稲本選手あんな話こんな話
スポーツTO DAYインタビュー(2000年8月27日)
稲本超人伝説(2000年2月15日)
オールスター最多得票選出インタビュー(1999年7月12日)
Wユース帰国インタビュー・MBSより(1999年4月28日)
ディスカバリー関西ラジオレポート(1999年3月22日)
突撃オフサイドトーク(1999年2月14日)
おじゃましまスポーツ(1999年2月13日)
ニュースステーションコメント(1999年2月2日)
フリークスミーティングコメント(1998年11月29日)
田尾スポコメント集(1997年)
1999年の目標
ある日の練習場
稲本くんのくせ(By友香さん)
高校転入試験
U17のデーターは「稲本選手の闘い」の部屋に移動しました
オールスター前夜祭の際に、神尾米さんによって行われたインタビューです。
神尾「はじめまして、私のこと知ってますか?」
稲本「テレビでは見た事あります」
神尾「本当ですか?どこで見た事あるんでしょう」
稲本「とんねるずのやつで多分見た事あると」
神尾「嘘ですよね。出てません」
稲本「はっはっはっはっ、ほんまですか(笑ってごまかす)」
神尾「(北海道の五輪の)秘密合宿の様子を」
稲本「サイクリングに、うちっぱなしに、釣りですね」
神尾「ホントですかあ」
稲本「それが主な内容ですね」
神尾「これだけはやっちゃいけないって言われてた事ってあるのですか」
稲本「あー、別に食事会場での携帯が鳴るとか、そういうのは中止ですけど他には別にないですね」
神尾「夜遊びとか」
稲本「いや、さすがに北海道で誰も出る人はいなかったです」
神尾「明日の試合(オールスター)なんですけど、何か自分のここを見てもらいたいというのはありますか?」
稲本「そーうですね、いつも点を取る人がすごくテレビに写ると思うんですが、またVTRでその前の前くらいのパスを誰が出しているかを見てもらえば、多分僕とかが写っていると思うんで、まあそのへんを」
神尾「それはアシストってことですか?」
稲本「アシストのアシストくらいですね」
神尾「明日もしそれができたら、(シドニーに取材に行く)私が何かぜひ1つお願い事を聞こうと」
稲本「そーうですね、それならあのね、日本の雑誌を買って来てほしいですね」
神尾「それなんか、いかがわしい本じゃないでしょうね」
稲本「・・も、ありで!いろんなジャンルで」
神尾「明日それをやらないと、持って行きませんよ」
稲本「そうですよ、がんばります、がんぱります。100万円よりそっちを頑張ります」
(オールスター試合後)
神尾「おつかれさまです」
稲本「おつかれ・・見てくれた?!」
神尾「見ましたよ」
稲本「メチャメチャおいしかったでしょ?ゴールの前の前の前くらいのパスを見たら多分もう、多分あると思います。(強気な口調で)全然ありじゃないですか!」
神尾「完全に公約を果たしましたね」
稲本「そうですよ。お願いします、お願いしますね、よろしくお願いします」
稲本超人伝説?!(Kaisai1週間2月29日号より)
稲本選手の幼稚園・小学校時代の監督さんとコーチが語る稲本伝説より
体力作りのマラソンで先頭を走っていた大人の指導者を、ちっちゃい園児・稲本が「すっごいペース」で追いぬいていき、大人が追いつくのに必死だった・・。
小学校5年の稲本少年。試合中、相手チームのプレイヤーが稲本少年を止めようと後ろから足を出した。それを交わさずボールをガードし、もろにスネで相手のキックを受けた!
