新聞・TV・ラジオ・GAMBAれぽーと3
青の部屋・宮本恒靖ご贔屓館
2002年
ワイドABCです TA・RA・RE・BAR
宮本選手出演「 TA・RA・RE・BAR・毎日放送」2002年9月28日
司会・和泉修、大八木敦史・神尾米
宮本登場、拍手で迎えられる。
宮本「久しぶりです」
大八木「友達です。1年半ほど前から知ってます。シーズン中やからノンアルコールで乾杯しよ」
宮本「はい」
学生時代の話
宮本「ガンパのプロに入って、そして同志社に」
和泉「Jリーガーでありながら大学生やったん」
宮本「そうです」
神尾「学校へ行けてたんですか。授業とか受けてたんですか」
宮本「受けてましたよ。月曜日とかだいたい休みやったんで、そのときにけっこうコマ入れて、一日中けっこういて。それ以外も練習終わってから行ったりして。入学は指定校推薦で」
結婚について
和泉「いつ結婚したん」
宮本「去年の8月」
和泉「どういう人ですか、業界の人?」
宮本「いや、ちゃいます、普通の人。俺が高1の時に相手高3やったんですけど、そっからです」
和泉「このへんがもう、さわやかやん。高校時代から暖めていって・・。初めはどっちから声かけたん、奥さんから?」
宮本「いや、俺から。・・初めては道ですれ違って同じ制服やったから、誰やろて調査を友達とか使いながら」
和泉「一目惚れや」
宮本「に、近い」
和泉「かーっ、何聞いても純粋に聞こえるわ」
宮本「そこからちょっとしたタイミングで電話したりして」
和泉「プロポーズの言葉は」
宮本「ちょっとナイショ」
大八木「君のハートにシュートやとか言うたん」
宮本「そりゃあ言いません」
一同爆笑
サッカーについて
和泉「もともとプロになるつもりだったんでしょ、ガンバ(ユース)に入って」
宮本「高3くらいですよ、プロに入ろうと思ったのは。その前は自分がどれくらいのレベルかわからなかったし、できたら、高いレベルでやりたいなと。まあ、大学でサッカーすることも考えてました」
和泉「ガンバの(ユース)チームに入った時は、プロになろという意識はまだそんなになかったん?」
宮本「なかったですよ」
和泉「そんなもん?」
宮本「いや、入ってみて、自分のレベルの低さに愕然としたんですよ。回りが巧いから。ほんまですよ。その時、ガンバのユースは30人くらいいたんですけど、そこにいく30人言うたらそれこそレベルの高い皆さんばっかりなんですよ。で、見たら何か自分は劣ってる思うたし、自分がそのプロになろうという気持ちはまず捨てて、とりあえずここで巧くなりたいと思ったんです」
和泉「ええ話やなあ。今テレビ見てるお母さん、これを息子に見したって下さい。今伸び悩んでいる息子に。天下の宮本君が、入った時は遅れててベベの方やったと自分で」
宮本「うーん、ベベじゃなかったと思いますけど(笑)トップじゃ全然なかったです」
和泉「いつからプロを意識して」
宮本「高2の時にたまたま17歳以下代表に選ばれ、そこで世界大会を経験して、そこで違うものが見えて、ほんでプロでやりたいなと思って、で、高3の6月くらいに、はっきりプロになれるよみたいな事(チームから)言われて」
和泉「同志社に行く必要性は」
宮本「うちの家庭はけっこう勉強しろ言う家庭やったから、夏期講習とか行って自分で勉強してセンター試験受けようと思ってたんですけど、でも8月にめちゃ勉強しよ思うてたんですけど、その時にまた代表に選ばれてイングランドに行く話があって。じゃあもう、指定校推薦の話をもらうことに賭けて、で、その時はサッカーに賭けたいという気持ちを持ちました」
和泉「大学生活はサッカー一色の方が近いね。普通の大学生のような、例えばバイトして、コンパして・・」
宮本「でも、1回サークルに入ろうとして」
一同大爆笑
大八木「ええっ、何のっ」
宮本「テニス・・」
神尾「わーっ、何で入ってくれなかったの」
和泉「何しとんねん」
大八木「Jリーガーやん、何か下心があったんかいな」
和泉「ものすごい軟派なアンタ」
宮本「軟派ですか。いや、基本的に欲張りで、いろいろしたいっていうのがあって」
W杯について
大八木「どこ折れとったん」
宮本「(鼻を指して)ここです」
神尾「もう大丈夫なんですか」
宮本「大丈夫です」
和泉「マスクの色は」
宮本「最初は白やったんですよ。で、白つけて練習とかしてて、ちょっと弱そうやから黒く濡れて、GKコーチが(笑)。で、俺が黒のマジックでベルギー戦の直前に塗って」
大八木「そんなん、あれとった瞬間、マジックのあと残らなかった?」
宮本「残りますよ。だから試合終わった瞬間、すぐにとったらアカンな言う話になって。下に帰るまでつけたままで。自分ではとりたかったんですけど」
和泉「とった瞬間パンダになって」
