第2話『scar -傷跡-』 夢。 それは傷ついた逆さ睫毛。 それは赤く爛れた羊の目。 それは黒雲に覆われた月。 何も見えない。 それが夢。 * 俺が生まれた家はごく平凡な家だった。 文化の違いを除けば、どことも変わらない家だ 普通に生まれ、普通の生活をしてきた。 ただ違ったのは、自分自身が才能に溢れていたこと。 そして、 俺に両親がいなかったことだ。 二人とも、俺が生まれてすぐにクリーチャーにやられたと聞いている。だから、俺の親と呼べるのは村長だけであった。 俺が生まれた村は一般的に『武器の町』と知られている。ここには腕のいい鍛冶屋が多いから自然とそう呼ばれていた。 この村は古い。 昔からの仕来りや伝統といったものが長く続いている。もっと言えば、文化に縛られた村と言ってもいいだろう。 この村の古い仕来りは2つ。 1つ目は、生まれた子供は称号で呼ばれること。 幼いうちに本当の名前を持つことはない。成人となり、村を出ることとなった者のみ名前を付けることができる。 名前は自分で決めるのもこの町の仕来りだった。自分の名前に誇りを持つために、自分で名前をつける権利が与えられていた。 称号は鉱石や宝石の名が付けられる。なぜかは今になってもわからない。一番長く生きている長老もその真実を知らない。ただ、「昔からの仕来り」と言うことしかわからなかった。 俺の称号は“ブラッドストーン”だった。 ブラッドストーンとは別名”血石”、”血星石”などと呼ばれる濃緑色に赤い斑点を持つ宝石。困難を乗り越える力や、知性と勇気の象徴として親しまれてきた石だ。俺の両親はそんな願いでこの称号を俺に与えたのだろうか。 同僚の人たちからは長いと言う理由で”ブラッド”と呼ばれていた。 仕来りの2つ目は、生まれてすぐ武器を与えられ、武術を学ぶこと。 こっちは本当に変わった仕来りだと思う。 この村ではさまざまな刃物系の武器が作られる。それも、料理人の包丁から騎士専用の大型の剣まで様々。 この村で生まれた子供は生まれたのと同時にひとつの武器を手にする。武器を授かることで正式な村の住人になることができる。いわば儀式みたいなものだ。 そして5歳ほどまで成長したものはその武器にあった武術を学び、自分流の流派を生んでいくこととなる。 俺が受け取った武器は刀。名を『黒刀・龍爪牙』と言う。名のとおり、刃の部分が黒く、赤みを帯びた色をしている。黒龍と呼ばれる龍族の中でも上位クラスのクリーチャーから取れた牙や爪を使って作った最高級品だ。錆びにくく、刃がこぼれにくいため、一生使っても研いだりする必要がないと言われている。 俺は他の奴に比べて、物覚えがよかった。刀を使った武術や居合いを10歳にはほぼマスターすることができた。その後は自分なりにアレンジを積み重ね、確実に腕を上げていった。 普段、修行をしていないときは鍛冶屋の手伝いをするのが主流である。俺は同僚で、3つ年上の同僚である“ガーネット”と共に働いている。 ガーネットは俺の兄貴みたいな存在で、いつも世話をかけていた。面倒見がよく、剣術の腕もよくて、俺にとって尊敬に値する人物だった。 特に引かれたのは彼の剣術である。彼は生まれたとき、『ヴァルキリーブレイド』という大剣を引き継いだ。それは、優秀な鍛冶屋が作り出した、一種の魔剣である。その能力は、持つものによって属性や威力といった能力が変化する“能力変化種”の武器。この大剣は彼によって、風属性に生まれ変わり、鎌鼬を扱える大剣へと成長した。 自分の体ほどある大剣をブンブン振り回して、敵を薙ぎ倒していく姿はとてもかっこよかった。 彼が言うには「確かに能力は良いし、敵に対しても一掃するには使い勝手がいい。でも俺には合わないな。なんたって大きすぎるし、異常なまでの力が必要だ。これじゃあすぐ疲れちまう。お前みたいな普通の刀がほしかったな」と否定的な意見を述べている。 