が・・蹴った相手が骨折、稲本少年はケロッとしていた。
遠征で静岡に行った時。
食欲旺盛な稲本少年は自分の分、さらにチームメイトの分だけでは飽き足らず、同じ旅館に泊まっていた他のチームのご飯まで食べてしまった。
オールスター最多得票選出インタビュー(7月12日・TVより)
稲本「オールスターというものは、いつもテレビで見るものやとずっと思うてたんで、初選出、最多得票というので出場できるのは大変光栄なことやと思うし、ファンの人に感謝したいと思うてます」
稲本「ストイコビッチとか、Wカップを何回も経験している選手やし、やってていやな選手が自分のチームにいると、どれだけ頼りになるかって言うのを実感したいと思うし(笑いがおこる)10代最後の想い出として頑張りたいと思います」
ワールドユース帰国インタビュー(4月28日・万博にて・MBSより)
アナウンサー(以下ア)「おつかれさまでした」
稲本「おつかれさまでした」
ア「でかい事をやってくれました」
稲本「そうっすね。あれほど結果が出ると嬉しいです」
ア「万博にも胸をはって帰って来たんじゃないかと、そんな感じがしますけど」
稲本「そうっすね。結果はそうですけど、僕自身、あまり試合も出てないし、あまりいい大会というわけではなかったです」
ア「ただ学ぶことは多かったと思いますが、どんなことを学んできましたか」
稲本「そうですね、とりあえず、ベンチにいるという辛さというか、そのくやしさを学んで帰ったと思います」
ア「ますます、やってやろうという、そんな気持ちになったのと違いますか」
稲本「そうっスね。やっぱりこの分の力をJリーグで爆発したいです」
ア「特にこれから、みなさんはこの日本のファンにも本当に注目されて大変だと思うんですけど」
稲本「そうスね、やっぱり注目されると、それだけ万博にお客さんが来てくれますので、やりがいがあります」
ア「本当は今も出たくてムズムズしてるんじゃないですか」
稲本「そうスね(笑)やっぱまだベンチで見てるのは、慣れないですからね」
ア「今日久しぶりに見るチームはどうでしょう」
稲本「そうスね、結構まだ攻めあぐんでると思いますけど、今日は勝たないと苦しくなるので、頑張ってほしいですね」
ア「このあとどのあたりが、ポイントになりますかね」
稲本「そうスね、やっぱり中盤でどれだけキープできるかが、勝負の分かれ目になるので、頑張ってほしいです」
ア「これからも期待してるんで、頑張ってください」
稲本「はい、わかりました」
ディスカバリー関西(1999年3月22日・FM802)
この日はDJのマーキーさん(以下マ)が万博で稲本・播戸を、レッズ戦のあと万博に戻ってからイタンビュー収録をした様子でした。一部略あります。
マ 「今、Jリーグの中で最も熱い注目を浴びているお2人を紹介します」
稲本「あー、ガンバ大阪の稲本です」
播戸「あ、ガンバ大阪の播戸と言います」
マ 「まずは播戸くんに。出身は」
播戸「兵庫県ですね。姫路ですね。でも昔からサッカーしかやってないので、あまりウロウロしてないです。姫路には生まれてさらに郊外の田舎の方に引っ越したんですけどね。お好み焼きやさんに、ずっと昔から行ってました。今も家に帰ったら行きます。JRの播但線です。おすすめはモダン焼きです。(万博の近所では)みんなでご飯食べにいくとしたら、焼き肉屋にけっこうみんなと行きますね。夜ですね。週に一回くらいは」
マ 「サッカーする前とかしてる時とか音楽聞いたりする?」
播戸「そうですね、けっこう音楽は大好きですね。ウィル・スミスとか聞きますね、最近。ノリノリになりますね。(それはサッカーに影響してる?)そ・・うですね、かなり影響してますね、リズムが大事ですからね。盛り上がってますね。移動中とかずっと聞いてます。(好きな曲は)マイアミ!」
マ 「稲本選手も、生まれが・・」
稲本「鹿児島です。でもすぐ大阪の堺です。いいところですよ。駅によくたまっていました。駅の改札口の段に駅員と一緒くらいいました、ヒマやなあ、人通らへんかなあ・・思って。友達通らへんかと、ボーッとしてました。今でも誰も気付きません。そこで人間ウオッチしてましたよ。たまには叫んでる奴とかいて」
マ 「そっから学んだものは何やねん」
稲本「何でしょう。時間を大切にしよう(笑)。・・たまに今もいますよ」
マ 「なんか店でここいうとこは、ソフトドリンクやろけど。そういうの飲みにいくとことか」
