アメリカ大統領のあらましと格付け
歴代大統領の一覧、合衆国憲法の大統領関連規定、大統領の格付けなどについて掲載します。

HOMEアメリカ大統領のあらましと格付けアメリカ大統領の話(1)ワシントン、ジェファーソン、モンロー、ジャクソンなどアメリカ大統領の話(2)リンカーン、グラント、ルーズベルト、ウィルソンなどアメリカ大統領の話(3)ルーズベルト、トルーマン、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソン、ニクソン、レーガン、ジェファーソン・デービスなどよもやま話(1)ワシントン大統領の入れ歯、リンカーン大統領の横顔、ケネディ大統領暗殺事件などよもやま話(2)ワシントン大統領のお仕事、リンカーン大統領の末裔、ルーズベルト大統領の演説作りなどアメリカ大統領選挙戦・2008年自分史:趣味の起源、甲府一高、専修大学、エアロビの魅力


 歴代大統領の紹介

○ 上の写真は、左からワシントン生誕200年(1932年1月1日発行)のワシントン大統領の記念切手(図版は、ギルバート・スチュアートの筆になる1796年の未完の肖像画が元となっている。ボストン・ミュージアム・オヴ・ファインアーツ所蔵)、1922年シリーズとして発行のクリーブランド大統領とタフト大統領の普通切手、1965年のプロミネント・アメリカン・シリーズのケネディ大統領の普通切手です。
ワシントンは若き共和国の確固たる基礎を築きました。クリーブランドは、第22代、そして1代おいて、第24代の大統領を務めた人物です。タフトは、大統領と最高裁判所長官の両ポストを歴任した唯一人の人物です。ケネディは選挙で選ばれた最年少(43歳と236日)の大統領です。

○ 歴代大統領について、代数・氏名・所属政党・在任期間・就任時年齢・その他参考事項を掲げます。

初代 ジョージ・ワシントン (連邦党) 1789.04.30-1797.03.03 57歳 「建国の父」。憲法に署名
2代 ジョンアダムズ 連邦党 1797.03.04-1801.03.03 61歳 独立宣言に署名
3代 トマス・ジェファソン 国民共和党 1801.03.04-1809.03.03 57歳 独立宣言を起草、署名 
4代 ジェームズ・マディソン 国民共和党 1809.03.04-1817.03.03 57歳 「憲法の父」。憲法に署名
5代 ジェームズ・モンロー 国民共和党 1817.03.04-1825.03.03 58歳

6代 ジョン・クィンジー・アダムズ 国民共和党 1825.03.04-1829.03.03 57歳 第2代アダムズの長男
7代 アンドルー・ジャクソン 民主党 1829.03.04-1837.03.03 61歳 1835年に暗殺未遂事件に遭遇
8代 マーティン・バンビュレン 民主党 1837.03.04-1841.03.03 54歳
9代 ウィリアム・ヘンリー・ハリソン ホイッグ党 1841,03.04-1841.04.04 68歳 在任中、死亡(病没)した初の大統領
10代 ジョン・タイラー ホイッグ党 1841.04.06-1845.03.03 51歳 大統領の死亡により初の昇格、大統領代行ではなく大統領であると強く主張

11代 ジェームズ・ノックス・ポーク 民主党 1845.03.04-1849.03.03 49歳
12代 ザカリー・テイラー ホイッグ党 1849.03.05-1850.07.09 64歳 在任中病没
13代 ミラード・フィルモア ホイッグ党 1850.07.10-1853.03.03 50歳 開港を求め日本にペリーを派遣
14代 フランクリン・ピアース 民主党 1853.03.04-1857.03.03 48歳 日米和親条約を締結
15代 ジェームズ・ブキャナン 民主党 1857.03.04-1861.03.03 65歳 唯一の独身大統領。日米修好通商条約批准のため渡米した日本の使節団と接見

16代 エイブラハム・リンカン 共和党 1861.03.04-1865.04.15 52歳 史上初、在任中暗殺
17代 アンドルー・ジョンソン ユニオン(民主党) 1865.04.15-1869.03.03 56歳 弾劾裁判で無罪
18代 ユリシーズ・シンプソン・グラント 共和党 1869.03.04-1877.03.03 46歳 引退後、世界旅行の途中、来日し明治天皇に拝謁
19代 ラザフォード・バーチャード・ヘイズ 共和党 1877.03.04-1881.03.03 54歳

20代 ジェームズ・エイブラム・ガーフィールド 共和党 1881.03.04-1881.09.19 49歳 在任中暗殺
21代 チェスター・アラン・アーサー 共和党 1881.09.20-1885.03.03 50歳
22代 グローバー・クリーブランド 民主党 1885.03.04-1889.03.03 47歳
23代 ベンジャミン・ハリソン 共和党  1889.03.04-1893.03.03 55歳 第9代ハリソン大統領の孫
24代 グローバー・クリーブランド 民主党 1893.03.04-1897.03.03 55歳 第22代クリーブランドと同一人物
25代 ウィリアム・マッキンリー 共和党 1897.03.04-1901.09.14 54歳 在任中暗殺

