はじめに
今回は横浜市鶴見区で自動車解体,中古パーツ販売を営む潟Cケダ自動車を取り上げる.本連載で過去に筆者らがケーススタディとして取り上げた企業は,自動車リサイクル業界の中でも規模の大きな部類としてとらえられる企業であった.しかし,自動車リサイクルを産業として見た場合,そのような大規模な企業はごくわずかであり,産業の大部分を占めているのは中小規模の企業である.そう考えると,中小規模の解体事業者から見た自動車リサイクルの現場は異なったものであるかもしれない.そこで,今回は「典型的」な比較的規模の小さな解体事業者を取り上げ,自動車リサイクル業を取り巻く現状と,自動車リサイクル法が抱える問題についてスポットライトを当てて考えてみたい.
同社のあゆみ
潟Cケダ自動車は横浜市鶴見区で操業しており,従業員4名(社長を除く),年商約1億の比較的小規模な解体事業者である.従業員の内訳であるが,解体の業務に2名,中古パーツ関連の業務に1名,事務担当が1名である.社長の池田氏は仕入れ等をはじめとした業務,および企業経営における全般業務を担当している.
同社における月間解体処理台数は約70〜80台とのことである.仕入れのルートは,新車・中古車ディーラー,保険会社,一般ユーザーといったところである.そのうち6割が新車・中古車ディーラーからの仕入れということであった.
現在に至る同社の沿革について紹介しながら,小規模事業者の取り巻く事業環境の変遷について考えていきたい.同社の社長である池田氏は自動車解体業において35年にわたって事業に携わってきた.いくつか時代を分けて見ていくことにしよう.
同社の創業期である約30年前では,現在のような10年以上も自動車を使い続ける時代とは異なっていた.このころ,商用車は約5年,自家用車は約7年で査定がゼロになったといい,これらが解体業者に解体車として入庫していたのである.ゼロ査定になる期間が現在と比べて非常に短かったのは,自動車に使われていた鉄の品質があまりよくなかったのも一因と言われている.
バブル期とその後
さて,自動車解体業に大きな影響を与えたのが次のバブル期である.「シーマ現象」に代表されるように高価な新車が大量に売れ,それにひきずられるように大量の新車が販売されることとなった.このため,中古車市場には大量の中古車があふれ始めた.結果的に,本来なら中古車として販売されるべき自動車も解体車として解体されることとなり,自動車解体業界は活況を呈することとなったのである.
こうした自動車解体業界を取り巻く環境の変化は,各事業者に1つの分岐点をもたらしたのである.端的に言えば一部の解体事業者の業容拡大による大規模化である.
同社をはじめとした多くの小規模な解体事業者は,日々持ち込まれる廃車処理に手一杯で,業容の拡大という点に関してはあまり関心がなかったようである.廃車処理規模の拡大のためには,工場の新設や従業員の新たな雇用といったことが必要である.しかし,小規模事業者であるがゆえに,拡大路線のようなドラスティックな経営方針の変更は,リスクテイキングという点で多くの事業者が躊躇したのは必然であったと思われる.
こうした「いくら売っても余った」時代の当時,同社ではソ連(ロシア)人向けに,非常に安い価格の中古車の販売も手がけていた.しかし,関税のたびたびの変更や,ソ連側からの要望としての「注文」も多くなり,苦労は絶えなかったようである.
バブル期は1986年11月頃から始まり,1991年にその終焉を迎える.それまで大量に発生していた中古車・廃車も,新車販売の低迷により減少していく.バブル期に比べ廃車が集まりにくくなったのである.このため,企業規模を拡大した事業者は稼働率を確保するために他地域へと仕入れ先を拡大していくことになる.いわば「解体車の取り合い」の始まりである.
1998年頃から始まるのが鉄スクラップ価格の低迷である.鉄スクラップの市中価格は1998年に入ると1万円を切り始める.2001年7月には6400円という記録的な安値を付けることとなる( (社)日本鉄源協会調べ).こうした状況は,廃車の「逆有償時代」をもたらし,仕入れ時には2万〜3万円を解体業者が徴収し,解体するのが一般的となったのである.
時代は前後するが,バブル崩壊以後に,自動車リサイクル業を取り巻く問題として同時に顕在化するのが環境問題である.1990年に香川県の豊島で,自動車解体時に発生するシュレッダーダスト(ASR)を大量に含んだ産業廃棄物の不法投棄が明るみになる.これは「豊島事件」と呼ばれ,のちに自動車リサイクル法が制定されるきっかけの一つともなった事件である.
バブル崩壊以後,市民の間でも環境問題に対する関心も高まってきた.1992年には循環型社会形成推進法が制定され,のちの個別廃棄物に対するリサイクルの推進につながっていく.
こうした,鉄スクラップ価格の低迷,企業活動における環境問題への配慮の必要性が,大企業だけでなく中小企業も多く含まれる自動車リサイクル業へも影響を与えることになる.この企業環境の急激な変化は収益構造の転換を同社に求めた.それまではあまり力を入れてこなかった中古パーツ販売への取り組みである.
それ以前も中古パーツの扱いは解体の過程で行ってきたが,組織だった中古パーツネットワークには加盟していなかった.同社では翼システムのネットワークに加盟している.同社によれば,それ以前に他のパーツネットワークから加盟のオファーがあったのだが断っていたのだという.