稲本「飲みにって、僕ら飲めないですけど、とりあえずミナミとか。主に食い物屋に」
マ 「先輩とか教えてくれるやろが」
稲本「先輩とかはわがだけですからね。自分だけで、後輩には・・」
マ 「練習場のファンの女の子たちには」
稲本「ちゃんと広い心で接してますよ。やな顔もせずに・・(サッカーが彼女ですか)ボールが彼女ですね」
マ 「最近移動中とかに聞いてる曲は」
稲本「最近はグレイとか」
マ 「稲本・播戸というと、このガンバでは最も熱い注目をされている選手ですが、これからワールドユース、オリンピック予選、海外遠征が控え、ガンバの試合も開幕し・・個人的な今シーズンの抱負を」
稲本「今年はまず世界大会とか、世界でやれるチャンスがけっこうあるんで、そこで自分が世界との差を見極める大会なんで、全力でやっていきたいし、ま、そこでいいコンデションを作るにはチームが大事になってくるので、チームでどれだけいい成績残して、どれだけ勢い持って世界大会にのぞめるかというのがあるので、チームの事を考えていきたいですね」
マ 「播戸竜二選手は。いい名前ですね」
播戸「長男やけど、二がついてますからね。僕もまずワールドユースのメンバーに選ばれるのが一番だと考えてますから、それに選ばれるには、チームで試合に出て結果を残さないとだめだな、チームを一番に、チームを大事に考え、結果を残していきたいですね。やっぱり試合にいっぱい出て、点をいっぱいとって、そのあとに代表とかついてくればいいと思っているので、ガンバの優勝を目指せようにがんばります」
マ 「ガンバサポーターにひとことづつ言いましょか」
稲本「そうですね、今シーズンはもう、出だしでつま、ま(本当に詰まった)つまずいてしまったんですけど、まだまだシーズン始まったばっかりだし、これから面白いサッカーを見せていくと思うんで、ぜひテレビじゃなくて、万博に来て、僕らの姿を見てほしいですね」
播戸「そうですね、緒戦はあの僕のオフサイドのゴールが入っていれば多分勝ってたと思うんで・・あれは多分オフサイドやないと思うですけど、ま、そんなこといいんですけど、やっぱり最近僕も試合にちょくちょく出してもらって、点もがんばって取れるようになってきてるんで、まあ、僕とか稲本とか、あといろいろいっぱい、宮本とか小島とかいるんで、やっぱり万博に生で来て、生のこう、生でしかわからない絶叫とか凄さを見に来てほしいですね、ぜひ万博に!」
マ 「今日はありがとうございました」
突撃オフサイドトーク(1999年2月14日・朝日放送)
U20情報メインにお届けします。岡中・宮本・小島選手インタビュー部分は青の部屋・「宮本選手ご贔屓館」内に掲載してあります。(途中一部省略してあります)
ア→アナウンサー 川原→ダイジェスト記者の川原さん
ア 「電話がブルキナファソと繋がってるんですね。サッカーダイジェストの川原さーん」
川原「はいはーい、どうも」
ア 「ブルキナファソにいるという事なんですが」
川原「はい、えらいとこに来てしまいました、ほんまに・・」
ア 「気候もかなり熱いんでしょうね」
川原「もうかなり赤道が近いもんで、太陽が日本の倍近く感じられますね。ナイジェリアの方がもうちょと湿気があるらしいんですが、かなりアフリカしてますね。食事は選手と同じホテルに泊ってて、フランス語圏なのでフランス料理です。ただ町に行って食べるとなるとかなり恐いものがあるので、ホテルで・・」
ア 「ブルキナファソはトルシエ監督とゆかりがあるんですよね」
川原「そうですね、昨日は日本で言う天皇陛下みたいな人がいるんですが、部族の王様みたいな人のとこに、普通なら誰も行けないんですが、選手全員連れて謁見したと言うか・・まあ結構すごい光景でした。だからこっち来てから機嫌がいいと言うか・・すごい有名人なんですよね」
(トルシエ監督は昨年2月までブルキナファソのチームを率いており、アフリカ選手権のベスト4に導いた有名人です)
ア 「トルシエ監督のブルキナファソ合宿の雰囲気はいかがですか」
川原「そうですね、結構厳しいイメージでやってきて、練習中はもちろん厳しいんですけど、天皇のとこ連れて行ったり、まあ、昨日の夜なんか、ホテルにあるディスコを貸し切りにして、選手達にハメはずさしたり、けっこう気遣いをしているというか、選手のメンタル面を今回は見ている感じですね」
ア 「選手はどんな様子ですか?」
