『赤眼DIARY』


 0 プロローグ

 ある裏町の片隅に、古びた骨董品屋があった。
 人目どころか陽の目すら浴びないこの店は、今や、周りの木の塀に交じりながら、一種のオブジェへと変貌を遂げようとしていた。
 中に入ると、どことなく古びた空気が漂う。歩くたびに、懐かしいような匂いが鼻孔をくすぐる。この匂いは一種の精神安定剤のような役割をしている。非常に落ち着くというのが第一印象だ。
 蝉の鳴き声も響き渡り、昭和生まれの大人なら、埃の積もったアルバムを掘り起こしたような愛しさを感じるであろう。裏町は日が当たらないせいかとても涼しく、同時に今が夏である事を再び思い出させる機能も、蝉の声は果たしている。
 この店の外見は非常にもろそうに感じられた。周囲の塀と同じ木で出来たその店は、一度地震が起これば、一瞬にして壊れてしまうような不安を煽らせる。しかし、家の外見に反して、中は意外と綺麗だった。掃除は念入りに行われており、埃一つ落ちていない。勿論、商品も隅々まで輝かしいくらい磨きがかかっている。
 その商品とやらは、どれもこれも珍しい物ばかりだった。もしくは年代物と言ったほうが適切だ。外見は古いものの、まだ新品の雰囲気も漂っている。まるで、タイムマシンで昭和や明治の時代から持ってきたように、保存状態は抜群に良かった。
 商品は鉛筆や本といった文房具から、わけのわからない置物まで古い物なら何でも。中には黒光りする質のよさそうなタンスもある。大小異なるが様々なものが隙間なく並べられている。
 今現在、この骨董品屋には四人の人間がいる。
 一人はこの店の店員である80過ぎの背の低い婆さん。こんな年になっても、まだ店をやろうというのも信じられない。夫である爺さんはすでに亡くなったとか。この商品たちも、元は爺さんの物である。あまりに多すぎるので、2人で相談し、売ることにしたそうだ。
 たいしたもんだ、と素直に感想を持つ。
 後の3人は地元の高校生らしい女子生徒だ。
 学校の帰りであろうか、半袖の制服を身にまとい、可愛らしい鞄を肩に担いでいる。
 3人とも仲がよいらしく、ペチャクチャと話しながら商品たちを見ていた。
 「なんか、どれも面白いもんばっかりだね」
 「面白いって言うより、珍しいって感じ」
 「ほら、これなんて可愛いよ」
 「何それ?犬の置物?」
 「違うよぅ。猫だよ、これ」
 「えぇ〜、全然見えな〜い」
 「それに可愛くないしぃ」
 「そうかなぁ・・・。可愛いと思うんだけどなぁ・・・」
 「私は向こうの見てくるよ」
 「じゃあ、私はこっち」
 「えぇっと、じゃあ私はこっちに」
 「・・・」
 「・・・」
 「ねぇねぇ、この時計なんかどう?」
 「あっ、それお洒落ね」
 「ホント、その模様とか綺麗」
 「でしょ?これ買おうかなぁ」
 「うん、いいんじゃない?」
 「あ、だめだぁ」
 「どうしたの?」
 「値段が高いなぁ、私の小遣いじゃ買えないや」
 「どれくらい?」
 「ほら、これ」
 「あぁ、本当だ。私でも買えないよ。これ」
 「みんなぁ、これなんかどう?」
 「・・・ホント、私、いつになってもあんたの趣味わかんないよ」
 「え〜。可愛いじゃない」
 「私も。それ一体、何?」
 「木彫りの麒麟 ♪」
 「・・・麒麟ってそんなんだっけ?」
 「ほらぁ、中国とかの想像上の動物だよぉ」
 「・・・」
 「・・・」
 「ねぇ、可愛いと思わない?」
 「思わない」
 「私も」
 「う〜ん、そうかなぁ。可愛いと思うんだけどなぁ。この眼とか」
 「ホント、よくわかんないなぁ」
 「・・・」
 「・・・」
 「あ、これいいな」
 「どれ?」
 「ほら、この本」
 「この真っ黒で飾り気がない本?」
 「そうそう、私、こういうシンプルなほうが好きなの」
 「ふ〜ん。何に使うの?」
 「日記。夏休みに日記をつけようと思うの」
 「へぇ〜、真面目だねぇ。私じゃ、そんな事絶対しないよ」
 「そうかもね」
 「こらこら、そんな簡単に断言しないでよ」
 「ごめんごめん」
 「全く、もう」
 「じゃあ、私これ買ってくる。そっちは何かいいのあった?」
 「全然。私は買わなくていいや」
 「私はもう買ったよぉ」
 「ん?何を?」
 「麒麟さん ♪」
 「あ、そう。買ったのね」
 「じゃあ、私買ってくるから、外で待ってて」
 「おっけぇい」
 「あいよ」

 1

 7月23日 土曜日
 今日から待ちに待った夏休みが始まりました!
 暫く、勉強から離れて遊びまわりたいな。
 友達と買い物したり、海に行ったり、花火したり・・・etc
 なんか遊ぶことばっか。
 宿題が多いのがちょっと不満だなぁ。 (メ-_-) ムカムカ
 あ、ついでに日記をつけることにしました(書くの遅
 一種の気分転換?
 いや、違うな。
 何書いてんだろ。私。 ┐(-。-;)┌
 ま、いいや。今日はもう遅いので寝ます。
 明日から遊びまくるぞ〜。

 7月24日 日曜日
 今日は早速、成見(なるみ)ちゃんと綾歌(あやか)ちゃんと買い物に行ってきました。
 今日は服をたくさん買っちゃいました。
 やっぱり、夏休みだしおしゃれしないと。
 ついでに水着も買いました。
 なんか、こう、持っているだけで泳ぎたくなるね。
 あぁ、早く海に行きたいなぁ。
 その後、昼ごはん。マックでフィレオフィッシュです。
 とってもおいしくいただきました。 ^o)=3 ゲフ
 その時に皆で話し合って、水曜日に近くの海水浴場に行くことになりました。
 積極的に言った甲斐があったな。やったぁ!
 水曜日が楽しみ。
 それでは、お休みなさいっと。 (ρ_・).。o○ ネムイ・・

