ。
 女の子が窓のほうを向いて、
 立っている。
 傍から見れば、
 それは異様な光景だった。
 何でこんな時間に、
 しかも1人で、
 こんな場所にいるのか。
 不思議に思ったが、
 僕がそんなことを
 知る理由がないと思い、
 戻ろうと思った。
 なぜか
 運動神経が復活して、
 思い通りに体を動かせるようになっていた。
 理由はわからない。
 もう、
 わからないことだらけだ。
 とにかくここから立ち去ろう。
 そう思ったときだった。
 突然、
 窓を向いていた彼女が振り向いた。

 「やっと来てくれた・・・。」

 僕は背筋が凍りついた。
 体は硬直し、
 目を見開いた。
 再び体が支配される。
 彼女の声は冷たく暗い。
 まるで闇の中から聞こえてくるように。
 体が歩き始める。
 通路の真ん中に立ち、
 彼女と向かい合うように立った。
 彼女の顔は逆行で暗い。
 そのせいか、
 彼女自身が際立って見える。
 恐怖がそうさせているだけかもしれない。
 僕の脳がフル回転をはじめる。
 病院の記憶より、
 更に前の記憶が掘り出される。
 幼かった時代。
 幼稚園の二年間、
 小学校の六年間、
 中学校の三年間、
 高校の三年間、
 次々と脳裏をよぎり、
 次々と引き出しの中に入っていく。
 そして高校3年生のあの日も、
 奥深くに沈んだはずのあの記憶も、
 全て蘇った。

 「私ね、ここで5年間待ったんだよ。」

 (そうだ。)
 (この声に聞き覚えがある。)

 「あなたがあの日来なかったから。」

 (この声を最後に聞いたのは、
 5年前のちょうどこの日。)

 「ずっと待ったんだよ。」

 (彼女を呼び出して、
 死なせてしまった日。)

 「でも、あなたは来なかった。」

 (そうだ。)
 (彼女はあの日死んだのだ。)

 「来てくれると信じていたのに。」

 (じゃあ、彼女は誰だ?)

 「私ね」

 (彼女はこの世にいない。)
 (彼女がここにいるはずがない。)

 「あなたのこと好きだったんだよ。」

 (いきなり何を言う。)
 (君など知らない。)

 「だから手紙を貰ったとき。」

 (声を真似たって、
 君は彼女なんかじゃない。)

 「それがあなただとわかったとき。」

 (彼女は死んだはずだ。)
 (いるわけがない。)

 「私はとても嬉しかった。」

 (何が嬉しかっただ。)

 「泣きたいくらい嬉しかった。」

 (君に会った事はないと言っただろう。)

 「だからこそ。」

 (君など知らない。)

 「1人でいたときが。」

 (喋るな。)

 「とても悲しかった。」

 (これ以上彼女の声で喋るな。)

 「とても寂しかった。」

 (悪ふざけはやめろ。)

 「とても傷ついた。」

 (彼女の真似をするのはやめろ。)

 「私は4時間待っていたんだよ。」
 彼女がこちらに歩き始める。

 「でもあなたは来なかった。」

 (来るな。)

 「私はあの時泣いていた。」

 (こっちに来るな。)

 「泣きながら帰った。」

 (あのときの彼女はいないはずなんだ。)

 「あなたの手紙を握りながら。」

 (君は別人だ。)

 「もう、前なんか見えなかった。」
 彼女が目の前まで来た。

 「もう、何にもやる気がしなかった。」
 動こうにも体が何にも動かない。

 「だから、学校の前でこうなっちゃった。」

 (言うな。)

 「あなたのせいで。」

 (それを言うな。)

 「最後に一つだけ聞いていい?」
 彼女が首を傾ける。
 彼女の癖だ。

 「なぜあの時来なかったの?」

 (そんなこと聞くな。)

 「ねえ、何で?」
 ミシミシという音が微かに聞こえる。

 「答えて」

 (これ以上思い出させるな!)

 「お願い」

 (喋るな!)