26代 シオドア・ローズベルト 共和党 1901.09.14-1909.03.03 42歳 大統領昇格時、最年少。退任後、暗殺未遂事件に遭遇
27代 ウィリアム・ハワード・タフト 共和党 1909.03.04-1913.03.03 51歳 大統領引退後、1921年から1930年までの間、最高裁判所長官を歴任
28代 ウッドロー・ウィルソン 民主党 1913.03.04-1921.03.03 56歳
29代 ワーレン・ガメイリエル・ハーディング 共和党 1921.03.04-1923.08.02 55歳 在任中病没
30代 キャルビン・クーリッジ 共和党 1923.08.03-1929.03.03 51歳 関東大震災の発生に際し日本への救援物資搬送を直ちに指示

31代 ハーバート・クラーク・フーバー 共和党 1929.03.04-1933.03.03 54歳
32代 フランクリン・デラノ・ローズベルト 民主党 1933.03.04-1945.04.12 51歳 大統領選挙戦中、暗殺未遂事件に遭遇。1933年確定の憲法修正により、1937年から就任期日が1月20日に変更。異例の4選を果たすも就任まもなく病没
33代 ハリー・エス・トルーマン 民主党 1945.04.12-1953.01.20 60歳 日本に原爆を2回にわたり投下
34代 ドワイト・デイビッド・アイゼンハワー 共和党 1953.01.20-1961.01.20 62歳
35代 ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ 民主党 1961.01.20-1963.11.22 43歳 選挙による最年少大統領。ローマン・カソリック教徒の唯一の大統領。在任中暗殺

36代 リンドン・ベインズ・ジョンソン 民主党 1963,11.22-1969.01.20 55歳
37代 リチャード・ミルハウス・ニクソン 共和党 1969.01.20-1974.08.09 56歳 ウォーターゲート事件による弾劾を回避するため、史上初の辞任
38代 ジェラルド・ルドルフ・フォード 共和党 1974.08.09-1977.01.20 61歳 選挙の洗礼を受けていない正副大統領。現職大統領として初めて来日。暗殺未遂事件に2回も遭遇
39代 ジミー・カーター 民主党 1977.01.20-1981.01.20 52歳
40代 ロナルド・ウィルソン・レーガン 共和党 1981.01.20-1989.01.20 69歳 離婚歴を有する唯一の大統領。暗殺未遂事件に遭遇

41代 ジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ 共和党 1989.01.20-1993.01.20 64歳
42代 ウィリアム・ジェファソン・クリントン 民主党 1993.01.20-2001.01.20 46歳 弾劾裁判で無罪。ファーストレディーのヒラリー・クリントン氏は、2008年大統領選で民主党の最有力候補
43代 ジョージ・ウォーカー・ブッシュ 共和党 2001.01.20- 54歳 第41代ブッシュ大統領の長男


○ 参考文献
→ 猿谷要先生編「アメリカ大統領物語」(2002年4月5日、新書館発行)
→ ムルハーン千栄子先生著「妻たちのホワイトハウス 愛して泣いて闘った夫婦の列伝」(1999年6月30日、集英社発行)
→ ポール・ボラー氏著、吉野寿子氏訳「ホワイトハウス・ストーリーズ アメリカ全大統領の逸話」(1999年12月1日、三省堂発行)
→ ポール・ボラー氏著、吉野寿子氏訳「アメリカ大統領の妻たち」(2000年1月20日、メタモル出版発行)
→ 文・高橋洋一郎氏、和田哲郎氏、写真・藤塚晴夫氏、旅名人編集室編「ワシントンDC バージニア メリーランド 建国史の舞台を歩く」(旅名人ブックス第12巻)(2006年6月12日、日経BP出版センター)
→ 新川健三郎・東京大学教養学部歴史学教授監修「DVD 映像が語る20世紀 〜アメリカ大統領と現代の記録〜」全21巻(2007年、セレブロ発行)20巻目までは、第26代セオドア・ローズベルト大統領以降の歴代大統領をその時々の出来事とともに映像で紹介、第21巻は初代ワシントン大統領から第25代マッキンリー大統領までを解説しています。各巻500円という廉価が魅力的!
→ 大谷立美氏監修・解説「CDブック・アメリカ大統領の英語(就任演説)」全6巻(1994年、アルク発行)
→ 松尾弌之教授監修・解説「CDブック・20世紀の証言(英語スピーチでたどるこの100年)」全2巻(1998年、アルク発行)


 アメリカ合衆国憲法に規定された大統領関係条項

○ 上の写真は、憲法調印150年の記念切手です(1937年9月17日発行)。図は、1856年にJ.B.スターンズが描いたものが元となっています。右手、壇の上に立っているのが議長を務めたジョージ・ワシントンです。中央は、マディソン大統領生誕250年記念切手(2001年10月18日発行)です。憲法制定会議で、現在の大統領制の原型を提唱したバージニア・プランはマディソンが手がけたもので、彼は「憲法の父」と称されています。右は、憲法調印200年記念切手(1987年9月17日発行)です。
1787年5月25日、フィラデルフィアのステート・ハウスに12邦の代表が参会し、それまでの連合規約下の限定的で脆弱な政府権限を改めるため、「立法・行政・司法の各部を有する全国的政府の設立」について審議しました。合衆国憲法は、妥協のたばねとして連邦共和制の枠組みを採用し、同年9月17日に調印されました。

● 以下に掲げる大統領関係条項は、米国大使館ホームページ「アメリカ合衆国憲法」(邦訳)から抜粋したものです。憲法の全文を見たいときは、下のリンク集からアクセスしてください。 

