2000年シドニー五輪・代表チームの軌跡と観戦記
立ち上げから追ってきました。香港、タイヘの応援遠征に続いて本番のシドニーにも出かけてまいりました
シドニー五輪遠征観戦記
00915〜21
対タイ戦(アウェイ)遠征観戦記 991117
最終予選
対カザフ戦(ホーム)観戦記 991106・対タイ戦(ホーム)観戦記 991017・最終予選対カザフスタン戦(アウェイ)991009・対韓国戦(アウェイ)試合結果
990927
対韓国戦観戦記 990913
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アジア予選以前の記事 |
アジア一次予選 |
アジア最終予選 |
香港遠征お笑い?レポート 香港に一次予選観戦に行って参りました
2000年9月14日〜23日
登録メンバー
GK・楢崎、都築
DF・宮本、森岡、松田、中澤、中田浩二
MF・中田英寿、三浦、中村、稲本、明神、本山、酒井、西
FW・柳沢、平瀬、高原
予備登録・曽ケ端、山口、遠藤、吉原
予選リーグ
9月14日・対南アフリカ・・2−1(キャンベラ)・得点・高原2
9月17日・対スロバキア・・2−1(キャンベラ)・得点・中田、稲本
9月20日・対ブラジル・・0−1(ブリスベン)
決勝リーグ
9月23日・対アメリカ・・2−2・PK4−5(アデレード)・得点・柳沢、高原
シドニー五輪アジア最終予選・日程決定!
10月02日 16:00(日本時間18:00) カザフスタンvsタイ アルマトイ
10月09日 16:00(日本時間18:00) カザフスタンvs日本 アルマトイ
10月17日 19:00(日本時間19:00) 日本vsタイ 東京・国立
10月30日 17:00(日本時間19:00) タイvsカザフスタン バンコク
11月06日 19:00(日本時間19:00) 日本vsカザフスタン 東京・国立
11月13日 17:00(日本時間19:00) タイvs日本 バンコク
1998年〜五輪代表候補の軌跡
練習試合対ペルー戦(1999年6月2日)
最終予選組み合わせについて
五輪代表候補発表(1999年5月25日)
U22壮行試合(1999年5月12日)
U22合宿スタート
U22代表候補発表
アジア一次予選日程変更
合宿最終日(1999年2月5日)
合宿三日目(1999年2月4日)
合宿二日目(1999年2月3日)
合宿スタート(1999年2月2日)
U22代表候補発表
対UAE戦(12月11日)二次リーグ
対クゥエート戦(12月9日)二次リーグ
対韓国戦(12月7日)二次リーグ
対インド戦(12月3日)
対ネパール戦(12月1日)
柳沢選手怪我の為離脱
最終メンバー発表
対アルゼンチン戦(11月23日)
合宿(11月21日)
合宿(11月20日)
合宿(11月19日)
合宿(11月18日)
合宿(11月17日)
合宿(11月16日)
アジア大会メンバー変更と背番号決定
参入戦決定を優先
アジア大会メンバー発表
中田選手一次予選から出場可能に
アジア1次予選日程決定
合宿参加者変更
U21代表候補発表
アジア大会組み合わせ発表
予選方法決定
合宿最終日
合宿二日目
合宿スタート1998/4/7
代表発表
非公開で練習試合が行われました。
0−3・・得点・前半12分、41分、後半27分全てペルー
GK南、
DF中田、宮本、中沢
MF市川、小野、明神、稲本、酒井
FW平瀬、福田
2分 稲本が中盤で相手ボールをインターセプト→小野が左足で30メートルの距離のシュートを放つが外れる。
12分 ペルーがFKから左サイドを突破。先制される。
23分 ペルーからオフサイドを取る。
27分 ペルーからオフサイドを取る。
29分 ペルーからオフサイドを取る。
36分 左から小野がFKを蹴る。酒井が合わせるが、クリアされる。
39分 ペルーのFKは南がパンチングでクリア。
