『人造人間は自分 Ver.Restart』

 1

 この世とは思えない風景。
 こんな言葉があっても、誰が口にするのかとよく考えたものだ。
 だが今になってやっとこの言葉の意味がわかった気がする。
 それは今の現状を説明するのに最も適切な言葉だろう。
 私は今、その「この世とは思えない風景」の中心に立っている。
 あの巨大なビルがただのコンクリートと化し、ドミノ倒しのように倒れている。
 道路は人すらもまともに歩けないほどに歪んでいる。
 所々には消えることにない真っ赤な炎が揺らめき、どす黒い煙を撒き散らしている。
 空は黒い雲に包まれ、赤と黒の世界が広がっている。
 その中心に立っている私にとって、全てがガラクタのように見えた。
 まるで子供が散らかしたおもちゃ。
 せっかく作ったのに壊してしまった、そんなおもちゃのように思えた。
 人は見当たらない。
 きっと皆、私の足元にいるのだろう。
 もしかしたらここには自分しかいないのかもしれない。
 死人より生きている人を数えたほうが早いと思うほど、
 この都市は終わりに近づいている。
 もうこの都市は復活出来ないであろう。
 主要都市が一つ消えた事で、人々の混乱は波紋のように広がるだろう。
 一体何が起こったのかと99%の人はこの光景を見て思うであろう。
 だが私は違う。
 私は事実を知る1%のうちの1人。
 否、もう私1人しかいない。
 他のみんなは空高く旅立った。
 この光景を作り上げたのはたった「一人の人間」だなんて、誰一人わからないであろう。
 いや、一機というべきかな。
 いまだに彼女と呼んでしまうのも、まだ捨てきれないのだろう。
 感情を持った物の事を。
 私の右手には拳銃が握られている。
 腰にも、後2丁はある。
 私の職業柄、最も無縁だったものだ。
 存在だけを知っていた程度だ。
 これさえ終われば、二度と手にすることはないだろう。
 これを使うことがせめてもの償い。
 そうでなければ、私はすでに消えている。
 誰よりも早く、私はこの世を去っている。
 それもまた、人類に対する償い。
 だがそれを選ばない。
 私1人死んでも何にもならないからだ。
 私のこの手で、種をまいた。
 災いの種を。
 それに自分のまいた種ぐらいぐらい、最後まで見届けたやりたい。
 いや、見届けるなんて甘いな。
 根絶やしにしなくては。
 それこそが私の償いにして、最後に出来る優しさだ。
 まるで保護者のような感情だ。
 なぜだろう。
 彼女はただのおもちゃなのに。
 彼女はただの操り人形なのに。
 なぜだろう。
 そういえば誰かが言っていた。
 僕の専門じゃない、と。
 これもきっとその類(たぐい)だろう。
 さて、
 そろそろ行くとするか。
 種の最後を、
 見届けに。