合衆国憲法
第2条〔行政府〕
第1節(1)行政権は、アメリカ合衆国大統領に帰属する。大統領の任期は4年とし、同一任期で選任される副大統領と共に、左記の方法で選挙される。
(2)各州はその州議会の定める方法により、その州から連邦議会に選出できる上院および下院の議員の総数と等しい数の選挙人を任命する・・・。
(3)〈選挙人はそれぞれの州で会合し、秘密投票によって2名を選挙する。その中の少なくとも1名は、選挙人と同一州の住民であってはならない。選挙人は得票者およびそれぞれの投票数の表を作成し、これに署名し証明をした上で封印をし、上院議長に宛て、合衆国政府の所在地に送付する。上院議長は、上院議員および下院議員の出席の下に、すべての証明書を開封し、次いで投票が計算される。最多得票数が選挙人総数の過半数である場合には、その最多得票者が大統領となる。過半数を得た者が1名を超え、その得票数が同じ場合には、下院は直ちに秘密投票により、その中の1名を大統領に選任する。また、もし過半数を得た者のない場合は、前述の表の中で最多得票者5名の内から、同じ方法により下院が大統領を選任する。ただし、この方法で大統領を選挙する場合、各州の下院議員団はそれぞれ1票を有するものとし、投票は州を単位として行う。この目的のための定足数は、全州の3分の2から1名またはそれ以上の議員が出席することによって成立し、また選任のためには全州の過半数が必要である。いずれの場合においても、大統領に選任された者に次いで最多得票をした者が副大統領となる。しかし、もしその場合、同数の得票者が2名以上あれば、上院がその中から秘密投票によって副大統領を選任する。〉〔本項は修正第12条で改正〕
(4)[大統領選挙の期日]。
(5)何人も、出生による合衆国市民・・・でなければ、大統領となることはできない。35歳に達しない者、また14年以上合衆国の住民でない者は、大統領となることはできない。
(6)大統領が免職、死亡、辞任し、またはその権限および義務を遂行する能力を失った場合には、その職務権限は副大統領に帰属する。連邦議会は、大統領および副大統領が共に、免職、死亡、辞任あるいは能力喪失の場合について法律で規定し、その場合に大統領の職務を行うべき公務員を定めることができる。この公務員は、これにより、右のような能力喪失の状態が除去されるか、あるいは大統領が選任されるまで、その職務を行う。
(7)[大統領の報酬]。
(8)大統領はその職務を遂行を開始する前に、次のような宣誓あるいは確約をしなければならない。「私は合衆国大統領の職務を忠実に遂行し、全力を尽くして合衆国憲法を維持、保護、擁護することを厳粛に誓う(あるいは確約する)。」
第2節(1)[陸海軍等の最高司令官]。大統領は行政各部の長官から、それぞれ部の職務に関するいかなる事項についても、文書による意見を求めることができる。[恩赦権]。
(2)大統領は、上院の助言と同意を得て、条約を締結する権限を有する。[最高裁判所判事等の任命権]。
(3)[上院閉会中の欠員補充の任命権]。
第3節 大統領は連邦議会に対し、随時連邦の状況に関する情報を提供し、また自ら必要かつ適切と考える施策について議会に審議を勧告する。[議会招集権]。[外交使節の接受]。[公務員の任命権]。
第4節 [大統領等の弾劾、罷免]

合衆国憲法修正箇条
修正第12条〔1804年確定〕選挙人は各々その州に会合し、秘密投票によって、大統領および副大統領を決定する。
この2人の内、少なくとも1人は、選挙人と同じ州の住民であってはならない。
選挙人は、その投票において大統領として投票する者を指名し、別の投票において副大統領として投票する者を指名する。
また選挙人は、大統領として投票されたすべての者あるいは副大統領として投票されたすべての者の表ならびに各人の投票数の表を作成し、これらの表に署名し証明した上、封印をして上院議長に宛て、合衆国政府の所在地に送付しなければならない。
上院議長は、上下両院議員出席の下に、すべての証書を開封し、次いで投票が計算される。
大統領として最多得票を獲得した者を大統領とする。ただし、その数は任命された選挙人総数の過半数でなければならない。
もし何人も右の過半数を得なかった時は、大統領として投票された者の内、3名を超えない最高得票者の中から、下院が直ちに秘密投票により大統領を選任しなければならない。大統領の選任に際して、各州の下院議員団は1票を有するものとし、投票は州を単位として行う。
この目的のための定足数は、全州の3分の2の州から1名またはそれ以上の議員が出席することによって成立し、また選任のためには全州の過半数が必要である。
もし右の選任権が下院に委譲された場合に、下院は〈次の3月4日まで〉大統領を選任しない時は、大統領の死亡またはその他の憲法上の不能力を生じた場合と同様に、副大統領が大統領の職務を遂行する。
副大統領として最多得票をした者を副大統領とする。ただし、その数は任命された選挙人数の過半数でなければならない。
もし何人も右の過半数を得なかった時は、右の表の内、2名の最高得票者の中から、上院が副大統領を選任しなければならない。この目的のための定足数は、上院議員の総数の3分の2とし、また選任のためには総数の過半数が必要である。しかし何人と言えども、憲法上大統領職に就く資格のない者は、合衆国副大統領の職に就くことができない。〔〈〉内は修正第20条で改正〕