40分 ペルーからオフサイドを取る。
41分 ペルーにディフェンスの裏を取られ、正面からシュートされ、2点目を失う。
交代→曽ヶ端(南)池田(中沢)→12分・古賀、本山(市川)石井(稲本)、福田→21分・吉原、中田→32分・戸田
後半3分 ペルーからオフサイドを取る。
5分 ペルーからオフサイドを取る。
6分 ペルーからオフサイドを取る。
11分 明神のミドルシュート外れる。
13分 ペルーのシュートを曽ヶ端が正面でキャッチ。
26分 本山がカウンターからドリブル、しかし止められる。
27分 中田のパスミスをカットされ、ペルー選手とGK1対1になり、曽ヶ端が止めるが、跳ね返ったボールに詰められ、3点目のゴール。
41分 宮本がラフプレーを受けて負傷もなんとか試合続行、終了。
最終予選組み合わせについて
アジアサッカー連盟は、7月8日にロスで最終予選組み合せ抽選会を行うと決定。シード国と地域性も考慮しない模様で、強豪チーム同士の組が存在してしまう可能性も。予選突破の9チームを、3組に分けて、各組1位がシドニーへの切符を手にすることになる。
GK・都築竜太、小針清允、曽ケ端準、南雄太
DF・宮本恒靖、山口智、古賀正紘、戸田和幸、中澤祐二、中田浩二、市川大祐、池田学
MF・稲本潤一、広山望、中村俊輔、明神智和、小笠原満男、本山雅志、酒井友之、小野伸二、遠藤保仁
FW・柳沢敦、福田健二、吉原宏太、平瀬智行、高原直泰(辞退により吉原宏太)
5月30日・合宿(横浜)
6月2日・練習試合・対ペルー
6月8日・20人に絞り込み
6月9日・香港出発
アジア地区予選壮行試合対オーストラリア戦(1999年5月12日)
12日・19時34分キックオフ・浦和市駒場スタジアム・晴れ・観客12392人
0―1得点・後半23分・フォックス
GK・曽ケ端準
DF・宮本恒靖・戸田和幸(後半25・本山雅志)・古賀正紘
MF・明神智和・中村俊輔・酒井友之・中田浩二・稲本潤一(後半1・石井俊也)
FW・柳沢敦、福田健二(後半1・平瀬智行)
この日は初めて浦和に出かけた。アジア大会代表プラスWユース組という実に楽しみなメンバーであるが、9日に集合して、12日に試合では準備期間もほとんどない状態。客入りもいまいちだった。やはり平日の7時半はきついか。
まずオーストラリアを見て思った事は、「でかい」。フィジカルコンタクトの差があきらかだ。Wユースの大会で見た選手達から2年たった選手達は、本当に「大きさ」を増していた。
さらに振り返ると後方のブースの中に、南・高原・小野の姿・・。
稲本はコンデションが悪く、いつもの力を出せない。「こんなものではない」選手だけに、一日も早く体調を調えてほしい・・休みをどうか・・と願ってしまった。今日の彼の背番号は12番。
前半26分には中村、続けて29分には柳沢が、「でかい」相手のDFに行く手をはばまれる。とにかく相手のプレーは荒らかった。
しかしDFラインの宮本・古賀・戸田のラインは良かった。高い位置にラインをとり、呼吸も合う。統率する宮本の頭の良さをあらためて感じた。テクニックはいずれも日本の方が上。終了間際、怒涛の攻撃も得点に結びつかなかったのは惜しかった。
弱点がみつかったのだから、今後はそこを埋めていけばいい。むしろ楽勝するよりもいいと思った。
帰り道はバスで浦和駅に。駅前に開いている喫茶店がなくってそのままホテルに。しかしこの大会のパンフレット、あんなに薄くて500円は高すぎると思った(ケチくさくてすみません)。
U22合宿スタート(1999年5月9日〜10日)
辞退者→小野、松田、小笠原、池田
追加→市川大祐、小林慶行
負傷のため別メニュー→中澤、吉原
9日
18時45分→ストレッチ、インターバル走50分
10日
AM7時25分→非公開練習
24人を2班に分けてフォーメーション練習。