 2

 いつのことだったろうか。
 私の記念すべき日だった日は。
 ここにいると日付など関係なくなる。
 今日が何日で、今が昼なのか夜なのか。
 それすら判断すら出来ないほど、ここは封鎖的であった。
 しかし、その日は蒸し暑い日だった。
 それだけは今でもはっきり思い出せる。
 私はY科学研究所に勤めていた。
 私は科学者であったからだ。
 当たり前か。
 凡人がそんなところに行くわけない。
 私はその研究所の「自立型自動人形」の開発委員のリーダーだった。
 わかりやすく言えば人間のロボットだ。
 それを開発することが、私の入社した理由でもあった。
 リーダーに選ばれたのは今までの功績が、見事に適用されたからである。
 誰もが私がリーダーを務めることを賛成した。
 だからこそ、この研究に差支えがなかったともいえる。
 自分で言うのはどうも歯がゆいが、この研究所内で、私は天才的な存在だった。
 この研究を始める前、私は数々の商品を生み出した。
 例えを出すなら、人の操作なしでどこまで深くいける無人潜水艦。
 コックピットに人がいなくても目的地まで人を運ぶ飛行機など。
 とにかくいろいろ作ってきた。
 だが、私の作品には必ず一つの共通点がある。
 それは人を排除し、人の手のいらない機械ばかりである。
 私は昔から自動と言う言葉に憧れてきた。
 あれを誰かやってくれないか。
 それが勝手に動いてくれないか。
 そんなことばかり考えた。
 単に私が人一倍、めんどくさがりだったからであろう。
 私はやりたくない。
 誰かやってくれ。
 そういう考え方が、今につながったのであろう。
 結局、誰かがやらなければ終わらないという事を理解するだけの知能が足りなかっただけのことだ。
 それを理解したとき、初めて自分がその考えを解消できる唯一の存在だと思えた。
 だからこそ、自動的に物事を行う機械を作ろうと思った。
 そうして、今までやってきた。
 だが、それらは所詮、通過点に過ぎなかった。
 私の本当の夢は、既にその先にあった。
 私の夢は人間型の機械。
 すなわち、人造人間を作ることだった。
 人間型の機械を作ることは難しい。
 それは私の経験上、最大の難関であり、最大の壁であった。
 今までのとはレベルがあまりにも違いすぎる。
 人間型にする以上、あの複雑な人間の動きを完璧に再現にしなくてはならない。
 更には、複雑な自立思考回路、発音機能、表情など、課題はいくらでもあった。
 そうでもしなければ、人間の代わりにも何もならない。
 人間そのものを、全て機械で作り上げなければ意味がない。
 それこそ、ただの「似せた模倣品」になってしまう。
 私が作り上げたいのは、誰もが人間と認めるロボットだ。
 難しいことはわかりきっている。
 だからこそ私は挑もうとした。
 自己満足のためではなく、研究者として。
 そして科学者として挑みたかった。
 私もずいぶん変わった。
 全て自分のためだけにやってきたことが、結局は人のために役立とうという気持ちに変わってきた。
 だからこそ、科学者と言う立場で作りたくなった。
 それがいつのまにか夢になっていた。
 その夢がその日、叶うことになった。
 完璧ではないが、試作品と言う形で人間型のロボットを作り上げた。
 どうやって造ったかという疑問があるが、それは棚に上げておこう。
 専門的な話はしたくない。
 きっと、誰も理解出来やしない。
 冷蔵庫を使っている家庭で、冷蔵庫の原理を知っている人間はどれほどいるだろう。
 それと同じだ。
 だれも原理を知らずに使っているのだ。
 そんな話は不要だ。
 とにかくそのとき、彼女が完成した。
 名前は「始まり」と言う意味を用いて、

 ――「Alpha‐DM1 (アルファ‐ディーエムワン)」

 と名付けられた。
 長いという事と女性であることを考慮し、通称「ルファ」と呼んでいた。
 だが、誰が名付けたかまでは思い出せない。
 少なくとも私ではない。
 DMについても、何かの略称だった気がするが、もう忘れてしまった。
 第一、そんなことを気にする人などいないだろうと思う。
 名前など、所詮は修飾に過ぎない。
 私にとっても無意味なことだと思っていた。