 7月25日 月曜日
 生憎の雨で外に出られなかった。 ( ̄、 ̄)チェッ
 その代わり部活も休みになったので、ちょっとラッキー。
 なので勉強と読書ばかりです。
 勉強はどうでもいいとして、読書はそこそこ楽しめたな。
 ミステリー小説は読みながら考えるのが楽しいです。
 全然解けないけど。 ( ̄へ ̄; ムムム
 なんかつまらないなぁ。
 やっぱり外に出なきゃ始まらないね。
 明日は絶対晴れて欲しい!
 特に明後日!!
 絶対に海に行ってやるから。

 7月26日 火曜日
 今日は待望の快晴でした。
 午前中は部活に行って、もう死にそう。
 何でこんな炎天下の中走らなきゃならないのよ〜って感じ。
 だから気晴らしに遊ぼうと、友達に電話したんだけど皆忙しい人ばかり・・・。(T_T) ウルウル
 というわけで、一人でサイクリングに行ってきました。
 一人って言うと寂しい気がするけど、
 私には一人でも十分楽しいのである。
 今日は近くの川を堤防沿いに走ってみました。
 やっぱり、自転車で風を切って走るのって最高よね。
 なんというか、私は風より早く走れるゾって自慢したくなる感じ。
 王様な気分? ( ̄^ ̄)エッヘン
 で、暫く走ったら自転車止めて芝生に座ってみました。
 丁度木の下で日陰だったし、風も心地よくて、もう最高!
 川の近くでは子供がキャッチボールしてたり、
 老人が犬に引かれながら歩いてたり。
 老人の散歩?と思ったけど流石に不謹慎だな。 (;´_`;)
 まぁ、なんともほのぼのとしていました。
 なんとロマンティックな私。
 ん?ドラマティックかな?
 とにかく、とっても気分が良くてまどろんで寝てしまいそうでした。
 こんな日が毎日続くといいなぁ。
 さて、明日は待望の海!海!
 泳ぎまくるぞ〜。
 首洗って待ってろよ、母なる海め!
 なんか書いてて恥ずかしい・・・。

 7月27日 水曜日
 ただいま、行ってまいりました!海! ( ̄ー ̄)v ブイ!
 いや〜、楽しかった。
 車は成見ちゃんのお兄様のに乗せてってもらいました。
 部活は思いっきりサボってきちゃいました。
 30分くらいで着いたんだけど、見渡す限りの人、人、人。
 夏休み始まったばかりなのにこんなにも込んでるとは。
 甘く見すぎたようです・・・。 o( _ _ )o ショボーン
 そこで、お兄様が機転を利かせてくれました!
 見事に人の少ないポイントを見つけてくれました。
 お兄様、大好き! (/^-^(^ ^*)/ ダキツキ!
 思いっきりはしゃいで、文句なしに泳いでまいりました!
 多少、岩肌が多くて目立たないところだったけど、
 人はいないし、
 水は綺麗だし、
 生き物は色々いるし、
 何よりも見晴らしが最高!
 少し上に行くと本当に絶景でした。
 地球の隅々まで見えるくらい。(大袈裟だって)
 それから皆で鬼ごっこしたり、
 綾歌ちゃんを砂に埋めたり、
 どこまでいけるか競争したりと、
 もう、最高な一日です。 O(≧∇≦)O イエイ!!
 ずっといたいなぁとか思ったり。
 あぁ、それとなんか私一瞬気絶したみたい。
 自分が知らないうちに気絶したなんて信じられない。
 成見ちゃんと綾歌ちゃんが運んでくれたみたい。
 一瞬って書いたけど2人は30分くらいって言ってるのよねぇ。
 ほ〜んと不思議。
 ウニかクラゲにでも刺さったのかしら? /(-_-)\ウーン
 でもいいや。
 特に体がおかしいとか動きにくいとかないし〜。
 今だってピンピンしてるよ。
 町内3週くらいして来れるんじゃないかな。
 そんなわけでとっても有意義な一日でした。
 また行きたいなぁ。海。
 今度はもっと多い人数で行きたいなぁ。
 男子とか誘ってさ。
 じゃあ、今日は寝るとしますか。
 なんかはしゃぎすぎて目が痛いしね。
 ではでは、おやすみなさい。 (⌒0⌒)/~~~ バイバイ!

 7月28日 木曜日
 午前中はまた部活でへとへと〜。 へ(´o`)へ ツカレタ…
 しかも「部活サボった罰だ〜」とか先生に言われて、みんなより多く走らされたりさ。
 もう、やる気がナッシング。
 というわけで今日は家でごろごろしてました。
 なんか、まだ目も痛いしね。
 もちろんクーラー万全完備。
 こう心地よくてぐっすり寝てしまいました。 o(~ρ~)oスーピースーピー
 気がついたらもう五時になってたり。
 流石に寝すぎたなぁ。
 しかもクーラー付けっぱなし・・・。 (,,Д)  ゚ ゚ ヤッチマッタ
 まぁ、泳いだ次の日だし、そんなもんかな。
 でっと、今日の夕食は私のだ〜い好きな餃子でした。
 もう満腹。ちょ〜幸せ。
 それと、母さんに目が赤いって言われたぁ。
 鏡を見たらホントに赤くなっててビックリ。
 ウサギみたい。 (^▽^) アハハハハ
 一応、目薬を点しときました。
 明日医者に行ってこようかな〜。

 7月29日 金曜日
 あ〜、ほんとに目がヤバイ。
 もう、何もみたくないって感じ。 (´。`) ツカレタ・・
 部活も行ったけど、太陽も見たくない。
 先生に言って医者に行って来ました。
 医者が言うには何とかっていうウイルスに感染してるそうです。
 何とかじゃあわかんないね。
 忘れちゃったんだよね。
 とりあえず、薬だけもらって帰ってきました。
 で、今に至るのだけれど、全然良くならないのよねぇ。
 食後の薬だって言うので夕食後に飲んだけど・・・。
 流石にすぐには効いてこないよねぇ。
 というわけで、今日はもう寝ます。
 もう酷いの何の。
 念には念を入れて目薬も点したし、後は寝るだけ。
 では、おやすみ。 (^^)/~~デハデハ

