自動車リサイクル
―静脈産業の現状と未来―


竹内啓介監修/寺西俊一 ・ 外川健一 編

東洋経済新報社,2004年3月刊行,ISBN4-492-76138-1

まえがき

 2002年11月7日,私は岡山県宇野からフェリーに乗り,豊島の家浦港に降りた.瀬戸内海の50分の乗船は,静かで快適であった.家浦港での乗降客は少なく,多くの乗降客は小豆島へ行くのであろう.港は閑散としていた.桟橋を渡るとタクシーが1台止まっていた.豊島の産業不法投棄現場を見学したいと告げると,年配のドライバー氏は,目の前の建物2階にある香川県事務所へ行って許可証をもらってくるようにという.今は現場は香川県の管理地になっており,住民との合意にもとづいて県が不法投棄物の撤去作業を行っているため,許可が必要なのだという.ドライバー氏は,タクシー会社の社長で豊島住民運動を指揮した闘士の1人であった.

 豊島は,小豆島の西4キロメートルの位置にあり,周囲19.8キロメートル,面積14.6平方キロメートル,瀬戸内海国立公園のなかに浮かぶ小さな島である.行政的には香川県小豆郡土庄町に属する.人口は約1400人,漁業・農業・石材業が主な産業である.

 タクシーは農道を抜け,15分も走ったであろうか.三方を海に囲まれた島の西端にる後飛崎の現場に着いた.風光明媚な海上の景色も,足元から昇ってくる臭気に艶消された.ドライバー氏は,1時間にわたって熱心に不法投棄の状況や闘争の経緯,今後の撤去作業の予定を解説してくれた.すべての作業が終了するのに約10年かかり,費用は数百億円に達するだろうという.

 2003年12月9日,環境省は香川県が作成した実施計画に同意し,財政支援することを決めた.それは特定産業廃棄物特別措置法の適用を受ける初めての措置で,総事業費約260億円のうち国が6割を補助するという.すでに2003年9月から不法投棄物は掘り返され,新造専用船2隻によって直島へ運ばれ,新設燃焼炉で焼却処分されている.その処理事業は,2012年度までかかる予定であるという.

 わずか十数億円の収入を得るために一産廃業者が大阪府や兵庫県から収集し,豊島の私有地に不法投棄した自動車シュレッダーダストの後始末に,社会は膨大な経費と時間と労力を負担させられることになった.このことは,廃棄物の不法投棄に対してわれわれはもっと真剣に注意しなければならないことを教えている.今,豊島では健康で平和な島の復活をめざしてオリーブの植樹が進んでいる.その成功を祈らずにはいられない.

 豊島事件への反省から2002年7月,自動車リサイクル法(正式には「使用済自動車の再資源化等に関する法律」)が成立した.その施行は,2005年1月と予定されている.

 わが国のモータリゼーションは,世界に先例をみないほど急速に進展した.1970年当時1758台にすぎなかった保有台数は,今日7500万台(世界では10%のシェア)を超え,量的にはアメリカに次いで世界第2位の「クルマ社会」を形成している.クルマは,大量生産・大量消費・大量廃棄の典型的な製造物である.国土が狭いわが国において,毎年500万台生ずる使用済自動車がいかに適正に廃棄処理されているかは,今は世界各国の関心の的になっている.

 自動車リサイクル法は,自動車メーカーに拡大生産者責任を課するとともに,ユーザーに廃棄処理費用を負担させ,使用済自動車の適正処理とリサイクルの実現をめざすものである.しかし,自動車リサイクル法が意図どおりの効果をあげ,目的を達成できるかどうかは,自動車産業の静脈セクター,特に解体業の協力にかかっているといっても過言ではない.しかるに,われわれはあまりに解体業界の実態を知らない.これまでわが国の自動車産業においては,不幸にも動脈セクターと静脈セクターとは互いに没交渉であったから,自動車メーカーですら静脈セクターの実態を知らない.ましてや消費者においては知るよしもない分野であった.しかし,今日は地球環境保全と資源の有効利用の観点から,知らないことが許されない時代に入ったといえよう.しかも,自動車は国際商品であるから,われわれは国外の事情にも関心をもたなければならない.われわれが使用した自動車の約2割は,輸出中古車となって国外で活用され,廃棄されている.ところにより適正処理されることなく放置されているケースがある.野焼きされればダイオキシンを放出し,海に捨てられれば海洋汚染を犯し,その被害は地球規模にも広がる.

 本書は,環境経済学を専攻する新進気鋭の大学院生(博士課程)8名の協力を得て,解体業者の実態調査を踏まえてまとめられたものである.編集・執筆には,一橋大学教授で環境経済学の泰斗である寺西俊一氏と九州大学助教授で静脈産業研究の第一人者の外川健一氏のお二人にお願いした.

 本書は単なる調査視察記に終わらず,解体業が抱える課題にも踏み込んでいる.この刊行を機にわが国の自動車リサイクルが理想的に運営され,規範的モデルとして世界に発信できるようになることを願っている.本書を一人でも多くの読者に目を通していただき,ご批判を仰げれば幸甚である.

2004年2月
監修者 竹内啓介


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