修正第20条〔1933年確定〕
第1節 大統領および副大統領の任期は、もし本修正箇条が承認されていなかった場合の任期が終了する年の1月20日の正午に終了・・・する。その後任者の任期はその時に開始する。
第2節[連邦議会の開始時期]
第3節 大統領の任期の開始期と定められた時点で、次期大統領として当選した者が死亡している場合には、次期副大統領として当選した者が大統領となる。
大統領の任期の開始期と定められた時までに大統領が選出されていない場合、または大統領の当選者がその資格を備えるにいたらない場合には、副大統領の当選者は、大統領がその資格を備えるにいたるまで大統領の職務を行う。
連邦議会は、大統領の当選者および副大統領の当選者が共にその資格を備えるにいたらない場合に、何人が大統領の職務を行うか、あるいはいかなる方法でその職務を行う者を選出するかを法律で定めることができる。この場合には、その者は、大統領または副大統領がその資格を備えるにいたるまで大統領の資格を行う。
第4節[大統領選出特殊方式の法律制定]
第5節[効力発生時期]

修正第22条〔1951年確定〕
第1節 何人も、2回を超えて大統領の職に選出されてはならない。
他の者が大統領として選出された場合、その任期内に2年以上にわたって大統領の職にあった者または大統領の職務を行った者は、何人であれ1回を超えて大統領の職に選任されてはならない・・・。
第2節[効力発生要件]

修正第25条〔1967年確定〕
第1節 大統領の免職、死亡、辞職の場合には、副大統領が大統領となる。
第2節 副大統領職が欠員の時は、大統領は副大統領を指名し、指名された者は連邦議会両院の過半数の承認を経て、副大統領職に就任する。
第3節 大統領が、その職務上の権限と義務の遂行が不可能であるという文書による申し立てを、上院の臨時議長および下院議長に送付する時は、大統領がそれと反対の申し立てを文書により、それらの者に送付するまで、副大統領が大統領代理として大統領職の権限と義務を遂行する。
第4節 副大統領および行政各部の長官の過半数または連邦議会が法律で定める他の機関の長の過半数が、上院の臨時議長および下院議長に対し、大統領がその職務上の権限と義務を遂行することができないという文書による申し立てを送付する時には、副大統領は直ちに大統領代理として、大統領職の権限と義務を遂行するものとする。
その後、大統領が上院の臨時議長および下院議長に対し、不能が存在しないという文書による申し立てを送付する時には、大統領はその職務上の権限と義務を再び遂行する。
ただし副大統領および行政各部の長官の過半数、または連邦議会が法律で定める他の機関の長の過半数が、上院の臨時議長および下院議長に対し、大統領がその職務上の権限と義務の遂行ができないという文書による申し立てを4日以内に送付する時は、この限りではない。
この場合、連邦議会は、開会中でない時には、48時間以内にその目的のために会議を招集し、問題を決定する。もし、連邦議会が後者の文書による申し立てを受理してから21日以内に、または議会が開会中でない時は会議招集の要求があってから21日以内に、両議院の3分の2の投票により、大統領がその職務上の権限と義務を遂行することができないと決定する場合は、副大統領が大統領代理としてその職務を継続する。その反対の場合には、大統領はその職務上の権限と義務を再び行うものとする。


 父・清水伸一が思っているちょっとした疑問について

○ 上の写真は、1938年大統領シリーズの普通切手で、左から第9代ハリソン、第10代タイラー、第11代ポーク、第12代テイラーの各大統領です。


○ 交通・情報伝達の高度な発達、緊迫した国際情勢、憲法修正という立法による不備の解決により、今では問題があるという話ではありませんが、趣味としてアメリカ大統領を調べていると、歴史上の扱いについて、父・清水伸一がどうしても気になる2つの疑問があります。

○ 「第1の疑問」は、現職大統領が死亡して副大統領が大統領に昇格するタイミング(新大統領の任期の始期)は、
@=大統領が死亡した時点か?
A=副大統領が大統領就任の宣誓を行った時点か?
いずれなのかというものです。

→ これについては、第9代ハリソンから第10代タイラーに代替わりした1841年4月と第11代ポークから第12代テイラーに代替わりした1849年3月を例にとって説明しましょう。合衆国政府をはじめ大方の見解は、上記Aにより、次のようになっています。
〔例1〕
・ 第9代ハリソン 終期=死亡日1841年4月4日(日)
・ 第10代タイラー 始期=就任宣誓日1841年4月6日(火)
・ 更に記録を詳しく見ると、第9代ハリソンは、肺炎により、4月4日午前0時30分にホワイトハウスで息を引き取ります。ハリソンの死の報は、速やかに郷里のバージニア州に滞在中の副大統領タイラーの元に届けられました。タイラーは直ちに首都ワシントンに向け出発しましたが、到着したのは4月6日午前4時でした。そして、同日正午、首都巡回裁判所のウィリアム・クランチ長官により就任の宣誓を行ったのです。
・ 上記Aの見解によれば、ほぼ2日半にわたり、大統領が不在ということになります。
〔例2〕
・ 第11代ポーク 終期=1849年3月3日(土)
・ 第12代テイラー 始期=就任宣誓日1849年3月5日(月)
・ テイラーは宗教的理由から、1849年3月4日=日曜日に大統領に就任することを回避し、翌5日に延期しました。 
・ 上記Aの見解によれば、1849年3月4日(日)は大統領が不在ということになります。
しかし、〔例1〕とは異なり、3月4日は、上院議長代行のデイビッド・アチソンが「1日大統領」だった、との主張が根強く展開されています。なお、アチソンの墓石には「1日大統領」だったと明記されています。
ポークの任期は、3月3日ないし3月4日の正午に終了し[次の「第2の疑問」参照]、ダラス副大統領は上院議長を3月2日に辞職し、同日アチソンが上院議長代行に選出され、フィルモア次期副大統領も未就任だった---このような状況からアチソンの「1日大統領説」が生まれました。
● LIFE編集部編、清水博先生監修「LIFE 合衆国の歴史」全12巻(昭和40年、時事通信社発行)第5巻「連邦の危機」68ページ「上院の仲間たちはカンザスでの南部の火つけ役、デーヴィッド・アチソンを冗談に「1日大統領」といった。ポークとテイラーの執政の間に日曜日があった。アチソンは臨時上院議長で大統領継承順が次位なのでその日に臨時大統領となったのである。彼は当日寝て過ごしたといった」