それでも俺は刀より大剣のほうが使えそうな気がして、ものすごい憧れを抱いていた。 武器を変えてほしいと村長である“マラカイト”に頼んでみたが「武器は交換できない。仕来りは絶対破ってはいけない」の一言だった。 念には念を入れて長老である“アメシスト”にも聞いてみたが「伝統とは守るためにあるもの。仕来りには逆らえん」とゆっくりとした口調でマラカイトと同じことを言った。 それでも諦め切れなかったので何とか交換してもらう方法を考えていた。 鍛冶屋の仕事はそんな難しいことはなかった。 俺たち二人は“キャッツアイ”と言う名の腕のいい鍛冶屋の手伝いをするのが仕事であった。彼は優しいが鍛冶に関してはかなりの辛口で、素人には鍛冶屋のハンマーすら触らせてもらえなかった。だから薪を割って運ぶとか、冷却水を取り替えるなどの雑用ばかりであった。そもそも、俺は鍛冶屋になるつもりはさらさらなかったので、雑用ばかりでもどうってこともなかった。だが逆にガーネットの方は鍛冶屋を志望していたので、早く鉄を叩かしてほしいと雑用をしている間、何度も願っていた。 そんな感じで多少、鍛冶屋が普及した村で普通に俺は過ごしてきた。仲間と馬鹿やりながら会話して楽しみ、強くなることを夢見て修行したり、村のためを考え雑用を手伝ったりと普通に過ごしてきた。 だが、そんな日常が壊れるには、たった一つの事件だけで十分だった。 * 事件が起こったのはある夏の夜だった。俺は確か13歳。これは確実なことだ。 その日の夜は蒸し暑く、何やるにも暑さでやる気がおきないほどだった。見慣れた筈の鍛冶屋の炎も、こんな夜となっては見るのもいやなくらいだ。 俺はいつもどおり、ガーネットと共に鍛冶屋の炎に必要な薪を割っていた。夜とは言えど、キャッツアイの働きぶりはすごく、調子の良い時は徹夜でやることもあった。斧を持つ手が汗で滲み、何度も滑ってなかなか薪割りが進まなかった。その度にキャッツアイに怒鳴られた。 あれは夜中の2時ごろだったと思う。キャッツアイが俺に倉庫にあるハンマーを取ってくるように頼んだ。ハンマーにも色々種類があり、大きさから重量など、ひとつ異なる性質を持てばできる武器のも大きな差ができる。そのため、俺はキャッツアイから複雑な注文を受けた。俺はハンマーの特徴を頭に深く刻み、ガーネットに断ってから倉庫に向かった。 倉庫はキャッツアイの鍛冶場から250mほど離れたところにある。 この町で言う倉庫と言うのはここ1つしかなく、鍛冶屋で使う道具から、この町の貴重な財産なども詰め込まれている。倉庫と言うより、この町の宝庫と言った方が正しいと思う。 倉庫の壁が黒いため、夜になるとそこだけぽっかり穴が開いたように見える。何も知らずに近づけば、大きな魔物が立っているように見えるかもしれない。 途中、村長の家に寄って倉庫の鍵とマッチを取りに行った。マッチを持っていったのは、倉庫が広いためランタンではとても全体を見ることができないからだ。 最終的に5分間ほどの道のりを歩いて倉庫の前に到着した。やはり、倉庫は大きな闇の塊に見えた。俺は倉庫を開けようとした。だがそこである違和感に気がついた。倉庫には俺の身長より少し高い扉がある。その扉の中心、つまり俺の鳩尾(みぞおち)のあたりに南京錠がかかっている筈だった。だが、今俺の前にある扉にはある筈の南京錠がなかった。試しに扉をスライドしてみた。 開いた。 多少錆びて、重いためギシギシ音を立てたが、確かに開いた。 俺は中に入る。一歩踏み出したところで何かを蹴飛ばした。ランタンで照らしてみるとそれは倉庫の鍵。南京錠だった。俺はそれを拾い上げて、観察した。見た感じ、特に変わった点は見られなかった。こじ開けられた形跡もなく、誰かが閉め忘れたのだと判断した。 中はまったく何も見えない漆黒の闇だった。