 7月30日 土曜日
 ず る 休 み 。

 7月31日 日曜日
 ふっか〜つ!! (*^^*)(^^* )(^* )(* )( *)( *^)( *^^)(*^^*) ワーイ
 やっと目が良くなりました!
 もう、死ぬかと思ったよ。マジで。
 昨日なんかもう、目を開けられなくて一日中寝てたんだよぉ。
 部屋もずっと暗くしてさ。
 友達と話せないのがこんなにも辛いとは思わなかった。
 日記も書けないしさ〜。
 でも、今日は完全復活!!
 さっそく、午後は成見ちゃんと綾香ちゃんを誘いました。
 2人とも心地よく頷いて、家で思いっきり駄弁ってました。
 2人とも目の事いうと目を真ん丸くして驚いてさ。
 あまりに大声出すもんで、こっちが驚いたよ。
 その後はゲームやったり、じゃれあったりと、騒ぎまくり。
 病み上がりの私に2人も容赦なさすぎ!
 部活やってないのにヘトヘトだよ。 (´Д`) フゥ
 もう、腹筋が痛いッス。
 でも、楽しかったよ。
 2人ともありがとう v(^_^ v)=アリガトウ=(v ^_^)v゛

 8月1日 月曜日
 8月になってしまった。
 勉強全然やってな〜い! (;_; )オロオロ ( ;_;)オロオロ
 こいつはヤバイなぁ。
 そういうわけで、今日は午後いっぱい使って勉強をやりました!
 結局、まともにやらなかったけど・・・。
 全然、集中力でないや。
 なので、明日はきっとやるぞ。
 多分。

 8月2日 火曜日。
 も〜、最悪。 (TεT;)チェッ
 あまり人に言いたくないのでここで書いちゃいます。
 今日の午後、買い物から帰っているの時のこと。
 道端で寝ている蛙を踏んじゃいました。
 別にギャグとかじゃなくて、ホントに。
 まぁ、なんというか、ちょっとした不注意です。
 で、足をどかしてみたんだけど・・・。
 その蛙はもう天国に旅立っていました。
 もうグッチャリしててさ。
 気持ちわるいのなんの。
 も〜、本当に最悪。 <-ヘ-> ムスー
 ついてないなぁ。
 それと、一つ不思議なことがありました。
 水道で水を飲んでいる時。
 手のひらに赤い斑点みたいのを見つけました。
 買い物している時にはなかったと思います。
 血の様にも見えたのであることにしたんだけど、
 なぜか洗っても落ちないんです。
 いくらこすっても、石鹸を使ってもなかなか落ちなんです。
 で、しょうがないから諦めました。
 でも、暫く部屋で勉強してたらいつの間にか消えてたんです。
 不思議でしょ? (=`〜´=)ウウン
 くだらないかな。
 って、誰に言ってるんだろう。
 日記なんて私しか見ないのに
 まぁ、いいや。忘れよ。
 どうせ、痣とかその程度のもんでしょ。
 今日はこれまで。

 追記
 近所で殺人事件があったとテレビでやってました。
 どうやら、小学生がナイフで刺されて殺されたらしいです。
 なんか物騒だな。
 怖い怖い。 \(>o<)/ギャーッ!

 8月3日 水曜日
 昨日に引き続き、不可思議なことが起こりました。
 今日は昨日と違って、マジでヤバイです。
 もう、ふざけて日記を書く気力なんてありません。
 今日、テレビで隣の県の放火魔がつかまったニュースをやってました。
 犯人は7件の放火を行った凶悪犯です。
 人が亡くなったこともあります。
 そんな人が捕まって、本当に良かったと思います。
 思い出したくないですけど、ここに書きとめておく。
 その犯人の顔写真がテレビに出た時のことです。
 その犯人の顔が血を浴びたように真っ赤でした。
 持ってた茶碗を落とすほど、驚きました。
 勿論、そのことを父さんや母さんや弟に言ったんだけど、
 普通の写真だって言われました。
 血なんてどこにもかかってないとも言っています。
 もう一度見たんだけど、やはり真っ赤です。
 気持ち悪くなって、ご飯を残して部屋に戻りました。
 今でもまだ、血塗れの顔が浮かんできます。
 もう、何にもやりたくない。
 今日は、もう寝ます。
 それと、母さんが言ってたけど、
 また近所で小学生が殺されたそうです。
 今回は目撃者がいて、犯人が高校生みたいだったと言ってた。
 でも、それどころではないので聞き流しました。

 8月4日 木曜日
 また、真っ赤でした。
 本当はテレビなんて見る気がなかったんだけど、
 ついてた以上は見ないわけにはいかないんだよね。
 今日は九州のほうで親を殺した大学生のニュースが映ってた。
 その犯人もやはり、血みどろだった。
 昨日と同じように他の人には見えてない。
 もう、嫌になる。
 また、食事が終わり次第、部屋に篭ってました。
 そして考えてみた。
 なぜ、赤いのか。
 一つ、一つだけ案が浮かんだ。
 あの血のような赤は“罪”じゃないのかと。
 テレビで見た2人は犯罪者。
 それに、私が見た赤い点。
 あれももしかしたら、蛙を潰した“罪”なのかも。
 そうだとしたら、血の広がりは罪の大きさ。
 だから、犯罪者は血塗れで、私は斑点程度にしかならなかった。
 それに、小さなことだからすぐに消えてしまった。
 そう考えれば一応納得はいく。
 でも信じられない。
 これは夢なんかじゃない。
 現実なのに。
 嘘であって欲しい。

 8月5日 金曜日
 今日は気分転換に外を歩くことにした。
 血塗れの人を見てて、気がおかしくなりそう。
 だけど、それも失敗だった。
 人とすれ違うたびに、僅かだけど、
 血の染みのような物が、顔や手についてた。
 全然気分転換にならない。
 でも、折角なので商店街まで行ってきた。
 こんな暑いというのに、結構人がいた。
 そこで偶然にも友達に出会った。
 鷹介君っていう、うちのクラスの子。
 でも、話すことはなかった。
 だって、その子
 ――血 塗 れ だったから。
 付いてるっていう感じじゃなくて、もう、滴り落ちるよう。
 まるでバケツに入った血をかぶったみたいだった
 私は思わず叫びそうだった。
 なんとか、堪えて叫ばなかったけど。
 幸い、向こうにもばれてなかったみたい。
 やはり、他の人も見えてないから、罪が見えたのかもしれない。
 それと同時にあることが浮かんだ。
 近所で起こった“殺人事件”。
 学生みたい、っていう情報があるからもしかしたら、と思った。
 でも、本当かわからない。
 なにせ、確信がない。
 なので、そのまま引き返してきた。
 あのまま、あそこにいたって何も出来ることはないから。
 でも、どうしよう。
 あの事件とは関係ないにしても、なにかしらやっているには違いない。
 見てしまった以上、見ないふりは出来ない。
 明日、彼を追ってみることにする。
 万が一のことがあるかもしれないので、
 この日記を机の上に出しておく。
 本当に念のためだ。
 何にもないことを祈る。