☆ 上記Aの見解は、もちろん、連邦憲法において「大統領はその職務の遂行を開始する前に」(第2条第1節)宣誓をすることを必要としていることが根拠です。
〔例1〕のように、副大統領が大統領の死亡により、大統領就任宣誓を行うまでの間は、大統領不在なのか、上院議長代行が大統領職務代行を務めるのか?後者であるとの説明はこれまで見たことがありません。
〔例2〕のように、大統領当選者が宗教的理由により延期した大統領就任宣誓までの間は、大統領不在となるのか、上院議長代行が大統領職務代行を務めるのか?アチソンが、大統領職務代行ではなく、「1日大統領」だとすれば、上記Aの見解から、アチソンは就任宣誓はしていないので、就任宣誓実施までテイラーは大統領ではないとする理屈と明らかに矛盾しています。「1日大統領説」は、実は、大統領職務代行なのです。
いずれにせよ、上述のように、〔例1〕と〔例2〕とでは大統領就任宣誓までの間の解釈は異なっています。
一方、当時は、1792年の大統領継承法の下にありましたから、大統領と副大統領が「ともに空白の場合」、副大統領に次ぐ継承順位は@上院議長代行、A下院議長の順で、空白が解消されるまでの間、「大統領職務代行」を務めるとされていました。正当に大統領となる予定の副大統領あるいは大統領当選者がいる場合は、次位の上院議長代行は大統領代理とはなりません。したがって〔例2〕に見られる主張は誤りです。
他方しかし、大統領職に空白が生じる行政解釈はいかなる時代もあり得ないので、上記@の見解、すなわち、大統領の死亡等事故事由が生じた時点で、後任者の任期が開始する、とするのが相当であると考えます。宣誓実施要件は、形式的要件であり、前述の時点で、大統領が果たすべき義務の遂行を開始することがまず求められるはずです。

☆ また、こんな例はどうでしょう?
すなわち、2期連続8年間務めた第5代モンローの任期と就任式・宣誓の関係です。モンローの第1任期は、1817年3月4日(火)に始まりました。第2任期は4年後の1821年3月4日から始まります。ところが、史上初めてのこととなりましたが、モンローは1821年3月4日が「日曜日」に当たることから、宗教上の理由で翌3月5日に就任式を延期させたのです。「就任の宣誓がイコール大統領任期の始期である」との主張からすれば、モンローの第2任期は1821年3月5日から始まるわけです。
しかしながら、大統領の1任期はきっちり4年間なので(このへんのことはアーサー・シュレシンジャー氏著、猿谷要先生監修・高村宏子氏訳「アメリカ史のサイクルU 大統領とリーダーシップ」201〜203ページを参照)、1817年3月4日開始の第1任期は、1821年3月3日(又は3月4日)に終了ということになります。そうであるならば、1821年3月4日は(又は3月4日正午に終了ならば、そのときから翌3月5日の第2回就任宣誓までの間は)誰が大統領なのか?という疑問は出ないのでしょうか?それでもモンローが大統領だ、というなら、モンローの第1任期は「4年と1日」となり、法定任期を逸脱します。違法な1日大統領の誕生なのでしょうか?そうではありません。その1日はモンローの第2任期に属することは明白です。
したがって、父清水伸一は、法定任期4年間が当該大統領の任期を示すのであって、就任宣誓の時期をもって、当該大統領の任期が伸びたり縮んだりすることは論理的にもおかしいと考えます。


○ 「第2の疑問」は、大統領就任が3月4日だった時代、退任しようとしている大統領の終期はいつかという疑問です。なお、現在は、新旧大統領の代替わりは、1月20日正午となっています。

→ 文献によると、退任しようとする大統領の終期の期日は、「3月3日」(このHPの記載)、「3月4日」、「3月4日正午」といった具合にまちまちです。
〔退任大統領の最後の日の行動---いくつかの実例〕
● ハワード・ブレマー氏編「ジョン・アダムズ 1735〜1826年 年譜・公文書・参考文献」(1967年、オシアナ社発行)17〜18ページ
● ウィリアム・シール氏著「大統領官邸 その歴史」(1986年、ホワイトハウス歴史協会発行)第1巻「ジョン・アダムズとトマス・ジェファソン」88ページ
・ 2代アダムズの場合〜1801年3月3日午後9時まで、親連邦党派の裁判官を任命する「深夜の任命」の仕事を行う。ジェファソンの就任式に出席することを拒否して、翌4日午前4時ころ、郷里マサチュセッツ州に向け出発した。
● アラン・ネビンス氏編「ポーク ある大統領の日記 1845〜1849年」(1968年、カプリコーンブックス社発行)387〜388ページ
・ 第11代ポークの場合〜1849年3月4日(日曜日)の日記「議会が開会することとなっている今朝午前6時30分、私は合衆国大統領の職務を終わり、妻と姪っ子のヘイズ嬢、ラッカー嬢とともに、第一長老教会を訪れ礼拝を行った」