ランタンではとても全体を見ることなどできなかった。俺は壁にかかっている小さな蝋燭に火をつけ始めた。一瞬うつる小さく弱々しいマッチの火も、久しく感じられた。 数十個もの蝋燭に火を灯して、全域がオレンジ色に反射し始めた。やっとハンマーを探すことができる。ハンマーは全て倉庫の隅に立てかけてあった。俺はその1つ1つをキャッツアイの言っていた条件と照らし合わせた。 20個ほど見て、やっと目的のハンマーが見つかった。似たようなものばかりで結構時間がかかった。俺はそのハンマーを肩に担ぎ、倉庫から出る後片付けをするため、蝋燭に近づいた。 蝋燭を消そうと息を吹きかけたその時、俺は背後に微かな物音を聞いた。 俺は振り向いた。 後ろは背丈の二倍ほどある棚。 中には調合薬ばかりが詰められている。 その他には何もなかった。 きっと鼠かゴキブリかなんかかと思う。 だが、俺は不審なことは何でも調べたくなる性分を持ているので、周辺を調べてみた。 棚の後ろにまわった。 突然の物音。 体が強張った。 蝋燭の反射。 一瞬のきらめき。 俺は一歩後退した。 風を感じる。 否、鎌鼬だ。 一撃の閃光。 綺麗な赤だ。 そうだな。 とにかく、飛び退けば当たらなかったかな。 それと刀を持って来れば良かった。 まったく、何でこんな綺麗なんだろう。 堕ちるかもしれないのに。 俺は左目と左腕に痛みを感じながら、 後ろに倒れこんだ。 * 思ったより早く目が覚めたようだ。 数分間、激しい痛みで気絶をしていた。 片目をあけて前方を見る。 もう、左目は使い物にならない。 左腕も動かない。 それ以上にこの痛みじゃあまともに動けない。 初めはぼんやりしていた視界が時間につれて戻ってきた。 目に前に黒い影。 後ろの炎に照らされた、穴の開いた空間。 思ったとおり、そこには人が立っていた。 右手に・・・刀か剣か・・・何かの武器を持っている。 細くて見分けが出来ない。 顔は暗くてわからないが、俺を見下ろしていることは確かだ。 周りが異常に明るかった。 なぜ気づかなかったのだろう。 蝋燭の火ではない。 それは灼熱の炎。 オレンジ色をばら撒く鮮やかな焔。 ランタンをひっくり返してしまったらしい。 おかげであちこちに火が移っている。 失態だな。 この炎と傷じゃあ、一人では逃げられないな。 「くそ・・・」俺は小さく呟く。 男は黙ったまま軽く体を動かした。 少し驚いているようにも見える。 ただの錯覚かな。 俺は上半身を起こした。 すぐ後ろにあった棚に体を預ける。 「あんた何もんだ?目的は何だ?」俺は聞いた。あまり良い声が出なかった。 男は答えない。黙って俺を見下ろしている。 嫌な奴だ。 炎がきらめいた。俺は一瞬目を細めた。 しかし、それは幻影。 奴の武器に一瞬映った炎だった。 「その刀・・・」俺は呟いた。 炎が映ったおかげで武器の正体がわかった。 しかもそれは見たことがある武器。 「その刀を持ってるって事は、2週間ほど前にこの村に来たろ。お前」 男が微かに動きを見せた。 「下見って事か。刀はついでだな」 男が刀を構えた。 「目的は何だ?」俺は再び同じことを口にする。 「秘宝だ」男が初めて口を開く。低く、暗い声だ。 それでも、どこまでも響くようなはっきりとした声だ。 「納得」小さく呟く。「それで天下でも取ろうっての?」 「これ以上話すつもりはない。悪いが死んでもらう」 男の刀に炎が煌く。炎の勢いが強すぎる。もう、逃げ場もまともにない。 男の顔もはっきりと目に焼きついた。 「どうせこれじゃあ助からねぇよ」俺は吐き捨てながら言う。 「完璧主義者でね。雑草を生やしておくのは嫌いなんだ」 「俺もだ」微かに笑えた。こんな時に笑えるなんてどうかしてる。 男が刀を振りかざす。 潔いのも悪くない。 俺は殺されるのをひたすら待った。 一撃の閃光。 俺は目を瞑った。 