 ルファは手伝いをしてもらうためのロボットだ。
 人間で言うと家政婦やメイドの役に当たる。
 私の設計は狂いなく、手伝いロボットとしての役割を果たした。
 思考能力は人並みにあり、自分で判断できるようにした。
 おかげでほとんどの家事を彼女がやってくれて、
 十分、商品として売り出すことも可能だった。
 だがそれだけでは不満であった。
 ただ手伝いをするだけでは物足りない。
 その最大の理由は、ルファに感情がなかったことだった。
 翻訳ソフトのように機械の口調で話されては、いくら彼女が人間の姿をしていても彼女を機械としか見ることが出来ない。
 これではわざわざ人間型にした意味がない。
 人間型にする以上、彼女が人間と思えるようにしなくてはならない。
 それこそが科学者の性(サガ)だ。
 私はそう思い立ち、研究に没頭した。
 その間、ルファは私の手伝いをしてくれたが、やはり人間の形をした機械としか見られなかった。
 そう思うたび、私は研究を早く進めようと思い込んだ。
 ロボットに感情をつけるという事は、人間の動きをさせるより、遥かに難しいことだった。
 私にとってこの心理学の分野は専門外であった。
 したがって、それの専門家に感情をプログラム化するよう依頼をすることとなった。
 私はその感情のデータをどうやって取り組むかを考えた。
 私はあらゆるデータを手に入れた。
 私はあらゆるやり方を考えた。
 私はあらゆる可能な範囲を考えた。
 ルファはその間、やはり棒読みの声を私に聞かせながら常に働いていた。
 人間の姿で機械の声というのは、やはり気味が悪いと何度も感じた。
 数ヵ月後、感情を取り込むソフトが完成した。
 私は早速、考え抜いた方法を試した。
 しかし、一度目は失敗した。
 ソフトと本体が拒絶を起こし、コンピューターが混乱を起こした。
 幸いルファは故障することはなかった。
 ここまでかなりの財産を賭けたロボットだ。
 そのためルファ一台しかない。
 やり直しは利かないのだ。
 私は再びあらゆる可能性を考えた。
 慎重に、そして徹底的に、全ての範囲を想定した。
 そして、再び一つの案が生まれた。
 私はすぐにルファに取り組んだ。
 実験は見事に成功した。
 彼女は感情を持つようになった。
 我々科学者全員が歓喜の声を上げた。
 姿は大人だが、声や口調はまるで少女のような響きがあった。
 彼女は暫く、私の家で様子を見ることになった。
 いつソフトと感情が反発しあうかわからない。
 そうなればまた一からやり直さなければらない。
 そんな心配が捨て切れなかった。
 それから数週間がたったが、ルファが狂うことはなかった。
 これは実験が完全に成功したことを意味する。
 私はルファに家で家事をやらせるようにして、仕事に行くようにした。
 既に設計図は全て研究所にあるため、ルファを研究所に連れて行くことは、まずないと思った。
 彼女が壊れなければ。
 もっと言えば、壊れることなど許されなかった。
 私が、誰からも期待を抱かれている私が作った物である以上、失敗は許されなかった。

 彼女は本当に優秀なロボットに仕上がった。
 記憶力から判断力まで、全てにおいて人並み以上の力を発揮した。
 さらに良かったと思える点は、彼女を女性として見たとき、彼女が人々の理想を貫いているという点であった。
 彼女の姿は誰もが振り向くような美人に仕立て上げた。
 感情についても、入れてよかったと評価している。
 感情を入れることで彼女を更に人間らしくなった。
 本当に彼女は綺麗に完成した。
 だが、それは所詮一般人の考え方だった。
 僕は結局、彼女を「私が作ったもの」としか見ていなかった。
 彼女を、ルファを私は人間と見ることが出来なかった。
 あれは、私が作り上げた機械だ、と。
 一般人だったら彼女を人間として見るかもしれない。
 だが、私は科学者だ。
 全てを論理的に考える人間だ。
 そんな頭脳が彼女を人間として排除した。
 彼女は所詮、私の手伝いをするためのロボットであると。
 それだけは変える事が出来なかった。
 これが限界か。
 私はそう思い彼女をこれ以上、改造・改善することをやめた。
 私は彼女を学会に発表した。
 誰もが驚きの声を上げた。
 私は再び、学会の光として輝いた。
 それからは私は彼女の量産を考えた。
 彼女に多大な費用をかけた。
 これを取り戻すには、やはり彼女を量産し、売り出すしか他になかった。
 これが吉となるか凶となるかは後にならなくてはわからない。
 少なくとも、彼女の量産が凶だと判明したのは数日後のことであり、
 それに気がついたときはもう、取り戻せない状況下にあったことは、紛れもない事実であった。