宮本「かっこ悪いですね(笑)。それに、あれ洗濯できひんし、で、毎日の練習にも使いますから、終わってはこう、日光消毒みたいな」
一同、大爆笑。
大八木「で、日光消毒して」
宮本「日光消毒して、そこで匂い確かめて大丈夫やと思うたら、またつけて」
W杯について
和泉「W杯前、サッカー選手としてどうでした?不安もあるやろし」
宮本「俺ですか?うーん、あんまり興奮してへんかったです。こう、逆に普通の親善試合やな、言うてみんなで合宿して、他の世界から隔離されてて静かやったし。で、始まってみてベルギー戦の観客の声援とかそのあとのフィーバーぶりを見て、だんだんと盛り上がってきて」
和泉「へー、あの中で隔離されて盛り上がってミーティングとかあったとか・・」
宮本「全然。まあ、1番ピリピリしていたのはトルシエでしょうね。トルシエは選手が絶対安心しないように、俺はレギュラーやとか思った時点で外す。選手にとってはキツい」
和泉「ちょっと天狗になったら鼻をパンと折るタイプやね」
宮本「(頷く)」
神尾「宮本選手的には、好きか嫌いかと言ったら」
宮本「僕は、最初からずっとコミニュケーションとってきたから、好きでやってました。ただ、わからへんなってところも、もちろんありました。そこまでせんでいいなってところも」
和泉「トルシエやなかったら、あそこまでいってなかったと思いますか?」
宮本「それは思います。トルシエがもたらしたものは、すごく大きいです。だってWユースで準優勝とか、ちょっと考えられへんことやし、オリンピックでもベスト8いってますし、アジア杯優勝とか。それはやっぱり一貫して才能ある選手を名前を忘れて使い続けていったからじゃないですか」
トルコ戦について
和泉「トルコ戦、メンバーが変わったじゃないですか。あの時みんなが、えっ、勝ってるのに何で変えるのって」
宮本「スタメン発表の時はびっくりしましたね。前日の戦術練習の時に、今までの布陣と、そのサントスの入った時の布陣を練習したんですよ。こんなんやんの、明日?とか思うてて、まあオプションの1つや思うてたらそれがスタメンになったから・・まあ、心の中にその図はあったとは言え、最初にくるか・・と。トルシエのスーツの色がね、まあ」
和泉「スーツの色が変わったんやね。何か思いましたそれ?」
宮本「ミーティング会場に入ってきたらベージュのスーツ着てるし。いつも紺色やのに、えっ、と。それでみんなザワザワとして。何でこいつこんなことしてるの、と」
和泉「せっかく今まで勝って調子ええのに、何お洒落してるのって?」
一同、爆笑。
宮本「そしたら、自分で今日から新しい挑戦が始まるから、新しいカラーで行こうじゃないかって」
和泉「言うたんですか」
宮本「通訳のダバディが。そんで次にスタメン発表で2つめの驚きが」
大八木「トルコ戦は勝ててたんちゃうの」
宮本「うーん。芝生が長かったんですよ。雨降ってたんですよ。ね・・そしたらそういう状況やから、普通起りえないミスがあって。あれがいつも通りのグランドやったら(ミスも)なかったと思うし」
大八木「でもそれはトルコのチームも一緒やないの」
宮本「・・一緒ですね」
和泉「もし(トルコに)勝ってたら、次はセネガルかどこかでしたね」
宮本「(勝ってたら)長居で、セネガルとやって勝って、ブラジルとやって、まあ無理やったかな、なんて。そして3決に回って、韓国とやって、勝って・・」
大八木「世界3位や」
宮本「・・って言う絵があったらいいなって、選手の中で話してたかな。俺の考えですけど。たら、れば、で」
大八木「トルコ戦のレフリーはどうやったん」
宮本「うまかったです。試合終わったらなぐさめてくれましたから。宮本、おまえは自分に誇りを持て、みたいな事を言ってくれて。その時はうるさいなと思ったけど、あとで思うたらええ人やなと」
これから
大八木「あと、世界で羽ばたこうという気持ちはありますか」
宮本「うーん、チャンスがあったらと思いますけど。高いレベルで1回くらいやってみたいなと。やっぱり競技者やったらそう思います」
大八木「そりゃそう思うわ」
宮本「でも今は、ガンバのためにしっかりやろうと」
神尾「海外に行ってる選手、稲本選手とかチェックします?」
宮本「テレビとか見ますしね、驚いてますよあんなにゴール決めるから。ガンバにおるときは全然決めへんかったのに。いや、全然とは言えへんけど」
和泉「宮本ジャパンを(いつか)見たい」
宮本「でけたら、ですね、でも大変そう。歴代監督を見ていると・・」
大八木「今後の日本サッカー界について、宮本選手から」