☆ 実例をみる限りでは、退任大統領自身、3月4日正午の新大統領就任まで仕事をするものとは思っていなかったことが窺えます。当時の連邦憲法の規定を見てもはっきりわかりません。何か情報がありましたらぜひご教示ください。よろしくお願いします。



● 外務省監修「アメリカの読み方 知られざる大国、一問一答」(昭和62年2月5日、講談社発行)
「T 大統領」20〜24ページ「大統領の不測の事態のピンチヒッターは?」
★ 大統領継承権を有するのはだれか?
大統領に「昇格」できるのは副大統領「のみ」である。これは、修正憲法第25条第1節に明確に記載されている。
つまり、大統領に不測の事態(死亡、免職、辞任)が生じた場合には、副大統領が大統領になる(to become President)のである。
たとえば、フォード大統領の場合をみてみよう。ニクソン大統領の下で副大統領であったアグニューの辞任により、フォード共和党下院院内総務が副大統領に指名され、承認(上下両院)された。その後、ニクソン大統領の辞任により、フォード大統領が憲法の規定により大統領に就任したわけである。
副大統領のポストにある者のみが、大統領に昇格できるのである。
ちなみにこのときには、副大統領にネルソン・ロクフェラー(前ニューヨーク州知事)が指名、承認された。大統領、副大統領とも選挙の洗礼を受けていないきわめて異例のケースであった。
なお、大統領が重病等により職務遂行不能となった場合には、副大統領が大統領代理(Acting President)をつとめる(修正憲法25条第3節)が、当該辞退(重病等)が回復すれば、大統領が職務に復帰する。
★ 大統領職務代行権の順位は
さて、大統領代理を行っている副大統領が、重病等におちいり職務遂行不能となった場合はどうだろう。
万一、大統領および副大統領がほぼ同一時期に欠けた場合---たとえば、A大統領の下でB副大統領が辞任し、いまだ副大統領の後任がきまらないうちにA大統領の不測の事態(死亡等)がおこり、A、Bともに欠けてしまった場合---を考慮し、米国法典第3編第19条は、つぎのとおり定めている。
つまり、このような事態がおこった場合は、@下院議長、A上院議長代行、B国務長官、C財務長官、D国防長官、Eその他の各省長官の順位により、大統領職務代行(to act as President)を行うのである。
この大統領職務代行者は、残りの任期のすべての期間を代行する。ただし、これはあくまでも職務代行であって、大統領に昇格するケースとは異なる。
さて、ここに一つの問題が存在する。職務代行者が野党である場合である。現在のオニール下院議長は民主党であるので、〔共和党政権の〕大統領、副大統領がともに欠けるという事態が起こった場合、選挙を行うことなく、代行とはいっても野党民主党政権になってしまうわけである。
前述したアグニュー副大統領(共和党)辞任の際に、当時のアルバート下院議長(民主党)は、なんらかの緊急事態がおきて、自分が大統領職を執行することになるのは、政治的混乱をまねくことになるので、早急に副大統領の後任をきめるようニクソン大統領に申し入れた経緯がある。
事実、このときは、アグニュー辞任(1973年10月10日)、フォード副大統領指名(10月12日)、上院本会議承認(11月27日)、下院本会議承認(12月6日)、同日正式に副大統領就任と運んだがわけであるが、前任者の辞任から後任者の就任まで、約2ヵ月を要したわけであり、この2ヵ月間に大統領の身になにかがおこらないとはいいきれなかったのである。
なお、大統領は全軍の最高司令官であるが(憲法第2条)、不測の事態により大統領が欠けた場合の軍事的空白をさけるため、国防長官が憲法上の大統領の権限を授権執行しうるよう規定されている(国家安全保障報及び国防省再組織法)。
作戦命令は国防長官あるいは国防長官の許可にもとづき統合参謀本部が発出し、それ以外の命令(兵站、訓練等)は国防長官から各軍の長官へ伝達されるのである。


 歴代大統領の格付け(1)

○ 上の写真は、1982年のマーレイとブレッシング教授による格付けで、「偉大」と評価された、左から、第16代リンカン、第32代フランクリン・ローズベルト、初代ワシントン、第3代ジェファソンの各大統領です。リンカンは、生誕150年記念切手(1959年5月30日発行)、ローズベルトは1965年プロミネント・アメリカン・シリーズの普通切手、ワシントンとジェファソンは1938年大統領シリーズの普通切手です。


● ロバート・マーレイ教授、ティム・ブレッシング教授著「ホワイトハウスにおける偉大性、ワシントンからカーターまでの大統領格付け」(1988年、ペンシルベニア州立大学発行)6〜9ページ、17ページ

→ 父アーサー・シュレジンガー氏(ハーバード大学教授)が1948年に実施した大統領格付け(歴史学者を中心に55人が評価)
偉大・・・リンカン、ワシントン、フランクリン・ローズベルト、ウィルソン、ジェファソン、ジャクソン
偉大に近い・・・シオドア・ローズベルト、クリーブランド、ジョン・アダムズ、ポーク
平均・・・ジョン・クインジー・アダムズ、モンロー、ヘイズ、マディソン、バンビュレン、タフト、アーサー、マッキンリー、アンドルー・ジョンソン、フーバー、ベンジャミン・ハリソン
平均未満・・・タイラー、クーリッジ、フィルモア、テイラー、ブキャナン、ピアース
失格・・・グラント、ハーディング
[任期が短いウィリアム・ハリソンとガーフィールド、現職のトルーマンを除いて評価]