 追記
 夜のニュースで3人目の被害者が出たそうだ。

 2

 微かに、白く濁った部屋。それは霧とか神秘的な物ではなく、もっと人工的なものが作り出した淡い幻想だ。
 つまり、タバコの煙だ。
 部屋にいる5人、全員がタバコを吸っているにも拘らず、部屋を換気しないからである。ただ、エアコンが効いているこの部屋に、うざったい灼熱の空気を混ぜたいと思わないからである。いまや、この部屋は、忌々しい夏から離れた一種の天国でもあるが、同時に肺癌にもなりやすい危険な状態にもある。
 蛍光灯は付いているものの、すでに夕暮れとなってしまったこの時間帯では、暗くさえ感じられる。ブラインドから漏れるオレンジ色の光も虚しいだけだ。なによりも、人々の体から明るさが見出せないということもある。
 この部屋にいる誰もが疲れ切っていた。何しろ、休みなく事件ばかり追いかけているものだから、憔悴しないわけがない。いつノイローゼになるかもわからない。
 それも、“警察官”という職業を選んだ代償だ。恨むことも憎むことも出来ない。それが、自分の決断であるから。
 だが、ストレスは溜まっている。換気しない部屋も、暗い雰囲気も、そのストレスが作り上げている物だと誰もが確信している。
 現在、そのストレスの原因となっているのは、最近、市内で起こっている小学生連続殺人事件だ。今のところ7日の間で3件の事件が起こってる。その三つともが暗い路地裏や、倉庫のような人目の付かないところで発生している。死因はどれも鋭い刃物による惨殺。被害者は皆、ガムテープやロープなどで縛られ、暴行を加えた後、ナイフのようなもので心臓を一突きされている。体のいたるところに痣や切り傷が見つかっており、拷問のような形で暴行を受けた物と考えられている。非常に残虐的な事件として、急速に捜索を進めている。目撃者の証言によると高校生らしい子供が現場から去ったという事だったが、なにせ曖昧であるため、真偽は不明。そのため、捜査は非常に困難で、暫く、事件の捜査は停滞していた。
 そのため、この部屋にいる者は寝る間も惜しんで捜査を進めているというわけだ。
 突然ドアが解き放たれる。
 全員、熱気が入ることに舌打ちをしたが、入ってくる上司の人物の顔を見て一瞬で顔を伏せた。
 「鬼束警部!」足を机に乗せていた部下の 瑪瑙 靖明 (メノウ ヤスアキ) が足を下ろし立ち上がる。ついでにタバコの火を灰皿に押し付ける。
 しかめっ面の 鬼束 巡 (キソク ジュン) 警部はさらに顔を渋くさせる。その顔をみて、部下は顔を曇らせる。
 「日記は見たか?」鬼束は低い声で話す。
 「え、あぁ、見ましたよ」そう言って瑪瑙は今読んでいた日記を手に取り、パラパラと捲る。「えっと、8月5日、3日前ですね、丁度失踪の前日までです」
 「そうか」
 「しかし、不思議な日記ですね。“見えない血”が見えるなんて。本当なんですかね」瑪瑙は顔を綻ばせながら言う。「しかし、これで事件は解決したもんですね。この“引野 鷹介(インノ ヨウスケ)”という子が犯人ということで」
 「ああ、多分そうだろ」
 「で、その本人はどうですか?」
 「自宅を訪ねたが、行方不明だと。2日前から帰ってないそうだ」
 「ほぉ、逃亡ですかね」
 「そうかもな」
 「この日記の持ち主の“淵本 眸(ふちもと ひとみ)”は見つかったんですか?」
 「ああ、見つかった」
 「どこでですか?」
 「ついさっき、捜索班から、港の大きな倉庫で見つかったと連絡が入った。滅多に使わない倉庫だそうで、漁師たちも見つけられなかったそうだ」
 「眸は・・・」
 「・・・死体で・・・発見されたそうだ」
 「そう・・・ですか。やはり」少し声が小さくなる。「まぁ、でも、これで肩の荷が一つ減りますね。ここんとこ働き尽くしですから」無理に笑ってみせる。
 「まぁ、そうだな・・・」
 「どうかしたんですか?まだ、なんかあるんですか?」瑪瑙はめんどくさそうに顔を歪める。
 「日記の続きを読んでみろ」
 「えっ、まだ、続きがあるんですか?だって失踪した日に日記なんて・・・」
 「いいから」鬼束は口調を強くする。「読んでみろ」
 「わ、わかりました」瑪瑙は威圧感に負け、再び日記を手にする。

 3

 8月6日 土曜日
 今日は朝から鷹介君の家の前に張り込み。
 一応、目立たない格好で来たし、私だってわからないと思う。
 3時間程たったけど、鷹介君は出てこない。
 日差しがきつい。
 快晴というのが、いらついてくる。
 だけど、そのすぐ後に大きな声が聞こえて、鷹介君が飛び出してきた。
 私もすぐに後を追う。
 足が速いので、速さの調節が難しい。
 昨日来た商店街に着く。
 彼は私から数十メートル前にいる。
 彼が急に立ち止まったので、私も物陰に隠れる。
 彼は誰かと話してるようだ。
 相手は女の子。
 どうやら、小学生のようだ。
 何を話してるかはここまで聞こえない。
 鷹介君が歩き出す。
 女の子も彼に手を引かれて歩いてゆく。
 私もすかさず追いかける。
 ついたのは港の倉庫だ。
 2人ともその中に入っていく。
 私は扉のところに立った。
 そっと中を覗く。
 鷹介君が女の子を張り倒すのが丁度見えた。
 ひるんだ女の子を彼が縄で縛り付ける。
 口にもガムテープをつける。
 目隠しもされる。
 女の子の悲しそうな顔と声が痛い。
 彼が女の子を殴りつけた。
 女の子が吹っ飛ぶ。
 私はつい、口に手を当て、悲鳴を上げてしまった。
 鷹介君がこっちを見た。
 血走った目。
 見つかった。
 私は走り出した。
 走って走って走った。
 足が震えた。
 そのせいで、躓いてしまった。
 足が震えて立てない。
 怖がっている。
 突然体を蹴られた。
 追いつかれた。
 彼は私の襟を掴んで引きずる。
 私も抵抗するが、離れない。
 倉庫の中に放り込まれる。
 縄で縛られ、口にはガムテープが張られる。
 布を目にかぶされる。
 動けない。
 女の子の呻き声が聞こえる。
 私は後回しらしい。
 殴られる音。
 呻く声。
 倒れる音。
 歩く音。
 また殴る音。
 また呻く声。
 殴る。
 殴る。
 殴る。
 一旦、静かになる。
 また、呻き声。
 いや、篭った叫び声。
 そして、水の垂れる音。
 呻き声は一段と強くなる。
 そして、差すような音。
 また呻き声。
 次第に弱くなり、消える。
 静寂が訪れる。
 雫が落ちる音が響く。
 歩く音。
 だんだん大きくなる。
 背中に激痛。
 転がる。
 蹴られた。
 また足音。
 今度は襟を掴まれる。
 顔を殴られる。
 何度も。
 何度も。
 何度も。
 投げ飛ばされる。
 床に当たって、呻く。
 体中が痛い。
 また足音。
 腕に激痛。
 斬られた。
 ナイフのようだ。
 手。
 指。
 足。
 肩。
 頬。
 腹。
 胸。
 次々と斬られる。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。