 3

 無機質な廊下。白一色に染められたなんとも味気ない通路だ。
 所々にドアが点々と設置されており、部屋の名前が書かれた色の違うプレートだけがひとつ、浮き出た存在だった。
 そこを歩く人間も誰もが白い白衣で、まるで色というものが存在しないかのように自然と着こなしている。
 私がこの中に入る前は夏の日差しが私を苦しめた。ただでさえ白い私の肌が日光に当たるのはかなりの拷問に近かった。
 だが今はそんな物を気にすることもない。日差しに当たることも、うるさい蝉の声も聞こえない。窓がない上に、防音性に優れた壁に囲まれているからだ。唯一光として存在しているのは、蜘蛛のように天井に取り付いている蛍光灯だけであった。
 持参した物以外の時計もなく、時計を持っていない者で時間の感覚が狂ってしまった人も数多い。私もそうだ。
 ただ、不便だと思ったことはない。研究するのに時間など気にするのは不要なのだ。没頭すれば没頭するほど研究とは進むものだ。時間にかまっている暇があれば研究に手を出したい。この研究所にはそんな人間ばかりが集まっている。誰も不満など口に出さないのだ。
 もし不満があるとしたら、ここに安らぎがないことぐらいなものだ。
 ここは完全に研究をするためだけの施設であり、研究を有利に進めるための機能しかついていない。よって、のんびりとくつろぐような場所には不向きなのだ。だからいくら研究をしたいからといっても、何年も留まるには非常に至難の業なのだ。誰もが自宅に一度帰ることを強要されることとなる。
 ここ一週間(と言っても不確定)はかなりハードに研究を繰り返していた。そのため自宅にいる時間が少なくなり、ルファの様子が気になる日々が続いた。
 多分、私は高をくくっていたのかもしれない。ルファが壊れないことに。そして自分の腕に。
 だから、心配になっても自宅に引き返す事はなかった。
 そんなある日のことだった。
 ルファの量産に関する研究が続き、施設に一週間(やはりこれも不確定)ほど閉じこもっていた時のことだ。
 私は助手達と共にルファの開発にいそしんでいた。
 もうすでに何体かのルファは完成していたが、売り出すとなるとその程度では足りなかった。そのため、私と助手はルファの開発に次々と時間を投資した。
 助手に任せればいいのだが、何しろ私しか出来ない作業も残されているため、私が欠けるわけには行かなかった。
 事件が起こったのは私が丁度細かな作業をしていた時のことだ。
 ルファがこの研究所に来たということだ。
 研究所内に入るためにはパスワードが必要なため、助手の一人が彼女を入れるかどうか、私に判断を仰いできた。
 用件は何かと聞くと“暫く家に帰ってこないから心配して、お弁当を届けに来た”と言う。
 私はそのことに喜んだ。
 彼女が人間らしく私を心配したと言うことが研究の成果を十分に発揮している証明となったからだ。
 私は助手に受け取ってくるように頼んで、また作業に戻った。
 暫くして私の元に弁当は届いた。
 ルファと一緒に。
 私は少なからず驚いた。
 何しろ、助手が受け取ってくるとばかり思っていたからだ。
 仕方がなく、私は作業を中断した。
 道具を置いて、彼女の元に歩み寄った。
 しかし、その足が彼女の元にいくことはなかった。
 微笑んでいた表情もカーテンがかかったように豹変した。
 引き金となったのは弁当が地に落ちる音。
 ルファは私の顔をじっと見ていた。
 否、私の後ろを凝視していた。
 そして、叫び声が上がった。
 そして私は気がついた。
 私の後ろにも彼女そっくりの人間が数体いることを。
 それからの記憶は曖昧だった。
 途切れ途切れで繋ぎ合わせたフィルムのように不鮮明だった。
 ただ、確実に入ってきた情報は、様々な感情が私の体を掠めていったということだ。
 まず最初に感じたのは動揺。
 続いて驚愕。
 震驚。
 混乱。
 狂気。
 恐怖。
 破滅。
 赤。
 恐竦。
 赤。
 戦慄
 赤。
 呆然。
 絶望。
 嫌悪。
 堕落。
 呪縛。
 殺意。
 放棄。
 後悔。
 叫喚。
 呻呼。
 攪乱。
 怨恨。
 劣等。
 悲哀。
 哀感。
 感情が入り混じって、自分がはちきれそうになった。
 暴走した感情を抑えられるほど、理性もすでに吹っ飛んでいた。
 そして、気がついたときには、私は瓦礫とともに立ちすくんでいた。
 この世とは思えない、あの大地の中心に。