 「答えて」

 僕は彼女に捕まった。
 それと同時に何かが崩れ去った。

 *

 今、
 彼女は僕の隣で笑っている。
 あのときの姿で。
 僕はあのときの姿で、
 彼女の隣に座っている。

 ここは広い草原。
 僕と彼女はそのど真ん中にいる。
 人はいない。
 限りなく広いのだから。

 彼女は幸せそうだ。
 少なくとも昔よりは。
 彼女は笑いながらいろんなことを話す。
 僕はそれを微笑みながら聞く。
 これが僕の出来る、
 数少ない償いの一つ。

 きっと、
 これからずっと、
 こんな風に過ごすのであろう。
 人間が滅んだとしても。
 世界が消えたとしても。
 変わりなく時間は進むであろう。

 体の傷はいつかは消える。
 しかし心に創った傷は、
 消えることはない。
 どんなことがあろうとも。
 もげた翼は戻らない。
 死んだ人間は生き返らない。
 過ぎた時間は戻らない。
 それらと同じ。
 一度創ってしまえば、
 治ることは2度とない。

 彼女を殺したという僕の傷は、
 いくら彼女が笑っても、
 いくら彼女が幸せそうでも、
 消えることはないであろう。

 隣にいる彼女は本物だ。
 それは僕が保障する。

 彼女は僕に会いたかった。
 だからあの倉庫がずっと保っていた。
 彼女の最後を見守っていた
 あの倉庫。
 僕に再び会えるように。
 ただそれだけの理由だ。

 僕は現世には、
 悔しさも、
 後悔も、
 何もない。
 彼女が僕に会いたがっている。
 理由はそれだけで十分だ。

 選択肢が大幅に減ったが、
 僕は幸せだ。
 自分の両親にも、
 お世話になった先生にも、
 もう会えない。
 医者になるという夢も
 シャボン玉のようにはじけた。
 それでも僕は幸せだ。

 彼女が隣いる。
 そして笑っている。
 彼女がよければそれでいい。

 そもそも幸せなど
 ここにはないのかもしれない。
 僕は生きていない。
 僕は死んでもいない。
 それなのに幸せなんて存在するのだろうか。

 僕の裏切りの傷は消えなくとも、
 それは彼女を傷つけないという
 自分への戒めに変わるだけだ。
 否、
 そんなこと考えることはないかもしれない。
 いまさら何が来ようが関係ない。

 僕たちの時計はもう、
 止まっているのだから。

 終



______________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________

あとがき

 先に言っておきます。あとがきにネタバレあり。読むなら一番最後にしてください。そうしないとこの作品が面白くなくなってしまいます。
 
 率直に言えば、この物語は僕が最初に完成させた物語である。作ろうと思った順番としては3番目だが。かなり表現がへたくそで長ったらしくなってしまったが、こうでもしないとすぐに書き終えてしまうし、きっと面白くないであろう。この作品を作ろうと思ったきっかけを一応述べておこう。それは一枚の画像だ。とある某画像掲示板で見つけたホラーチックな画像を見つけたのがきっかけである。そしてその画像へのコメントに、簡単な物語を作った人がいたので、それを参考に作らせていただきました。(↓のリンク先)
 この作品ははっきり言ってとても暗いのに、なぜか最後はハッピーエンドになっている。これは作者の力量不足です。ホントに書きたかったのは最初に彼女が死んだと聞いたときの主人公の反応と、倉庫での彼女と主人公の会話(実際に話していないが)であり、それ以外ははっきり言ってほとんど考えていませんでした。
 いろいろと不満があり突っ込みたいところもあるのですが、愚痴を聞かされるのもいい気分ではないので、1つだけ言わせてもらいます。結局言うのかとか言わないでください。
 それは最後の終わり方です。僕としては激しくいまいち。それと多分だと思いますが、終わり方がいまいち読者に伝わりにくいという点である。僕としてははあまり詳しく書きたくないし、かといってわからなすぎるのもだめ。その丁度真ん中を書くというのは非常に難しい。その上僕は言語能力がないのでどうもわかりにくいし中途半端。簡単に言えば物語のまとめとしては不適切。

 以上が僕の観点から見た解説(反省)。
 まあ、それでも面白いといってくれればそれはそれでとてもうれしいです。
 また次の作品も作ろうと思っているので、期待して待ってください。
 今度はもっと面白くなるように作ろうと思っています。

 画像&コメントは
こちら(ホラー表現あり 見るときには心の準備をしっかりと)

戻る