 4

 「何ですか?これ」読み終えたときには手が震えていた。「何ですか?」もう一度呟いていた。
 「俺が聞きたい」冷静に鬼束が答える。
 「誰が書いたんですか?これ。被害者が書いたわけがない!」叫ぶように言う。
 その声に部屋にいた全員がこっちを向いた。
 「その通りだ」
 「この日記はどこにあったんですか?一体誰が?誰が書いたんですか?」日記を見せ付けるように差し出す。
 「被害者の机の上だ。誰が書いたかはわからない。なにしろ、被害者の失踪後、被害者の部屋に入った者はいないそうだ」
 「じゃあ、おかしいじゃないですか!この日記に触らないでどうやってこれを書くんですか?」日記を机に叩きつける。
 「とりあえず、少し落ち着け」
 「これが落ち着いていられますか!侮辱ですよ!名誉毀損ですよ!ふざけてます!許せません!」
 「とにかく、落ち着け。もしかしたら、共犯者がいるかもしれない」
 「えぇ、絶対いますよ!」
 「現場、行くか?」
 「行きますよ!行ってやりますよ!これを書いた奴を逮捕してみせる!」そう言ってコートを羽織る。
 「まずは落ち着け。タバコいるか?」鬼束はタバコの箱を差し出す。
 「いえ、自分のでいいです」そう言って「警部、早く行きましょう!」
 「あいよ」
 扉が開かれ、そして再び閉まる。
 部屋は静寂な空間に戻される。
 顔を上げた刑事たちも再び顔を伏せ、作業を続行する。
 ドアを開けたせいか、少しだけ煙が薄まったような気もする。
 暗い雰囲気も、部下の口調に明るさを取り戻したかもしれない。
 あくまで、かもしれない、だ。
 机に置かれた日記は、何も語ることはない。
 それでも、 これは重要な奇跡の一片をここに残した。
 それはパズルの一ピースのように、
 小さな欠片でありながら、必要不可欠な大きな存在だ。
 風に吹かれたわけでもないのに、
 ましてや、風が入る余地もないのに。
 青い表紙の日記のページが、
 音もなく、捲れ上がる。