鎌鼬。 全てを切り裂ける無機質な風。 しかし、それは頬に当たる僅かな風へと変化した。 それと水の温もり。 俺は目を開けた。 温もりは顔や体に付いた。 しかし暗くて何がなんだかわからなかった。 「何で・・・」自然に悲痛の声を上げた。 俺と男の間に人影があった。 暗くても誰かわかる。 いつも追いかけていた背中。 これからも追いかけるはずだった背中。 「何でって?これが俺の道だからだ」ガーネットは答えた。 ガーネットが咳き込む。 足元に血が垂れてガーネットの靴が赤く染まる。 俺の頭はもう、何も考えられなくなっていた。 ふと何かの映像がよぎった。 それと声も。 それはガーネットの声。 俺は家の縁に座っている。 隣にガーネットもいる。 桜が咲いている。季節は春。 桜の花びらが舞い、俺の目の前を疾風のごとく通り過ぎる。 そうだ。思い出した。 幻影の俺がガーネットのほうに顔を向けた。 「なぁ、ガーネット」幻影の俺が話し始める。 正確には俺が話した台詞だ。 幼い声だ。俺じゃないみたい。 「ん?何だ?」ガーネットが振り向く。 「ふと思ったんだけど・・・」 俺は躊躇いながらこう尋ねた筈だ。 「何のために俺たちって生きるの」と。 そう、そう尋ねた。 冷静になって聞けば、なんでこんなことを聞いたのだろうと思う。 「本当に唐突だな」ガーネットが微笑む。 また桜が舞い上がった。 「そうだな。そういうのは人それぞれ違うな。例えばさ」ガーネットは続けて言う。「子孫を残そうって言う人もいれば、自分が楽しむために生きるって言う人もいる。友と語り合うことが生き甲斐だという人がいれば、ただひっそりと孤独に生きるという人もいる。はたまた、生きることに意味を求めることを生き甲斐とする人もいれば、そんなものはいらないと考える人もいるはず。何のためと一途に聞かれても、人によって答えは違う。人それぞれだと思うな」 「ふ〜ん。そうか。」俺はまた前を向いた。でもまたガーネットの顔を見る。「じゃあさ、ガーネットは何のために生きてるの?」 これは聞かなきゃ良かった。 今、やっと後悔した。 遅すぎる。 「ん?俺か?」ガーネットは前を向いた。 難しい顔をしている。本気で考えているようだ。 「そうだな。『綺麗に死ぬため』かな」ガーネットは微笑みながら、そう言った。 「死ぬため?矛盾してない?」 「まぁ、今の内はわからなくていいさ。きっとその内わかる」 「死ぬため・・・」俺はまた前を向いた。 目の焦点は桜の木にあった。 「死ぬため・・・」幻影の俺はもう一度呟いていた。 きっと、ガーネットは笑っていただろう。 再び桜が舞う。 映像は桜が舞うように消えた。 その意味が今になって、理解できた。 綺麗に死ぬため。 「馬鹿野郎・・・」俺は小さく呟いていた。 いつの間にか目から涙が溢れていた。 それは左目もそうだったかもしれない。 ガーネットはただ、命を捧げたかった。 親でも友でも誰でもいい。 とにかく、命を懸けて人を助けたかった。 それが彼の生き甲斐だった。 綺麗に死ぬ。 つまり、死ぬ直前まで誰かを想っていたい。 死ぬ寸前まで誰かの盾になりたい。 誰一人傷つかせたくない。 そういうことを意味している。 やっと、わかった。 遅すぎだ。 「この大馬鹿野郎・・・」俺はもう一度呟いた。 男が舌打ちをした音が聞こえた。 「タイムオーバーだ」 男は俺に背を向けた。そして走り出す。 俺は声を出すこともなく、黙って男の背中を見ていた。 男は炎を掻き分け、消えた。 結局、何もすることは出来なかった。 「すまん・・・な・・・。ブラッド」ガーネットが途切れ途切れに話す。「予定が・・・狂っちまった」 ガーネットが咳き込んだ。口から血が滴る。 「ガーネット!お前はもう喋るな!」俺は半ば叫びながら言う。 「助け・・られ・・・ねぇな・・・これ・・・じゃあ・・・」 黒い背中が傾く。 