→ 父アーサー・シュレジンガー氏(ハーバード大学教授)が1962年に実施した大統領格付け(1948年の格付けに参加したほとんどの歴史学者のほか、ジャーナリスト、政治科学学者など75人が評価)
偉大・・・リンカン、ワシントン、フランクリン・ローズベルト、ウィルソン、ジェファソン
偉大に近い・・・ジャクソン、シオドア・ローズベルト、ポーク、トルーマン、ジョン・アダムズ、クリーブランド
平均・・・マディソン、ジョン・クインジー・アダムズ、ヘイズ、マッキンリー、タフト、バンビュレン、モンロー、フーバー、ベンジャミン・ハリソン、アーサー、アイゼンハワー、アンドルー・ジョンソン
平均未満・・・テイラー、タイラー、フィルモア、クーリッジ、ピアース、ブキャナン
失格・・・グラント、ハーディング
[任期が短いウィリアム・ハリソンとガーフィールド、現職のケネディを除いて評価]


● アーサー・シュレジンガー・ジュニア氏(歴史学者、ケネディ大統領特別補佐官)著、中屋健一先生訳「ケネディ 栄光と苦悩の一千日」下巻(1966年、河出書房発行)146〜147ページ

→ 彼はほとんどつまづきもなく大統領の地位についた。それでもなお、大統領職は、彼がかつて呼んだごとく「神秘的な制度」であった。「大統領になった時にうまく役立つような経験など何一つない」と1962年の末に彼は語っている。彼は大統領職のふしぎを強く感じるようになったので、大統領の経験というものがどんなものであるかは、それに携わったことのない者にはわからないだろうと考えていた。1948年に歴史家と政治学者のグループに歴代の大統領を「偉大」から「失敗」まで格付けすることを依頼した私の父は、1962年の初めに再度投票を依頼し、「勇気ある人々」と「移住者の国家」の著者である歴史家にも投票用紙を送った。ケネディは記入にとりかかったが、考えれば考えるほどその作業は無益であるとの結論に到達した。「1年前なら私は自信をもって返答できたでしょう・・・しかし今ではもう確信が持てません。1年間事務所で過ごした今、私は十分に精密な判定をするためには、まだ相当勉強しなければ駄目だち感じています。よく知られている人物がとりあげられる傾向がありますが、私はあまりよく知られていない人たちを、この事務所を離れたあと、時間をかけてよく調べた上で判断したいと思います」と彼は私の父に書き送った。彼はのちに私に言った。「いったい、きみは答えれれるかね、ただ大統領のみが現実の圧力と現実の二者択一がいかなるものであるかを知っている。もしきみがそれを知らないとしたら、どうして判定できるのかね」。彼の偉大な前任者のうちのある者は他にやりようがなかったのでそうしたにすぎないのに、その功績を認められている。詳細にわたった研究をしてはじめて、大統領が彼自身の個人的な努力でなした相違を明らかにすることができる、と彼は時々語っていた。しかし、もしもリンカーンがほとんど解決不可能な再建の時代に直面するまで長生きしていたとしたら、彼はあれほど偉大な大統領であったと判断されたであろうか?
その懐疑論にもかかわらず、彼はその年の夏、「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」に出た投票結果をむさぼるように読んだ。トルーマンが「偉大に近い」級に入っているのを見て彼はひどく喜んだ。彼はまたアイゼンハワーが「普通」の区分の最下位に近い28番目にやっと顔を出しているのに興味をもった・・・その投票でとくに彼を驚かしたのは、ウィルソンに与えられた高い順位であった---一覧表の4番目、しかも「偉大」の区分。なぜウィルソンがジャクソン---6位、そしてわずかに「偉大に近い」---より上位になければならないのか、と彼は尋ねた。数日後、私がフランクリン・ローズヴェルトの伝記を書いたフランク・フライデルを連れて来た時、彼はこの質問を繰り返した。結局のところ、と大統領は言った。ウィルソンはメキシコへの介入というへまをやった。彼はわれわれを戦争に駆り立てたところまでは正しかったが、最初のうちは狭い法律的理由からそれを行った。彼は連盟の戦いを台なしにしてしまった。彼は演説家として、また著述家としては偉大であったが、彼が置いた幾つかの目標では失敗した。なぜ教授たちは彼をそれほど賞賛したのか。(察するに、彼は結局大統領職を獲得した唯一の教授であったからだろうとわれわれは示唆した)彼はシオドア・ローズヴェルト(7位「偉大に近い」)についてもいぶかった。彼が議会を通過させた重要な法案は、実際極めてわずかなものにすぎなかった。どうしてもウィルソンやシオドア・ローズヴェルトがポーク(9位)やトルーマン(8位)の上位に置かれねばならないのか。大統領の成功度を測定する彼の物差しが、具体的な業績であったことは明らかであるように思えた。従って、その人独自の目的を必ずしも完遂することなく、国民を教育した人は、彼の判断では、ポークやトルーマンのごとく必ずしも国民とともにいたとは言えぬが、その人の目的を実現した人々よりも下位に置かれた。もちろん最上の者は、両者を備えていた人々であった。彼は審査員たちの上位3人の選択---リンカーン、ワシントン、フランクリン・ローズヴェルト---に同意した。
今や自分自身が大統領室に坐っており、未来の歴史家たちの評価に直面していることを知っていた・・・