 5

 日も沈みかけてきた。
 オレンジに黒を混ぜたような、暗い色に染まる。
 倉庫は比較的、日のあたらない場所に立っているため、中はかなり暗かった。微かにオレンジ色に輝くものの、蜉蝣のようにすぐに死んでしまいそうだった。そのため、いたるところに照明が設置されており、無機質な光が倉庫中を照らしている。
 倉庫の中では数人の鑑識係が作業を進めている。
 「これは血・・・ですか?」瑪瑙は思わず呟いた。
 その声に気がついた白髪の鑑識の一人が「そうですよ」と短く答える。そして、鬼束のほうを向いて「あぁ、鬼束警部でしたか」と言ってつけている眼鏡を触る。
 「棚沢さん、どうだ?調子は」鬼束が尋ねる。
 「順調ですよ。不明な点も多いですが」 棚沢 知徳 (タナザワ トモノリ) は感情の見られない声で言う。
 「それにしたって、これはないでしょ」瑪瑙は首を振る。
 「そんな事言ったって、付いてるもんはしょうがないでしょ」感傷的な瑪瑙に対して、冷たい答えが返ってくる。
 「・・・そうですよね。しかし、これは驚きますよ。普通に」
 「まぁな」鬼束もその意見には同意する。
 2人の目の前の照明。その先を照らすのは倉庫の壁だった。
 なぜそこに照明が当てられたのかと言うと、壁一面が真っ赤に染まっていたからだ。
 飛び散ったにしては、あまりにも不自然な量であった。
 よく見ると、照明の当たってない天井にもその痕は付いており、光加減のせいか、穴が開いたようにどす黒く変化している。
 「トラックに轢かれてもこんなに血は飛び散りませんよ。いったい何があったんでしょうねぇ」棚沢はそうコメントする。
 「これは、いったい誰の血なんですか?」瑪瑙は堪らず尋ねる。
 「さぁね、サンプルがないからなんとも。少なくともここにいた女の子2人じゃないな」
 「女の子?被害者ですか?」
 「そうだね。一人はあんたらからもらった写真の子だよ。眸って子だっけかな」鬼束のほうを指差して言う。「2人とも酷いもんだよ。体中に痣や切り傷が出来ててさ。相当苦しんだんだろうね」淡々の棚沢が話す。
 「警部、鷹介の血ってことはないですか?」
 「ありえんだろ」はっきりと言う。「誰が殺したって言うんだ」
 「では、共犯者がいるってことですかね?」
 「その可能性もあるな。だが、まずは誰が死んだのかわからないとな」
 「そうそう、言い忘れてた」棚沢が割り込む。「この血の持ち主らしい死体も見つかっているんだ」
 一瞬二人の動きが止まる。呆れたというか、もっと早く言えというか、そんな気分だ。
 「すまんな。もう、年だもんで」そうは言っているが、顔は笑っていない。「それに上等な死体とは言えないしな」
 「死体に上等も下等もあるか」鬼束が冷たく言う。
 「原型を留めてないのよ。バラバラっていう酷さじゃないね。」
 また、二人の動きが止まる。
 「・・・どんな風なんですか?」瑪瑙が恐る恐る尋ねる。
 「豚の細切れと並べても見分けが付かない。酷いもんだ」内容とは裏腹に、棚沢はまるで当たり前のように言う。
 瑪瑙は想像しようといていた頭脳を首を振って取り除く。
 「もちろん、肉は全部運んでもらったから、もうなにもないよ」気を利かせたのか、そう付け足す。
 「そうですか」瑪瑙は相槌を打つが、自然と暗い声になっていた。
 「そうそう、ひとつ気になる物があるんだっけ」棚沢は後ろを振り向く。「おい、誰かあの写真持ってきてくれ」棚沢は後ろの若い鑑識を呼び、一枚の写真を受け取る。
 「こいつなんだが、これが奇妙なもんなんだ」
 鬼束はその写真を受け取る。瑪瑙はその後ろから覗き見る。
 写真には白と赤の混じった背景に、赤い玉のような物が二つ。背景はこの倉庫の床だろうと思う。血が写っているのが生々しい。しかし、この赤い玉のほうは何なのか見当も付かない。血をかぶって赤いのか、元々赤いのかの区別も付かない。両方とも、赤の中に黒い点が一つだけ入っているのがなんとかわかる。
 「何ですかこれ?ビリヤードの玉とか?」冗談交じりで瑪瑙が尋ねる。
 「そんなに大きくないさ」棚沢は言う。「こいつは人間の眼球だ」
 「は?」何でそんな物見せるんですか、という言葉を無理やり飲み込んで「じゃあ、あの・・・」と言いながら真っ赤に染まった壁を指差す。
 「いいや、そっちじゃない。そっちのは肉塊の中にあった」口をへの字にして言う。「こいつは被害者のほうだ」
 どっちも被害者ですよ、と言いかけた。
 「どっちのですか」
 「眸って女の子のほうだ」
 「で、これが何で重要なんだ?」鬼束が低い声で言う。
 「殺され方が酷いから、てっきり抉(えぐ)り取られたのかと思ったんだ」
 「違うんですか?」
 「違う。こいつは自然に抜け落ちたもんだ」
 「は?」また同じ語を発してしまった。
 「殺される後か前かははっきりしないが、人間の手によってとられたもんじゃない。リンゴが木から落ちるように、眼球をつなぐ繊維がぷっつりと千切れている。そんで重力に逆らえずに抜け落ちたんだろ」
 「そんなことがありえるんですか?」
 「ありえないだろ。日常で目玉が落ちた奴を見たことがあるか?」
 「そ、そりゃあ、ないですよ」瑪瑙がたじろいで言う。
 「こいつは血の中に落ちてたのか?」鬼束が言う。
 「ああ、だけどこの赤いのは血じゃないよ」
 「ん?」鬼束が顔をしかめる。
 「地から赤いんだ、これ。上から血がかかったんじゃない」
 「どういうことですか?何でそんなことが・・・」
 「さぁな。今解剖に出してるからな。その内、結果が返ってくるだろ」
 「そ、そうですね」
 「まぁ、おかしな所はこんなところかな。後はいたって平常」
 これで平常と言うのも、かなりおかしいものだ。
 2人とも腕を組んで考え始める。
 棚沢は話が終わったので、また作業に戻っている。
 眸の日記。
 罪が血に見える眼。
 4件の猟奇的連続殺人事件。
 書けない筈の日付。
 行方不明の犯人。
 共犯者の存在。
 身元不明の悲惨なバラバラ死体。
 そして抜け落ちた真っ赤な眼球。
 一見、普通の事件にも見えるが、証明出来ない不可解な現象も起きている。
 こうやって現場に乗り込んだものの、やはり、事件の迷宮を複雑にするだけだった。
 一筋縄ではいかないことは確かだった。
 無駄骨とまではいかないが。
 しかし、ただ一つだけ言えることはある。
 それは、
 今夜も徹夜は避けられないということだ。
 明日死んでないことを祈ろう。

 6

 「お婆さん、すみません」
 「はい?」
 「これ、買いたいんですけど・・・」
 「はいはい、どれどれ」
 「これです、この黒いノート」
 「あぁ、それを買うのかい」
 「幾らですか?」
 「830円ですよ」
 「え、そんな高いんですか」
 「えぇ、それはちょっと特殊な物で」
 「特殊?」
 「えぇ」
 「どんな風にですか?」
 「そのノートはね、書いた事が実際に起こる不思議なノートなんだ」
 「・・・?」
 「そぉねぇ、例えば、あなたがそのノートに『100円拾う』と書けば、必ず次の日に100円を拾える」
 「冗談ですか?嘘みたいな話ですね」
 「本当さ。実際にうちの爺さんが使ってましたからねぇ」
 「本当ですか?」
 「えぇ、爺さんなんて趣味ばかりに使って『高価な壷が手に入る』だとか、骨董品ばかりに使ったからね」
 「へぇ、そうなんですか」
 「信じるのかい?」
 「不思議ですけど、面白そうだし」
 「そうかい。でも、色々と気をつけなさいよ」
 「何をですか?」
 「例えば、その本にいくら有り得ない事を書いても、本当に起こるのよ」
 「へぇ」
 「昔、爺さんがふざけ半分で空から飴玉が降るって書いたら本当に降ってきたのよ」
 「・・・本当ですか、それ?」
 「本当よ。年老いても記憶は確かよ」
 「でも、種はあるんでしょ」
 「ええ、なんでも駄菓子屋の飴を子供がふざけて投げたとか投げないとか」
 「な〜んだ」
 「でも、まだ不思議なことはあるわよ」
 「どんなことですか?」
 「その本は書いた内容が、関係ある人間の日記にも自動的に書かれるのよ」
 「?」
 「つまりね、友達の誰々が何かをしたってその日記に書くと、そのことが友達の持っている日記にも自動的に書かれちゃうのよ」
 「変わってますね」
 「だからね、昔、その日記を使って人を殺した人がいるんだけど・・・」
 「うん」
 「その人、簡単につかまっちゃったのよ」
 「どうやったんですか?」
 「自殺させたみたいなの。ビルから飛び降りさせて」
 「じゃあ、自殺させることを自分の名前を入れて書いちゃったんですか?」
 「ええ、そうよ」
 「なるほどね」
 「だから、使うときは必ず、自分のことを書きなさいよ」
 「わかりました」
 「それと、悪事には使わないこと」
 「大丈夫です」
 「もし、何か聞きたいことがあったらいつでもここにおいで」
 「わっかりました。うまく使わせてもらいます」
 「うふふ、元気なお嬢ちゃんだね。なんて名前だい?」
 「外池、外池綾歌です」
 「アヤカちゃん、いい名前ね」
 「私のお気に入りです」
 「じゃあ、また会いましょ」
 「えぇ、ありがとうございました」