「ガーネット!」 声はむなしく響き、ガーネットは倒れた。 「おい!ガーネット!」 返事はない。 「起きろよ!ガーネット!」 怨んだ。 全てを怨んだ。 盗みに入った男も。 盾となったガーネットも。 動けない自分自身も。 この世の全てを怨んで彼の名を叫んでいた。 * 秘宝は盗まれた。 倉庫は炭となった。 俺は生き残った。 ガーネットは死んだ。 それがこの事件の結果だった。 俺は奇跡的に生き残ることが出来た。本当に奇跡だ。駆け込んでくれたキャッツアイやマラカイトには感謝している。どうやら俺は出血が酷いあまりに気絶していたらしい。そのせいで床に倒れこみ、体のあちこちに火傷を負ってしまった。特に顔半分の火傷が酷く、手術でも治ることはないそうだ。それが左目側だったのは不幸中の幸いだった。 それ以外の傷、つまり左腕と左目について。左腕は神経が切られていたが、傷が大して深くなかったため、リハビリ次第でまた動かせると言う。だが、左目はもう使い物にならなかった。刀が脳にとどかなかっただけ良かったと思う。義眼にするという手もあったが、火傷痕に義眼と言うのも合わないし、なにより義眼にする気など毛頭なかった。 ガーネットの葬式は事件の3日後に3日間かけて行われた。 村中の皆が集まり盛大に開かれた。俺を命懸けで守った勇敢な男としてその名誉を称えられた。それは墓標にも刻まれることになるだろう。 彼の墓には、なれなかった鍛冶屋のとしてのハンマーが飾られた。 俺は泣かなかった。自分でも驚くくらい冷静に葬式に出ていた。火事のせいで涙が全て蒸発してしまったのかもしれない。失った悲しみが全て吐き出され、モヤモヤとした感情が俺を取り巻いていた。俺はその正体を知っている。 秘宝を盗んだ犯人は分からないと言うことに落ち着いた。俺が言わなかったからだ。皆には知る必要のないことだとも思えた。 本当は言えばよかったかもしれない。犯人は2週間前に刀を取りに来たあいつだと。でもそれだと、俺の気がおさまらない。あいつは俺の手だけでけりをつける。モヤモヤした感情がそう言っている。そう急かしている。だからそう決めた。 このモヤモヤとした感情は強い。喜びや悲しみといった感情を全て押さえ込んでしまう。だから俺は従う。この強い感情に身を任せて、例え自分自身が感情に飲み込まれたとしても、それが俺の望んだこと。異論はない。この感情を味方につけて、俺は俺の道を行く。 倉庫については大損害だった。武器などは全て酸化してしまい黒焦げ。薬や資料なども全て燃えてしまった。もう何も残っていない。村の大黒柱を失ったのと同じであった。 暫くは多くの武器を作り、売って、燃えてしまった道具を買い集めるということで作業が進められている。しかし、重要な道具が燃え、手持ちの道具ではなかなか質の良い武器がうまく作れないというのが現状だった。今後の職人の腕に期待するしかない。 俺はガーネットの遺品を1つだけ引き取った。誰にも使うことが出来ないあの大剣『ヴァルキリーブレード』を。 葬式の終わった日、俺はマラカイトとアメシストにガーネットの武器を遺品としてもらえるように頭を下げた。2人とも「今回だけはどうしようもない」と言いたそうな顔をしながら、黙って俺に大剣を下さった。 その後、俺はリハビリを兼ねて修行を行った。リハビリは楽ではなかった。傷は完璧に塞がったといえど、一度は切れた神経。なかなか思い通りに動かなかった。おかげでリハビリに半年の時間をかけた。 その後は大剣の修行に励んだ。その修行には4年の歳月を費やした。刀と違い、異常なほどの力と技術を必要とした。これを使いこなせるガーネットはやはり天才だと思えた。 持ち主が消えた大剣はただの鉄の塊だった。ガーネットが会得した風の力はもう残っていない。ここからは俺に合った能力が上書きされる。 