 歴代大統領の格付け(2)

○ 上の写真は、1982年のマーレイとブレッシング教授による格付けで、「失格」と評価された、左から第17代アンドルー・ジョンソン、第15代ブキャナン、第18代グラント、第29代ハーディングの各大統領です(第37代ニクソンを除く)。すべて、1938年大統領シリーズの普通切手です。

● マーレイ教授等「ホワイトハウスにおける偉大性」(1988年、ペンシルベニア州立大学発行)10〜24ページ、114〜139ページ、133ページ

→ マーレイ教授、ブレッシング教授が1982年に実施した格付け(846人が評価)。180問にも及ぶ質問を付して評価を依頼しており、権威ある格付けと言えます。

偉大・・・リンカン、フランクリン・ローズベルト、ワシントン、ジェファソン
偉大に近い・・・シオドア・ローズベルト、ウィルソン、ジャクソン、トルーマン
平均超・・・ジョン・アダムズ、リンドン・ジョンソン、アイゼンハワー、ポーク、ケネディ、マディソン、モンロー、ジョン・クインジー・アダムズ、クリーブランド
平均・・・マッキンリー、タフト、バンビュレン、フーバー、ヘイズ、アーサー、フォード、カーター、ベンジャミン・ハリソン
平均未満・・・テイラー、《レーガン》、タイラー、フィルモア、クーリッジ、ピアース
失格・・・アンドルー・ジョンソン、ブキャナン、ニクソン、グラント、ハーディング
[任期が短かったウィリアム・ハリソンとガーフィールド、現職のレーガンを除いて評価]

→ 分かれた評価
特に評価が大きく別れたのは、第37代ニクソン大統領、第36代リンドン・ジョンソン大統領、第31代フーバー大統領、第7代ジャクソン、第6代ジョン・クインジー・アダムズ、第17代アンドルー・ジョンソンでした。
逆に評価が一致したのは、上位の3人、第16代リンカン大統領、第32代フランクリン・ローズベルト大統領、初代ワシントン大統領でした。
評価の分かれが大きかった順に見ると次のような結果でした。かっこ内の数値が高いほど、評価が大きく分かれたことを示しています。
1.ニクソン(1.128) 2.リンドン・ジョンソン(1.066) 3.フーバー(1.065) 4.ジャクソン(1.027) 5.ジョン・クインジー・アダムズ(1.011) 6.アンドルー・ジョンソン(1.004) 7.トルーマン(0.993) 8.ウィルソン(0.983) 9.カーター(0.975) 10.ポーク(0.975) 11.ケネディ(0.920) 12.マディソン(0.913) 13.ジョン・アダムズ(0.880) 14.アイゼンハワー(0.871) 15.クリーブランド(0.856) 16.ジェファソン(0.853) 17.グラント(0.848) 18.ブキャナン(0.805) 19.タイラー(0.783) 20.フィルモア(0.778) 21.シオドア・ローズベルト(0.777) 22.クーリッジ(0.771) 23.マッキンリー(0.762) 24.フォード(0.761) 25.タフト(0.758) 26.モンロー(0.752) 27.アーサー(0.746) 28.ハーディング(0.737) 29.テイラー(0.732) 30.ピアース(0.715) 31.バンビュレン(0.711) 32.ヘイズ(0.683) 33.ベンジャミン・ハリソン(0.678) 34.ワシントン(0.629) 35.フランクリン・ローズベルト(0.586) 36.リンカン(0.480)

● アリゾナ大学のリン・ラグズデール教授著「大統領の重要統計 ワシントンからクリントン」(1998年、コングレショナル・クォータリー社発行)27〜28ページ 
→ レーガン大統領の格付けは、1989年に別途投票が行われ、「平均未満」28位の評価でした。


 リンク集

 ホワイトハウスの公式サイト
☆ ホワイトハウスの公式サイトのうち、歴代大統領を紹介しているページとなります。
 アメリカ合衆国憲法の邦訳
☆ アメリカ大使館のホームページが提供している憲法全文の邦訳です。
 アメリカ大統領プロジェクト
☆ サンタ・バーバラのカリフォルニア大学が1999年に開設したアメリカ大統領に関するHPです。
 アメリカ大統領図書館の紹介
☆ 色々なアメリカ大統領図書館にアクセスできます。
 アメリカ大統領夫人の紹介
☆ ナショナル・ファーストレーディーズ・ライブラリーのHPです。
 肖像画・写真〜アメリカ大統領と夫人たち
☆ 議会図書館のHPで公開している歴代大統領と夫人の肖像画や写真を見ることができます。日本の書籍等に紹介されていないものも結構あります。
 アメリカ大統領の経歴、秘密録音
☆ バージニア大学が開設する「ミラー・セター・オブ・パブリック・アフェアーズ」のHPです。大統領の経歴や秘密録音などにアクセスできます。インデックスのACADEMIC PROGRAMSにあるAMERICAN PRESIDENTで大統領の経歴が、また、PRESIDENTIAL RECORDINGSで秘密録音が閲覧できます。秘密録音は、発言者の発言が書き起こし文で明示され大変わかりやすく構成されています。
 議会図書館のアメリカ法典集
☆ 議会図書館が開設するHP「アメリカン・メモリー」にあるアメリカ法典集(1774年から1875年まで)です。「独立宣言」、「連邦憲法」等をクリックすると原典にアクセスします。全755ページから成っています。


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