 開きかかった窓の外はオレンジ色に輝いている。
 この窓は丁度真西を向いており、沈み行く太陽をはっきりと捕らえていた。
 部屋の中は明かりをつけていないため、オレンジ色の光が唯一の光源であった。
 僅かに風があるようで、逆光となった黒いカーテンが揺らめいている。
 外池綾歌は窓の隣に配置した勉強机に肘を乗せ、手のひらに顎を乗せるような体形で、窓の外をぼんやりと眺めていた。
 机の上には例の黒いノートが真っ白なページを曝け出しておいてある。
 太陽を眺めていたが、綺麗だとかという感想を持つこともなく、脳内では骨董品屋に行ったときのことを思い出していた。
 そして、店の主人であるお婆さんとの会話を一字一句逃さずに記憶の引き出しから抜き出していた。
 ―― 書いた内容が必ず起こる、予期ノート。
 買った翌日から使い始め、その効果は驚くほどに確かであった。半信半疑でふざけ半分だった綾歌には、これほど衝撃を受けた物はなかった。
 そして、使いこなせるようになった頃、つまり夏休みの直前の頃のこと。ある感情が心を埋め尽くしつつあった。
 ―― 犯 罪 へ の 利 用。
 その感情を、私はすんなりと受け入れた。躊躇いが垣間見ることはなかった。
 そして、その対象に選ばれたのが 淵本眸 だった。
 彼女と成見は同じ中学から来た親友だった。高校も一緒になったために、3人でよく遊ぶことが多かった。
 しかし、高校に入って、眸だけが変わってきた。彼氏が出来たせいか、私たちに対して傲慢な性格が内側から滲み出てきた。更には、甘い声を使って男どもを誘惑する方法を身に着けたために、周りからうざがられるようになった。
 私もそれに便乗して、眸と遊びたいとは思わなくなっていった。しかし、結局、眸のほうからじゃれあってくるために、なかなかその仲が改善されることはなかった。
 塩崎 成見 にそのことを言ってみたが、成見は天然と言うか、少しネジの抜けたところがあり、「そうなの?」という答えが返ってきた。だからと言って、「じゃあ、私も気にしないようにしよう」とはいかず、やはり眸は許せないままだった。
 ―― そしてこのノートを手に入れた。
 出来る限り、警察の捜査を困難にするために、できるだけ現実味がなく、かつ残虐な殺し方をさせることにした。自殺では芸がないと思ったのかもしれない。
 犯人を 引野鷹介 にすることもその時に決めた。
 鷹介は普段から性格暗く、薬でも使っているかのように顔色が悪い。普通なら真っ先にイジメの対象になる男だが、あの細い体からは予想出来ないほど、喧嘩が強かった。
 その暗さと強さのおかげで、鷹介に近づく人間など皆無に近かった。
 もっとも、犯人役に仕立てる大きな要因は家族関係にあった。彼は家族に暴力を振るい、家族からも一目置かれているような人間だという噂も立っていた。
 実際、彼の母親に偶然会ってしまった時、体中に痣があるのを見てしまった。
 危険な人物であるからこそ、犯人役にすることにも躊躇いはなかった。
 そして3日前、眸が殺された・・・はずである。
 いまだに死体が見つかったというニュースはまだ、耳に入ってこない。
 だが、今まで使ってきたノートの効果からして、起こらないことはないはず。
 ただ一つ。ただ一つだけ気がかりなことを残して。
 「赤眼・・・か」綾歌はふと、独り言を漏らす。
 これだけは本当に存在するのか、自信がなかった。
 なにしろ、ふざけ半分でやりすぎた。それ故に現実離れしすぎて、逆に不安であった。
 しかし、赤眼いなくともきっと眸がいなくなったことには変わりないだろう。
 綾歌はもう一度日記に目を移す。
 今まで書いてきた軌跡を再び読み返していく。
 不自然さが残らないように他人の日記を書くと言うのはとても困難だった。
 4年も付き合った仲であっても、知り尽くしたわけではないからだ。
 もしかしたら、別の誰が書いたってことに気がつくかもしれない。
 でも、それでいい。
 当初の目的は果たした。
 罪悪感はない。
 むしろ、眸を殺したなんて実感などない。
 自分が書いた小説の登場人物を殺したように、死ななければならなかった存在に等しいのだ。
 そうすることで物語が熱身を帯びる。
 結局、これは私が作った逸話に過ぎない。
 そんな気分だ。
 「綾歌〜。ご飯よ〜」1階から母の声がする。
 「今行く〜」私は気分とは裏腹な、明るく返事をして立ち上がる。
 綾歌がドアを閉めると同時に、部屋の中は更に暗くなった気もする。
 ミンミン鳴く蝉の声が、いまや定着してきた。
 綾歌はノートを仕舞い忘れていた。
 それは必然か偶然かはわからない。
 しかしその時、風が吹き、日記のページを捲り始める。
 物語の舞台は終局から序曲へ。
 そして、序曲の更にその前のページへ。
 そこで、風はピタリと止んだ。
 そこにはパズルの最後のピースが記されていた。

 『赤眼』
 姿の見えない魔物。
 人間に憑依して能力を与える。
 罪が血として見える能力を授かる。
 罪が重いほど、憑依者の目には濃く、大量の血が見える。
 憑依者は『赤眼』に憑依された事に気がつかない。
 憑依した瞬間は昏睡状態が起こり、数十分間気絶するが、命に別状はない。
 幾日か経過すると、目に激痛が走る。
 それが直ったと同時に、『赤眼』の能力を授かる。
 憑依が解除されるのは、憑依者が死んだ場合のみ。
 自殺、自然死、事故死の場合はそのまま憑依を解除し、次の宿り主を探す。
 ただ、解除する前に憑依者の目を赤く染め、眼球を切り離してから去る。
 殺害された場合、眼球を離す点は同じであるが、
 そのかわり、殺人者をバラバラに解体してから次の宿り主の元に行く。
 解体された殺人者は、見るも無残な肉塊に変貌を遂げる。
 そして、それが永遠に繰り返される。
 まず最初の憑依対象は 淵本 眸。
 眸が海に行った日に、眸に憑依する。

