サッカー観戦という名の冒険



一部のサポーターの暴力以外にもさまざまな困難がファンを待ち受けている。 高い入場料、席に着くまでと帰るときの問題、非常に不衛生なトイレ、過度な警官の警備など・・
アルゼンチンのサッカー観戦ではこれを乗り越えること自体が1つの大きな冒険である。

アルゼンチンではスタジアムに行くには、チームを愛する気持ちだけではなく 恐いもの知らずの、言い方を変えればマゾ的な気持ちを持ってなければならない。 サッカーは数々のエンターテイメントの中で最も人々を興奮、熱狂させる スポーツだが、しかし悪い部分を挙げれば、最も危険で、不快で、入場料の高い 娯楽である。(例えばボカとリーベルの試合の指定席は100ドル以上する) ファンはその事実をわかっていて、もうそんなことはとっくにあきらめている。 まるで葬式の時には悲しみを避けて通れないかのごとく、サッカーには危険は つきものだと・・・

昨年はトータルのスタジアムのキャパの26%しか観客が足を運ばなかったという 統計が出された。これは人々の持つサッカー観戦に対する恐怖感や嫌気が原因とされる。 例えば今季のリーグ戦第8節ボカのホーム ボンボネーラでのボカとラシンの ダービーマッチでは入場料だけで35万ドルの収入があった試合だが、ラシンのファンは 0-4と大敗した上にさらに運悪くひどい仕打ちを受けた。 スタジアムの階段と床はトイレから水と汚水があふれて水浸しとなりビーチサンダルを 持ってくるべきだったとファンを嘆かせた。

日本にいれば信じられないようなことがアルゼンチンのスタジアムには溢れている。

例えば試合に車で訪れるとする。駐車場に車をとめれば、すぐに男が寄ってくる。 車を見張っておくのでお金を払えと。一応彼らには縄張りもあるらしい。 見張り料として5ドルが相場。違法行為だが収入の半分を警察に渡し黙認してもらっている。 しかしお金を払っても男は別の場所でまた商売を始めるため何の役にも立たず、 カーステレオが盗まれたり、ひどいときはフロントガラスが割られたりということもしばしば。 両チームのサポーター同士が顔を合わせないように周辺の道路はかなり規制がかけられる。 スタジアムに入るときは相当に入念なボディーチェック。 もしそこで文句をつけようものなら、警官隊から警棒で殴られる。 売店では生焼けのハンバーガーや水で薄められたジュースが高い値段で売られる。 指定席も汚く、高いお金の代償に、試合中には過激なサポーター達から離れて観戦できると いった程度のものでしかない。 ゴール裏の一番安い立ち見席は常に上や端から埋まる。真ん中はバーラ・ブラバのために 空けてあり誰もそこには足を踏み入れない。 日本であれば一番前から席が埋まるが、アルゼンチンでは前から10段目くらいまでは だれも陣取ろうとはしない。後ろから何をされるかわからないからである。 ハーフタイムにはサポーター同士の喧嘩、警官隊からの催涙弾。 試合終了すると大勢が危険を避けるため、いち早くスタジアムを離れようと出口に向け スリや泥棒が潜む真っ暗い階段へ殺到。 裸の男たちの汗臭い空気の漂う真っ暗闇の中を、触れば感電する天井から垂れ落ちた 電球のソケットに触れないよう手探りで進みながら出口へと進む。 一部の人間が廊下や階段の電球を取って石の代わりに相手サポーターや警官に投げるため、常に そのような真っ暗な状態になってしまう。 スタジアムを後にすると、周辺の家のベランダから花火や爆竹が飛んできたり、それに反応して 家の扉を壊したり、あるいは投石で相手サポーターとやり合うファンがいてそれらを馬に乗った 警官が追い払うといった光景が日常茶飯事的にある。 まさにニュースでよく見るデモ隊と警官隊の衝突の光景が、この国ではスタジアムの外で繰り広げられる。 帰りのバスは超満員で、バスの後部にしがみついて乗っている姿も当たり前。 バスの中はサポーターに完全に占拠され大騒ぎ。壁は太鼓の代わりに叩かれ、運転手も我慢しかない。

例えばスペインではどうだろうか。 バルサ対レアルのダービーマッチ。 サンチアゴ・ベルナベウに若い女性が一人で入っていこうとしても 何にも妨害されることなく、自分の席にたどりつける。 サッカーの試合はお祭りで、家族で見に行けるスポーツなのである。 たまに犯罪は起きるがそれも日常的なものではない。 これがサッカーの理想的な姿でありアルゼンチンのサッカーが目指している所である。

アルゼンチンでは、サッカーに子供や女性、年寄りを連れて行くのはかなり危険とされる。 また警備にお金がかかりすぎるのもアルゼンチンのクラブの経営不振の大きな原因である。 しかしそれでも人々はスタジアムへ足を運ぶ。 ボカとリーベルのダービーマッチのチケットは即日完売してしまう。 それはサッカー観戦に付随するすべての危険や不自由を忘れさせるほどの情熱、興奮、感動を アルゼンチンのサッカーはもたらしてくれるからではないだろうか。

目次に戻る