 4

 私にとって有利であったのは、彼女が人間がベースであることだった。
 だから人間以上のことは出来ない。
 機械とはいえど、やたらと足が速いというわけでもなく、翼を持っているというわけでもない。
 したがって、あまり遠くに行くはずがない。
 ましてや、暴走した彼女に、遠くに行くなどという理性が残っているというのも考えにくかった。
 それを踏まえながら探し始めた。
 探している間、私は彼女のことを考えた。
 なぜあんなことが起きたのかを。
 あそこにいた全ての研究員が死んだ。
 否、この町全ての人が死んだ。
 私を除いて。
 この光景を作り出したのは紛れもなく彼女だ。
 そして、全ては私の責任だ。
 私のミスで彼女が暴走した。
 きっと、彼女の感情が強すぎた。
 いや、絶対だ。
 私の作った体が、極度の感情コントロールに耐えられなかった。
 強すぎた感情が彼女の体に傷をつくり、それを歪みに暴走したのであろう。
 彼女は、自分が複数いることを知ってしまった。
 自分が量産されることを知った。
 それによる感情の爆発、そして暴走。
 単純なことだ。
 なぜ気づいてやれなかったのか。
 なぜそこまで想定しなかったのか。
 もしかして、私は機械と接しすぎたからかもしれない。
 生身の人間から遠ざかっていたからかもしれない。
 自分が何人もいると知れば、誰もが狂ってしまうだろう。
 ルファもそうなった。
 もう戻れないのはわかっている。
 一度ついた傷は治らないことを知っている。
 彼女は機械であろうと、記憶装置の仕組みは人間とまったく同じ。
 そう簡単には消すことが出来ない。
 消えたとしても、彼女がやった痕跡を消すことは出来ない。
 だから壊すしかない。
 死んで逝った人間にとっても、
 私にとっても、
 そして、ルファのためにも。
 私の手で引き金を引かなくてはならない。
 もう、戻れはしない。
 彼女を“抹消”しなくては。