 8 エピローグ

 塩崎 成見は自宅で夕御飯を食べていた。
 父と母、そして中学1年の弟と私が長方形の机を囲んで多様に端を動かしている。
 今日のメニューは母特製のコロッケ。中に入っているタルタルソースがなんともいえない味を作り出す。
 私は食べるのに夢中で言葉を発するの忘れていた。そのかわり、弟がいつもの2倍ほど話しているので、結局はいつもと同じである。
 話題と言えば、大体は今日の出来事が主である。例を挙げるなら、学校での友達の話や授業意の内容などなど。その日のニュースについての話も上がる。
 しかし、今日は夏休みであるため、遊んだことが主である。
 どうやら、弟は同級生5人と共に近くの川に魚を釣りに行ったようだ。
 詳しい内容は、ある人の釣竿に魚がかかったようだが、石に躓いて逃がしてしまったことや、緑色の藻をかき集めボールにして投げ合って、ある人の口に入ってしまい死にそうになった話など。ついつい噴出してしまうような話で盛り上がっていた。
 弟の話を聞いていると、私も眸と綾歌の2人に会いたくなる。今頃どうしているかなぁ。
 暫く風邪らしいもので寝込んでて、2人に会ってないかなぁ。
 そんな中、テレビは、このほのぼのとした雰囲気とは裏腹のニュースばかりが流れている。
 例えば、首脳会談についての話であったり、詐欺についての話であったり、景気についての話であったり。最近おきた殺人事件のことも報道されている。
 そんなことを思ったとき、丁度その殺人事件のニュースが入ってきた。
 『今日の4時ごろ、〇〇町の埠頭の倉庫で死体が発見されました。警察は被害の状況から、一連の連続猟奇殺人事件として捜査を進めています』無機質なアナウンサーの声が響く。
 「あら、いやだ。また殺人事件?」母が唸る。
 「ホント、早く解決して欲しいわよねぇ、これ」私も同意する。
 4人の目線はテレビへと向いている。まるで時間が止まったように箸が動きをとめる。
 『殺されたのは地元〇〇町に住む、久坂 利奈(クサカ リナ)ちゃん9歳と、同じく〇〇町にすむ 淵本 眸 さん16歳の2人。なお、現場にはもう一人、別の人間の血が発見され・・・』
 カランと音が響く。最初、それが私の箸が落ちた音だとは気がつかなかった。
 血の気が体中から引くのが微かに感じさせる。
 「・・・眸ちゃんって・・・あの眸ちゃん?」母の弱々しい声が放たれる。
 私はは何とか声を出そうと唾を飲み込む。
 「・・・そ、そんなわけないじゃない。・・・きっと、同じ名前なのよ。きっと」
 声が震えていた。
 口では違うと言いながら心では本人じゃないかと疑っている。
 それでも、頭脳ではそうじゃない、そうじゃないと何度も繰り返し叫んでいる。
 『なお、今回の捜査で一連の事件の犯人が警察によって、明らかとなりました。犯人は同じく〇〇町に住む 引野 鷹介君16歳であり、現在指名手配中です』鷹介の顔写真がテレビ映し出された。『なお、被害者の眸さんと犯人は同じ高校の同級生であり、何らかの関係があるとして・・・』
 「きゃっ」私は叫びながら立ち上がっていた。椅子が倒れて大きな音を立てる。弟が体を震わせるのが見えた。
 「この、鷹介君も、あんたの同級生じゃ・・・」
 私は返事が出来ない。
 信じられない出来事が続き、完全に混乱に陥っていた。
 頭を抑え、顔に手を当て、泣き叫ぶのを必死で我慢する。
 「成見、落ち着け」父の優しい声が幻聴のように聞こえる。
 落ち着け、落ち着け、落ち着け。
 頭の中でエコーする。
 しかし、心はいつになっても落ち着かない。
 「成見、とりあえず、席に着きましょ、ね」母の震えた声。
 しかし、やはり返事が出来ない。
 私はまた唾を飲み込もうとしたが、すでに口の中はカラカラだった。
 何とか、一度だけ飲み込み、その直後にこう、呟いた。
 「・・・鷹介君の写真が・・・血塗れ・・・」

 終


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後書き

 第7作目の短編となる『赤眼DIARY』。相変わらず暗い話に仕上がりました。日記形式で書くと言うのも難しい物です。今回はいつもより登場人物が少し多いです。だから、少し混ざったりするかも。

 本当はもっと簡単な話だったのを、それじゃあ、面白くないと思いたって、複雑になっていきました。書き上げる途中、文章のつながりが支離滅裂になってしまい、後悔を断念しようかなんて思ったが、何とか形になりました。
 ネタばれとなりますが↓
 実際には赤眼は海で突然登場する予定でした。つまり、何者かの怨念が赤眼へと形を変え、人々に憑依をしていくと言う話でした。しかし、さっきも言ったように、これでは単純の上に何にも悩むことも考えることもないわけです。ですから、赤眼を故意に作られた存在であるようにし、更に、予期ノートの複雑な設定を組むことで混沌とした舞台を作り上げられました。そして、それを殺人に使うことも苦し紛れに出た内容でした。もう、使えませんね。

 で、全く関係ない話ですが、風呂に入っている時がアイデアを考えやすいということが最近判明しました。本当に突拍子もありませんね。おかしな話かもしれませんが、日常生活ではあまりネタを考えようとは思いません。というのも、他の事に頭を使っていてとても考えられた物ではないからです。なら、学校の休み時間にでも考えたら、という人もいるかもしれませんが、自分はしません。読書します。
 色々理由はあるんですが、頭だけを使って体は何もしないというが嫌いなのです。つまり、机に座りながらぼんやりネタを考えるのは嫌いなのです。体面を気にしすぎなだけです。体を動かさずに考えていると、周りの人間に何を考えているのだろう、とか思われていそうな気がするのです。だから、読書します。自意識過剰すぎですね。すみません。
 というわけで、風呂に入っている時は@リラックスできるA一人B集中できるという理由より、ネタが思いつきやすいのです。
 後はマラソンをしている時など。走っている時っていうのは頭が暇になるので、曲を流していたり、ネタを考えたりしてました。

 こうゆうことは日記にでも書けって言われそうですね。
 しかし、最近有名な作家の後書きを読んでいて、作品の内容には触れないほうがいい、という指摘が書かれていました。だから、もし、作品の内容に触れないんだったら何を書けばいいかを考えたわけです。そして、結果が小説に関係する話題でも書こう、と言うことになりました。(結局作品の内容にも触れてはいるんですが・・・)
 というわけで、次回もこのような後書きで行きたいと思います。
 後書きでも楽しめるような作品に仕上がるように、また努力していきたいです。

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