そして4年後、大剣は氷と闇の力を得た。ガーネットが使っていた記録はもう残っていない。大剣はガーネットの存在を完全に忘れてしまった。 * 事件から5年の月日が流れた。 俺は18歳になった。 季節は夏。日差しはあのころと同じように降り注いでいる。 持っている荷物や武器は重いし暑いが、それを拒んでもどうにもならないことを知っている。 モヤモヤした感情はあの日以来消えることなく、他の感情と共に混ざり合いながら渦を起こしている。その感情に独裁的なものはなく、喜びや悲しみと言った感情も縛られることもなく、日の目を見ることが出来た。いつかはこの感情も消える。それが消えることを祈っている。だから俺は行く。 この復讐と言う名の感情を生きる糧として。そして、消すために。 「やはり行くのか」 俺は振り返った。後ろには村長のマラカイトが立っていた。 「はい、行きます。この道以外の道は選べません」 「止めはせん。ワシもこれが定めじゃと思う。気の済むままに行って来なさい」 「はい」 マラカイトは黙って私の顔を見ている。まるで全てを読み通しているようだった。 「知らないと言っていたが、心当たりはあるんじゃろ?ガーネットを殺めた犯人のことを」マラカイトが質問する。 俺は少し間をあけて「ええ」と短く答えた。 忘れるはずがない。 あの刀を。 あいつの顔も。 全てが終わるまで。 「復讐は身を滅ぼすだけとよく言うが、やってはいけないとは言わない。これはそういう復讐じゃ」 「わかっております」 「1つ言っておきたいことがある」 俺はマラカイトの顔を見つめる。 「当たり前のことを言うが、1人でいるんじゃないぞ。仲間は作っておけ。信頼できる仲間を」 俺は黙っていた。 「いくらお前が強いとは言えど、本当の闇には勝てん。頼れる、光としての仲間を探せ。どんなことにも重要なことじゃ」 「はい」 マラカイトは微笑む。だが、複雑な笑顔だった。 「ブラッド」マラカイト言う。少し体が反応した。「この名で呼ぶのもこれが最後になるかもしれんな。名前はもう決まったかね?」 「ええ、決めました」俺は自然と村の門の前に立っていた。 ふと空を見上げる。 太陽の日差しが強い。その日差しは全てを拒絶するような光でもあり、全てを照らす至高の光に見える。 俺を照らしているのはどちらの光なのか。知っているのはこの世の神だけなのだろう。 左目に手をやる。そこには包帯が巻かれている。それは目の傷と火傷を隠すものでもあり、あの事件の戒めを忘れないためのものでもある。ガーネットの全てをこの包帯に縛り付けた。いわば鎖みたいなものだ。一生この包帯をはずすことはないだろう。 「俺の名は傷つけ殺すの意。殺傷から取らせてもらいました」 「殺傷?そんなに背負い込まなくとも・・・」 「これから俺は咎人になるんです。それを忘れたくない」 マラカイトは少し考えて「そうか」と呟いた。 俺は門の下に立つ。そしてマラカイトのほうを向いた。 そして大きな声で叫ぶ。 「きっと、もうブラッドは帰ってきません。それでも皆によろしく伝えておいてください」 太陽は全てを平等に照りつける。善人も悪人も区別などしない。あるいは区別を知らないだけかもしれない。 「俺の名は・・・」 それでも太陽は輝き続ける。ただ、この世に光を齎(もたら)す者として、その役割を果たしている。 「俺の名はリーザル」 光には罪はない。あるとしたら、光を作った神のほうだ。太陽も光も罪を持たない。 「殺傷のリーザルだ」 太陽はこれから咎人となろうとする“リーザル”という名の男を神々しく照らしていた。それが、希望の光なのか、拒絶の光なのかは誰一人知ることはない。 終 |
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| 後書き 休みのつもりでしたが追加しました。 |