予想スタメン→GK南、DF・戸田、宮本、古賀、MF・稲本、明神、中田(本山)、広山(市川)、中村
FW・柳沢、高原
U22代表候補発表(1999年5月6日)
GK・都築竜太、小針清允、曽ケ端準、南雄太
DF・宮本恒靖、山口智、松田直樹、城定信次、古賀正紘、戸田和幸、中澤祐二、池田学
MF・稲本潤一、広山望、石井俊也、中払大介、中村俊輔、明神智和、小笠原満男、本山雅志、中田浩二
酒井友之、小野伸二、遠藤保仁
FW・柳沢敦、福田健二、吉原宏太、平瀬智行、高原直泰
宮本「U20が良い結果を残してきたので、それに負けないよう頑張ります。良いチームにすることを目標にしたいです」
稲本「世界ユースでは試合にあまり出場できなかったので、まずはレギュラーを目指して頑張ります」
都築「とてもうれしい。合宿後も最後まで代表として残れるよう全力を尽くします」
アジア一次予選日程一次ラウンド日程変更
6月12日・日本対フィリピン(18時5分)
6月14日・日本対ネパール(18時5分)
6月16日・日本対マレーシア(18時5分)
6月18日・日本対香港(18時5分)
これは現地時間です。日本では時差のため、19時5分になります
合宿四日目(1999年2月5日)
午前に行われる予定の練習は、急きょ中止に。トルシエ監督は、「(U−22は、)ワールドカップで優勝したフランス代表と同じ経験ができるポテンシャルをもっている」と話した。また主将の宮本に「勝利の儀式を作れ」と指示。監督は日本選手が試合に勝っても、おとなしいことを気にしており、「勝ったらパフォーマンスをやれ」と宮本に話していた。
10:00 非公開練習
11:00 公開練習
合宿二日目(1999年2月3日)
トルシエ監督がペルージャ中田をFWとして柳沢のパートナーとする案を持っていることが明らかに。「柳沢のパートナーは?」の問いに、「いろいろ考えられるが、中田がいいだろう」。
3日の練習
7:30 完全非公開早朝練習開始
17:00 ナイター練習・・パス回しとDFチェック
合宿スタート(1999年2月2日)
午後4時に集合、5時から練習開始。パス回しなど約1時間30分。宮本は大学の試験期間中のため、3日に合流。又、怪我の為に海本(ガンバ)、戸田(清水)、山口(市原)、中払(福岡)が不参加。
U-22日本代表メンバー
1月14日サッカー協会からU22代表候補が発表されました。今回、稲本、小野、市川はユースの為に外れます。
GK・都築竜太、小針清允
DF・宮本恒靖、海本幸治郎、山口智、松田直樹、古賀正紘、中谷勇介、戸田和幸、大野貴史
MF・小島宏美、広山望、服部公太、石井俊也、城定信次、中払大介、藤本主悦、
中村俊輔、大野敏隆、明神智和
FW・柳沢敦、山下芳輝、西谷正也、吉田孝行、福田健二、吉原宏太
アジア大会・対UAE戦・2次リーグ
15時(現地)キックオフ・タイ・ラヤマンガラ球技場・観客3000人
GK・南
DF・山口、宮本、戸田(後27分・高原)
MF・明神、稲本、小野(後半0分・広山)、中村、市川
FW・福田、山下(後22分・石井)
得点
後半16分・カルパニ→Hラシド
UAEは今回敗戦続きなので、攻撃的にくるかと見ていたのに、始まってみれば守備を固めてカウンターを通すという試合を展開させてきた。稲本「相手が引いてくるのは意外だった」。
しかし稲本は連戦の疲れも見せずアグレッシブな姿勢を貫き続け、DFラインも集中力は切れていなかったと思う。某テレビではリーダー不足と報道されていたが、試合を見て本当にそう思ったのか。本当に宮本の要所要所の指示を見てそう言えたのか。3バックの崩壊?いい加減にしてほしい。欠点はあったが、それを克服していくのが今かの課題で、誰よりそれをわかっているのは選手達自身だ。中盤のパスミスには触れず、守備ラインのせいにし、たった一場面をとりあげ(しかも彼のミスではなく必死でクリアした見事なプレーの場面)「キャプテン募集」と取り上げたTBSのスーパーサッカー。今回の番組、私はあなた達制作者を軽蔑する。番組制作者がサッカー全体を見ずに構成してあのような報道をしてしまった事を悲しく思う。本当にサッカーをわかっている人間に構成をさせなさい。