 5

 私の握った拳銃は彼女を捕らえている。
 ルファの体はズタボロ。
 暴れた代償だろう。
 崩れたビルの壁に寄り掛かり、私を見つめていた。
 否、もう目の焦点などあっていないかも知れない。
 彼女の顔は暗かった。
 ここがドミノ倒しの一角であることと、空が闇の雲に包まれていたからだ。
 それでも微かにともる光は、僕も彼女も平等に照らしていた。
 彼女の顔からは、感情のコントロールも表情の変化も見られない。
 あれだけ完璧だった表情が、いまやただの仮面だ。
 周りのビルの欠片のように、崩れ落ちてしまっている。
 彼女の顔は何も表していない。
 喜びも、
 悲しみも、
 怒りも。
 もう昔のルファではない。
 今目の前にいるのは、私が作った失敗作。
 ただの破壊兵器としか見れない。
 それさえわかれば、後はルファを壊すだけ。
 そう、引き金を引けばいい。
 なのに指が動かない。
 それどころか体が動かない。
 思考だけが機能している。
 これで終わりにするのに。
 これで全てを消すつもりなのに。
 動かない。
 なぜだ。
 なぜだ。
 動かない。
 全てを終わらせるんだろ?
 動けよ。
 この馬鹿。
 ルファがピクリと動いた。
 体が危機を感じ取った。
 咄嗟に発砲。
 しかし当たらない。
 なんだ。引けるじゃないか。
 ルファは右斜め前方に跳ぶ。
 すぐさま、焦点をあわせる。
 発砲。
 はずす。
 よし、撃てる。
 これならいける。
 彼女が向かってくる。
 殴る体制だ。
 ロックオン。
 これならかわせまい。
 発砲。
 しかしはずす。
 寸前のところで避けられる。
 彼女は右側。
 速い。
 間に合わない。
 後方へ跳ぶ。
 彼女の拳が床に直撃。
 風圧を感じる。
 破片が飛ぶ。
 額と頬に痛み。
 背中から落ちる。
 すぐさま起き上がる。
 額からの赤い液。
 気にするだけ無駄だ。
 ルファがが殴った箇所が円状にへこんでる。
 なんていう力。
 暴走がこれまで酷いとは。
 これに皆殺されたんだ。
 壊さなければ。
 再確認。
 素早く左手に腰にやり、一丁引き抜く。
 二刀流。
 彼女が向かってくる。
 パンチ。
 寸前のところで右にかわす。
 風圧。
 頬が切れる。
 気にするな。
 連射。
 3発命中。
 肩と腹。
 しかし倒れない。
 蹴りが来る。
 油断した。
 腹に直撃。
 激しい痛み。
 飛ばされる。
 ビルの壁に叩きつけえられる。
 あばらが4,5本折れる音。
 口から血。
 だがまだ死ねない。
 彼女が突っ込んでくる。
 構え。
 がむしゃらに撃つ。
 2発あたりながらも左によける。
 更に連射。
 右が弾切れ。
 銃を投げる。
 偶然にも彼女の目に当たる。
 ひるんだ。
 銃を引き抜く。
 連射。
 無数の弾丸が飛ぶ。
 そのほとんどが当たった。
 彼女が倒れこむ。
 だがまだ終わらない。
 こんなことで彼女は壊せない。
 計算済みだ。
 銃はただの布石。
 本命はこっち。
 対機械用時限爆弾。
 半径10mを爆心地に、
 どんな装甲も粉々に砕く破壊力と全てを吹き飛ばす爆風を持つ。
 30年前に起きた戦争で、このY科学研究所で極秘に開発した兵器だ。
 本来、装甲の厚い戦車に対して使われていた。
 地下にあったため壊されることなく保存されていた。
 彼女を確実に壊すにはこれしかない。
 私はすぐさまにルファに近寄る。
 彼女は死んだ人間のように動かない。
 時々、体のあちこちから放電している。
 機能が停止しているんだと言い聞かせる。
 エネルギーが残ってる限り自己再生を行う。
 彼女のエネルギーはそう簡単になくならない。
 だからこそ、再生が不可能になるまで壊す。
 ルファの体を起こし長座の姿勢をとらせる。
 爆弾を取り出す。
 彼女の首の後ろ。
 そこを開ける。
 爆弾を入れ閉める。
 そしてこの小さなスイッチを、
 押した。
 もう終わりだ。
 後10分で彼女は壊れる。
 そしてこの私も。
 私はそこに座り込む。
 彼女の頭を私の足に乗せる。
 こうしていると本当に人間のように見える。
 動いているより止まってるほうが人間に見えるなんて、皮肉なもんだ。
 彼女のそばを離れるつもりはない。
 もう、私は生きていけない人間だ。
 爆弾は解除出来ない。
 否、解除する人間がいない。
 私は解除する気など毛頭ない。
 後はこの最後の10分を、静かに終わる。
 それで全ては終わる。
 功績も、
 地位も、
 仲間も、
 作品も、
 生命さえも捨てて。
 私は全てを闇に葬り去る。
 これが私の償いだから。
 ルファが目を開けた。
 機能が再生したのであろう。
 だが、もう遅い。
 いまから彼女に殺されても、どうせ彼女は壊れるんだ。
 結果は同じ。
 ルファは瞬きをしながら私の顔を見た。
 そして微笑んだ。
 「博士、おはようございます」
 え?
 「すぐに朝食の準備をしますので、少々お待ちください」
 そう言って彼女は起き上がろうとする。
 しかし、うまく起き上がれない。
 足がうまく動かないようだ。
 私はやっと彼女の顔に感情が見られることに気がついた。
 「すみません。体があちこち痛くてうまく起き上がれません。起こしてくれませんか?」
 私は動かなかった。
 記憶が消えた?
 壊れたのか?
 いや、もう壊れているのか。
 「どうしました?博士」
 彼女が私の顔を覗き込む。
 私の瞳はどこにも焦点があってなかった。
 もう、何もかもがどうでも良かった。
 彼女の感情が復活したことより、
 彼女の記憶が消えたことより、
 なによりも、
 彼女が機械ではなく、
 生きている、
 そして本当の人間に見えてしまったことに、体中で混乱がめぐっていた。
 「ここはどこですか?博士の家じゃないですね」
 彼女は機械だ。
 ロボットだ。
 人造人間だ。
 兵器だ。
 破壊兵器だ。
 ただの機械だ。
 そう考えても、そんな考えは無意味だった。
 「それにどうしたのですか?博士」
 彼女が手をのばす。
 「これは血ですか?」
 彼女の手が私の頬に触れる。
 私はやっと現実に戻った。
 戸惑いながらも私は手を動かす。
 そして彼女の手を優しく下ろす。
 「大丈夫だよ。ルファ。なんでもない」
 精一杯に優しい声をかけたつもりだ。
 震えていたかもしれない。
 「そうですか。なら良いんですけど」
 ルファは微笑んだ。
 そうだ。
 別にいいじゃないか。
 彼女が人間に見えたって。
 人間に見えるように作ったんだ。
 当たり前のことじゃないか。
 私はとっさにイヤフォンを耳につけた。
 これは時限爆弾とつながっている。
 電波で残りの時間を知らせてくれる。
 自分の終わりぐらい知っておきたい。
 不思議なもんだ。
 自分の寿命がわかる人なんて普通はいないだろう。