川原「そうですね、ホテルから出るなと言われているので、けっこうパリにいた時よりも時間があり余っている感じですが、昨日なんかそれをバーッと出しきってる感じでした」
ア 「練習内容の方は」
川原「トルシエがこのチームを見てあまりたっていないのですが、Jヴィレッジでは守備、プレス、チーム全体での守備を意識してやってて、パリでもそうだったんですが、こっちへきてかなり攻撃面のコンビネーションの練習、ようやくそっちの方にかかり出しているので、選手達もシュート練習が多いんで、楽しく取り組めていると思うんですが」
ア 「川原さんから見て、こいつはけっこう目立ってるぞ、元気いいぞという選手は」
川原「みんなかなり去年のアジアユースと比べて積極性が出ているし、そん中でもキャプテン、今回新しく稲本がキャプテンになりまして」
ア 「どうですか、稲本、関西の星は」
川原「やっぱりグレードが高いですね。ボランチにしても、もうトルシエの言うてることを一番プレーで表わせるのは稲本というふうにイメージしてますが」
ア 「播戸選手、加地(セレッソ)選手はがんばってますか」
川原「そうですね、レギュラーとなるとまだ不確定な部分は多いですが、播戸は性格も明るいから、もうそのディスコの時も先陣きって踊ってました」
ア 「播戸ですか(笑)」
川原「他のみんなも、俺も俺もとなりました。ムードメーカーですね。加地は大人しい性格なんで、それなりに頑張っていますが、けっこう気合入れてがんばってます」
ア 「取材陣がかなり少ないと聞いてますが」
川原「かなりと言うか・・僕らサッカーダイジェストの記者と、フリーランスの人が1人と、3人です」
ア 「このブルキナファソの話はダイジェストで読めるということですね。今日は本当にいろいろありがとうございました」
川原「いえいえ、ありがとうございました」
おじゃましまスポーツレポート(1999年2月13日・読売テレビ)
ナレーション(以下ナ)「昨シーズン、ふがいない成績に終わったガンバ大阪。今年こそはと新たなスタートを切ったガンバに注目です。今月1日には、勝ち運を授かろうと選手総出で勝尾寺に必勝祈願。昨シーズン、ファーストステージ14位、セカンドステージ16位とファンをガッカリさせてしまっただけに、だるまに目を入れる監督の表情も真剣そのものです」
チームが始動、トレーニングの映像から、参拝の映像に。
ナ 「そしてさっそく嬉しいニュース。元日本代表・スピードとパワーが持ち味の超攻撃的サイドバック、柳本啓成がサンフレッチェより加入。オーバーラップに期待がかかります」
新入団記者会見の様子。
柳本「得点とディフェンス、両方を頑張ってチームの勝利に貢献したいです」
ナ 「そしてなんと言ってもガンバと言えばこの男。日本サッカー界のプリンス・稲本潤一。昨年はアジア大会にアジアユース選手権とと日本代表として大忙しだった稲本。まさに充実度満点の一年と言いたいところですが、肝心のガンバの成績にはやはり納得できません。それだけに今年にかける息ごみは、なみなみならぬものがあります」
稲本選手のプレー映像から単独映像に。
稲本「やはりその、成績がかなり悪かったんで、ファンの人に申しわけないと思うし、まず去年を成績を上回るのは当たり前で上位に進出するっていうのが目標です」
稲本「今年は変わったガンバって言うのは毎年言ってっけど、今年こそ変わっていきたいと思うで、ぜひ万博に足を運んで試合を見に来てください」
稲本「(去り際に)ありがとうございました(と、頭を下げる)」
服装はグレーのセーターに紺のトレーナー。
ニュースステーションコメント(1999年2月2日)
合宿の感想を聞かれて(代表のジャージ姿にて)
稲本「気持ちの面を主に、という感じがトルシエの場合するので、まずそのへんから。トルシエのやりたいことをまず全員で理解してチームにしたいですね」
小野「選手はとりあえず教えてもらっていることを吸収し、レベルアップすることを考えているだけです」
トルシエ監督「満足できる合宿だった。言いたいことも言えたし、選手もよく理解してくれた」
稲本くんはタイに遠征中のため欠席。テープでコメントのみ参加となりました。以下、その再現です。