というのも,中古パーツの取り扱いは,昔ながらのユーザーなどが直接解体作業場に出向いて,好きなパーツを品定めして持って帰るというのとは異なる.在庫状況の入力や品質の管理等,想像以上に手間がかかる.このため,ネットワークに加盟して中古パーツ事業に取り組むことは,新たな従業員の雇用や,在庫スペースの確保などといった思い切った事業活動の転換が必要だったのである.おそらく小規模な解体事業者の多くも2000年〜2001年頃には,さきほど指摘した企業環境の急速な変化により,パーツネットワークに加盟することで一応の中古パーツの取り扱いを始めたと考えられる.
環境規制の時代
そして現在の自動車リサイクル法施行時代に突入する.フロン法が2002年に施行され,自動車解体の現場に同法に基づいた解体方法への指導が始まった.ここから自動車リサイクルの現場では環境に対する本格的な規制が始まるのである.2005年1月より自動車リサイクル法(使用済自動車の再資源化等に関する法律)が本格的に施行される.
本法律により,廃車(法律で言う使用済自動車)の適正な処理を実施するスキームが構築された.このスキームでは,ユーザーによる応分の負担,完成車メーカーに対する「拡大生産者責任」の一部適用について考慮されている.
さて,この自動車リサイクル法は自動車リサイクル業界全体に大きな影響を与えたことは想像に難くないが,特に中小規模の事業者に対してはかなりの負担となっていたのである.同法の目的の一つは,「マテリアル(廃車から資源へとリサイクル)の流れ」,「情報の流れ」,「資金の流れ」という3点からのスキーム作りであった.このもとで使用済み自動車が適切に処理されるのである.
最初に同社のような小規模事業者に影響を与えたのが「情報の流れ」の構築である.同法のスキームに参加するためにはパソコンが必要である.誰がどの車を引き取って解体し,リサイクルしたかということを電子データ化することで一元管理しようとしている.このため,規模の大小にかかわらずパソコンが必要となるのである.
パソコンがあってもそれを操作する人間が必要である.小規模事業者のケースでは,まずパソコンを操作する従業員の確保が求められる.同法を見越した新規参入,あるいは既存事業者の大規模化による生産性の向上により,ますます中小規模の事業者にとっては事業環境そのものが厳しい状況に置かれている.そのため,収益を圧迫する新規の従業員の雇用は困難なケースも多く,事務作業量の増大は小規模な事業者にとって死活問題となりうる.実際に同社のケースではパソコン操作を担当していたパート従業員が退職してしまい,社長自らが一からパソコンを習得することとなったという.
このような規模の大小にかかわらず,固定的なコンプライアンスコスト(法令遵守のための費用)が発生するケースは,法律スキーム参加者の不満を招くことになる.多くの中小解体事業者が持つ不満の原点は,収益面で有利な大規模な事業者と同様の条件で競争を行わなければならない点であろう.
次に小規模事業者で問題となったのが「マテリアルの流れ」と「資金の流れ」である.
前者から考えてみよう.この目的は廃車となる車が誰から誰へと引き渡され,適正に解体され,リサイクルされたかを把握するものである.同法の制定時では,ディーラー等が本来はユーザーからの「引取業」としての窓口となり,解体ルートに流すことが想定されていた.しかし,新車販売の低迷により,新車ディーラーも様々な手段で収益の方法を考えている.その一つが,本来解体車として廃車ルートに乗せるべき車両をオークション等に転売する行為である.
大規模な事業者と異なり他地域までキャリーカー等で仕入れができないため,小規模な解体事業者は仕入れの面で不利な状況にある.このため,近場のディーラー等から仕入れを行うケースが多いが,ディーラーの一部が「引取業」としての機能を果たしていない状況では,小規模な事業者にとってはますます不利な環境となる.
後者の「資金の流れ」という点ではリサイクル券の問題が存在する.「券」という形で車両本体価格に内部化されていない現状では,かなり多くのケースで,結果的に解体事業者がリサイクル券料金を負担する状況が見受けられる.最終所有者が「適正な処理のための料金」を負担することが同法における趣旨であるが,果たして解体事業者が最終所有者であるのだろうか.本来は使用者である自動車ユーザーが負担すべき部分であるのに,より力の弱い解体事業者が負担するケースの多い状況は法の趣旨とは乖離しており問題をはらんでいるといえる.スケールメリットを活用できない小規模事業者はこれらの点で不利な立場に立たされているといえよう.
このように自動車リサイクル法による解体事業を取り巻く環境の変化は,業者の集約化・大規模化の方向にドライブをかけているようにみえる.しかし,依然として多くの中小規模の解体業者が存在しており,自動車リサイクルの現場を支えている.持続可能な自動車リサイクル産業の発展として考えると,様々な規模の事業者が存在するという「多様性」の維持が求められるのではないだろうか.
(なかたに ゆうすけ ・ 神奈川大学)----------
* 本稿執筆にあたっては,潟Cケダ自動車の池田富二雄代表取締役より多岐にわたり貴重なお話を頂戴した(2008年5月).感謝申し上げる.