 残り5分。

 イヤフォンから機械的な声が聞こえる。
 後5分で私は死ぬのか。
 そんなもんか。
 ルファの私を見ていた顔が急に曇った。
 私はそれに気がついた。
 「ルファ、どうした。そんな顔して」
 彼女は少し躊躇った。
 「だって・・・。博士の顔が悲しそうに見えたから・・・」
 「悲しい?どうして?」
 私は笑った。
 だが、気づかれたことに少し驚いていた。
 「なんだか、博士が・・・」
 彼女はそこで言葉を切った。
 「博士が消えちゃうような・・・そんな気が・・した・・・から・・・」
 途切れ途切れになったことが気になって私は彼女の顔を見た。
 彼女の目が輝いていた。
 私は目を見開く。
 彼女の右目の輝きが落ちて、
 頬を光らせながらつたい、
 私のズボンをぬらした。

 残り3分。

 機会調の声が流れる。
 しかし、聞いていない。
 私は戦慄に近い驚きを感じていた。
 そんな機能はつけていない。
 必要がないと思ったから。
 だから、こんなことがあるわけがない。
 じゃあ、なぜ。
 そうして私は1つの回答をはじき出した。
 私は心を落ち着かせる。
 体がまだ動くことを確認する。
 まだ笑えることを感じる。

 残り2分。

 私は微笑みながら、彼女の頭をなでた。
 「大丈夫だよ。私はどこにも行かないよ、ルファ。ずっと一緒にいる」
 「本当に?どこにも行かない?絶対だよ、約束したからね」
 「ああ、ずっとそばにいる」
 彼女は私に抱きついた。
 「ずっとこうしててもいい?」
 「ああ、いいよ」
 私も彼女を抱く。
 もう理論とか理屈とかどうでもいい。
 彼女は人間なんだ。
 紛れもなく、正真正銘の人間なんだ。
 その一言だけでいいじゃないか。
 では、彼女が人間なら、
 私は何者なんだろう。

 残り1分。

 機会調の声。
 もう聞きたくもない。
 そうだ。
 彼女が人間なら。
 僕は機械なんだろう。
 私のほうが人造人間だった。
 きっと、
 自動を好む心が、
 機械を作る心が、
 彼女を人間と認めない心が、
 私の体を機械にし、
 私の脳を鉄に作り、
 私の心を鋼へと変えてしまった。
 人造人間は自分のほうだった。
 なぜだろう。
 こんなにも悲しいのに、
 あふれ出しそうなくらいうれしい。

 残り30秒。

 もうイヤフォンの声は彼に届いてない。
 戻らなくていい。
 戻ったって意味がない。
 彼女の記憶は消えても、
 痕跡は消せないのだから。
 彼女の苦しめたくない。
 まだこんな感情が残ってるなんて、
 心は鋼になりきれてないんだな。

 残り20秒。

 私は目を瞑る。
 もう一度彼女の頭をなでる。
 永遠の時間。
 時は過ぎても、
 2人の時は止まる。
 そうなっても私と彼女は
 ずっと一緒だ。
 カウントダウンが始まっても、
 これは永遠の時間だ。