「ガンバ大阪の稲本です。今年は1年、ガンバ大阪を応援してくれて本当にありがとうございました。今回は遠征の為参加できず、本当に残念に思っています。(何やら紙をめくるバサバサという音)今度のU21タイ遠征では、日本代表として精一杯のサッカーをしていい結果を出して帰ってきたいと思っています。えー、来年は、この代表での経験を生かして皆様の応援にこたえていきたいと思っています。今年はまだ天皇杯もありますが、それを含め、来年はぜひ声援を送ってください。えー、今日1日は僕らはいないスけど、楽しんでってください」
田尾スポ(1997年)コメント集
1997年・秋に放送された「田尾スポ」(関西ローカル)に出演した時の稲本くんのコメントをご紹介致します。
この時は、セカンドステージで準優勝した直後でした。稲本くん高校三年生です。
オープニング(映像にのせて)
ナレーション「15でアジアを制した稲本は、16で世界を知り、17でプロに触れた」
司会「稲本さんは(エムボマに)刺激を受けたところが多いですか」
稲本「かなり受けました」
司会「例えばどういう部分が一番」
稲本「一番怒られたこと。
司会「気持ちの部分?」
稲本「そうです」
司会「どんなことを言われた?」
稲本「負けてたら弱気になったとき、(言葉は)わかんないですけど、顔とか見たら本気で怒ってる・・」
(試合についての話題の中で)
稲本「自分のことに必死で、あんまり回りが見えてなかった・・」
司会「先輩が多いわけですよね、稲本選手の場合」
稲本「はい、全員が・・」
司会「緊張とかしなかったですか」
稲本「最初の2、3試合はけっこうしましたけど、もう時間がたてば全然そんなことは」
(あと一歩で優勝できなかった事、そして来年について)
稲本「そうですね、(今年は)いい試合もあったと思うんです。その試合を安定して続けるって言うか、そうやったら来年も優勝に近づくって言うか」
(視聴者プレゼントに私物を持ってきて)
稲本「寝間着・・来てた・・(と、ジャージを出し、隣の宮本選手に叩かれかける)」
一緒に出ていたのは、岡中、松波、宮本選手。この番組では、終始大人しいイメージでした(^ ^
(五輪予選について)「日本サッカーの発展の為にも絶対に勝たなければ。経験したことのないプレッシャーの中で、どれだけ自分のサッカーができるか、自分自身と闘ってみたい」
(シドニーにいったら)「シドニーでは、アトランタでのブラジル戦のような金星を上げ続けたい。2000年のWカップではピッチの上で輝きたい・・」
(ガンバについて)「今年最大の目標はガンバで優勝すること。西日本のチームが強くならないと、Jリーグは盛り上がらない。サッカーと言えばガンバ、ガンバと言えば稲本と言われるような存在になりたい」(以上、読売新聞1999年1月22日)
ある日の練習場
1998年秋・練習場目撃談
その1・・シュート練習を行っていた時。
一段落ついたとき、中央に立っていた稲本選手のそばに近づいていった小島選手、ドロブニャク、クルプニ。何をするのかと思ったら、いきなり稲本選手のシャツをめくり上げ・・お腹の肉をつまんだ・・。稲本選手はしばらくされるがままの末、逃げ出していた・・。
その2・ダッシュの練習の時。
同ポジションの選手が並んでスタートダッシュを繰り返し速さを競うという練習。一回目、稲本選手は最下位。そしてやる気に満ちた二回目は、なんとトップ!得意げに「ばんざい」。そして三回目のことだった。スタートについて、「いくぞ」という姿勢の彼の後ろで、小島選手が
「パンッ」と手を叩いて、「うそ」のスタートの合図・・。稲本選手、「びくっ」と動きかけ・・成功した小島選手はげらげら。
その3・・柔軟体操
コンビを組んだのが稲本・播戸選手。身長が違うこの2人、稲本選手の脚を肩に乗せた播戸選手、地面に沈みそうになってた。
稲本くんのくせ(BY 友香さん)
ところで、『帝王』のネタの1つになるかどうかわからないのですけど、私が思う稲本くんの『くせ』を書きます。(なんかユースの試合が始まると落ち着かないんです、わたし)
くだらないこと書いてすみません。でもちょっと列挙してみました。
稲本くん転入試験
1997年、まだ高校生だけどレギュラー候補だったイナ様は、近くの単位制の高校に転入することになりました。その時のエピソード・・。その姿はジーパンで、コメントは「面接だけだから大丈夫っすよ・・あっ、面接が一番ヤバいんだった」。そして合格後のコメント「バッチリでしたよ、合格です。でもね、面接なのに、一言しかしゃべってない」だったと言うことです。・・い、イナ様?