選手のみなさん、これは「挑戦」の一つ。敗戦は全ての糧。何度も言いますが苦しみ、悔しい気持ち、屈辱なくして前進なで有り得ない。応援し続けます。
17時(現地)キックオフ・タイ・ラヤマンガラ球技場・観客5000人
GK・南
DF・山口、宮本、戸田
MF・明神、稲本、小野(後半0分・広山)、中村、市川
FW・福田(後半29分・高原)、山下
得点
後半25分・オタマン→ラヒープ
後半40分・広山→山下(ヘッド)
後半42分・中村(PK)
A代表が連敗している、フル代表のクゥエート戦。しかしU21チームは前回の韓国戦敗戦のマイナス点を全てプラスに変えて臨んだ。合流して間もない山下を先発。途中交代の広山と共に、「入換え戦」で得た「負けない」という精神力を余すことなく披露。前回と違い、先制されても少しも焦らず、広山のロングボールに山下がヘッドで合せて同点。続けて中村のパスに飛び込んだ広山がペナルティエリア内で倒されPK判定。中村が確実に決めて逆転。そして立役者は稲本。攻守に渡る活躍で前線にも顔を出し、最後の数秒まで集中力を持続して戦う姿勢を失わず、中盤のリーダーとして君臨した。宮本も、韓国戦で破られた高いDFラインに恐れることなく挑戦。見事に統率し、守り切った。トルシエ監督「A代表では勝てなかっただろう。若い彼だからこそ勝てたと思う。宮本「今日はみんなの気持ちが出ていた。韓国戦で負けて開き直れたのもよかったんでしょう」。
アジア大会・対韓国戦(12月7日)・2次リーグ
15時1分(現地)キックオフ・フアマーク球技場・観客10000人
GK・南
DF・古賀正紘、宮本、戸田
MF・明神、稲本、広山(後15・石井)、中村、小野(後14・山下)、市川
FW・福田
得点
前半31分・チェ・ヨンス(PK)
後半1分・チェ・ヨンス
韓国はWカップ経験者5人を含むチーム。前半は相手の攻撃をしのいだものの、高いラインをハイボールで何度も突破されてしまう。南のファールによりPK。後半システムを変更したが慣れないうちに失点。あとは攻められる一方。その中においても稲本は本来の力を発揮。これでチームの欠点がわかっただろうし次はそこを改善すればいいと思う。チームはまだスタートしたばかりだ。回りに言われなくても選手達が一番敗因を受け止めており、同時にそれを若いチームは「乗り越える」力がある。中村「まだ僕らは力を出しきっていない。試合は残ってます」。
アジア大会・対インド戦(12月3日)
15時30分(現地)キックオフ・トラン中央球技場・観客12000人
GK・南
DF・古賀正紘、宮本、戸田
MF・明神、稲本、小野(後36・古賀誠)、石井、市川
FW・福田、高原(後1・広山)
得点
前半1分・古賀正→福田(右足)
中1日でこの暑さの中の試合、疲労が残っていた様子。が、時折カウンターを許すもDF陣は難なくクリア。後半1分・CKのこぼれ球を小野→市川→クロスボールを古賀正→ヘッドで落とし→福田が確実に右足ボレーでゴール。宮本「疲れていた」稲本「この暑さの中で中1日の戦いはけっこう苦しい」。小野「まともにボールにも触れなかった」。しかし勝利は勝利。負けたわけではない。今日の不調を次の試合で取り戻せばいいのだ。それができるチームなのだから。
アジア大会・対ネパール戦(12月1日)
15時30分(現地)キックオフ・トラン中央球技場・観客3000人
GK・南
DF・古賀正紘、宮本(後20・山口)、戸田
MF・市川、石井、稲本、中谷(後13・明神)、小野(後29・広山)
FW・福田、高原
得点
前11分・稲本→福田(ヘッド)
前12分・市川→福田(右足)
前31分・FK小野(右足)