宮本「W杯が終わって、人の興味がすごく集まっていると思うんです。だからシビアな面もあると思うし、だからこそ頑張らなあかん思うのです。で、今度のW杯はまたベスト16以上とか色々言われますけど、今度はまた予選から始まりますから、地に足つけてしっかり闘わなきゃいけないと。(2006年も)また自分もそういう場所に行ける様に、頑張りたいと。W杯で自信をつけたこともありますし、まだまだなやと思うところもありますし。逆にプレーしたことで、もっと上手くなりたいというモチベーションみたいなものをもらったんで、これからも上手くなって、いつかまた海外でできるような選手になりたいですね」
宮本選手生出演「ワイドABCです・朝日放送」2002年6月20日
司会「大阪に帰って来られて今少しはホッとされていますか」
宮本「はい、けっこう行動範囲を決められていたんで、解放されたんで・・」
司会「みんなの応援は届きましたか」
宮本「すごかったですね、びんびんか(伝わって)、試合ごとに人の数も増えて嬉しかったです」
司会「大阪の試合はどうでした?」
宮本「長居の試合ですか?すごく興奮しましたし、いつも以上に頑張らなアカンなと」
司会「(試合中に)とにかく声を出してましたね」
宮本「集中力がね、一瞬でも切れるとやられてしまうのがW杯ですから」
司会「やはり主将として盛り上げなきゃというのもありました?」
宮本「そうですね、後ろのほうで声は出し続けなきゃいけないと思っていましたし、やはりキャプテンマークつけている分、声以外のプレーでもしっかりしなくてはいけないと。とりあえず、自殺点しなくてよかったです(笑)」
司会「関西弁で(指示は)いくんですか」
宮本「関西弁ですよ、はい」
司会「批判的な記事もあり、タイミング悪く点数をとられたりもして、宮本君の責任にされたこともあったのに、この人は見事に跳ね返しました。あの時はお風呂で戦術を振り返ったとか」
宮本「ベルギー戦のあとに、失点を振り返ってどうもフラット3という戦術にこだわり過ぎているところがあったので、W杯ということで相手は研究してくるので、もう少し柔軟に対応して、危ないと思った場面には裏をとられないよう、安全第一にしようと話し合って」
司会「練習試合で精神的にキツかった部分はあったのでは」
宮本「確かに結果が出ないのは難しかったですけど、自分自身のプレーはそんなに悪くないと思っていましたから。それにあと、セットプレーからの失点が多かったんで、修正は絶対効くと思ってましたから」
司会「W杯で、でっかいなと思ったのは」
宮本「ベルギーの選手ですね、でも試合になると全然怖くなかったです」
ここでフェイスマスク登場
宮本「静岡の宿舎にわざわざ東大阪から業者の方に来てもらって、それで一晩かけて(作ってもらいました)。ちゃんと顔の形をとって」
司会「キャプテンマークをつける思いは」
宮本「やっぱり気合が違いますね」
トルコ戦について
司会「ホイッスルが鳴った瞬間は」
宮本「くやしい気持ちしかなかったです」
司会「トルコ戦は勝てる試合だと思ってのぞんだんですか」
宮本「もちろん、はい、確信してやりましたけど」
司会「トルシエさんはどういう方ですか」
宮本「トルシエは選手がプロとしてしっかりと振舞わない時は怒るんですけど、プロとして振舞った時は1人の選手として尊重して付き合ってくれますし、あとは選手の立場を常に考えてくれていた監督でした」
司会「普段、冗談を言われたりする監督ですか」
宮本「冗談ばかり言ってますね。・・笑っていいのか、あかんのか・・」
司会「(トルコ戦でFWが)メンバーチェンジになりましたよね。あれ選手はどういう感じだったのですが」
宮本「うー、あれは、ただあれまで2トップだった柳沢が、首の元々持っている持病でプレーできない状態だったので、トルシエの選択もけっこう難しかったと思います」
司会「一番やりたかった国は」
宮本「僕はイングランドのオーウェンとやりたかったです。やっぱり、どれくらいすごいんやろなと」
司会「すばり優勝はどこだと思います?」
宮本「優勝はブラジルだと」
司会「今回つかんでものは」
宮本「インターセプトのタイミングとか」
司会「闘って、ベルギー、ロシア、チュニジアと一番おっかなかったのは」
宮本「ベルギーが一番力があったと」
司会「奥様は観戦に来られたんですか」
宮本「はい、来てました」
司会「やはり支えになられたんですか」
宮本「はい、そうですね」
司会「記念に奥様にプレゼントしたりとか」
宮本「勝利ボーナスがでるので、その中からと」
司会「何を」
宮本「それは秘密です」
司会「自分にご褒美をあげるとすれば、何をあげたいですか」
宮本「いやあ・・休めたらいいです、それで。ちょっとオフをもらったんで」
司会「このあとが大事ですね」
宮本「これだけ盛り上がったんで、ぜひJリーグを盛り上げてほしいです」