 残り10秒。

 人生で一番幸せな時間は
 きっと、このときだろう。
 どんなことでも、
 終わりが一番楽しいものだ。

 残り5秒。

 どっちが人間で機械なんて関係ない。
 2人が互いを想っていれば、
 それだけでいい。
 そう、
 それだけでいいんだ。

 残り0秒


 6 エピローグ -終局に見えた序曲-


 サッカーボールが飛び上がる。
 それを合図に子供たちがボールを追いかける。
 長方形に区切られたフィールドをボールが左右に行き来する。
 幾度となくパスが繰り返され、強烈なシュートが放たれる。
 網がうねりを上げる。
 その時の歓声とため息。
 それが何度も繰り返される。
 なんとも微笑ましい光景だ。
 会場は更に熱気がこもっていく。
 空は曇っていようが関係ない。
 土の上とは言えど、彼らにとってここは芝生であり、巨大なスタジアムなのだ。
 そんな時。
 一人の少年が動きを止めた。
 「おい、あれ」
 少年は一つ山の向こうを指差した。
 その声とボールが止まったのを引き金に次々と動きが止まっていく。
 誰もが山の向こうを見つめる。
 「何だよあれ」
 「何が起こったんだ?」
 「煙が上がっている」
 「空が真っ黒だぜ」
 「火事かな」
 「ヤバイよ」
 次々と声が上がる。
 山の向こうには何本もの煙の柱。
 そして真っ赤な光とドス黒い雲。
 誰が見ても異変だとわかる。
 子供たちの数人は大人を呼びに家へと走り去る。
 誰もが不安と動揺を隠し切れていなかった。
 「あれ?」
 一人の目線がその山へと向かう道に移った。
 その道の先には幾つかの人影が見えていた。
 近づくにつれて3人の人間だとわかる。
 それを見て、一人が駆け出した。
 まるで連鎖反応のように子供たちが駆けていく。
 人影はこの辺鄙な村に入り込んだ。
 子供たちがその目の前に立ちはだかる。
 人影は動きを止めた。
 「ねぇ、向こうから来たの?」
 「一体何が起きたの?」
 「どうやってきたの?」
 「火事?」
 「お姉さんたちは大丈夫?」
 「服ボロボロだよ」
 「同じ顔だね」
 「三つ子なの?」
 「ねぇ、どうしたの」
 「何で黙ってるの」
 「喋れないの」
 「答えてよ」
 質問がうるさいくらい飛び交う。
 だが、彼女らはそれに耳を貸そうとしない。
 それを聞き取る力もないのかもしれない。
 3人の眼は冷たかった。
 顔に生気はない。
 やがて、大人を引き連れ子供たちが帰ってくる。
 彼女らはそれに眼をやろうともしない。
 ただ、ただ冷たい眼で
 その子供たちを見下ろしている。
 そして、本能が起動するのを少なからずとも待ちわびている。
 子供たちはまだ質問の雨を浴びさせている。
 この後起きる悲劇に気づく手段を
 彼らが持ち合わせていることなど
 ある筈もなかった。
 そして再び、
 悲劇が始まる。

 -終-

 

 

後書き

 昔書いた『人造人間は自分』のリメイクバージョンです。
 まぁ、一番気になることはきっと“なぜリメイクしたか”に決まってますね。あわてずお願いします。今からお話します。
 早い話、リメイク前の物がありきたりでつまらなかったからと言うことです(その理由こそありきたりですが)。なにより、タイトルからすでに結末も読めてしまうんじゃないかと言う不安もあるわけです。はっきり言ってしまえば、これほどつまらない小説はないんじゃないかと思うほどです(かなり大袈裟ですって)。だから、一時期は公開停止にしようかとまで考えました。
 しかし、そこで僕の頭が都合よく機転を利かしたわけで、リメイクと言う形で作り直そうとしたわけです。
 とは言っても、根本的なストーリーは元のものと同じです。一箇所を大きく変えて、後は見比べないとわからないような細かな文章が変わっている点があちらこちら。
 そして大きく変わったのはなんといっても“結末”である。なんとも僕好みに仕上げさせていただきました。
 基本的にBAD ENDが好きなんで、本の作品から数段、やりきれなさが増しています。追い討ちをかけると言うのは、まさにこの事か。

 しかし、まぁ、読み直したときは本当に驚きましたね。こんなにも文章が下手糞だったなんて・・・。昔と比べれると今の力は、やっと少し上達した程度ですね。もっとがんばらなくちゃって思い直しましたよ。れ

 では、今回はこれぐらいにしようかと思います。今のところ、これ以外にリメイクの予定はありませんので、あしからず。その代わり、新作のネタはそこそこあるので、そちらの方を楽しみにしていてください。

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