後16分・CK石井→稲本(ヘッド)
後44分・福田→稲本(右足)
右足内転筋痛で前日まで別メニュー、欠場と予想されていた宮本がスタメンに。「できるとこまで出る」と監督と話し合い、後半20分までDFラインを難なく統率。攻撃陣では中村が、風邪による発熱で欠場し、システムは2トップの布陣へ。相手は5−3−2の守備敵システム。稲本は前半のアシストに加え後半は二得点を上げる活躍。猛暑とスコールなどにより動きのやや悪い部分も出たものの、緒戦を飾った。稲本「削られて後半は動きが悪くなったけど、(得点は)練習通りの形でとれてよかった」。宮本「強い相手ならまたレベルの高い試合ができるはず」。
柳沢選手は28日対磐田とのチャンピォンシップで右足首靭帯損傷の為、欠場決定。古賀誠二選手が代わりにタイ入り。高原選手は30日、トランのチームに合流。
日本代表20人発表(11月24日)
GK 榎本達也(横浜M)南雄太(柏)
DF 宮本恒靖(G大阪)戸田和幸、市川大祐(以上清水)、金古聖司(東福岡)
山口智(市原)古賀正紘、中谷勇介(名古屋)手島和希(横浜F)
MF 稲本潤一(G大阪)石井俊也、小野伸二(以上浦和)明神智和(柏)中村俊輔(横浜M)
FW 広山望(市原)柳沢敦(鹿島)福田健二(名古屋)山下芳輝(福岡)高原直泰(磐田)
播戸は怪我の為に離脱。チャンピォンシップ、一部参入戦に参加の柳沢、高原、山口、広山、山下は試合後に合流予定。
19時1分キックオフ・国立・観客47374人
GK・南
DF・古賀正紘、宮本、戸田
MF・市川、石井、稲本、中谷(後29・古賀誠二)、小野(後23・明神)、中村
FW・福田(後18・高原)
ほぼ満員の国立、そしてスタメンにその名を連ねる宮本、稲本・・。身体がそれだけで震えた。真っ赤なキャプテンマークを腕にまいた宮本の顔は実に精悍。古賀・戸田とはユースの時に組んでいたという安心感もあるだろう、とスタメンを見たときから思った。そしてMFが、稲本、小野、中村と並ぶと・・もう「負ける」という気がしない。彼らの顔に緊張感が見えないのは若くして世界を経験した証だ。実に頼もしい。アルゼンチンもさすが強い。しかし日本も身体でぶっかボールを奪いに行く実にアグレッシブなサッカー。前半42分、攻めあがった稲本→福田とワンツーで稲本→DFをひきつけて→中村が技ありの見事なループを決める。スピーディな展開は国際クラス。DF陣も常に高い位置で守り、オフサイドを10回も成功させる。宮本の適格で自信に満ちた指示、古賀・戸田の勘の良さ・・そして南の好セーブにも安定感があり、完璧であった。
トルシエ監督「内容も結果も、選手のスピリットも満点だ。これで気分よくアジア大会に臨める」。稲本「あれだけお客さんがいたのは初めて。G大阪じゃ考えられへんし、がんばらなって思いました。アジア大会で日本を代表して戦えるのは光栄。今日の気持ちでやったら、負ける気はしないっスね」南「声は出せた。久しぶりにしびれるし南「声は出せた。久しぶりにしびれる試合だった」。そして宮本キャプテン「ぜひ勝ちたかった。アジア大会に向けて、いい自信になる」。
合宿6日目(11月21日)
AM9時30分スタート。組み分けは、DF金古、手島、加地、中谷、MF小野、中村、遠藤、FW播戸、大島。もう1組は、DF松田、宮本、古賀正、戸田、市川、MF石井、稲本、古賀誠、FW福田。GK3人が別メニューで練習。10時30分、写真撮影をして解散。22日は都内で練習。
合宿5日目(11月20日)
AM10時30分 スタート、 各自でウォーミングアップ。レギュラー組には、GK南、DF古賀正、金古、戸田、MF市川、小野、稲本、中村、古賀誠、FW福田。後、レギュラー組のメンバーが何度も入れ替わる。小野対中村の場面も。明神が腰痛でリタイア。トルシエ監督「強くなるためにはチーム内の競争が激しくないといけない。この10日間でチームは必ず変わる」。
AM10時30分よりスタート。レギュラー組は、GK榎本、DF戸田、宮本、古賀正、MF市川、小野、稲本、中村、中谷、FW播戸、福田。ミニゲーム、フォーメーション練習、ジョギング等。
トルシエ監督、基本練習で気を抜いた選手達に「おまえはスターか、スターはいない」と叱咤。さらに稲本・小野らに相手を威嚇する胸をはった歩き方を指導。宮本選手は、「スターのようにプレーできるのかと言われたのだと思う。大会に向けてもっと強い態度で行けということでしょう」と冷静に受け止めていた模様。福田選手「昨夜(監督に)体当たりされる夢を見ました」。油断大敵、それを叩き込むトルシエ流の指導か。小島選手、怪我の為、大阪に帰る。
合宿2日目(11月17日)
早朝練習がAM7時20分からスタート。怪我の小島選手を除く21人が参加。11対10でパスゲームで、ビブス組は、GK榎本、DF市川、金古、松田、加地、宮本、MF小野、稲本、古賀誠、遠藤、FW播戸。17時30分から二度目の練習。フォーメーション練習。
システムは3−5−2。レギュラー組には、GK南、DF松田、宮本、戸田、MF市川、小野、稲本、中村、中谷、FW播戸、福田。リベロに宮本、稲本のボランチ、左右のウイングバックに中谷、市川。
5日間の合宿がスタート。夕方から11対10のパスゲームをメインに1時間半。稲本がランニングの先頭に立った模様。
GK
16・榎本達也(横浜M)1・南雄太(柏)
DF
5・宮本恒靖(G大阪)、4・戸田和幸、19・市川大祐(以上清水)
12・古賀正紘、17・中谷勇介(名古屋)、18・手島和希(横浜F)、3・松田直樹(横浜M)
2・金古聖治(東福岡)
MF
7・稲本潤一(G大阪)、14・石井俊也、13・小野伸二(以上浦和)
6・明神智和(柏)、15・中村俊輔(横浜M)
FW
20・小島宏美(G大阪)、10・柳沢敦(鹿島)9・福田健二(名古屋)
11・高原直泰(磐田)、8・播戸竜二(G大阪)
山下、山口は所属チーム入換え戦の為、城定はけがの為、外れた。
追加メンバーとして播戸、松田、金子、高原が選出された。バックアップメンバーには加地(C大阪)と、遠藤(横浜F)。
参入戦決定を優先
代表に選出された山下選手(アビスパ)はJ1参入決定戦(11月19日〜12月5日)の日程を優先する事を日本サッカー協会が了承、終了後に代表チームに合流する事になった。
アジア大会メンバー発表(1998年10月26日)
GK 榎本達也(横浜M)南雄太(柏)
DF 宮本恒靖(G大阪)城定信次(浦和)戸田和幸、市川大祐(以上清水)
山口智(市原)古賀正紘、中谷勇介(名古屋)手島和希(横浜F)
MF 稲本潤一(G大阪)石井俊也、小野伸二(以上浦和)明神智和(柏)中村俊輔(横浜M)
FW 小島宏美(G大阪)広山望(市原)柳沢敦(鹿島)福田健二(名古屋)山下芳輝(福岡)
中田選手シドニー予選出場可能に(1998年10月23日)
アジアサッカー連盟は、2000年の予選に、2度目の出場を認める事を23日ベイルートでの理事会で決定。これにより、中田選手(ペルージャ)が予選より出場可能となった。
アジア予選日程決定(1998年10月23日)
予選日程がアジアサッカー連盟から発表されました。
(第1ラウンド・開催地香港)
1999年6月14日・20時15分・対マレーシア
1999年6月17日・18時00分・対ネパール
1999年6月20日・20時15分・対香港
(第2ラウンド・開催地日本)
1999年6月26日・16時00分・対ネパール
1999年6月30日・19時00分・対香港
1999年7月3日 ・19時00分・対マレーシア
合宿参加者変更(1998年10月8日)
怪我の為、小島・海本、及び服部(広島)選手が不参加。追加として、古賀(名古屋)、吉田(横浜F)が追加された。一同は本日Jヴィレッジに集合したが、いきなり18時50分より1時間40分に渡って予定外のナイター練習が行われた。
U21代表候補発表(1998年9月29日)
GK・小針(川崎)、都築(ガンバ)、曽ケ端(鹿島)、南(柏)
DF・宮本(ガンバ)、海本(ガンバ)、戸田(清水)、山口(市原)、
大野(札幌)、中谷(名古屋)、市川(清水)
MF・中田(ベルージャ)、広山(市原)、城定(浦和)、井上(横浜F)、服部(広島)、久永(福岡)
小島(ガンバ)、稲本(ガンバ)、新井場(ガンバ)、石井(浦和)、明神(柏)、大野(柏)
中村(横浜M)、酒井(市原)、小野(浦和)、加地(C大阪)、遠藤(横浜F)
FW・柳沢(鹿島)、福田(名古屋)、山下(福岡)、吉原(札幌)、西谷(C大阪)
高田(平塚)、氏家(横浜F)、高原(磐田)、大島(横浜F)
合宿は10月8日〜11日・Jヴィレッジ
アジア大会組み合わせ発表
今年12月にタイのバンコクを中心に行われるアジア大会の組み合わせが決定。トルシエ新監督の、初めての国際大会となる。10月に合宿予定。
A組 トルクメニスタン、ベトナム、韓国
B組 中国、レバノン、カンボジア
C組 日本、インド、ネパール(10月2日イエメン辞退により変更)
D組 タジキスタン、モルディブ、カタール、ブルネイ
E組 北朝鮮、ミャンマー、UAE、バングラデシュ
F組 香港、オマーン、タイ
G組 ウズベキスタン、モンゴル、クウェート、
H組 カザフスタン、イラン、ラオス
予選方法発表(1998/4/15)
アジア一次予選は34ヶ国を9つに分けて、1999年8月1日から12月31日までの間に試合をし、各組1位が最終予選に進出。9ヶ国を3ブロックに湧け、2000年2月1日から4月30日までホーム&アウェイで戦って各組一位がオリンピック本選に出場。
合宿最終日(1998/4/8)
岡田監督「フル代表の中に入れて、やっていけそうな選手はいる。何人か可能性はある」個人名については「それは秘密」。さすがドリームチーム!!海本、紅白戦の最中に接触プレーで右足第五中足骨骨折。全治三ヶ月。
合宿二日目(1998/4/7)
午前中、3人一組の戦術練習。後、4人一組て。高原(ジュビロ)の名前を岡田監督は「いいぞ」と、二度口にした。飯尾、右足首負傷で離脱。
合宿スタート(1998/4/6)
5日夜に集合した25人(柳沢、中村、小野、市川、古賀は今回不参加)は、岡田監督・小野コーチの元、紅白戦メインというA代表と同じメニューを開始。岡田監督「基本的に日本のチームが、海外又はアジアで勝ちぬく為に、どういう事が必要かという基本的な事を話して、実際トレーニングして、意識付けたいと思います」。テレビのニュースはそれぞれ15秒から1分ほどの放映(涙)。真剣な顔付きで練習に励む選手達の顔。ここから「シドニー」はスタートした。岡田監督「フル代表を捜す為のキャンプじゃないです」との事。しかし、「チャンスはあると思います」。頑張れ、若手!
オリンピック代表(U-21)代表候補発表(98/03/27)
予定・・4月5日から8日合宿(福島Jヴィレッジ)
GK・榎本(マリノス)、曽ケ端(アントラーズ)、南(レイソル)
DF・宮本(ガンバ)、城定、田畑(レッズ)、戸田(エスパルス)、古賀(グランパス)
鶴見(筑波大)、飯尾(読売ユース)、市川(エスパルスユース)
MF・小島、稲本、海本(ガンバ)、広山、山口、酒井(ジェフ)
中村(マリノス)、小野(レッズ)、服部(サンフレッチェ)
明神・大野(レイソル)、瀬戸・遠藤(フリューゲルス)、中払(アビスパ)
FW・柳沢(アントラーズ)、永井(レッズ)、福田(グランパス)、山下(アビスパ)、高原(ジュビロ)
ガンバからなんと4人も選出されました。ぜひ最後までメンバーであり続け、シドニーに立つその姿を見せて下さい。私達ファンの夢を託します。今回から本大会は中田選手も出場可能となったこのメンバーは、まさにドリームチームです。